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拝啓、私は百合の毒に殺される  作者: 花井花子
ストーキングは蜜の味
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002

「花野子、お待たせ」


 今の私の台詞、めちゃくちゃリア充っぽい。

 朗らかに微笑む花野子はまたもや私に絡みついてくる。スキンシップが激し過ぎて、段々と慣れてきた。これがショック療法というやつか。多分、違う気がする。


「ううん、大丈夫だよ! それより、どうして初花ちゃんは消臭スプレー使ったの?」


 えぇ……早い……核心を突くまでが早すぎるよ。シャーロックホームズもびっくりのスピードだよ、ちょっとは私の努力を汲み取ってよ。


 仕方が無い、ここで闇花野子(命名)になられても困る。主に私の命が困る。ええい、切り札だ。


「ほら、花野子が抱き着いてくるからさ……私、臭かったりしたら、花野子が二度と抱き着いてくれないんじゃないかって……」


 我ながらクサイ台詞だ。鼻がひん曲がったかもしれない。いずれ使おうと思ってた切り札を、こうも簡単に切ることになるとは。宮岸花野子、どこまでも侮れない女子である。


「ええ〜? え、なになに初花ちゃん可愛すぎない? 大丈夫? 誘拐しちゃうよ?」


 口を開けば「誘拐」か「監禁」しか出てこない彼女は、今日も平常運転である。前世でどんな深い業を背負ったら、こんな狂気が生まれてくるのだろうか。


「それより、どこ行くの? 花野子ツアーだっけ?」


「うん、もう始まってるよーっ」


 スーパーボールが跳ねるような声色で、私と一体化しようというくらい身体を密着させてくる花野子。校門の近くだから、下校途中の生徒達の目が気になって思わず、後ろから絡ませてくる花野子の腕に顔を埋めた。

 誰に見られているという事は無いんだろうけど、誰かに見られたら恥ずかしいという羞恥心が酷く心臓を急かした。


 別にこんなスキンシップくらい、クラスメイトの女の子達は日常茶飯事で行っているのは理解しているけれど、そんなイケイケスーパーJKには程遠い私なんかがやっていいのかと気後れしてしまう。

 さらに、その相手がこんな可愛い子なんて……あぁ、すみません不細工が調子こいて美少女と遊んでしまってすみませんごめんなさい殺さないで下さい。


「大丈夫だよ、恥ずかしがらないで?」


「え?」


「ほら、誰も見てないでしょ?」


「ね?」と花野子は小首を傾げた。

 私が悩んでいたのを、花野子はその超能力じみた察知能力で察してくれたのかな。凄いけど、怖い。でも、なんだかその心遣いがとても心を温かくしてくれた。


「だから、こっちがガン見しても、意外と相手は気付かないんだよね。ほら、初花ちゃんもターゲット探して!」


 ……は? 


「……ごめん、何言ってるか分からない」


「えぇ!? 初花ちゃんってもしかしてお馬鹿さん?」


 同性をストーカーする大馬鹿者に心配された。

 めいいっぱいのうんざり顔をしているだろう、私の表情筋が引き攣るのを感じる。

 そんな私の事なんてお構いなしに、ギラギラと花野子は道行く人を大きな瞳で観察する。


「あの、花野子、説明してくれない? 出来れば一般人にもわかり易く」


「まったく初花ちゃんは甘えん坊だなぁ」


 仕方ないといった様子の花野子が、腰に手を当てて得意気に語り始めた。


「花野子ツアーとは、その名の通り面白そうな人に目星を付けて、こっそり後を追うツアーだよ!」


 どの名に通ってるんだよ。


「それでね、その人の目的を当てるゲーム! 基本的にみんな真っ直ぐ帰宅しちゃうから、なにか用事がありそうな人を見つけるのがポイントだよ!」


 えっへんと、花野子は言ってのけた。得意気に。


「……それって、ストーキングだよね」


「ほら、初花ちゃんも探して探して!」


 今日は都合の悪いことは聞こえないらしい。


 どう考えても、人の道を外れる遊びだが、花野子のキラキラと輝く目を見ると止めるに止めれない。流石、本職である。もしかしたら私もこんな感じでストーキングされ始めたのだろうか。


