4話 暴力的な俺と聖女な彼女
コトハは泣きながら外へ駆け出していく。俺は彼女の後を追ってババアの家を飛び出た。
ちょっと手を伸ばせば彼女に手が届くのにその少しがとても遠くに感じられる。ここで彼女に追いついて俺は何て言えばいいのだろうか。そんな迷いから追いつけそうで追いつけないまま彼女の背を追いかけたまま俺は小さな丘の上まで来た。
澄んだ夜空に無数の星が煌めて今にも落ちてきそうな程近くに感じられた。時折吹く風が冷たく肌を撫で木々を揺らしては音を立てる。丘の頂上で俺は意を決してコトハの腕を取る。
「純さん…… 。追いかけて来たんですか。」
いつもの赤く燃ゆるような瞳は今は色もなく虚ろな眼差しで俺を見る。
振り向いたコトハの顔は笑みを浮かべてはいるが感情のない無機質な表情だった。
「こんな夜中に女の子が1人で外に出たら危ないだろ。戻るぞ。」
強引に腕を引っ張り連れ戻そうとするがコトハは俺の腕を払いのける。
そして俺に興味を失ったと示すように星空を見上げて言った。
「今は聖女でもなんでもないただの女です。価値のない私なんて放っておいてください。」
あんなに聖女が素晴らしい役割だと言い続けた少女は、真実という残酷な現実を突きつけられて自身の存在意義さえも見失ってしまったようだ。
でもそんな自暴自棄になっている人をここで見捨てていけば自殺してもおかしくない。それ程に彼女は憔悴した表情だった。
思い返してみれば俺はコトハに妹の面影を見て助けた。
でも短い時間とはいえ彼女と接して親近感のような感情を抱いていた。
一体その感情が何なのかはわからないけど1つ確かに言えるのは――――――― 。
「価値って。別に聖女だから来たたわけじゃない。コトハだから追いかけて来たんだ。」
「私ね。とっても貧乏な家庭に育ったんです? ある日。治癒魔法の才を買われて教団に入りました。
その時はとっても嬉しかった。私が教団に入ればお金が貰えるから聖女様になれれば家族親類共に安泰なくらいの大金が貰えるんです。お父さんもお母さんも嬉しそうだった。
教団に入ってからは"アルトの乙女"という次代の聖女様候補に成れるような優秀な人たちが集まる所に配属されて。
私に釣り合わない場所にきちゃったって最初は戸惑ったけど一生懸命がんばりました。
やっと聖女様になれたと思ったらその聖女様が張りぼての存在だったなんて。
ねぇ私は何のためにがんばってきたの。意味なんてないじゃない。」
身体は小刻みに震えて涙を流しながら咽ぶ声で問いかける。
生憎コトハの求める答えが何なのか俺には思いつかない。でもコトハの聖女として行ってきた事が無駄ではなかったと俺だから言える。
「意味はあったんじゃないか? じゃなきゃ俺はここにいない。」
「どういうことですか?」ときょとんとした顔で首を傾げると俺を見つめて続きを聞きたいと沈黙した。
「俺は神様とやらにこことは別の世界から呼ばれたんだ。そいつが言うにはこの世界の聖女様を守れと言っていた。
俺をわざわざ異世界から派遣するぐらいだ。お前の祈りが神とやらに届いた証拠じゃないか?」
「ふふふ、また突拍子もないことを真顔で言うんですね。でも信じてあげます。あなたの腕のその印は勇者様と同じ神の御遣いに現れるものですから。」
もっと違う言葉を想定していたのか。どこか可笑しそうに笑うとお道化た様子でコトハは言った。
「偉そうな奴だな。お前がどう思おうが事実だからな。」
「純さんの方がもっと偉そうです! 本当にその自信はどこから来てるんでしょうか。少し分けてほしいです。」
「お前も似たようなものだがな。」
「ええー、そんなことないですよ。私みたいなお淑やかで控えめな女の子があなたと同じなんて。ありえないですよ。」
「毎度毎度失礼な奴だ。」
まるで兄妹のようにふざけ合ってお互いをからかい合うように俺たちは言葉を重ね合った。
じゃれ合いみたいなものだ。いつもだったらここで小突いて終わりだが今日はそうしてはいけない気がした。つらい思いをしたこの子にそんな事はできないと、無意識の内に手を伸ばすと頭をやさしく撫でていた。
「また小突かれると思いました。」
コトハは一瞬ぎゅっと目を瞑ったがすぐに瞳を大きく開くと頭上と俺を見ては戸惑いつつも言った。
