2話 私は聖女様である!
町を眼下に見下ろしてようやく理解した。ここはこの世界は俺のいた世界と違うと。
町並みは中世のような作りで車や高層ビルなど存在しない。
普通だったらこの情報だけで異世界に行ったとは思わないだろうが、
神様が俺を異世界に行かせようとしてたことを考えるとここが自然とどこだかわかってくる。
ここが異世界だとわかるともう1つ大きな問題が発生していることに気が付く。
それは俺が左腕に抱えている少女だ。「役目がー」と散々喚いていたがこの世界が中世くらいの文明であるならば常識の一部としてその習慣が存在していることは容易に推察できる。
「まじか……。」 そう呟かずにはいられなかった。つまりはこのまま町に入ると生贄になったはずの奴が戻ってきた事になる。死人が出たーと驚かれるか最悪死ぬのが怖くておめおめ逃げ帰ったのかと糾弾されるか。何にしてもあまりいい未来が想像できない。
夜までには町に入る予定だったのだがその前に少女に問い詰めなければならないことができてしまった。
すでに日は傾き始めすぐ目の前には町の門が見えているのに門番から話を聞かれない程度に距離をとって近くの茂みに身をひそめる他なかった。
「お前。何者なんだ。巫女か巫女なのか。」
「みこって何です? 私はアルト教18代目聖女なのです! 聖女コトハと言えば有名なのです。偉い人なのですよ。今なら特別に許してあげます。だから早く降してください。」
コトハと名乗る少女は不可思議な物でも見るような視線を俺に向けたのち喜々として自身の身分を語り始めた。生贄にされる人で真っ先に浮かんだのが巫女だったんだがそもそもこの世界では存在しない職のようで聖女なる言葉が耳に残る。
「聖女? なんだそれ……。」
「えっ…… 。聞いたことないでしょうか? 聖女は神様から与えられた力で町の結界を維持する大事な役割を持っているんです! 結界がなければ魔物に襲われたくさんの人の命が奪われてしまいます。だから聖女は町を守ってるも同然の重要な存在なんです。しかも女性で唯一国王様と謁見できるえらーい人なのです。
あとサラッと無視してますがそろそろ降してください。お願いします。」
えっへんと誇らしげに語る彼女の姿に聖女というのはこの世界で言うところの女の子たちの理想の存在であることは理解できた。
「(態度が)偉そうなのはわかったが具体的に何をしているんだ。てかそんなに偉い奴がどうして生贄にされるんだよ。」
気になるのは神様から与えられた力で町にを守っているという点だ。魔法のような力が存在してその力で町を守る結界を維持しているのか? それとも聖女にだけ特別な力を与えられているのか?
前者なら誰しもが聖女になれる。場合によっては複数人の聖女とやらがいるだろう。そうなればこの少女は何か重大なミスを犯したか何かで罰せられたと考えれば合点がいく。数ある歯車の1つであれば容易に切り捨てるだろう。
だが後者の神様から特別に力を与えられているケースだと意味が分からない。特別ってことは代替が利かないってことだ。そんな特別な存在を生贄にする理由ってのは何があるのだろうか。
「そ、それはですね……。言えません!」
少し思案するような素振りを見せた後きっぱりと言い切った。
俺は「ふーん。」と興味なさげに答えると慌てた様子で自称聖女様は続けて言った。
「ちょっと表情と行動がおかしいんですけど! お尻を叩かないでくだちゃい。教団の規則で関係者以外に聖女の仕事の内容は口外してはいけないんです。だから、ね?」
「ね? じゃねーよ。規則なんか知るか。さっさと教えろ!」
絹のようなやわらかい布越しに女性らしいやわらかさ持った臀部を叩く。もちろん手加減はしているが回数重ねれば赤くなってしまうだろう。
「横暴です。暴力反対なのです。小さい女の子を虐めて嬉しいんですか? 変態なんですか。
あ、いやごめんなさい。はい。言います。言わせてください。」
「それでいいんだ」とニッコリと満面の笑みで頷いた。
「お尻が痛いです……。 あ、あー。言いますから叩かないで。
せ、聖女の仕事は神様にお祈りをすることです。」
「はぁ!? それだけか?」