 仕方が無いので花野子に急かされないように、私も探す素振りだけ見せる事にした。お父さん、お母さんごめんなさい。私は修羅の道へ足を踏み入れます。もはや止まれぬ。


「あっ」


 そんな時に、ぱっと目に入る目立つ人が。


「ん、どうしたの?」


 それは見知った、見知りたくなくても強制的に見知った彼女だった。


「あそこの金髪の……乙女さんだよね。綺麗だなぁ」


 夕日を反射させる鏡のような美しい髪を靡かせて、新雪のような真っ白な肌を持っているのは彼女しかいなかった。

 猟奇的な彼女、乙女さんである。


「……へぇ。ふーん。ソーダネ、綺麗ダネ。あんな遠目で分かるなんて、仲が良いんダネ」


 そして狂気的な彼女、花野子があからさまに機嫌を損ねる。

 あぁ、もう、ナイーブ過ぎるよ!!


「いや、ほら、金髪の子なんてうちの学校しかいないし? それに私は花野子だって、遠目で分かるよ?」


 遠くからでも狂気をびんびん放ってますから、むしろ気配だけで分かりますよ、ええ。


「……う、うん、ありがとう」


 そしてテレテレと可愛く照れる宮岸花野子さん。チョロ可愛い。

 悪い男を好きにならないで本当に良かった。私に好意を抱くのも、どうかと思うけど。


「よし!」


 一転、やる気を出すように胸の前でパチンと花野子は手を叩く。決意したような顔つき。嫌な予感しかしない。


「ターゲットは乙女ちゃんだ!」


「……えぇぇ、まじかぁ」


 悪い予想ほど的中するもので。目を輝かせたストーカーがギラギラと獲物を捕捉する。気をつけて、獲物の見た目はウサギだけど、中身はマウンテンゴリラですよ。


 乙女さんは、一人で市街地の方へ歩みを進めていた。あっちはアパートとは逆の方だけれど……


 その旨を花野子に伝えようとすると、彼女はしたり顔で「面白そうでしょ?」といったような顔をしていた。なんか可愛いけど、イラッとくる。


「よし、見失わないように追うよ! ターゲットにバレないように出来るだけ自然にね! 逆におどおどしたら目立つから、視界の隅にターゲットを捉えながら、仲の良い友達みたい感じで!」


 まるで犯人を追う熟練の刑事や探偵のような口ぶりだが、立派なストーカーですありがとうございました。


「久しぶりに初花ちゃん以外追うなぁ!」


「うん、私も追ったら駄目だよ」


「よーし、出発だぁ」


  神様、どうかこの子に聞く耳を授けて下さい。


 満面の笑みを浮かべて、花野子は私の手を取る。

 指を絡めて、要するにーーーー


「か、花野子……この繋ぎ方は……」


「どうしたの?」


「所謂、これは、こ、“恋人繋ぎ”、というやつでは……」


「えー、こんなの普通でしょ。初花ちゃんは遅れてるなぁ」


「うっ………いや、まぁね、確かにね。うん。そうだ、普通だった。言われてみたらね。うん。いや、うん。うん。」


 ……そうかぁ、都会の女子高生はこれが普通なのか。

 危うく田舎生まれがバレて迫害される所だった。バレてしまったら“田舎っぺ大将”とか呼ばれて、毎日後ろ指を指されて、どこぞの令嬢辺りに「お父様、あの田舎っぺ大将とかいう小娘と同じ学校なんて耐えられませんわですわ」とか告げ口されて「ハッハッハ、父さんは校長と旧友なんだよ任せなさい」とか話が進んで校長先生が「君には悪いけどあの人には逆らえないんだ……」って退学を通告されて……


「あぁ、父さん母さん……田舎が染み付いた私をお許し下さい」


「初花ちゃん、行くよ〜」


 グイグイと手を引っ張られる中、私の思考はどうにも負の方向にしか向くことはなかった。もしかするとこの後ストーカー罪的なので死刑とかになるのかもしれない。親不孝な私をお許し下さい。

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