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26 花送り(前)


「おやまあ、こんな所に人の子が」


 女性の声に顔をあげた高志は、ぎゃっ、と叫んで跳ね上がると、勢い余ってでんぐり返り、後ろの立木にしたたか頭を打ち付けた。

 顔を上げた先にぬっと突き出されたのは、地面に届くほどわっさりと白い髭を生やした翁の顔だった。

 柔らかな女性の声とは似ても似つかぬ容貌と、目の中で散る火花に高志が目を回していると、女性とも翁とも違う声が響いた。


「この子ときたら、まるで虎の尾を踏んだような顔をしているよ」


 若い男の声が、楽しげに笑う。


 火花のおさまった目を凝らすと、高志の前には奇妙な風采の四人の男女が立っていた。


「花送りの日に、こんな小僧が迷い込むなど、なんと久しいことよ」


 黒々と長い髪を一本に束ね、これまた長すぎる髭を編み込み垂らした、中年の男がしげしげと高志の顔を覗き込む。

 

「久しぶりも何も、百七十三年ぶりにございますよ」


「そんなに経つか?」


「それほど経つか!」


 打ち鳴らされた太鼓に合わせて、横笛の音が流れる。


 ヤンヤー


 ヤンヤー


 合いの手と共に、四人が思い思いの様子で踊りだした。


 舞散った桜の花びらで埋まる地面には、いつの間にやら宴の用意がなされていて、魚や菜の物がのった皿が並び、誰が?むのかというほどに大量の酒が無造作に置かれていた。


 頭をぶつけた立木を恨めしそうに見上げた高志は、一番下に張り出す枝がくるりと丸められ、器用に結ばれているのに気付いた。

 花見が行われる場所にあるという、目印の枝の結び目。


「本当に、この場所だったのか」


 笛を吹き太鼓を打ち鳴らしながら足を上げ、指先を弾きながら踊るのは、探していた四季神ということか。


「来い」


「早う来ぬか」


 髭を編み込んだ、栗梅色の着流し姿の男と、白地の裾に薄柿色の流水模様をあしらった、浴衣を着た若い男が手招きしている。

 四季神に会えた安堵に立ち上がった高志は、ぺこぺこと頭を下げながら三歩進んで、ぴたりとその足を止めた。


「小僧、何をしておる。それではまるで案山子ではないか」


「かわいらしい案山子だこと」


 妙な体制で固まったままの高志の額をつうーっ、と冷たいものが流れて落ちる。


「すみません! 本当にごめんなさい! 何もできる芸がないんです」


 散った桜の花びらに額をこすりつけ、ひたすら謝る高志の姿に、四季神は互いの顔を見合わせ小首を傾げる。


「お見せする芸はありませんが、追い返さないでください!」


 顔を見合わせていた、四季神達がにやりと笑う。


「それはまずいの。芸の無いものが、宴に入ることなど考えられぬわ」


 綿入れを着た翁が諦めたように、低く嗄れた声で言う。


「百七十三年前に迷い込んだ童子でさえ、神を楽しませる芸を持っていたというのに、情けない」


 着流し姿の男がもういい、というように背を向ける。


「共に宴で祝うことができないなら、何も伝えてやることができないから困ったねぇ。あの童子は十分に楽しませてくれたから、無事に親の元へ導いてあげたのだけれど、残念なことだよ」


 浴衣の男が、顔を顰めて顎を撫でた。


「すみません。でも、お願いします。山を出られないと本当に困るんです」


 うぅーん、と呻るように男達の思案が続くなか、高志は地に頭を伏せたままぎゅっと目を閉じて頼み続けた。

 この宴に受け入れられなければ、三ヶ月後に山を出られるどころか、人の住む平地に戻ることさえ不可能だろう。


「殿方は狂が過ぎますよ。いい加減になさらないと、今宵のお酒、取り上げてしまいますから」


 風鈴の涼やかさを思わせる声で、白地に紅色の小花をあしらった着物を着た女性がいい、くすくすと笑った。


 鈴の音に似たその笑いを待っていたように、男達が手を叩いて大笑いしはじめる。

 何事かと恐る恐る顔を上げた高志は、両脇を抱えられ、あっという間に宴の席まで引き摺られた。


「小僧、どうやら一杯食わされたらしいの」


「ぼくがですか? 誰に?」


 腹を抱え、目尻の涙を拭いながら笑う姿を呆然と眺めながら、高志はちんまりと正座していた。


「ほれ、珍しい者を連れて歩いているではないか」


 着流し姿の男が指さした先には、提灯が転がっている。


「ほれ、そこにも」


 指さした先には、腰に入れた財布からぶら下がる鈴があった。

 まさか、と嫌な予感しかしない。


「姿を現してくださいな。とって喰われやしないでしょうよ」


 高志の横にちょこりと正座して姿を現したすずは澄まし顔で、少し離れて姿を現したバッテンは、抑えきれない笑いに目尻を潤ませながら、それでも静々と神々に頭を下げた。


「一芸がなければ宴に加われぬなど、わしらでさえ初めて聞いたぞ」


「来年からは、そのような取り決めにいたしましょうか?」


 笑い声の響く中、真っ赤になって高志は背を丸めた。

 