思ったよりも動揺したその様子に少し不安になった俺は「嫌だったか?」と問いかける。
コトハぱぁっと明るい表情でまだ少し腫れた目でこちらを見つめると言った。
「意外だっただけです。ちょっぴり嬉しかったです。」
最後の方は聞き取れなかったがどうやら不快ではなかったようだ。
「そうか。ならよかった。」
まだ気持ちの整理はつかないかもしれない。でも早まった行動をしそうな危うい雰囲気はいつの間にか消えていた。
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俺とコトハは横に並ぶように芝生の上に座るとひんやりと冷たい地面の感触に気持ちを静めながら満点の星空を見上げて無言の時を過ごした。
沈黙に耐えかねたのか。それとも気持ちの整理が着いたのか。最初に口を開いたのはコトハだった。
「あの。1つ気になることがあるんです。さっきの酒場で聞こえたんですけど。頻りにみう? って言ってましたが恋人さんとかですか?」
どうやらあの時心の声が漏れていたようだ。驚き戸惑う俺の心を見透かすようにコトハはじっと俺の目を見据えて答えを待つ。その真っすぐな視線に嘘は付けないと思ってしまう程純粋で俺はついつい語り始めてしまう。今まで誰にも語らなかった全てを。
「美羽は俺の2歳下の妹だよ。」
「妹さんがいたんですね。やっぱり会いたいですか?」
神の意向とはいえ異世界から来た俺に故郷に帰りたいのではないかと気遣ったのか。ただの日常会話のつもりだったのか。コトハの真意はわからないが一度開いた口は止まる来なく話を進めてしまう。
「いやもう会えない。
クソ親父に殺されてもう4年も前に亡くなっているんだ。」
「お父上が? なぜです? 実の子を殺すなんて。信じられません。」
俺はコトハに通じるようにかみ砕いて事の顛末を話始めた。
「あいつ。俺の父親は賭け事狂いの生活で借金。酒を浴びるように飲み自分の思い通りにいかないとすぐに暴れた。
子供の俺から見ても人間のゴミだとわかったよ。でも母さんは知性と教養に溢れた常識人でね。
生前は親父の暴走を止めてくれていた。まぁ止めるたびに暴力を振るわれていたけど。」
「ひどい、ですね。そんな人がいるなんて。」
コトハは瞳の奥に憐憫の情を滲ませまるで我がことのように怒りを込めて言った。
「狂い始めたのは母さんが死んでからでまるで枷の外れた獣のようだった。
毎日働きもせず賭け事や女遊びを続けた。結果普通の金貸しはお金を貸してくれなくなる。返す見込みなしとね。
そして最後には裏の悪い奴らからお金を借り始めた。あれからは地獄だった。来る日も来る日も借金の催促に厳つい顔のおっさんたちが脅かしにくるんだ。俺は妹と2人で毎日震えて過ごしたよ。」
「誰も助けてはくれなかったんですか。」
この後に続く話が幸福なものではないと俺の表情から察したのだろう。
暗い表情で声を震わせる。それでもこの話がハッピーエンドであってほしいと願うように微かな希望を込めて俺に問いかける。
「ああ。頼れる親類は誰もいなかったし他の人は何もしてくれなかった。
でも俺が働ける年齢になってようやく2人で家を出ることができたんだ。あの時はこの地獄からやっと解放されたと喜んだよ。
それから数年経って美羽が中学生になった時のことだ。
当時俺は働きながら小さな家で贅沢とはいかないが2人で楽しく暮らしてた。
奴がくるまでは。
ある日仕事を終えて家に帰ると美羽が。」
普通にいつも通り話しているつもりなのにどうしても声が震えてしまう。
涙が止めどなく頬を伝っては落ちる。言葉を続けようとして詰まってしまう。
いつの間にか近づいたコトハは自分の服の袖を使って俺の涙を拭う。
俺のような人間でも優しい彼女だからこそ聞いてほしいと思ったんだ。俺が歩いた道を。その罪を。
「美羽は男たちに犯され無残な姿で息絶えていた。」
「えっ、誰に。なんで? どうして?」
コトハが悲しそうに潤んだ瞳で俺に問う。
納得がいかない。なぜ不幸だった兄妹がようやく手に入れた安息。
それなのにその先にあった未来が絶望なんて信じたくない。そんな言葉が聞こえた気がする。
「クソ親父だ。あいつが自分の欲求を満たすために悪い奴らから借金してあまつさえその担保にちょうど女性らしく育ちつつある美羽を売ったんだ!
