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拝啓、私は百合の毒に殺される  作者: 花井花子
狂気は玄関からやってくる
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002

 

「ねぇ、開けてよ初花ちゃん。ねぇ、ねぇってば」


 がしゃりがしゃりと扉を繋ぐ鎖を掴み、荒々しく揺らす花野子。行動とは裏腹な淡々とした声色に思わず「ひぃぃ」と悲鳴をあげて飛び退き、目の前にいる乙女さんに抱き着いてしまう。


「ちょ、誰、ねぇ、アンタっ……!!」


 あまりの恐怖体験に、素に戻った乙女さんも私に抱き着く。軽くパニックになったように私と鎖を揺らす手を交互に見ている。


「ねぇ、初花ちゃんその女の子誰なのかな、どうして二人でそんなに服が乱れてるのかな、ねぇ、初花ちゃん開けてよ、初花ちゃんなんでその子に抱き着いてるの、ねぇ、初花ちゃんどうして私は入れてくれないの、ねぇ、初花ちゃんお話しようよ、ねぇ、初花ちゃん――」


 そして、花野子は瞳孔が開ききった目で私達を確実に捉えて――


「ど う し て 、 “嘘” 、 つ い た の か な ?」


 私と乙女さんの悲鳴が共鳴する。まるで死神に魂を鷲掴みされたようだった。戦慄が駆け抜ける。死を覚悟する。走馬燈が頭をよぎった。


 へなへなと私は無様に床に座り込む。


「…………今、開けるね」


「ありがとう、初花ちゃん」


 にこりと彼女はいつもの笑顔を見せた。


「は、はぁ!? あいつ、入れんの!?」


 乙女さんは全て諦めた私を鼓舞するように、いや、己の身を守る為にガクガクと荒々しく私の肩を揺らした。ごめんね、会ってばかりだけれど、死ぬ時は一緒ダヨ。ハハハ。


 よたよたと私は地に足がつかない足取りで玄関へと向かい、チェーンをゆっくりと外す。


 ――カチャリ。


 冥界の扉を繋ぐ鎖が外れた音は、死神の鎌の音に私は聞こえた。

 重いドアを引いて、花野子という魔王を迎えいれる。


「ありがとう、初花ちゃん。ごめんね、もう七時過ぎてるのにお邪魔しちゃって」


「ハハハ、イヤ全然ダイジョーブダヨ」


 にこにことしながらも、溢れ出る瘴気は全く隠しきれていないよ、花野子。乙女さんに至っては、もう意識を保つので精一杯という所か。私もデス。

 トラックに轢かれて神様からチート(笑)を授かった歴戦の転生勇者達でも、今の花野子にかかればオーラのみで瞬殺されること間違いナシ。


「上がって、いいかな?」


「モチロンデス、ササ、コチラヘ」


 そしてレベル一桁の私は、不運にもステータスが振り切った魔王を我が家に招いてしまったのである。



 ◆



 ソファに座った花野子は、まるで初めての旅行をしている子供のように、目を輝かせながら私の部屋を見回していた。

 別に珍しいものなんて一つもないんだけれども。


「素敵なお部屋だね、初花ちゃん!」


「あ、ありがとう」


 先程の瘴気は幻だったかのように消え失せて、会ったばかりの花野子特有の天使のような笑みを浮かべる。

 私の隣に座る乙女さんも、ぎこちないながらもにこにこと取り繕ってるように思える。本性を知っていなければ、さながら精巧なお人形さんのようだ。


 三年間、親以外誰一人入ることが無いであろうと思っていた私の部屋には、まさかの美少女という言葉さえも陳腐に思える少女二人が佇んでいるのだ。

 これは夢かと疑ってしまうような光景である。とてもじゃないが、昨日の私は信じられないだろう。


「あ、それでね」


 パチンと胸の前で両手を合わせた花野子によって、再び現実に戻された。


「乙女ちゃん、だよね?」


 びくりと突然名指しされた乙女さんが肩を震わす。