「騙したな? 覚悟はできてるよなぁ?」


 高志がぎろりと睨むと、バッテンは慌てて己の提灯を拾い上げ、守るように背中に隠す。

 なら鈴でも潰してやろうかと、腰に手をのば押しかけた高志の額を、小さな手がぴしゃりと打つ。


「だから痛いって、それ」


「くだらないことで、いつまでも騒ぐな。宴がはじまる邪魔をしてどうするのだ?」


 いうが早いか二度目の平手が、無防備な後頭部に飛んでいい音を立てる。


「そのくらいにしておきなさい。からかったわたしたちも悪かったさ」


 若い男がにこやかに止めに入る。


「みなさんは、四季神様ですよね?」


「そうですよ。よく知っていること」


「游湯屋の御湯番さんから聞いてここへきました。白い髭の方が冬の神、髭を結ばれた着流し姿の方が秋の神かな? 流水模様の浴衣姿は夏の神、そして、あなたは春の神様では?」


「そのとおり、わたくしは春を司る神。そして今宵は花送りの儀。そうはいっても、季節の移り変わりを祝う宴ですから、芸などできなくとも、共に祝うことはできますよ」


 優しくいわれる程に、恥ずかしさが増していく。

 笑顔で頷きながら、片手でこっそりすずの足を小突いてやった。


「もうすぐ月も昇る、宴の準備ぞ」


 秋の神が、大きな徳利を抱えて手招きする。


「呑もうではないか、さあ、ここへお座りよ」


 夏の神に呼ばれて、すずはそそくさと走っていく。

 そのあとを追って、バッテンも輪に加わった。

 高志の仕返しを避けるためか、己の提灯をきちんと脇に置いている。


「それでは失礼します」


 なぜか一番腰が低く成らざる得ない自分に、心の中で鉄拳を食らわせながら、高志も宴の輪に加わった。


「いつまでそうしているつもりじゃ? お主も姿を見せてこっちへ来ぬか」


 冬の神が白い髭を撫でながら、視線を送る先の茂みがざわざわと音をたて、小さく背を丸めたテンテンが姿を現した。


「いらっしゃいな。何も怖いことなどないのよ?」


 立ち尽くしたまま動こうとしない、テンテンの傍へいった春の神は、一文字に唇を引き締めたままの、テンテンの背を優しく押して宴の場へと連れてきた。


「おやおや、珍しい者と会えたものだよ」


 テンテンをみた、夏の神がいう。


「前に見たのは、四、五百年前だったな」


 秋の神がいう。

 神々の言葉を聞くたびに、テンテンが萎縮していくようで、高志は立ち上がって近くへと駆け寄った。


「酒を持ってきてくれたんだろ。いつもの減らず口はどうした? すずの隣に座りたいだろ?」


 いつもの生意気なテンテンを期待して、腕を拳でこづいてみたが何の反応も返ってこなかった。


「何とかいえよ、テンテン」


 すると小さな瓢箪が、高志の目の前にすいと差し出された。

 

「おらは、ここに居ちゃいけないから」


「なぜそう思う?」

 

 秋の神が静かに問いかける。


「神様の宴にはいられない。おら、こんなだし」


 見つめる鉤爪の先が僅かに震えている。


「鉤爪があるから居られないと申すのか?」


 冬の神が問う。


「それもあるけど。おら、厄災だから。五百年に一度の厄災だから」


 神の集う清らかな場を汚すから、とテンテンは俯いた。


「何だ、そんなことか」


「そこまで大事が迫っているのかと思ったぞ」


 高らかな笑いと共に破顔した神々を見て、テンテンが不安そうに高志の腕に身を寄せる。


「人も妖も長い年月の間には、愚かな考えをこの世に残す。テンテンとやら、許してやれよ」


 秋の神が、溜息と共に腰を下ろした。


「テンテンは厄災などではない。そうだのう、解りやすくいうなら、先祖帰りとでもいおうか。厄災といわれるのは理由もなく虐げられた者が、我慢しきれずに天狗の里を滅ぼしたからだ。恐ろしかったぞ。異形の者が厄災をもたらしたぞと、己らのしたことを顧みず後生へ伝えた者の過ちが、五百年経った今、再びテンテンの身に悲劇をもたらしたのだよ」


 先祖帰りといわれても訳がわからないのだろうが、テンテンはただ真剣に耳を傾けている。


「わしら四季神は、この大地と共に過ごしてきた。だから覚えているのだよ。遥か古の時、天狗の娘と鷹の妖が交わり子をなした。見た目は天狗だったが、翼だけは父譲りの銀の羽が混ざっておった」