意外な答えに語気が荒くなる。まるで恫喝するように彼女に聞き返したためか少し怯えた様子で
、「はい」と消え入りそうな声で呟くと小さく頷いた。
さすがにやりすぎたと思い「すまん。」と短く言うと彼女は途端に花が咲いたような笑顔になった。
こちらの言動にコロコロと表情を変える彼女はとても素直な子だ。そんな些細な点も美羽とそっくりに思えてくる。
「聖女は朝昼晩に大聖堂でお祈りをすることと町のあちこちを視察することが主な仕事です。
でも一番の仕事は神様へお祈りすることなんです。聖女は特別な力を持っていて私たちのお祈りでなければすぐに結界の力は弱まりそれはそれは恐ろしい魔物が攻めてくるんです。」
いかにお祈りが大切かを五万の言葉で表すことができると言わんばかりに身振り手振りを交えて説明する。コトハの説明によれば魔物とは突如世界に現れた悪魔で、人を襲いたくさんの人の命を奪ってきた忌むべき存在だそうだ。
「ほう。ならその特別な存在である聖女様をなぜ生贄に出す。」
「ひゃん。ちょっと急にやさしく擦るのはやめてください。ヒリヒリしてて敏感になってるんですから。お祈りが足りないと稀に魔物が結界を破ってしまうことがあるんです。わ、私のお祈りが足りなかったせいで1か月前に魔物の襲撃でたくさんの人が犠牲になりました。私はその責任を負ってあそこにいたんです。」
大勢の人の命を奪った罪悪感からか震えた声で徐々に尻つぼみになり自責の念に表情を強張らせた。
そして思いつめた表情で歯を食いしばると悔しそうに「私がちゃんとお祈りをしていれば……」と繰り返し呟き続けた。
「おいおい。祈りが足りなかったってお前ちゃんとお祈りとやらはやってたんだろ? ならお前は最善を尽くしてたんじゃないか?」
「毎日眠らずにお祈りを続けてました。でもある日私の不注意で眠ってしまったんです。
目が覚めたら町は火の海で。皆から言われましたよ。私の祈りが魔物に負けたから町が襲われたんだって。
私が寝てしまったから。ごめんなさい。ごめんなさい。」
コトハは聖女としての責務を果たせなかった無念と起こってしまった出来事の大きさに、その小さな身体では受け止められないような悲しみと悔しさを滲ませ瞳にはうっすらと涙が溜まっている。
どう考えても彼女の責はないと感じてしまうのは俺だけだろうか。きっとこの世界ではそうなのかもしれない。町を守る役目の聖女が寝てしまったがために町が大打撃を受けた。人々はさぞこの子を責めただろう。
励ますような言葉をかけようと思うが何も浮かばない。安易な言葉など言っても相手の心に通じるものではないからな。だから俺は自身の疑問を彼女へ問うことにした。
「火の海になった? この町がか。どこも燃えたような跡はないが本当に魔物とやらに襲われたのか?」
町の誇大な門に外壁。山を下るときに見下ろした町並みに災害や魔物の侵攻を受けたような被害は発見できなかった。
「建物は魔法ですぐ直せるんですよ。その驚きようですと知らないんですね。聖女のことと言い魔法といいあなた一体何者なんですか。」
はぐらかす手段はいくらでもあるが自称神も特に口止めはしていなかったし、
誤魔化すのも面倒なので正直に伝えることにした。
「ああ、神とか名乗るジジイにこの世界に飛ばされたんだよ。」
できるだけ真剣な表情を作り話したつもりだ。これが真実なんだと伝わるように。
でもこんな突拍子もない話を「はいそうですか」と受け入れられたらそいつの脳みそは豆腐か筋肉だろう。
「へぇー、そうなんですか。って信じられますか! からかってるんですか。真面目な話です。私だって正直に教団の話をしたんです。あなたの事も教えてください。」
当然コトハは空言で自分をからかったと少し頬を膨らませて抗議する。だが事実は事実。これ以上言いようがない。ならば定番だが現代特有の所持品でも見せて納得させるしかない。
「本当なんだがな…… 。何か持ってないかな。 お、あった。あった。これなら信じるだろう。」
ちょうどジーパンの右ポケットからいつも愛用していたオイルライターが出てきた。
これで火をつけたならばさぞ驚きこの世界にはない技術だと悟り俺の言葉を信じるだろう。
「綺麗な石ですね。どこに身に着ける装飾品でしょうか?
