表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を守ると誓ったんだ  作者: シン
1/8

1話 罪火に燃え尽きて

深紅に染まる両の手を見つめて思う。こんなに咎人が天国になんていけるはずない。

あの世で出会うのは閻魔大王やサタンとかそういった人たちだと思っていた。


でも実際は違った。俺の目の前には自称神様なる人物が堂々と仁王立ちしている。

最初は邪神とか悪鬼羅刹の類かと思ったがどうやら最高神らしい。


「こら。失礼じゃろうが。まったく最近の若いもんは…… 」


さも当然のように俺の心を透視して見せた初老の男は鎖骨辺りまで伸びる白鬚に純白の白衣を纏い、

ブツブツと説教たれるご老人の背後にはやさしく温かい光が後光となって照らしている。

いかにも神聖そうな雰囲気だ。でも俺は騙されないぞ。


「俺のような罪人の前に現れる神様が善神なわけないだろう。」


「神を疑うと言うのかね! さっきから言っておるがワシは最高神じゃよ。

お主に異世界である少女の命を救ってほしいだけなんじゃ。」


むっとした顔で息を荒立てながら言った。

信心のないやつと思われたのだろうが当然だろう。天国にいけるような善行なんてこれっぽっちもしていない。むしろ悪行の方が多かったのではないだろうか。なのに最高神からお前にしか頼めないんだと懇願されても困惑するのは自然な流れだろう。


高嶺タカミネ ジュンや。お前さんは自分を過小評価しておる。

お主がした事はとても褒められた事ではないが、否定されるものでもないだろう。」


褒めてご機嫌を取ろうという算段か。だがその手には乗らない。

セールストークのテンプレみたいなものだ。相手を褒めて自分の条件を飲ませる。

社会に出て5年も働けば人間の醜い所が自然と見えてくる。

だがこのまま否定し続けてもイタチごっこで話が進まないだろう。


「万に一つあんたの言ってることが正しかったとしてなんで俺なんだ。」


「お前にしかできないことだからだ。」


きっぱりと毅然とした態度で凛として言い放つ。


「いや俺以外に適任なやつは五万といるだろ。」


「えーい。うだうだ五月蠅いわい。すべこべ言わず異世界に行けばいいのじゃ。ホレ。」


思い通りにいかなくて癇癪を起した子供のように急に何もかも面倒になったと俺を指さした。

するとなぜだろう。急に背筋がすぅーと冷たくなり脚がガクガク震える。

急に周囲の温度が氷点下になったようだ。俺は神様とやらを怒らせてしまったのだろうか。

そう思案した、次の瞬間。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ。」


俺の足元に落とし穴のようなものができていた。そして俺は吸い込まれるようにその穴へと落ちていった。


======================================


全身が筋肉痛のようにだるくて身体が重い感覚と時折痛みが広がる。

よっこいしょとジーパンの土を払い身体を起こすと俺は周囲を見渡す。そこにあったのは木。木。木。

眼目に大自然が広がっていた。人口の明かりは一切なくただ陽光がやさしく俺と周囲を照らし出している。

てっきり神様がご乱心で俺を異世界に飛ばしたのかと思ったがどうやら杞憂だったようだ。


ではここはどこだろう? 森の中にTシャツに長袖の羽織を纏い下はジーパンというカジュアルな恰好で手荷物なしのこの状況だ。遭難や餓死といった不吉なワードが頭を過る。

ふと頭上を見上げると山道を登る1人の少女が目に留まった。彼女は時折ふらつきよろめきながら歩いている。

遠目からでは顔立ちはわからないが純白の法衣に身を包み神々しいような白髪が風に揺れてその一房一房が煌めいているようだ。

そんな彼女のどこか神秘的な出で立ちに俺は目が離せなくなった。


そして気が付くと俺は白髪の彼女の後を追いかけていた。

きっとどこか似ていたんだと思う。最愛の彼女に。


彼女は余程疲弊していたのか足取りは遅く追いつくのは容易だった。彼女の周囲をよく見れば左右には騎士のような甲冑を付けた兵士が2人が護りを固めている。

コスプレ? それともドラマ撮影か何か? そんな疑問がよぎるが1つだけわかった事がある。

不用意に近づいて切りかかられたらたまらないそんな雰囲気が重く辺りに漂っていた。


(なんで俺は人の後なんて付けてるんだろう…… こんな事をしても意味なんてないのに。)


