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16 貧乏神の遠足(前)

 湖の畔で目覚めるとすでに日は西に傾き、さらさらと湖面を撫でる風の音だけが響いていた。

 祭りを賑わせた人ならぬ者達は、季節がめぐるまで水の底で眠りにつくのだろうと、高志は少し寂しく思った。

 

「すずも疲れたのかい?」


 指先で探って鈴を揺らしてみたが、なんの返事もなかった。

 大人になった自分が、またここへ来られるかはわからないが、この季節になると祭りが行われているのだと思うだけでも楽しい。

 奇跡が起きて、またあの祭りの踊りの輪に参加できるなら、今度は自分が彼らの踊りを真似てみようと思う。

 子供だった自分の拙い盆踊りを、一生懸命真似ようとしてくれてた彼らに恩返しがしたかった。


「さてと、林を抜けて人のいるところまで戻ろうか。すず、暇ならでてこいよ」

 

 同じに見える景色を名残惜しんだところで、昨夜と今ではいる場所が違うのだから。

 林の中の小道に昨夜見られた提灯はなく、人に作られた人のための細い道が続いている。 さほど進まぬうちに賑やかな声が聞こえてきて、この林の道さえも昨夜とは似て非なる物なのだと高志は一人息を吐く。


「おや、破れ提灯?」


 薄茶色にくすんだ提灯が、道を塞ぐように落ちていた。

 昔は提灯の表に屋号が入っていたのだろうが、薄れて全く読めない。

 真ん中あたりを真横に裂かれたそれを高志は手にとった。直せば使えそうで何となく捨てる気になれなかったのは、薄汚れた子犬を拾う感覚に似ている。


「和紙で貼ったら治るかな?」


 それ以上壊さないようにそっとリュックに破れ提灯を入れて、高志は人の声がする方へと歩き出した。


「うわ、ここまで違うとさすがにびっくりだな」

 

 林を抜けた先に高志が見たのは観光バスが何台も止まる駐車場で、その脇には土産屋がならんでいる見たこともない場所だった。昨夜林に入る前は、屋台が連なる小さな広場であったのに。今更これくらいで腰を抜かしはしないが、行く先々が自分の意志と関わりなく決められているようで、高志は痒くもない首をバリバリと掻いた。

 

