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27 花送り(後)


 踊り疲れたのか一人またひとりと、神々は腰をおろして酒を吞みはじめた。

 頭から立ち上る湯気が見えそうなほど、真っ赤な顔をして踊っていた高志も、ほっとして胡座をかいた。

 

「ほれ、小僧も吞め」


 冬の神に酒の入った盃を渡され、受け取ってはみたものの、口を付けられずに困り顔のまま手の中で弄ぶ。


「どうしたのだい? 酒が嫌いなわけではないだろうに」


 涼やかな顔で首を傾げながら、端正な顔立ちの目を細め夏の神が問う。


「お酒は好きですが……これは神様が召し上がる為のお酒でしょう? ということは御神酒ということで、人間のぼくが口を付けていいのかどうか」


「小僧よ、花送りの席では人の吞む酒も御神酒も、平等にただの酒じゃ。神と人がまだ近しかった遠い昔には、双方膝を交えて月が傾くまで、酒を酌み交わすこともあったのう。だから遠慮はいらぬ。吞め、早う吞め」


 考えてみれば、ここまでの道のりでも、神と酒を吞んでいる。

 不謹慎とかバチが当たるとか、考えても今更だ。

 四人の神の視線が、高志一人に向けられた。

 痛い、視線が痛い。


「では、いただきます」


 歓声があがり、高志は一気に盃の酒を吞み干した。


 ヤンヤー


 ヤンヤー


 酒を交えた、お囃子の音が場を満たす。

 1杯目を吞み干せば二杯目。それを吞み干すと三杯目といった具合に、高志の盃にはたえることなく酒が注ぎ足される。

 

「美味い酒ですね」


「このお酒は雨降り小僧が、わざわざ届けてくれたものですよ。遠方の小さな稲荷神社から、届けてくれと頼まれたとか」


 春の神が花びらみたいな唇で、どうぞ、と酒を注ぎ足した。


「雨降り小僧なら、ここへ来る少し前に見かけました」


「元気そうでしたか? お礼に渡した栗の甘煮をね、風呂敷の隙間から落としていってしまったのですよ。嬉しそうにしていたから、食べさせてあげたかったのですが」


――それで雨降り小僧は、あんなにふくれていたのか。


 高志は喉につっかえた魚を、ゴクリと飲み込んだ。

 栗の甘煮を食べ損ねたから、雨降り小僧がむくれて大雨を降らせていたなど、春の神にはとてもいえない。


「今夜が花送りということは、他の季節を送る宴にも名があるのですか?」


「はい。蛍火送り、紅葉送り、白山送りとなっております。宴ごとに、季節の酒が振る舞われるのですよ」


 きっと美味しい酒ばかりだろうと、高志は唾を飲み込んだ。


「桜が里の方にも咲いているということは、花送りとは春を送り出し夏を迎えるということでしょうか?」


「えぇ。今宵、里の隅々にまで春の風が行き渡り、夜が明けたら徐々に夏の風が吹くようになりますでしょう。夏の神の季節がやってくるということです」


 終わる季節を送りだす神の儀式とは、人の知らぬ所でなんと賑やかに行われていることか。それとも昔はこの様子を、人々も目にしていたのだろうか。


「もう月が昇ったというのに、ずいぶんと明るいなぁ。松明とか、提灯も見当たらないのに」


 すると春の神は袖に隠した手を、口元に当ててくすくすと笑う。


「明るくて当然ですよ。周りをよく見てご覧なさいな。花灯籠が灯っておりますでしょう?」


 周りの木々を見上げた高志は、あまりにも幻想的な光景に目を見張った。

 宴と共に満開に咲いた桜の所々が、桜色そのままの光を放っていた。

 まるで花の中に見えない蝋燭を灯しているかのように、ちらちらと灯りが揺れる。


「気付かなかった。あの、もう一つ気付かなかった物が空中を飛んでいますが」


「あれは各御仁の元へ、季節の菜の物や魚をお運びするものです。小葉船といって、宴の席には欠かせません」


 大きめの葉を、笹船のように折って船に見立てたそれは、ふわりふわりと空を漕ぎ、それぞれの御仁の前に、置かれた皿の上にとんと乗る。

 