自身の無意味な行動に自己嫌悪に陥りながらも残った理性で彼女を追いかけたい気持ちを抑えて元来た道を戻ろうとした。その時だった。

突然彼女が振り向いたのだ。俺の足は釘でも打ち付けられたようにその場から動けずただ彼女の顔を凝視していた。小柄な体形に栄養不足なのか少し痩せこけている少女は目鼻顔立ちは整い一瞬人形なのではと思うほどの美しさとどこか幼さを残し、そして瞳は燃えるような紅で愁いを感じさせる表情で俺を見ると何事もなかったように再び歩き出した。


見つめあっていたのは時間にして数秒だったが時間が止まったように感じた。彼女の視線が外れると金縛りが解けたように俺の時間は再び動き出したそんな感覚に襲われる。

あの顔は忘れられない。だから無意識のうちに呟いてしまう。


美羽みう……。」


その名前を呟かずにはいられなかった。だって、今目の前にいる彼女は髪の色こそ違うが俺の最愛の家族にそっくりなのだから。


自身の生前の悔いが一気に吹き出るように俺の心を埋め尽くした。

だが俺に自身の行いを悔いる時間などなくすぐに現実へと連れ戻される事になる。なぜなら目の前の彼女が向かっている先は切り立った断崖があり疲弊した彼女の状態で進めば気が付かず転落の危険性もある。


そもそも登山では疲労した仲間がいたら休憩を入れるなり下山をするのが当然の選択と言えよう。

なのにあいつらはなぜ無理を押してこんな所まで来たのだろうか。

特に少女だ。まるで戻ることを考えていないような。山に入るには軽装すぎる装いだ。


俺は彼女に忠告するために再度白髪の少女を追いかけようと思った次の瞬間だった。

近づいて初めてわかった、なぜ気づかなかったのだろう。

少女の手には縄がかけられている。それも拘束を目的としたまるで手錠のような。

罪人なのだろうか? あんな子が?


俺の思索を他所に騎士は少女の縄を切ると数歩下がりそして頭を垂れた。

処刑される時に罪人相手に敬礼する馬鹿はいないだろう。だとしたら彼女は何者なんだ。

そして彼女は膝を着くと両手を組みゆっくりと天を仰ぎ見る。

その姿はどこか高貴さと神秘的なものを内包しており気が付くと俺は彼女に見とれていた。


だがすぐに彼女の行動からある考えが頭をよぎりハッとなった。じっと凝視してみてわかったが彼女の服装はどこか宗教チックなデザインだ。背中には円形に十字と魔法陣を合わせたシンボル。腕や首には儀式用と思われる法具を身に着けている。

