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拝啓、私は百合の毒に殺される  作者: 花井花子
ストーキングは蜜の味
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003

 

 握られている花野子の手はとっても柔らかくて、暖かくて、なんだか私の鼓動は少し落ち着きがないような気がする。


 うきうきで乙女さん目掛けて一点追いかける花野子とは裏腹に、私は手汗をかいてないだろうかとか、顔が茹でた蛸のようになってないだろうかとか、余計な思考が滝の如く降り注ぎまくっていた。


 羞恥心が半分、あと半分は何だかむず痒いような、こしょばいような、よく分からない気持ちに支配される。


 そしてこんな時に限って、いや、こんな時だからこそか。脳裏に浮かぶのは花野子と初めて会ったカフェで言われた「好き」という言葉。


 いやいや、自意識過剰にも程があるけども!!

 そんなことは私自身が一番に理解しいているけども!!


 それでもこの胸が苦しくなってしまうのは何?


 めちゃくちゃ苦しい……


 息が詰まる……


 なにこれ……


 と言うよりも……


 もう……


 走れない……


「って、は、速い速い速い!!!!」


「だって乙女ちゃん見失っちゃうよ!」


 ぼんやり考え事をしていると、いつの間にか市街地に入り、人混みという雑多の中で前方にいる乙女さんとはうんと距離が離れてしまった。


 花野子は、その細い身体からは信じられないパワーで私を引っ張り先導してくれる。多分、強引に迫られたら、そのパワーを目の前に為す術もなく私の初めては花野子に捧げてしまう事になるだろう。言ってる場合か。


 花野子の顔を見ると、顔はほんのりと赤く色付き、吐息を切らしながら、額にはじんわりと汗が滲んでいる。

 一生懸命で熱っぽい吐息を吐く美少女は絵になるなぁ。

 私は私で恐らくモンゴル出身力士の様な顔をしているだろう。どすこい。


 前方にいた乙女さんは、吸い込まれるように煌びやな高級ホテルに入っていく。ぽつりと花野子が疑問を漏らした。


「こんな所になんの用があるのかな?」


 ようやく立ち止まり、するりと手を離そうとすると、再びぎゅっと強く握られてしまう。心臓が一瞬大きく揺さぶられた様な、なんだか気恥しい気分だ。恐らく不整脈なので健康には気を付けようと再確認する。


「ど、どうしようか、花野子。こんな所に私達入れそうにないよ」


 ちらりと制服姿の自分に視線を落とすと、「……確かに」と同じ様子で花野子が肯定する。

 ようやくこのストーカー遊びから解放されるのか、そう思った矢先にポツポツ、そしてザァザァと唐突な雨が市街地のコンクリートを強く打っては弾ける。


「うわぁ、降って来たねぇ」


 花野子は少し困った様子で笑いかけてきた。制服は一瞬でびちょびちょだ。

 そんな中でも輝くぐらいの笑顔を浮かべながら花野子は楽しそうに「よし」と一人で意気込む。手を引っ張って高級ホテルへ歩みを進める。


「初花ちゃん、女は度胸だよ!」


「え、え、入るの!? 絶対に怪しい目で見られるよぉ!」


「怪しい事なんかないから大丈夫、大丈夫!」


「ストーカーって怪しいことじゃないの!?」


「………………」


「いや、ここは否定してよぉ!!」


「大丈夫大丈夫!」


 クラシカルな回転扉を押して、根拠の無い「大丈夫」を連呼する花野子が私を引連れて入っていく。


 白色や金色を基調とした高い天井には、滝みたいに大きなシャンデリアが降り注ぐ。床は鏡のように天井を反射させる程ピカピカだ。ぽつりと私の身体から落ちる雨の滴が床を濡らすのさえも申し訳ない上に、“一滴落とす事に、罰金一万”とかいう貼り紙があるんじゃないかという不安にさえ襲われる。


 大きなカウンターに数人いるホテルマンの方と目が合って慌てて花野子の腕にしがみついてしまった。


「だいじょーぶだよ、初花ちゃん。こういう時は堂々としたら意外とイケちゃうんだよ」


 なんだか花野子が言うと犯罪の匂いがするのは置いておこう。

 エントランスにある、これまたお高そうなテーブルに荷物を置き、ハンカチで濡れた制服を拭う。


「初花ちゃんってピンク色好きだよね」


 唐突に何の話だ。


「……そうでもないよ?」


「え、でも下着ピンク色だよね?」


 まさか。


 慌てて視線を下に落とすと、ワイシャツが雨で透けていた。

 バッとブレザーを寄せて胸元を隠す。顔が火照るのを感じた。くそぅ……よりにもよって私に似合わないひらっひらのぴらっぴらのやつを見られるとは……


「べ、べつにたまたまだから」


「えー、でもピン

 ク色四着持ってるよね」


「い、いや、べつに、お、お母さんが買ってきてくれたの着てるだけだから……」


 しかも、ダサいやつばかり。でも私みたい日本人形にはお似合いだからいいんだけど……一人で下着買いに行くの恥ずかしいし……


「あ、そうなんだ。じゃあ、あの黒色のセクシーな奴もお母さん選んだの?」


「そうなんだよ!!……あんなビラビラとか透けてるなんか付いてるの恥ずか……」


 ……あれ?