「なにか召し上がりたい物があれば、そうと思うだけで小葉船が運んでくれますから、たんと召し上がってくださいな」


 行き交う小葉船に見とれていると、生意気なすずに呼ばれて、春の神は高志の隣から立ち上がり行ってしまった。


 テンテンとバッテンは年の近い兄弟みたいに、互いに運ばれた料理の取り合いをしている。

 いつの間にあれほど仲良くなったのか。高志にはさっぱりわからなかったが、苦労続きの二人が楽しそうにしているのは、みているだけでも嬉し光景だった。


「おい人の子、春の神の代わりに隣に座ってやろう」


 瓶ごと酒を抱えてやってきたのは、髭を編み込んだ秋の神。

 どうせなら見目麗しい、春の女神が良かった。失礼を承知でいうと、神といえども男はむさ苦しい。


「気になっていたのですが、昔この宴に迷い込んだという小さな子供。宴の後はどうやって親元までいったのですか?」


「懐かしい話よ。あの童子は山道で親とはぐれ泣いていたところ、お囃子の音に惹かれて宴に顔をだしたのだ。あれ程までに幼くては酒を吞ますわけにもいかず、春の神が桜茶を飲ませてやっていた」


 一升瓶を傾けて喉を鳴らすと、秋の神は髭に覆われた口元をぬぐった。


「初めのうちは石のように固まっていた童子も、心ほぐれてからは爺やのような冬の神みくっついて、それは楽しそうに踊って見せた。我らが神などとは思いもしなかったであろうよ。じっちゃん、おっちゃん、兄ちゃん、ねえちゃんといっては、楽しそうに里の話を聞かせてくれたものよ」


「親を思い出して泣いたりしなかったのですか?」


「いい子にしていたら明日の朝には会えると、春の神がいって聞かせておったから、安心しきっておったわ」


 試しに念じた魚が小葉船に揺られて、高志の前にすとんと落ちる。

 

「小葉船が届きました!」

 

 きょとんとした顔で、秋の神がその魚に箸をつける。


「そらあ、届くだろう」


 そうだ、この光景は神にとっては当たり前の物だった。

 高志はコホン、と咳払いを一つする。


「その次の朝、子供はどうやって?」


「宴が終わる前に疲れて眠ってしまった童子を、二つ先の山で迷っていた父親の元にとどけたよ。今宵はここで眠り、夜が明けたら天を舞う鷹について山をおりるようにといった」

 

 だがな、と秋の神は口に酒を含む。


「父親は童子と違って、肝の据わっておらぬ奴でな、突然現れた我が子に驚いて腰を抜かし、森の闇から響く我らの声に悲鳴を上げておったわ」


 カカカッ、と大口をあけて秋の神が笑った。


「さあ、踊れ!」


 むんずと腕を引かれて、高志は宴の真ん中に引きずり出された。


「踊るって、何を?」


「子供盆踊りだ。他に何か踊れるのか?」


 いいえ踊れません。でも敢えて子供というところは、省いて欲しかった。


「おっ、下手くそが踊るぞ!」


 テンテンが、足をばたつかせて手を叩く。


「早く下を向け、目が腐るぞ!」

 

 バッテンがひえっ、とわざとらしく両の手で顔を覆う。


「テンテン、羽根を毟るぞ! バッテン、もっと増やしてやってもいいんだぞ、お似合いのばつの字をな!」


 テンテンが転がって腹を抱え、バッテンは慌てて己の提灯を抱きかかえた。


「その提灯、共に宴を祝ってくださったお礼に、直してさしあげましょうか?」


 バッテンの抱え込んだ、ぼろぼろの提灯を指さし春の神がいう。

 恥ずかしそうに微笑んだバッテンは、咳払いを一つすると、わざとらしく澄ました顔で、斜に構えて高志をみた。


「直していただけるのなら、そのように嬉しいことはありません。ですが、それでは坊が反省の念を失います」


「反省、ですか?」


「付喪神をこのような無残な姿にしたこと、一生かけて反省してもらわねばなりません。このような継ぎ接ぎの提灯など、みているだけで涙がでそうです」


「泣きたけりゃ、勝手に泣けよ」


 高志が小石を投げると、バッテンは大げさに驚いて提灯をかばう。

 くすくすと春の神が笑った。


「坊の記憶に残るのが、この継ぎ接ぎだらけのばつの字なら、このぼろ提灯を思い出すたびに、坊はわたしのことを思い出すでしょうから。けっして忘れないでしょうから」


 バッテンは春の神に微笑んで、継ぎ接ぎだらけの提灯を指先で撫でた。


「わかりました。大切なばつの字を直すなど、失礼なことを申しました」


「とんでもない、大切なわけがあるものですか!」


 なぜか顔を赤らめたバッテンの手をとり、踊って下さいな、春の神はその手を引いた。


「反省なんかしないからな」


「おまえは存在自体を反省しろ!」


 バッテンが言い返すより先に、横ヤリを入れたのはなぜかテンテンだった。

 なぜテンテンがあいつの味方をする?