きゃぁ。火が、点いた? いやそれよりもあなたその腕。」
「ん? なんだ腕がどうした。」
コトハの目の前でオイルライターの火を点けると彼女は火が急に発生した事に驚きと後期の視線を向け、そして次に俺の腕を見て顔が急に青ざめ始めた。まるで信じられないものでも見たと言わんばかりに口をあんぐりと開けて何かを崇拝するような態度で改まって言った。
「それは神様から遣わされた者に現れると言う紋章ではありませんか! ああ、神の御使いよ。
私を迎えにいらっしゃったのですね。ありがとうございます。最後に街まで見させて頂きましてこれで私も悔いはありません。」
古傷がたまたまバッテン模様になっているだけでコトハの言う紋章とやらでは断じてない。改めて自身の身体よく見ると昔あった傷のほとんどは癒えておりなぜかこの左腕の傷だけがわざと治さなかったとさえ思えてくるように残されている。
「そんなわけあるか! 頭湧いてるのか。」
そう吐き捨てるとコトハは急に頬を赤らめてもじもじと身をくねらせて言った。
「ではもしや私の身体が目当て…… 。確かに聞いたことがあります。生贄の少女を。」
「なに照れてやがる。こんなお子様ボディに欲情するわけないだろ!」
あまりの勘違いに俺は軽く頭痛を覚えた。もっとグラマーなボディでメリとハリのある女性独特のクビレでもあればとりあえずやってから考えるがこんなロリじゃあ興味の対象にもならん。
そもそも生贄の少女を性的に頂く神様とか、どうせ実態は教団関係者が少女たちを襲う口実にしか聞こえない。
「失礼ですよ! こう見えて私だって成人した女性なんですから。」
「どっちにしてもお前にはまだ早いわ。」
まさかの成人!? どう見ても小○生にしか見えない。
とりあえず話を終わらせたかった俺はマセ餓鬼の頭をこついて黙らせた。
「ひ、ひどいです! やっぱりこんな乱暴な人が神様の御使いなわけないです! 」
「わかってもらえて何よりだ。」
そして次に町入るために上着を脱ぐとコトハの顔に巻き付けると言った。
「とりあえずお前はこれでも巻いておけ。」
「うわぁ。上着を適当に巻かないでください。これじゃあただの不審者じゃないですか!」
確かに巻き貝のようにただぐるぐる服を巻いただけなので明らか変な人にしかみえない。
だが子供みたいな体系だし餓鬼が洋服で遊んでいるようなものだと回りも思うだろう。
「あとは適当にやれ」と言うと俺は門へ向かって歩き出した。
コトハはあたふたと慌てふためきながら俺の上着を丁寧に顔を隠すように巻き門番の前まで行くと身体を強張らせて静かになった。
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門番にはコトハよりも俺の方が怪しい人間に見えるようで根掘り葉掘り聞かれたが、
適当にはぐらかしていたらいつの間にか通してもらえた。
町に入るとまずはお金を得ようと手元にあるオイルライターを売るため商人を探すべく歩いた。
もうすでに日は沈みつつある程なくして夜となる。ならばコトハを両親の元へ連れて行くよりも今日は宿を探すのが先決だ。暗闇の中慣れない土地を歩きまわるのは得策ではない。
大通りまで出ると大きな館にマルコー商店なる建物がありその中に入ると店主が俺の恰好を見て怪訝な顔つきになるがすぐに切り替えると小走りでやってきて言った。
「お客さん何をお探しですか。うちは良い物置いてありまっせ。」
丸っこい体形のデブがビジネスらいくな笑顔を振りまきながらこちらを優しそうな目で見つめる。
俺の服装はどうやらこの世界ではおかしな服に見えるらしく不審者扱いされるのは門の所で理解した。
そして俺の腕に抱えている少女は顔を変な布で隠している。相手を警戒させるのは仕方ないことだろう。
「これを売りたい。いくらになる?」
ポケットからオイルライターを取り出すと火を点けたり消したりして見せた。