 「はぁい」と眩い笑顔で答えているが、口元は引き攣っていた。


「乙女の名前知ってたんですねぇ……」


「勿論だよ! 初花ちゃんの周りの人はみ〜んな知ってるからね」


 えへんと誇らしげに胸を張る。傍から見ると可愛い女の子なのだが、一々狂気に駆られているのは何故なんだろう。


「乙女ちゃんはさ、どうして初花ちゃんの家にいるの? 今まで一度も入ったことはないし、話したことも無かったよね?」


 あくまでも笑顔のままで。にこりと微笑みながらも発言はなかなか恐ろしい。


「え〜と、鍵が壊れてぇ〜」


「鍵屋さん呼べば直るよね?」


「あ〜、そうでしたぁ、乙女天然さんだからぁ。明日呼ぼおっと」


 テヘッと舌を出す乙女さん。このプレッシャーの中でも“乙女”を貫くその姿勢は、もはやプロフェッショナルそのものである。


「……どうして、二人はシャツがはだけてたの?」


「あ、花野子、そ、それはね着替え中で――」


「じゃあ、どうして初花ちゃんはボタンを掛け間違えてるのかな?」


「え、あ、え!?」


 自分のワイシャツに視線を落とす。すると豪快に三つもボタンを掛け間違えていた。失念。


「え、ええと、これは」


 想定外の事に、しどろもどろになる。焦れば焦るほど思考が宙に飛んでいく。

 思わず乙女さんの顔を見ると、ハッとした顔をして慌てて口を開いた。


「着替えてる途中にね、チャイムが鳴ったから慌てて出てったんですよねぇ?」


「そうそう、そうなんだよ!」


 決して嘘はついてない。


「え、じゃあやましいこととかしてないんだね?」


「ないない、絶対有り得ない」


 暴力は振るわれかけたけれども。


「そっか! 良かったぁ。あ、乙女ちゃん、これを機に私とも仲良くしてね!」


「も、勿論ですよぉ」


 ぱぁあっと後光が差すくらいの笑みを浮かべた彼女は嬉しそうに身悶える。まさに“可愛い”の権化だ。


「じゃ、夜も遅いし私今度こそ帰るね! 初花ちゃん、乙女ちゃんまた明日ね!」


 そう言うと台風みたいに消え去る、彼女。

 なんだか最後までよく分からなかったけれど、無事で何よりなことには変わりない。


「うわ……花野子、鞄忘れてってる」



 ソファーに置き去りにされた、スクールバッグが思わず目に付いた。


「……いいんじゃない。どうせ、明日も会うんでしょ」


 隣に座る乙女さんと目を合わせる。大きな溜息を二人で吐いた。


「悪い子じゃ、ないんだろうけどね」


 乙女さんはそう言うと、疲弊したようにばたりと後ろに寝転んだ。


「そう、悪い子じゃないんですけどね」


「でも相当狂ってるよ、あの子」


「……それは言わないであげて下さい」


 私も重々承知してるから。


「……アンタの友達なの?」


「い、う、うん、今日会ったばかりだけど、花野子からしたら一年半ずっと見ていてくれたみたいで」


「……あー、なんかそう言われたら、何回かそこら辺であの子見た事ある気がするわ」


 ハハッと干からびた笑いがでる。


「完全なストー――」


「それ以上は言わないで」


 私の死んだような魚の目を見て、彼女は「ごめん」と非常に申し訳なさそうに呟いた。別に誰も悪くない、そう、誰も、悪くは、ないのだ……


 そんな諦めを自分に言い聞かせると、途端にどっと疲労感が身体を支配していく。

 ワイシャツ一枚の姿同士で床に並んで寝転んだ。もう何もしたくはないんだけれども、とりあえず――


「着替えましょうか」


「……うん」


 おもむろにのそのそと行動する私達は、まるで他人にはゾンビに見えることに違いない。這いつくばっても動くしかないのだ。時間は、止まっても、巻き戻ってもくれないのだから。

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