「やれ今年の花送りは、まっこと騒がしい宴だわい。ほれ、踊れ、舞え!」


 冬の神の声を合図に、賑やかなお囃子が鳴り響く。


 エンヤー


 エンヤサー


 勝手に注ぎ足した瓢箪を鼓代わりに打ちながら、真っ赤な顔のすずが手をあげ足をあげ踊っている。

 観念するしかないか、と高志は一人溜息を吐く。


「白河高志、平原祭り、子供盆踊り第二幕、踊ります!」


 歓声と野次が飛び交う中、高志は太鼓の音に合わせて踊りだす。

 夏の神が、高志を真似て隣で踊った。

 それぞれが跳ね踊るなか、それを避けるように小葉船がゆっくりと空を漕ぐ。


 ハイヤサー


 エンヤサー


 

 どれほどの時間を踊っていたのだろう。

 酔いがまわって、タコのように踊っていた高志の頬に、何かが張り付いた。


「桜の花びらだ」


 見上げると、満開に咲いた花が風もないのにひらひらと舞い、あっという間に空をうめた。


「そろそろ刻限だな」


「そのようだな」


 三人の男の神々は頷き合うと、並んで腰を下ろし笛や太鼓を手に取った。

 高志達も神々に倣って、静かに腰を下ろす。

 輪の中央には、白地に紅色の小花をあしらった着物を着た春の神が、薄緑の無地の扇子を手に、すいと立つ。


 笛の音が天高く響いた。

 それに続く太鼓と鼓も、先ほどとは違う拍子で打ち鳴らされた。


 ひらりひらりと扇子を操り、舞散る桜のなか春の神が舞う姿は、やはりこの世のものではない美しさに溢れていた。


 まだ幼い頃、近所のお婆ちゃんに高志はしつこく聞いたことがある。


「春はどこから来るの? 春のあったかい風はどこでうまれるの?」


「春のあったい風は、お山からくるんだよ」


 お婆ちゃんのいったことは、あながち嘘ではなかったらしいと、高志はひとり微笑んだ。


 不意にお囃子が止み、春の神の着物の裾がふわりと風に捲れる。

 音をたてて吹き下ろした風に枝が大きく揺れ、花びらが粉雪のごとく舞い散った。


 花びらに遮られた視界の向こうに、春の神の姿が消えていく。

 吹き付ける風に、高志は一時目を瞑った。


 エンヤー


 エンヤサー


 楽しげな合いの手とお囃子の音が、吹き抜けた風と共に遠ざかる。

 風が凪いで目を開けると、森にぽっかりと開けた小さな宴の場は、桜の花びらで埋め尽くされていた。


「神様、いなくなっちゃったな」


 消えた神の代わりか、東の空から差し込む朝日が、花むしろを淡く照らした。

 提灯が高志の足元に転がり、すずとテンテンも姿を消している。


「この山から下りていいか、聞くのを忘れたな」


 酒を吞み子供盆踊りまで披露したというのに、肝心なことが抜けている。

 高志はどさりと寝転び、明けたばかりの青白い空を眺めた。

 空の高いところを、黒い影が弧を描いて飛んでいる。


「テンテン?」


 百七十三年まえが鷹なら、あるいは。

 高志が立ち上がると、黒い影はゆっくりと西に向かって飛び始めた。


「きっとテンテンだ」


 道が分かれる所では、テンテンの飛ぶ方へと道を折れる。

 高志が見失わないようにと、ゆっくりと飛んでいた黒い影が、不意に急上昇して姿を消した。

 凝り固まった首を擦りながら周りを見ると、見覚えのある登山道に立っていた。


「帰れた。テンテンのおかげだな。そして、四季神様のおかげだ」


 遙か遠くの山の上で、黒く小さな影が旋回している。


「テンテン、またな!」


 山に向けて神々に一礼し、高志は歩き出す。

 高志は山頂を目指そうとは思わなかった。

 この山のどこまで登っても、游湯屋ほどの絶景に巡り会えるはずはないのだから。


読んで下さったみなさん、ありがとうございます!

次はやっと神の山を抜けて別の場所へ。

二話先の話には、恐ろしげだけれど憎めない妖怪どもがでてきます。

次話もお付き合いいただけますように……

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