「ちょっと待て。なんで私の下着の色、花野子が知ってるの?」


「……ん?」


 ニコッと微笑む花野子。しかしながらいつもの笑顔と違い焦りが少し伺えるような引き攣った笑みにも見える。


「いや、おかしいよね?」


「なにがかな?」


「なんで下着の枚数とか知ってるの?」


「うわぁ、雷だぁ……雷コワーイ……」


「いや、花野子の方が怖いよ?ねぇ、なんで知ってるの?」


「ナンノコトヤラ……」


「私の目を見よ?ね?」


 ぐっと花野子の顔を両手で挟んでこちらを向かせるが、頑なとして目を逸らし続ける花野子。

 こ、こいつは……


「かぁのぉこぉ……こっち向けぇ……」


「ハハハ、初花チャン激シーイ」


 こいつめ、本当に何処まで知ってて、否、どこまで禁忌を犯してるんだろうか!!

 とりあえず今日から更衣室は注意するし、家ではチェーンを忘れないようにしよう。そして、念の為にカメラや盗聴器が室内にないか帰ったら調べよう。……まるで犯罪者に対するそれじゃないか。いや、確定級の犯罪者なんだけど。


「本当に犯罪はやめてよね!」


「おっけい!」


 きゃぴっと小首を傾げて頭の上にOKマークを片手で掲げる可愛い生き物。あざとさにあざとさを感じないあざとい奴である。

 全く反省の色が無色透明まっさらさらだ。


「宜しければタオルお使いになりますか?」


 唐突にホテルマンが笑顔で声を掛けてくる。


「え、タオ、タオ、タ、いり、るり、ゆ……」


「ありがとうございます、床濡らしちゃってすみません」


「いえいえ、突然の雨でしたからね。お気遣いなく雨宿りにご利用下さいませ」


「あり、あ、ありが、り、ござっ」


 ホテルマンの方はニコッと微笑み、タオルを手渡してくれるとカウンターへ戻っていく。

 自信とたっぷりの余裕がある彼とは対照的に、己の情けなさに涙が出てきそうになる。

 ありがとうございますの一言さえ言えないとは、もはや知能が幼稚園児以下である。自己嫌悪で自分に対する失望のような憂鬱が身体全体に流れ出したような錯覚に襲われる。


「ねね、初花ちゃん」


「……なに?」


「今、落ち込んでる?」


 顔に出てたのかな。

 察されたのが少し気恥しく私は俯きながら「ははっ」と自身でも意味の分からない渇いた笑いをひとつ零して続けた。


「私は花野子が羨ましいよ。誰に対しても堂々としていられて、自分の思っている事を素直に伝えられる。それって私みたいな駄目な奴は多分一生出来ないと思うから、凄いなって」


 卑屈な気持ちを抜きにして、思っていた事を思わず口に出してしまった。私は花野子に引っ張られていただけで、本性は根暗でネガティブで人見知りの駄目人間だと再認識する。


 すると「あのね」と短く言葉を放ち、私の右手を両手でがしっと掴んで、花野子自身の胸に押し付けた。


「えっ、はっ!?」


 めちゃくちゃ柔らかいし、あったかい。って、そうじゃない!!


「わかりますか!」


 そんな奇行をした花野子はあくまでも真剣な眼差しで私を見つめる。


「な、なに、なにが!?」


「心臓!!」


 言われてハッとする。

 花野子の心臓は跳ね返してるように忙しなく脈打っている。

 心無しか手も若干震えてるし、唇はぎゅっと固く結んで、頬は少し朱に染まっている。


「あのね、私ずっとこんな感じなの。初花ちゃんと手を握ってから」


 意を決した様に話を続ける。


「憧れの初花ちゃんとお話が出来て、しかも、憧れの初花ちゃんと恋人繋ぎが出来て」


 花野子の心臓はより脈打つ。


「初花ちゃんには恋人繋ぎは普通って言ったけど、あれ嘘なの。どうしても初花ちゃんと恋人ごっこがしたくてついた嘘だから、私は本当は狡い女なんだよ。だからーー」


「アンタ達なにしてんの……?」


 不意に訪れた金髪の君。

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