極め付けには彼女の横には食べ物と酒が置かれていた。

これではまるで生贄ではないか? そう思わずにはいられなかった。


俺の予想を裏付けるように祈りを終えた彼女は徐々に崖の方へと足を進める。

恐怖などないその後ろ姿に彼女も納得して臨んだことと思えたが、

本当は死にたくないんだと言わんばかりに歩幅は小さく足元も小さく震えている。


それを見た次の瞬間。俺は飛び出していた。

理由は色々あったと思う。生贄なんて何も意味がない事。彼女が怖がっている事。

でも一番の理由は妹と似ている彼女を放っては置けなかった。


「おい! 何やってるんだ。」


もう大切な人がいなくなるのは見たくない。それが例え見た目だけ似ているだけの人であっても。

彼女の首根っこを強く引っ張りよせて俺の腕に抱きとめた。


「きゃっ。あ、あなたは先ほどの……。」


彼女はびっくりしたと目を大きく見開きつつもどこか安堵した様子で俺を見つめる。

華奢な身体を抱きしめる腕には彼女が生まれたての子猫のように震えているのが感じられる。


「貴様何者だ。"鎮神の儀"を邪魔するな!」


豪華装飾を施した兜を身に着けた騎士の1人が俺を咎めるように怒りを露わに怒鳴りつける。


「"鎮神の儀"? ああ、幼気な少女に投身自殺を強要する馬鹿の集まりのことか。」


口元を歪めながら見下すように言い放つ。こいつらはおそらく新興宗教か何かだろう。

しかもかなり特殊で過激な部類だ。今の時代に生贄なんてものを真顔で遂行しようとするのだから。

でも宗教とは恐ろしいもので当人たちは至って真剣なんだよね。

現に対面する男2人はわかりやすいぐらい敵意むき出しで睨み、俺の言葉を聞いて無駄にキラキラした飾りの鎧を纏った男はみるみる顔が赤くなり激昂して言った。


「貴様我らを愚弄するか。まさか異教徒か! ならば話は早い。神に見放された愚かな種族よ。その罪を抱いてここで死ぬがいい。」


「罪人なのは間違いないがここで死ぬつもりは毛頭ない。」


自分が信じるものを否定されただけでこの怒りよう愚かなのはどっちなのだろうか。

剣を力強く引き抜くと騎士2人は俺と相対する。

完全にこちらを殺すつもりのようだ。向こうがそのつもりなら容赦はしない。

俺には自信があった。この程度の人数なら十分対処可能だと。


煌びやかな装飾が施された兜を被った男が俺に片手剣を大きく振りかぶって襲い掛かってくる。

俺は少女を横に押しのけると軽く身を翻して躱した、そして足を大きく引いて勢いをつけて相手の重心目がけて蹴り上げた。

例え鎧で要所を守られていても所々穴はある。例えば股間とかね。


「ぐっ。」


膝を着いて前かがみになる男は唇とぎゅっと閉じて苦痛に耐える。男ならここを攻撃された痛みは想像するだけでガクブルものだが、今の俺にとってはその痛みが一瞬の硬直を生むチャンスだった。

俺は男の正面に立って頭を左右に力強く振る。頭をもぎ取るつもりで力一杯に首の骨を折った。

大きく骨を断つ音がして男は一瞬の硬直ののち静かに絶命した。


「カルエルさんを素手で…… お前何者なんだ。まさかレイル教の暗殺者か?

