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25 桜舞い散り すずも舞う  

 テンテンの鉤爪に掴まれて、見渡す限りの深緑の海の上を飛んでいた。

 崖の上で高志が蹲っていたのは、何も男に蹴られた痛みだけではなく、それ以上に息も吸えないほどの、胸の痛みに耐えかねたからだった。

 カンナで削られたように胸全体を襲った痛みも、今はすっかり引いている。


「テンテン?」


 向かい来る風圧で聞こえないのか、テンテンの返事はない。

 見えない直線を描くように、真っ直ぐに響いてくる角笛の音は今も聞こえていて、並の聴力しかない高志の耳にも、だんだんとその音に近づいていることがはっきりとわかる。

 

 この森のどこか、といった小男の言葉がここまで広大無辺とは思っていなかったから、自力で探していたらと思うと首筋がひやっとした。


 突如、伸びきったバネが地上へと戻る速度で、テンテンが急降下しはじめた。


「死ぬって、テンテン! クソガキ!」


 安全装置なしで、地面に直角に落ちていくアトラクションを経験した人間などいないだろうが、それを自慢できる余裕など高志にはない。

 顔面を打つ風圧も、度を過ぎれば暴力だ。

 風圧に息もまともに吸えない中、後数秒で気絶、という寸でにテンテンは森の山肌に降り立った。

 そして高志を、腹ばいのまま地面に放りだす。


「痛って! 酷いじゃないか、クソテンテン!」


 顔を顰めたまま見上げると、テンテンは面から見える口元さえ動かすことなく、つらっとしたまま腰に手を当てている。


「尻から投げ出したら、鈴に宿っているねえちゃんが怪我するだろ?」


 そういう問題か? 気にするのは、すずだけか?

 いやまて、テンテンの足元には、優しく置かれた提灯が見える。


「断固、差別に反対するぞ」


「差別などしていないぞ? 大切な者を大事に扱っているだけだもの」


 きょとんと首を傾げてテンテンがいう。

 こいつ天然だ、と高志は溜息と共に突っ伏した。


「面白ついでに放り出すのは構わないけれど、殺してはいけないよ? へたれ坊が死にかけたら、手を煩わすのはわたしやすずなのだからね」


 聞き慣れない声で話すのは、生成り地に桃色のばつの字を散らした着物を着た、若い男だった。


「誰?」


 思わず聞いた高志に、若い男は美しい眉根を寄せる。


「すごいねその着物、何ていうか、奇抜?」


「聞いたかいテンテン。この坊は所詮こういう奴なのだよ。助けたことを後悔するだろう? わたしはね、後悔しているよ」


「そうだよね、ねえちゃんとバッテンだけ連れてくれば良かったな」


「バッテンって君の名前? もしかして、その提灯の?」


 バッテンが頷きながら、派手な桃色のばつの字が散らばる着物の裾を、ひらひらと捲ってみせた。


「坊が適当にわたしのことを修繕するからこの有様だよ。奇抜? これはもう奇天烈というべきじゃないのかねぇ」


 小男にもらった桃色の和紙で修繕した提灯と、バッテンの着物を何度も見比べて高志はぶっ、と吹き出した。


「ここは笑うところじゃないだろうに」


「三つほど向こうの山に捨ててこようか? おらにまかせろ!」


 嫌みなほどに息のあった二人の会話に合いの手を入れるがごとく、ごくごくと喉を鳴らす音が混じる。


「勝手に捨てるな。いなくなると、わしを運ぶ者がいなくなる」


 小男にもらった小さい瓢箪から酒を呑みながら、すずは手の甲で口を拭った。


「まったく桜が花を散らす前に、命を散らしてどうする気じゃ。アホウが」


「すず、大変な時に鈴に籠もりっぱなしなんて酷いぞ」


 心に溜まった鬱憤のうち、耳かき程度を吐き出しただけで、太い枝が飛んできて額に当たった。ぐえっ、と声を上げて高志が仰け反る。


「あんな危険な場に、ねえちゃんに出て来いというのか? 本物の鬼より悪いぞ。やっぱり捨てよう。ねえちゃん、川なら捨ててもいいか?」


 枝を蹴り上げた足を振りながら、テンテンがいう。


「死にかけの付喪神を片端から継ぎ接ぎにして、挙げ句の果てそれを笑うような者は、万死に値しますね。テンテン、捨ててきて構いませんよ」


 真顔でいうバッテンの顔が怖い。こいつらまさか本気か、と高志は跳ね起きてどさどさと尻で後ず去った。


「だから捨てるな、殺すな。せめて生殺しで止めてやれ。慈悲じゃろ?」


「すず、それじゃ優しいのか、煽っているのかわからないって」


 高志のことなどてんで無視し続けて、すずはぐびぐびと酒に喉を鳴らしている。


「あれ? バッテンを直したのは最近だけれど、他にもそんな目にあわせた付喪神がいたかな?」


 片端から継ぎ接ぎしてという、バッテンの言葉に高志は記憶の底を辿ってみる。

 はっとして、高志は顔を上げ拳で手のひらを打った。


「思い出した、昔家にあった小道具の唐傘を修理したことがある。たしか、緑っぽい和紙を四角く切って貼りつけたような」


 その先の言葉を待つように、にやりとしたままバッテンとすずが片眉をあげる。


「まさかあの女将、唐傘の付喪神だったのか?」

 