大勢の男たちが家に無理やり押し入って美羽を襲った。でも荒くれ者たちの集まりだ乱暴な行為に美羽は耐えられず苦痛の中死んだ。」
「ひどい。ひどすぎる。お父さんなのに。」
俺たちの経験した出来事を想像してあまりにも可哀想だと言わんばかりに同情したコトハはたまらず涙を流す。これが夢だったらどんなによかっただろうか。何度も何度も問いかけ続けた。
「俺は治安を守っている組織に調査を依頼した。でも1年経っても何の進展もなく。美羽の件は闇に葬られる所だった。
だから俺は自分で調査したんだ。そしてついに見つけた。犯人たちを。
だが同時に残酷な現実も理解した。奴らを捕まえることはできないって。」
「どうして?」コトハが小さく絞り出すような声で言った。
「政治的に力を持つ男が関わっていたからだ。そいつの力ですべてもみ消されていた。
事実を知った時、俺は自分で敵を取る以外方法がないと悟った。」
「駄目です! 美羽さんもそんな事望んでないはずです。」
感極まった様子で俺を必死に制止するコトハ。もう過去の出来事なのにまるでこれから俺が歩もうとしている地獄の道を止めようとするように。
そんなコトハの行動がただただ嬉しい。零れる大粒の涙に鼻を詰まらせて嗚咽の声が漏れる。
贅沢な話だ。あんな大勢の人を殺めておいて人から優しくされたいなんて。自分勝手にも程がある。
でも誰かに言ってほしかったんだ。そんな事をしても美羽は戻らない。それよりも美羽のために俺は幸せに生きるべきだとかそんな言葉が。
だから最大限の感謝を込めて彼女に真実を全て伝える。
「ありがとう。その当時の俺にそんな言葉をかけてくれる人はいなかった。
妹が死んで天涯孤独になったから。
俺は身体を鍛え武術を習い奴らの行動を調べ上げ、綿密に計画を練って復讐を実行した。
32人。関係者を含め俺が殺した人数だ。」
「っ。そ、それで純さんはどうなったんですか?」
俺は感謝の念に心を包まれていた。どこか救われたような気持だった。
今の話をしてどんな事を言われるか想像もできなかった。
でもコトハが発した言葉は俺の身を案じるものだった。
俺は31人目の国会議員の男を殺した際に捕まった。やはり議員ともなるとそこいらのチンピラとはわけが違う。裁判にかけられた俺は世間から大量殺人鬼とかサイコパスと言われ続けた。
特に批判が強く攻撃的なものになったのはあのクソ親父が出廷してからだ。
俺がいかに暴力的で悪ガキだったかを語り自身はまるで良い親だったかのように振る舞ったのだ。
世間は嘘で塗り固めた男の味方をして俺という罪人には見る気もしなかった。
人心掌握術にかけてあのクソ親父の方が何枚も上手だった。
そしてこの親父こそ俺の復讐の最後の1人。
俺は実行した。看守の一瞬の隙を突いて縄を解いて手錠で親父の首を絞めて殺害。
親父の首の骨を断った時達成感した喜びと湧き上がる罪悪感に震えた。
奴の殺害には成功したがそれが原因で世間からの風当たりは一層強くなった。
親さえも殺す狂犬だ。良い父親を殺すなんてとんでもない。
そんな非難の言葉ばかりが俺の元に届き、もう俺に優しく手を差し伸べる奴誰1人いなかった。
だからコトハの言葉が嬉しくて余計に涙が零れるのだった。
「ん? 俺か? その後は国に罪を問われて絞首刑で死んだよ。」
でも努めていつも通りに振る舞う。ここで弱さを見せていいのかわからなかった。
そんな不器用な俺を理解してくれたのか。コトハは何も言わず俺をぎゅっと抱きしめた。
言葉は何もなく。静寂な時が流れる。でもこの時俺はとても幸せだった。
最後まで御覧頂きありがとうございます。
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