オッドアイの女
きょうはあたらしいトモダチができたんだ。
しかもボクとほとんどおなじすがたをしてるんだ。 なまえはってきくと、ないよってかえすんだ。
だからボクがつけてあげたの。
つばさのはえたおんなのこ。
ながいよってわらわれちゃった。
このこもトモダチのコエがきこえるんだ。
これからはいっしょにあそぼーね。
─────リンネの持つ日記の一ページ
───人間は弱い。あざとい。醜い。
二百年前までの人間は自分勝手で繁栄のためなら他の動物を無慈悲に殺す愚者共だったらしい。
だから動物は人間に報復するために変貌を遂げたのか?どうやって?
その答えはきっと“ヤツ”が知っている。
俺の師を、生き甲斐を、全てを失わせた事件の首謀者。
人間ではないヒト。[シンカビト]。
失踪中、そいつを捜す目的を(エタニティに)阻害されたが、情報が皆無の今、俺は動けない。
大人しくエタニティの隊員として情報を待つしかない。
じっと待つしかない───
リンネ・リゲル。本名、黒銀 輪廻。日本人男性。
彼の悲しげな瞳の奥には、憎しみと野望が隠っている。
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「die quietly……」
全身を纏う黒色のレザーコート。
満月の淡い光で黒く輝く二丁銃。
「Do you still alive?」
眼前で伏す化け物の眉間に躊躇いもなくその銃口を向ける。
渇いた風で煽られる水色の長い髪。
やがて風が止むと、それを合図に甲高い銃声が一つ、ここ北海道国防壁外で鳴り響いた。
そして彼女は風が吹いた方向を見やると、
「……あれからもう三年経ったのね。リンネ」
頬に付着した血を拭い、左右が緑赤の異なる瞳で、静かに彼女は呟いた。
彼女はルナ・スピカ。
かつてエタニティの後衛隊隊長を勤め、リンネを含むとあるチームの一員である。
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「じゃ、今回の任務を再確認するわね」
高速道路をレンタルした車で駆ける中、暇を持て余したクルーはファイルから写真を取り出した。
写真は少々ぼやけながらも、特徴的な水色の髪と緑赤の瞳をしたルナが写されている。
「これは数日前に北海道国で撮られた写真ね。リンネちゃんを除く“あのチーム”の三人は今も失踪中。そのうちの一人、ルナちゃんは北海道国にいる。捜し出して、エタニティに戻ってもらうことが今回の任務ね」
「……月女神サンが素直に戻るわけないけどな」
隣席で外を見つめるリンネは一人呟いた。
エタニティは派遣のためにヘリを頻繁に利用されるが、今回のリンネ達の任務は動物討伐でも出張でもない、単なる人捜し。
故に貴重な空からの移動を利用せず、海からの移動に発達した[高速船]で僅か数時間で北海道国海岸に辿り着いた。
原因不明だが[水中に生息する]動物は変貌現象を遂げないため、海辺付近に防壁は無い。
彼らはひとまず、北海道国のエタニティに向かっている。それが現状況だ。
リンネが失踪した仲間を捜し出す。
これは自身が身勝手に行方を眩ませた義務であるが、一つの取引があった。
それはロージに見つけ出され、半ば強引にモーラルと一対一で対面した際に申し出た取引。
失踪中の仲間を捜索する代わりに、全員を見つけ出した暁には、自分が捜し求める“人間ではないヒト”を見つけ出すために全面協力をすること。
リンネにとってかつての仲間を戻す任務は、自身の目的を達成させるための課題でしかなかった。
北海道国エタニティに到着してから数十分。待合室で待機するリンネとロージの元にクルーはやってきた。
エタニティの外形や施設は東京国のそれと変わりはない。出張してきた隊員達が少しでも馴染めるように設計したのか、それはリンネ達が知ることではない。
「で、月女神サンはここにいるのか?」
先程受付でクルーはルナの行方について問うたところ、この国にいることはクロだった。
「……だけど、時折隊員達がここで顔を見るだけで、どこに住んでいるのかはわからないって」
「……北海道国は広すぎる。適当に捜し当てるなんて不可能だな」
ではどうすれば。クルーは頭を抱えて座席に座り込む。
そもそも失踪中の三人は東京国エタニティ以外では捜索活動は行われていない。
ましてや全世界に何人もいる隊員のうち三人が行方不明となったことなど知らぬエタニティも多い。
北海道国はその例の一つだった。
沈黙が続く中、ロージは茶の革服から一服しようと吹かしたタバコをそのまま口に加える。
そしてすぐに咽せる。吸えないタバコを吸う癖は未だに治っていない。
「……そう言えば[カラス]って知ってる?」
横でロージの愚行を無視したクルーは重たい空気を変えようと耳にした噂を口にした。
「カラス。伝説の存在とされた鳥類の一種。真っ黒な体で俊敏に動いて、獲物を狩っていたらしいの。この国の付近でね」
二人はカラスという動物を知らない。クルーは偵察隊という役割のために、普段は抜けているが、動物知識ではそこらの隊員よりもずば抜けて持っている。
「鳥類は存在しないはずだ。いたら防壁を飛び越えて人類は絶滅してるだろ」
いつ買ったのか、飲み干した空き缶を投げ捨てたリンネが言う。空き缶は近くのゴミ箱に吸い込まれるように入った。
「……ともかく、今日はホテルにでも泊まりましょう。いいですね隊長?」
首を縦に振ったリンネは何やら目線を外して考えているようだった。
黒い髪を掻き、二人に聞こえないように、
「真っ黒ねェ……。行ってみるか」
と呟いた。
空はまるで業火のように赤く、黄昏の刻を表していた。
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昨夜同様、今宵も満月。しかし月の周りは暗雲に包まれていた。
まるで自分だけを見てと訴えているように、その月は下層の世界を照らしている。
場所は北海道国西門付近の国外。
リンネ達が北海道国を訪れた場所はかつて“釧路”と呼ばれた地。
そこから西門を抜け、“旭川”と呼ばれた森で彼女────ルナは一本の木の下で腰を下ろしている。
彼女がこの国を訪れたのは二年前。十六歳の頃だった。
あの事件でリンネともう一人の女性が失踪したことに絶望落胆し、チームだった男性と共に自身もエタニティから抜けた。
今ではその男性とも散り散りとなり、放浪していた彼女は偶然北海道国に着いた。
それからは人気のない街隅に家を建て、自身の存在を出来るだけ明るみに出ないようにした。
それ以来、彼女は警備の隙を見て門を抜け、国外で散歩を行うことを趣味としている。
しかし国外に出るということは、防壁という救世主の目から離れ、無法者の住処に足を踏み入れることである。
ルナはその無法者に囲まれていた。
緑赤の瞳から映し出される無法者だけで五体はいる。
シカと呼ばれるそれは今まさにルナを食そうと血が混じった涎を垂らし、一歩一歩近づいていく。
頭部の角は棘が無数に生えており、獲物の肉を抉るには有効な武器だ。
ボサボサした茶の毛は黒い血が付着している。
突進の瞬発力を何倍にも上げる脚は大木のようだった。
一体のシカが四、五メートルの巨体でルナに狙いを定め、突進していく。
「Fight with me?」
相手を選べ。呆れて口には出さなかったが、心でそう思う。