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『本日の運勢は最悪。思いがけない出会いにパニックになりそうな予感。ピンチをチャンスに頑張って』
(出会いがあるだけ、最高だと思うんだけれど)
そんな事を漠然と思い浮かべながら、携帯に表示された星座占いを閉じる。そう、出会いがあるだけ最高なのだ。
生まれも育ちもど田舎だった。
一つの校舎に小学校と中学校が入っている。
だからと言って校舎は広いわけではない。
公民館が二つ程度合わさっただけの、現代においては非常に珍しい木造二階建て。そこに小学校と中学校が合わさっている。
私が卒業した時点では全校生徒は小中学生合わせてのべ七人。同級生がいる学年は小学四年生と六年生だけだった。
この村と言うべきか、疎開地と言うべきか。とにかくこの秘境にある中学を卒業すると、大抵バスで二時間かけてある隣町の水産系高校に進学する。
そして、高校を卒業すると村で漁師となり、夫となり、妻となり、村で一生を終える。
そんなの私は私が許さない。
小さな頃から、自らの将来に憂いた私は馬鹿みたいに机に齧り付いて、馬鹿みたいに参考書を始末していった。それが終えるとバスで三時間かけて小さな町に行き、また別の参考書を買い漁った。
誰とも遊ばずに、いや、子供自体、村には少なかったけれども、とにかく誰とも遊ばずに、私は小さな頃から参考書と向かいあった。
そして、得られたものは二つ。
一つは村からバスや電車を含めた移動時間約七時間もある、都会の有名私立高校への入学。
そして、もう一つは……
「まじだって! 鈴木がさぁ……違うって、あはは! はい、プリント」
そうい言って、学校でトップレベルのイケメンである白森くんが前から配られたプリントを渡してくれる。
「あ、あああ、あああ、あり、ありが、あ、あ」
「……? あ、そうそう。でさぁ、鈴木の奴が昨日――」
……ありが、とう。
そう、生まれて十七年間、親や先生以外と話してこなかった事による弊害。
私は気付かぬうちに、重度のコミュニケーション障害を得てしまったのだった。
これはそんな私が生まれ変わり、チートを得て、異世界に転生し、ワンパンで魔王を倒して、イケメン達に囲まれ、なんか令嬢?とかになったりして、なんやかんや幸せスーパーロードを歩む、痛快炸裂ハートフル逆ハーレム玉の輿物語である。
「……んなわけ、あるか。お馬鹿」
下校。それは夕日を浴びて、雑踏に溶け込み、根城に帰る至福の時間。
私は自分の間抜けな思考に、己で小さくツッコミ、ぼちぼちと歩いていた。
最初はこんなはずじゃ無かったのだ。今頃、中学生の想像していた私はスカートを短くして、友人らとプリクラ?とかなんかそんなやつやったりして、パッフェとかホットケー……パンケーキとか食べてキャッキャッウフフしてるはずだったのだ。
しかし万を辞しての入学式。全校生徒千人弱のマンモス校。私は入学式中に人に酔って倒れてしまった。それもそうだ。狭い体育館に大人数。村の人口は二百人弱。それだけの人を見たのは初めてだったのだから。
気付くと自室のベッドの上だった。
今でも心配そうな母と父の顔が脳裏に浮かぶ。
「やっぱ、隣の町の水産高の方がいいんじゃねぇか?」、その一言にムキになって両親をすぐにアパートから追い出したのは大変悪いことをしてしまったと反省をしている。親心は後になってから身に染みるものだ。
それからクラスの輪に溶け込むスタートダッシュに遅れた私に待ち受ける現実はただ一つ。都会生まれ都会育ちの同級生達に酷く気後れして、まともに喋れない私は、俗に言う『ぼっち』になってしまったまま高校二年生の秋を迎えてしまったわけである。