元の世界のアイテムが異世界で高価に売れるのはよくある話だ。そもそも文化が違えば作られる道具も違う。俺のライターはさぞ希少で高価になると想像できる。
「火が!? お、お客さんそんなマジックアイテム見たことありませんよ。どこでそいつを。」
まさかこんな身なりをした奴が高価なものを売りに来るとは思っていなかったようで驚愕の表情を浮かべ視線が固まった。おそらく奴の頭の中ではお金の計算で絶賛フル回転中だろう。
「俺が作ったものだからな。見たことがなくて当然だ。」
こう答えてやれば俺といい関係を築ければこの珍しい道具をまた売ってもらえると相手に思わせる。
これで足元を見てくるようなことはなくなると期待したい。
「なるほど。でしたら金貨3枚でどうでしょう?」
最初の提示額はおおよそ低めに設定されている。元の世界でもそうだった。
だからとりあえず強気に他を当たると鎌をかけてみた。
「そうか…… 。あなたとは長い付き合いはできなさそうだ。ほかの店を当たるとしよう。」
「ま、ま、待ってください! 申し訳ありません。よく見たら金貨100枚の価値があります!!」
まさかの返答とばかりに慌てて小走りで店のドアの前で通せんぼするようにでかい図体で壁を作った。
そして額から脂汗をだらだら流しながら買取金額を上げてきた。
正直その上がり様に俺も驚いていた。この世界に紙幣価値はわからないが3枚が200枚だ。増えすぎだろう。
てかこいつ俺なら3枚でも買うと思ってたのか。馬鹿にしやがって。
この店主の狡猾さは理解した。ならば次の手は店主の不誠実な対応を責めるべきだ。
「ほう、見間違いね。あなたの力量はその程度ということか。ならばこの取引はここまでだな。」
「わ、わかりました。私の不実な対応を込みで金貨200枚でお願いします。これ以上の額はほかの店では出せない金額のはずです。」
「店主の誠意はわかった。ここで売らせてもらおう。」
もう少し高い値に釣り上げてもよかったが俺もこれが売れなければ今日の宿もない状況だ。
ここら辺で手を打っておくことにする。欲を出しすぎると痛い目に合うからな。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます。
それにしてもお客様は駆け引きが上手でいらっしゃる。これでも私はこの町一番の商人なのです。その私が赤字ギリギリの値で売りつけられるとは思いませんでした。どこかで商人をされていたのでしょうか?」
「なに相手の表情を読むのに長けているだけだよ。」
とりあえず強気で攻めたら思いのほか値が上がっただけだがな!
「表情ですか。私もまだまだ修行が足りませんね。ビジネスな関係で本音を見透かされてしまうなんて愚の骨頂です。」
「どうぞ。」と金貨入りの袋が手渡され俺は店を後にした。
店を出ると腕に抱えたコトハがブルブル震えながら金貨の袋を指さして言った。
「金貨に、にひゃくまい……。 金貨3枚からそんな大金になるなんて。私なんて途中で気を失ってしまいましたよ!」
そういえば最初はごそごそ動いてたのに途中静かだったのは気絶してたのかよ。
「あ、やっぱり結構な大金なのか?」
「うすうすわかってないんじゃないかって思ってましたけど本当に価値もわかってなくてあんな駆け引きしてたんですね。この額だったら一生遊んで暮らしてもお釣りが来ますよ。王国の収入の1年分ですからね。」
「いまいちピンとこないが大金なのはわかった。とりあえず宿探そうぜ。もう疲れた。お前重いんだよ。」
「だったら早く降してくれればいいじゃないですか! 」
だってね。お前降ろしたら逃げそうだからな…… 。俺だって腕痛いから早く降したいのよ。本当に。
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