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拝啓、私は百合の毒に殺される  作者: 花井花子
瞳の奥には闇がある
9/14

003

 ◆


 花野子の誤解を解きつつの登校は非常に疲れた。

 それに加えて、友人の少なかった私は今までこんなにも話したことがなかったから余計に疲労感が否めない。“話す”という行為がこんなにも労力がいるものだとは思わなかった。

 思い返せば、生まれてこの方「うん」「はい」「そうなんですね」の三語くらいしか口に出した記憶がない気がする。


 でも、会話は嫌いじゃないかもしれない。


 確かに花野子や乙女さんと話すのは精神的に大変な部分はある。でも、なんだろう。“怖くない”のだ。

 いつものような、これを言ったら嫌われてしまうのではないか、変に思われるんじゃないかという思考が二人には出てこない。だからこそ、自然体で話すことが出来た。

 きっとこれは二人が事情があれど包み隠さず表裏を出して私と接してくれているからだろう。


 彼女らは本当のところ、私をどう思っているか分からないけれど、私は彼女達と話すのは“怖くない”。


 つまりだ。


 教室の奥から睨みを効かせている乙女さんなんか、全然怖クナイヨ。


 休み時間、朝の日課だった花瓶の水を入れかようとした時に、背中から殺意の波動をひしひしと感じた。

 振り向くと、乙女さんが物凄い形相で私を睨みつけている。……嫌われてしまった可能性が高い。

 逃げるように水飲み場に避難して、恐る恐る教室に帰ってくるとの今度は私の机に手紙というか、メモ用紙を裏返しで置いてあった。


『バラしたら殺す。白森くんと話したら殺す。とにかくぶっ殺す』


 素敵なラブレターであった。笑えない。

 もう乙女さんは単純に私を殺したいだけではないのだろうか。

 花野子が『狂気』だとすれば、乙女さんは『猟奇』である。素晴らしい知人を持ったものだ。


「ねぇ、阿達さん」


「へ、あ、は、はい」


 それは突然だった。メモ用紙に視線を落としていると、突然前の席に座っていた白森くんがくるりと振り返って話しかけてきた。なんぞこのパターン、初めて話しかけられた。


「今日さ、誰かと一緒に歩いてなかった?」


「あ、え、あ、はい、あの、隣のクラスの、か、かの、いや、あのかの、こ?」


 もはや今の私はどもった所ではなく、壊れた人形のよう。というより、私は確実に人間として欠陥がある。“会話”という機能が欠落している。


「ははは、ごめんな、いきなり話しかけて。あれって、隣のクラスの宮岸だよな?」


「は、はい、そ、です」


 そんな私にも爽やかな笑顔を振りまいてくれる白森くん。私が女だったら確実に惚れてるだろう。……あれ?


「なんだよ、圭介、またナンパか〜?」


「うっせーな、あっちいけよ!」


「うお、圭介がキレたぞ〜! みんな〜、圭介がまたナンパしてるぞ〜!」


「したことねーよ! あ、こら待て! ごめん、阿達さんまた!」


「あ、は、え、う、は……はい」


 私の返事を聞く前に白森くんはからかってきたクラスメイトを追っていってしまう。

 ……私みたいのにも、気兼ねなく話しかけてくれるなんて。心までイケメンかよ。イケメン恐るべし。

 心の余裕があるって素敵だなぁ。


「ねぇ、アカギさぁん?」


「へっ!?」


 刹那、背後からがしっと肩を掴まれる。ギシギシと肩に指がめり込んでいく。この馬鹿力というか、鬼力を持ってる人間は一人しかいない。


「ちょおっといいかなぁ?」


 振り向くと、にこやかな乙女さんが。しかし、私には見える。乙女さんの背後から禍々しいオーラを放っている殺人鬼が確かに私を睨みつけていた。


「い、いや、まだお昼ご飯……今日、お弁当作れなくて……か、買わな……いと……」


「い い よ ね ぇ ?」


「は、はひ……」


 拝啓、お父様お母様。先立つ不孝をお許しください。言ってる場合か。

 ずるずると引きずられるような思いで、乙女さんに着いていく。死刑囚が看守に着いていくような気分と言うとしっくりくる。


「……あれ、乙女さんどこいくの?」


 こういう時は体育館裏とか、昇降口とか、校舎裏だと思っていたから階段を登っていく乙女さんは意外だった。返答はなく、黙々と三階から四階へ歩みを進める。 四階は三年生の教室しかない筈だ。