まぁ、慣れたものではあるが。友達が欲しくないと言えば嘘になるけれど、都会で一人暮らし出来るだけ満足だ。
チラリとラーメン屋の汚れたガラスに映る自分と目が合う。若干、目がつり上がってて、重く、長い黒髪。ぱっつん前髪のせいか、どこか妖怪のようにも見えてきた。それに白い肌、と言えば聞こえもいいものの、貧相な日焼けのない青白い肌は引きこもりそのものである。
何度か髪型を変えるなりイメージチェンジを図ろうとは思ったのだが、コミュ障にとっては美容師さんにイメージを伝えるのは苦痛そのもので、何度も断念している。
「……頑張れよ、ブス」
自分で言って、自分で落ち込む。
「え、ブスじゃないよ?」
いや、ブスだよ。ほら、だって、後ろに立ってる女の子と比べたらヤバいよ。垢抜けた栗色のふんわりした髪に、少し目尻が垂れた、大きく丸いキラキラした瞳。めっちゃ可愛いじゃん。肌とか唇だって、ぷるっぷるのツヤっツヤだよ。それに私と違って、胸だってある。私と違って。
「自分の魅力分かってないよ! 可愛いよ!」
「いやいや、お世辞はいらないですから……」
悪い気はしないけれどもさ、いきなり話しかけ……え?
「は? え?」
声がする方へ振り向くと、私と同じ高校の制服を着た、私とは似つかわしくないくらいの、“美少女”という言葉すら安っぽく感じられる、高嶺の花が咲いていた。
「ほら、笑ってみて? にこーって!」
「え、は? だ、だだだだ、だ、だ」
「あれ? どうかした?」
そういって見知らぬ女子高生は小首を傾げる。
いや、めっちゃ可愛いです。違う、そうではなくて。そうではなくて!!!!
「だ、だだ、だ、誰です、か!?」
「……相手の名前を聞く時は、まずは自分が?」
彼女はそう言うと、胸の前で両手をぱちんと合わせて、夕日に負けないくらい優しく眩しい笑みをこちらに向けた。多分、私が男子だったら確実に惚れている。
「……阿達です」
「下のお名前は?」
「初花……阿達初花です」
「おお、名前まで可愛いんだね!」
そういって屈託のない笑みを浮かべる彼女。
彼女のそんな笑顔を見てか、名前を褒められたことに関してなのか、はたまた人見知りからくるものなのか、とにかく私の顔は今、燃えるように熱い。
「私はね、宮岸花野子。花に野原に子で、花野子! 変な名前でしょ?」
「い、いや、ぜ、全然、あの、か、か、」
「か?」
……可愛いです。そんな一言が言葉に出せない。
花野子さんは不思議そうな顔で私を覗き込んでくる。一々仕草が可愛くて、どんなにあざとくてもあざとさが感じられなく、『可愛い』の塊みたい人だ。
「……か、可愛、い、と、思い、ます。はい……」
「あはは、そっか! ありがとね、初花ちゃん!」
彼女は照れくさそうにして、紛らわすようにハニカミながらぽりぽりと細い指で頬を掻いた。
そして、思い付いたように両手を胸の前でぱちんと合わせる。どうやら、これは花野子さんの癖のようだ。
「ねぇ、初花ちゃん! これから暇かな?」
「え? あ、はい。帰る、だけ、ですから……」
もっとハキハキなんで言えないかなぁ、私。
「じゃあさ、ここで話せたのも何かの縁だし、ちょっとそこのカフェでもいかない?」
大天使ミカエルも裸足で逃げ出すような笑顔で、提案してくる花野子さん。こんなお誘い誰が断われようか。断ったら花野子ファンクラブ(多分あると思う)の皆様にたちまちサンドバッグにされるだろう。
こくりと頷いて見せると、花野子さんは「良かった」と胸を撫で下ろした。
お父さん、お母さん、私にも素敵な友達が出来そうです。
花野子さんの背中を追うようにして、私は初めてお洒落なカフェへと足を踏み入れたのであった。