 ここまで話すと息を吐いた冬の神の後を継いで、春の神が語りだす。


「翼に普通とは違う羽が混ざっている。ただそれだけのことで、親子二人は迫害されたのです。種族の違う者が交わるなど、許されないことは解っていたから、誰が父親であるかは隠し通していたというのに、どこからか噂が流れ幾多の口を経るごとに、違う話へ変貌していったのです」


「その親子は、どうなったのですか?」


 思わず高志は口を挟んだ。


「子供を逃がした母は殺され、それを知った鷹の妖は怒り狂い、天狗の里を片端から襲ったの。死に物狂いで抵抗した天狗の軍勢に、一人で抗えるわけもなく、命を落とす寸前に、山々に轟く声で叫んでいた」


 天狗の里が滅ぶ日まで恨み抜いてくれる、といって鷹の妖は絶命したのだと春の神はいった。


「その後逃げ切った小天狗は、どうやってか潜り込んだ里で子をなしたのだろう。その子孫は今や、天狗の里全体に散らばっているだろうよ。それほど長い年月がたっているからなあ」


 夏の神が少し哀しげに睫を伏せた。

 だからこそ、どの里から五百年に一度異形の子が産まれてもおかしくはないのだ、と小さな声で言った。


「やっぱり、おらはいらない子か」


 一文字に引き絞っていた唇が、力なく緩む。


「何を聞いておったのやら。テンテン、おまえは証じゃよ」


「証?」


 大きく頷いて冬の神は、テンテンの肩に手を置いた。


「テンテンには辛い宿命じゃ。だがな、その身は汚らわしくもなければ、厄災でもない。ただの幼いテンテンという生き物じゃて。最初に交わった天狗の娘と鷹の妖は、心底愛し合っていた。己たちがどれほど生きにくくなると解っていても、愛することを止めなかった。厄災と呼ばれたおまえが、どうしても真の呼び名が欲しいというなら、古の愛の証じゃ。けして、厄災などではないぞ」


「そうか、五百年に一度の厄災といわれたのは、虐げる者と虐げられた者の心のひずみが生み出す悲劇だった。それだけのことだ」


 高志はテンテンを見た。


「テンテン、おまえは厄災にはならなかったんだ。乗り越えたんだよ。自分で乗り越えたんだ」


 震えるテンテンの横に、いつの間にやらすずが立っていた。


「テンテンよ、ただ生きていて他者を救える者は少ない。おまえは、三人も救ったではないか。希に見る良い子だと、わしは思うぞ?」


 堰を切って、わっと泣き出したテンテンの肩を、すずが抱き寄せとんとんと叩く。


「さあさあ、そんなに泣くと、?んだ先からせっかくの酒が蒸発してしまうぞ」


 ヤンヤー


 エンヤサーー


 お囃子の音と共に、四季神が踊りはじめた。


「今宵はめでたいのう。この様なめでたい花送りは久しぶりよのう」


 冬の神のバチが、小気味よく太鼓を鳴らす。


「このように賑やかなのは、何百年ぶりじゃ」


 秋の神が横笛を吹く。


「それ踊れ、踊らにゃそんそん!」


 夏の神が鼓を打つ。

 春の神が艶やかに舞いながら、高志達に手招きする。

 最初に踊り出したのはすずだった。つられたように、まだ涙の乾かないテンテンも踊り出す。

 

「踊るのは構いませんが、その垂れた鼻水を、わたしにかけないでおくれよ?」


 くるくると踊りながらバッテンがいうと、テンテンは片鼻を押さえて、ぶっと鼻息をふっかけた。


「うわ! だから汚いっての」


 逃げるバッテン、追うテンテン。

 面から覘くテンテンの口が、久しぶりに白い歯を見せて笑った。


「こら人の子、何をぼっとしておるのだ。おまえも踊れ! まさか、踊れぬのか?」


 秋の神の言葉に、神々が一斉に高志を向く。

 人前で踊るなど子供の時以来だが、ここは踊らなければどうにも収まりが付かないらしい。せめて大人用のものを覚えていたかったと、高志は後悔した。


「白河高志、踊ります! 平原祭り、子供盆踊り!」


 ヤンヤー


 エンヤサー


 高志の下手な盆踊りを囲んで、神々が踊る。


「やれやれ芸がないねえ。ずっと昔に湖の祭りで、踊っていたのもあれだったよ。相変わらず下手だねえ」


 そういいながら、懐かしそうにバッテンが目を細める。


「おらの方がうまいぞ!」


 もはや踊りといえるのか、不明な動きを見せるテンテンに、バッテンはこめかみを押さえて頭を振る。


「どちもどっちだねえ」


 湖へ繋がる道で高志に拾われて以来、一番の笑顔でバッテンが笑う。

 

「酔拳ならぬ、酔い踊りじゃ-!」


 小さな瓢箪を持ちながら踊るすずに、絡まるようにテンテンも踊る。

 月明かりにちらちら身を光らせ、散る花びらもはらはらと舞った。

 


読んで下さってありがとうございます。

神々の宴会は後編につづきますっ

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