 高志を見送った着物の裾に、妙な模様が入っていたのを思い出す。着物の裾にあったのは、取って付けられたような緑色の四角い模様。


「やっと思い出したのかい? 粋な唐傘の姉御さんが、あんな姿になったときには、あの部屋にいた者全てが嘆きましたよ」


「バッテンもあの部屋にいたのか?」


「年に一度の湖の祭りにだけ姿を現していたわたしは、日が昇った後にうっかり人に拾われてしまってね。古道具として売られ、坊の母上に買われたのだよ。その後、母上が亡くなって悲しみに暮れた父上に、再び売られてしまったがね」


 高志は、不思議に思わずにはいられなかった。

 何の因果か、かつて自分と共に暮らしていた付喪神達が、今回の件に関わっている。神隠しにあって、迷い込んだ湖の祭りもそうだ。かつて自分と関わりのあった者達が、時を経て幾人も姿を現すのは偶然なのだろうか。


 にこやかに減らず口を叩いていたバッテンの表情に、ふと影が落ちる。


「いったい今、何が起きているんだ?」


「坊、これは人と人ならぬ者の戦いなのだよ。巻き込まれたのは私達も坊も同じこと。あの男に言いくるめられて、苦緑神清丸を体内に収めた坊を狙う者はまだ大勢いる。そして、あの男の嘘に気づき、我に返った者達もね」


 戦いの規模が大きすぎて、高志には自分が関わっているという実感さえ湧いてこなかった。


「あの男は何者?」


 夕暮れ時に訪ねてきて母の知り合いだといった男は、一度ならず高志の命を奪おうとしている。


「あの男は、黒い茶器に宿る古い付喪神。いや、そうであったと言うべきかな。神器として崇められていた古の時を経て、何があったのか。今では祟り神といった方がしっくりくる」


「そんな男が苦緑神清丸を手にいれて、何をしようというんだろうか」


 バッテンは悔しそうに顔を顰め、高志から目をそらす。


「神の薬を手に入れたなら、叶うと信じているのだよ。人成らざる者を統べ、己を貶めた人というものに、制裁を下せると」


 男に何があったのかは、バッテンさえ知らないのだろうと高志は思った。

 

「辛気臭い話だな、話しても何もかわらぬ。こんなに暗い面構えばかりがそろっては、四季神が逃げそうだ」


 空になった瓢箪を、逆さに振りながらすずがいう。


「もう酒はないのか? ぜんぜん足りないぞ」


 口をとがらすすずに、テンテンが駆け寄った。


「ねえさま、今のおらなら酒の滝まで、あっというまにいけるぞ。直ぐに持ってくるから、ちょっと待っててな」


 そういうと瓢箪を鉤爪にかけるが早いか、あっという間に天高く舞い上がり姿を消した。


「おまえより、よほど役に立つな?」


 これ以上ないほどの笑顔ですずがいう。


「どうせ役立たずだよ」


「さあさあ、心配事はひとまず忘れて、四季神様の花見が始まるのを待ちましょうよ。ところで坊、何か芸は考えたかい?」


「芸って、なんの?」


 大げさに溜息をついたバッテンは、額に手を当てあらまぁ、と呻った。


「噂では四季神様の花見には、酒と一芸を持たぬ者は参加できないとか。酒はテンテンが持ってくるから良いとして、さて、困ったねえ」


 さして困った風でもなく、バッテンがにやりと笑う。

 

「今更そんなお題を出されても、どうしたらいいわけ?」


 芸どころか人に見せられる特技など、何も持ち合わせていない高志はあんぐりと口を開けた。


 すっかり日の落ちた森の木々を抜けて、すっと一筋の風が吹く。


「おや、アホが悩んでいる暇はなさそうじゃな」


 一筋の風を追うように吹き寄せた風が、まだ花開かぬ桜の蕾を揺らして過ぎた。


「桜が咲いていく」


 高志の見上げる先で、小さな蕾があれよあれよという間に、鮮やかな花弁を開いていく。


「見事じゃな」


 森の只中にぽかりと開けた、さして広くない空間には、咲いたばかりの花びらが舞い散り、味気ない森の地面を桃色に染めあげた。

 酒がはいってよほど楽しいのか、すずが手足を上げて踊りはじめた。

 口が裂けてもいえないが、ひょっとこ踊りに少し似ている。


 さっきまで命がけだったとか、誰かの運命が定められたとか、思い煩うのは人だけなのだろうか。考えるだけ無駄だと、高志はひとり首をふる。


「四季神にお見せする芸は決まったかい?」


「類い希なるそのアホ面だけでも、十分に芸だといえそうだぞ?」


「黙れ!」

 

 頭を抱えてしゃがみ込んだ高志を置いて、ひとりは鈴へと身を潜め、ひとりは継ぎ接ぎだらけの提灯へと戻っていく。


 ふたりの笑い声だけが満開の夜桜を揺らし、はらりはらりと桜の花びらが舞っては落ちた。


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