 四階まで上がっても乙女さんの歩みは尚も止まることはなく、もう一つ上の階を目指して登っていく。五階……いや、そんな階は存在しない。と、なると――


「屋上……って、鍵かかってるよね?」


 確か、前までは『使用禁止』と言いながらも鍵が開いていたらしいけれど。先日、一年生三人が授業中に突然駆け出して屋上に逃げ込んだらしく、とうとう鍵が掛けられてしまったはずだ。彼女達の教室は黒板に椅子が刺さっていたり、クラスメイト全員が校長室を占拠したりなどの大事件だが、詳細は一切謎らしい。誰とも話さない私ですら知っているという事で、事の大きさは分かってもらえるだろう。


 まぁ、そんなことは置いといて。


 相変わらず私の話を全く聞いてくれない乙女さんはおもむろにドアノブを回した。しかし当たり前だが扉はうんともすんとも開かない。


「それ鍵が掛かっ――」


 刹那、爆音。いや、炸裂音か。金属が飛び散るというか、金属が爆発四散するというか、とにもかくにも形容しがたい、聴いたこともない轟音が轟いた。

 扉がくの字に曲がり、前方数メートルに吹っ飛んでいる。乙女さんが蹴り飛ばしたのだと理解するのに時間は掛からなかった。


「……なんか言ったか、アカギぃ?」


「イエ、ナニモ」


「よし、入れ」


 くいっと顎で屋上に入るように促してきた。どうやら本当に私は死刑になるのではないか。

 逆らってもいい事はないので、素直に執行場へ入場した。出入り禁止の屋上に入るのは、なかなかの背徳感がある。私もとうとう悪の仲間入りか。


「ちょっと待ってて」


 そんな馬鹿なことを考えていると、乙女さんが私に断って吹き飛んだ扉を裏返した。


「……なにするんですか?」


「ふんっ」


 掛け声と共に思いっきり扉を踏み潰す。扉が悲鳴と絶叫をたげたような音を立てて、山なりだった鉄製の厚い扉が平行に戻った。それを軽々と片手で持ち上げて乱暴に入口へとはめる。


「よし、元通り」


 どうやら彼女は元通りの意味を理解していないらしい。華奢な身体つきのどこからあんな馬力が出てくるのだろうか。白人モデルのような恵まれた容姿からでる、鬼みたいなパワー。一騎当千とは彼女の為の言葉なんじゃないだろうか。


「それでなんだけど」


「は、はい」


 手を二度三度ぱんぱんと払って、ようやく私を向いて話しかけてくれた。


「私の白森くんだって言ったよなぁ?」


 もうその表情はオーガだった。美貌もなにもあったもんじゃない。目をひん剥き、眉間に皺を寄せて、私に凄んでくる彼女は人間を辞めている。言ってる場合じゃない。まずは誤解を解かなくては。


「あの、まず、わ、私の話、聞いてください」


 旅行に来た外国人並に吃る。私は日本人じゃないのかもしれない。


「よし、話せ」


 そしてこちらも日本人じゃなくて、恐らく閻魔大王的なにか。


「私、話しかけてないよ!」


「でも、誘惑しようとしたじゃん!?」


「はぁあぁあ!?」


「やんのかぶっ殺すぞ!!」


 駄目だ、全く会話にならない……

 その時だった。誰かが階段を昇ってくる足音がする。助け舟か、と思ったが今私達がこの場にいたらとても危険なのでは? 先生に通報されて、退学になって、親に勘当され、路頭に迷い、村の寒空の下凍死するんじゃないか?


「お、乙女さん、隠れなきゃ!」


「どこに隠れろって言うのよ!!」


「あの、あっち、奥の方!」


「あーもう最悪!!」


 バタバタしながら奥の方へ走り出す。どうか先生ではありませんようにと願いながら。

 今なら花野子の闇にも喜んで溺れるから、助けて下さい神様仏様魔王様!

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