いやそんなことはどうでもいい。お前はカルエルさんを殺した。絶対に許さない!」


もう1方の男がまさかの出来事に困惑しつつも怒りに顔を歪めて犬のようにキャンキャン吠える。


「襲ってきたのはそっちからだろう。こんなもん抜いておいて自分の命は安全とでも思ったか。」


俺は地面に転がった死体から剣を引き抜きながらあざ笑うように挑発した。


「うるさい異教徒め。」


憎らしそうに俺を睨みつけながら剣は槍のように突きさすような持ち方で襲い掛かってくる。

でも先ほどの男よりも直線的に攻めてくるその様子からあまり強くないと悟った。

俺だったら最初にやられた男を見て慎重に攻めるだろう。武器のない敵が武器を持った男を殺したのだ。

アドバンテージは間違いなく武器を持った方だ。なのに結果は逆。俺が生き残っている。

そんな未知数の力を持った奴が武器を持ったのだ。警戒すべきなのは明白。


「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ。」


そんな判断を誤った者の末路は決まっている。男は勇猛果敢に突撃するも軽く避けられて背中を押されて崖下へと落ちていった。

断末魔の叫びを上げながら声は徐々に遠くなっていきついには静寂が訪れた。

男の最後を看取るとやはり崖の淵は真下から吹き上げる風が吹いている。今の戦闘で汗ばんだ身体には心地よい冷めたさだ。


危機は去ったと尻もちをついてこちらをパチクリと怯えた様子で見つめる少女を見下ろした。

まるで極悪人にでも出会ったと言わんばかりに俺を指さし何かを「あ、あ」と呟いている。


「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」


耳が張り裂けんほどの悲鳴が森中に響き渡る。

ひとしきり叫び終わると思いだしたように俺から逃げるため立ち上がろうとするが恐怖で足に力が入らないのかすぐに転んでしまう。

ついには歩くことを諦めほふく前進のように身を引きずりながら逃げようとする。


「うるせぇ。」


俺はそんな少女の首根っこを引っ張ると猫みたいに持ち上げた。


「こ、殺さないでください。私が。私の祈りが足りなかったから。

あんなことが起こってしまってさぞ恨んでいるのでしょう。ですが私は神へ身を捧げる身。

あたなに殺されてしまっては神の怒りを鎮めることもできません。どうか、今は殺さないでください。」


「はぁあ、殺す? そのつもりだったら当に殺してるわ。」


「ではあなたは何を――― 。」


まるで目的がわからないと表情をコロコロ変えて狼狽している。

現代日本で生贄とかどこの未開の地だよ。そんな事を思いながら少女を頭は後ろ向きでお尻が全面になるような形で脇に抱え直して言った。


「君が自殺しようとしてたから止めただけだ。」


「自殺? 私は神に身を捧げようとしただけです。」


余計に意味が分からないと「何馬鹿な事言ってるんですか。」と言いたげな瞳で俺を見る。

その表情からこの子がよくわからん新興宗教にお熱なのは理解できた。

こんなコスプレまでさせて最近の宗教は本当にたちが悪いな。


「あー。めんどくせぇ。」


このままこの少女を解放したらまた飛び降り自殺するか宗教団体の所に戻ってしまうだろうし、説得するにしてもこうやって妄信的に信じてる人を改心させるのは難しいだろう。


「離してください。私には使命があるんです。やらないといけないんです。」


使命とか真面目な顔で言われてもな。傍から見たらただの中二病だな。

てかまだ日も高いしお昼くらいだろ? お前の年齢なら学校行けって話だよ。


「もう、うるさいわ。生贄とか無意味なもん俺の目の前でさせるわけないだろ。」


言わなかったが正確には俺の目の前で妹と似ているお前が死ぬところなんざ見たくない。

絶対にだ。もう二度と見たくない。


「きゃん。お、お、お尻を叩かないでさい! そもそもなんでお尻が前なんです!!」


頬を膨らませてほんのりと顔を赤らめて抗議する。この持ち方だとちょうどお尻が叩きやすい位置なんだよ。

にしても少女を改めてみるとまだまだ子供だ。年齢にして12歳くらいか? こんな子供1人ちゃんと教育できないなんて親は何をしているんだ。あなたの娘は変な宗教にのめりこんでるからちゃんと見張っておけ馬鹿野郎と一発ぐらい殴りにいくか。とりあえず親に押し付けておけば一件落着だろう。

俺の中でとりあえず麓まで下りてこの子の親に会うのは確定事項として決まった。


「よし。お前の両親に受け渡すとするか。麓の方に住んでるんだよな?」


「ええ、そうですけど。って駄目ですよ。私は生贄なのでもう町に戻れません。役目を全うしないといけないんです。」


さてととりあえず山を下るときは直線的に下りるのではなくジグザグにゆっくりと下に下るんだよな。

じゃないと急に崖で転落事故なんてなったらたまらない。

てか荷物がジタバタ動いて抑えるのが大変だ。てかちょっと腕が疲れてきた。


「はいはい。わかった。わかった。落ちちゃうからドタバタ暴れないでね。」


「ぜーったいわかってないです! あと事あるごとにお尻を叩かないで……。」


わかってないのはそっちだろうが! と心の中で毒づきながら麓を目指して俺と少女は歩き出した。

最後まで御覧頂きありがとうございます。

次回は06/02更新予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