同じ血
道中、やはり〈黒き者〉の襲撃は避けようのないものだった。力を増したそれに一行は苦戦したが、さすが精鋭。先日の国軍の中隊とは比べ物にならないほど、あざやかにそれらを撃退していった。ライラックもこれには素直に頷くことができた。
「ね、まだかしら。」
夕暮れの休憩の中、シャーンは何度も何度もライラックに尋ねた。シャーンにとって、ちゃんと城の外に出たのはこれが初めてだったのだ。
「もう少しですよ。ほんとに。あと・・・一時間くらいです。」
彼女は、木陰で休んでいるライラックにむくれたような笑みを浮かべ、木の葉の隙間からあふれる木漏れ日を仰いだ。
「この世界はとても綺麗。水は脈打つように流れ、樹はその神秘をたたえるように佇む。空気は甘くて、太陽の力強さに目がくらみ、大地にのまれないようにわたしは立つの。」
語りながら、ライラックの隣に座る。そして、彼の手の甲に自分の手を重ねた。
「でも、なんだかもの悲しい。」
そう呟くシャーンに理由を尋ねようとした瞬間。彼らの後ろに潜む草影が揺らいだ。
ライラックからは穏やかな眼差しは消え失せ、シャーンをかばい、ぐっと警戒心を高める。手はすでに剣の柄に添えられている。
「よっ、シャーン。ひさしぶり♪」
その人物はひょうきんな声を上げ、ガキ大将のような笑みを浮かべ、こちらに近づく。
「・・・春宮・・・!?」
ライラックはさきほどとは違う警戒心を抱き、彼の肩越しにシャーンの頬は強張った。
「この鎧重いな~、兵士は大変なんだな・・・。」
ひとりでしみじみと語る武将のような髭のある青年。春宮・ラーマ。シャーンの長兄だ。
そうすると、今度はどかどかと怒りを含んだ足音が聞こえてきた。
「兄上!!!!!!」
「おっぶ!!!!???」
まだ幼さの残る青年はラーマの頭を引っ叩いた。身なりは、ラーマと同じく兵士の甲冑だ。
「・・・って~~~、ハミトぉ、私のことを兄だと思ってるか?一応、春宮なんだけど。」
「兵士とドンチャン騒ぎをしたあげく、作戦を無視していなければ。偉大な兄上だと尊敬しますよ。」
ハミトは盛大にため息をつく。この様子だと、ラーマは相当に自由奔放したらしい。
「それよりもな、ハミト。おまえもわかったか?兵士の甲冑があまりにも重いと思わないか?・・・これは早急に改善すべきだ。もっと軽く、なおかつ耐久性のあるものに!」
「それは私も思っていました。・・・じゃなくて!!!」
この兄弟のやりとりを、シャーンとライラックは文字通り、口を開けて見ていた。
とりわけライラックは、皇子であるラーマとハミトが口をきいている姿を見るの初めてだったため、ある種のダメージを受けていた。
「・・・あ、なんかひいてる。」
ラーマはにやぁっと笑うと、ライラックの方に腕をまわした。
「おいおい~、やっぱおまえたち・・・デキテルカンジデスカ?」
「は?」
ライラックは素のトーンで返事をした。
「だよなー。だって、こんっっっっなガキの頃から一緒だもんな~♪・・・どこまで進んでんの?」
「兄上!いい加減にしてください!!」
何故かハミトが顔を赤くして怒鳴り、兄の首根っこをつかんだ。当のラーマはそれすらも面白がっている。
「ラーマ兄上、ハミト兄上。なぜ、このようなところにそのような身なりで?」
シャーンはくすくす笑いながら、兄たちに尋ねた。
「そりゃ、妹の見送りだよ。でもさ、母上がなんだの心配性だから、こうやって兵士に変装してついてきたってわけ!」
「この護衛の兵士たちは、すべて兄上と私の息がかかった者たちだ。心配はいらんぞ。」
「で、シャーンの見送りをしようって言い出したのは~・・・ハミト兄ちゃんなんだよな!」
風がハミトの額にある傷をなでる。シャーンは少し顔をしかめた。シャーンとセリの溝の原因となったものだからだ。
幼少のシャーンは〈奇跡の君〉としての力の制御ができなかった。そんなときに、シャーンとハミトは些細なきょうだいゲンカをした。怒りはシャーンの力を引き出し、ハミトを傷つけてしまった。そこから、セリはシャーンを恐れるようになったのだ。
「ハミト兄上が・・・?」
「い、妹の見送りに行かないとなれば、兄としてのあれがだな・・・。」
ハミトは恥ずかしげに頭をかく。シャーンは嬉しそうに微笑んだ。
「それから、セナからの花向けだ。さすがにセナを連れ出すのはまずいからな。」
ラーマは懐から朱色の花が刺しゅうされた巾着を取り出した。シャーンは受け取り、中を開けた。
中からは、コスモスの花のしおりがでてきた。
「セナは一番綺麗なコスモスを探すんだと、秋空の中、3時間も城の庭という庭を駆け回っていた。」
ハミトは愛おしげにその光景を説明した。シャーンは幼く愛らしい妹をそっと思った。無邪気な子、セナはセナのままでいてほしい。自分のようにならないでほしい。そう強く望んだ。
「そして、私たちからはこれを・・・。」
ラーマはシャーンの首にそっと何かをつけた。鎖骨のくぼみに冷たい何かが収まった。
「・・・兄上・・・これは・・。」
濃い紫の玉は夕暮れの日にあたり、その輝きを増す。それは皇帝家に伝わる玉だった。それを銀の鎖に通し、首飾りとしたのだ。
「〈奇跡の君〉やら〈伝承〉やらを私たちは重んじている。私もハミトもそうだった。それらを敬い、それらを真としていた。・・・おまえが、人質になるまでは。
表向きは国の民のため。だが、ほんとうは〈伝承〉を成立させるため。〈王の王〉のもとへ〈奇跡の君〉を売ったのだ。恐れながらも、父上はそういう方だ。赤子のようにそれを信じておられる。
おかしいよな。実の娘が帳をまとうところへ行くというのに、〈伝承〉のためだと正当化している。・・・この国は、暗い。」
ラーマの言葉にハミトが連なる。
「どうか私たちを許さないでほしい。変える力のない私たちを。それがこの兄たちからの心からの願いだ。
そして、許してほしい。私たちとおまえとには、天変地異すらも変えられぬ、同じ血が流れているという事実を。私たちがおまえを妹として慈しむことを。」
シャーンの吐息が揺らいだ。ふたりの兄に抱きつくと、涙を流しながら言った。
「・・・そんっ、なの・・・許さない・・・!・・・わたしを妹と思うことに非を感じるなんてっ・・・許さないんですからねっ・・・!!」
ふたりは頬を赤くしながら、見合った。
「いや~、女心は難しいな。」
「・・・ですね。」
泣きじゃくるシャーンと兄たちの姿を見て、ライラックは改めて、赤い痣を憎く思った。
「ラーマ様はわりとガキ大将チックなんですね。ハミト様は意外と熱血漢だし。シャーン様の兄弟ってギャップの差が大きすぎでしょ。」
ラーマとハミトが城への帰路に足を踏み入れた後、ライラックとシャーンは馬に揺られながら語り合った。
「ほんとうに、とても素敵な贈り物だった。」
瞼を赤くしながら、シャーンは微笑んだ。あの血の玉が夕日にきらめいていた。