 土産屋の横の食堂で腹を満たした高志は、駐車場の脇にある木陰のベンチで、黒塗りの蛇かと思うほど車体の長い車に見入っていた。

 軽自動車全盛のこの時代、世界の片隅にはちゃんと贅沢というものが絶滅せずに残っているのだ。

 車には運転手らしき男が、きっちりと背筋を伸ばして座っている。

 どのような人物がオーナーなのか気になった高志は、ジュースを飲みながら持ち主の帰りを待つことにした。

 暇つぶしに、あの車一台買う金で自分なら何をするか考える。


 まともに使うなら、十年以上は遊び暮らせる。

 マンションだって買えるだろうな。

 この缶コーヒーなら、うん十万本以上。考えがみみっちい。


 そんなことをつらつら考えている間も持ち主は現れず、最後の一口を飲み干して「もういいかな」と思い始めたとき、傍若無人なそいつらは現れた。

 小さな男が二人。一人はパンパンに膨れ上がったリュックを背負い、ヨレヨレのスーツを着て髪はぼさぼさ、スーツの膝には青い布で三箇所もつぎが当てられている。

 もう一人は色抜けした大きすぎるアロハシャツに、十年以上工事現場ではき続けましたといわんばかりに煤けたジーンズ姿。

 最初は子供かと思ったほど小さな身長は、百二十センチもあるだろうか。

 だが顔が半分も隠れるほどに、髭を伸ばした小学生などいるはずもない。


 珍しいものを見つけたように彼らに見入っていた高志は、次の瞬間二人がとった行動に慌ててベンチから立ち上がった。

 二人の小さなオヤジどもは、あの高級車のタイヤやドアを穴だらけの靴で派手に蹴り出したのだ。


「何をやってるんですか!」


 叫んだ高志の声に二人は蹴りあげた足をぴたりと止め、そのままこちらに顔を向けた。


「あんた、誰?」


「ぼくのことはいいです。それより、そんなことをしていたら不味いですって。運転手に叱られるというか、弁償させられますよ!」


 ちらりと目をやると、訝しげに眉根を寄せた運転手がこっちを見ている。


「ほら、見つかった!」


 焦って視線を泳がす高志を、二人が指差して笑う。


「見つかった! あんたが」

「見つかった! おまえだけが」


 口をあんぐり開けたままの高志を見て、ケラケラと笑う。


「せっかく遊んでいたのに、あんたのせいで台無しだ」

「せっかく面白かったのに、おまえが馬鹿みたいに目立つから台無しだ」


 そういうと二人はすたすたと歩き出してしまった。

 恐る恐る振り返ると、運転手の視線はまっすぐに高志に向けられている。

 高志はへらへらと愛想笑いでごかまして、急ぎ足で二人のあとを追った。

 二人は椅子がわりの木の切り株に腰掛けて、地面に届かない短い足をプラプラさせている。


「あんたが騒ぐから、いたずらできなくなった」

「おまえが見つかるから、いたずらできなくなった」


 そういいながらにこにこと笑う二人を見て、子供みたいに屈託のない笑顔をするのだなと高志は思った。

 いや騙されるな、と心を鬼にする。


「違うでしょう? いたずらをしていたのはあなた達です。人の車に蹴りを入れたら駄目です。ぼくはあなた達を止めに入った、善意の第三者です」


 二人は顔を見合わせて、ケラケラと声高く笑う。


「大丈夫だよ、わしらはあの車の将来の姿を見て、それをなぞっていただけ」

「そうそう、タイヤがパンクしてドアはぼこぼこ、フロントガラスはバリーン!」


 身振り手振りで話す彼らは、まるで双子のように息が合っている。

 高志は腰に手を当てて、大袈裟にため息を吐いた。


「事故にでもあうっていうの?」


「ちがうよ、棒でぼっこぼこ!」

「金づちでバリーン!」


 二人は手足をぴんと伸ばしてそういった。

 彼らの力説を無駄にするようで悪いが、話が全然見えてこない。

 

「ところであんた誰?」


 どうやら最初の質問に戻ったらしい。


「ぼくは白河といいます」

 

 二人は毛むくじゃらの顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。


「仮の名ではなく、正式な名を教えろよ」

 

 は? 正式な名?


「いや、まてまて。おまえの名を当ててみせるぞ。たぶん、そうだ! シラカワヌシノミコトとか?」


「なんですそれは、ぼくは古代の神様ですか?」


「古代の神様じゃないのか?」


 嫌な汗が高志の首筋を伝って流れた。

 そうだ、この奇妙な体質が治らない限り、変な輩をみたら神だと思え! だ。


「僕の正式な名は、白河高志といいます。正真正銘の人間です」


 ふんふんと相槌を打って聞いていた二人は、人間――というところで大きく目を見開いた。


「人間?」

「ただの人間?」


 呆けた顔を晒していた二人が、突如膝を叩いて笑いだす。笑いすぎて涙で目尻を光らせている。


「わしら人間に止められた」

「そうだそうだ、わしらただの人間に止められた」


 ただの人間という言葉に、高志はむっと口を尖らせた。


「ただの人間じゃなくて、白い河とかいて白河高志です」


「そうだった、白河高志!」

「そうだったな、高い志を持つ者よ」


「いいえ、そんな大層な意味はないと思います」


 ケラケラと笑い続ける二人を見ているうちに、高志の中に湧いていた、むっとした思いはすっかり消えてしまった。

 見ているこちらまで微笑んでしまいそうな笑い顔は、まるで子供のようで、どうにも憎めない存在だった。

 同い年で人間なら友達になれたかも。


「ところで、あなた達は何者なの?」


「わしらか?」

「わしらはな」

「「貧乏神だよ」」


 高志のなかで膨らみかけていた好意の種が、いっきに成層圏までブッ飛んだ。

 日本人の会いたくない神様ランキング一位に、堂々と君臨し続ける神様が目の前にいる。


「失礼しました。お元気で」


 頭をさげて、さっさと踵を返す高志を明るい声が呼び止める。


「まぁ、待て」

「そうだ、待て」


 理性は逃げろと言っているが、感情がそれに逆らった。

 貧乏神に似つかわしくない笑い声が、高志の心を鷲掴みにしていた。


「袖すりあうも何かの縁というしなぁ」

「いうよなぁ」


 いいや、袖など触れ合っていないし、触れるものか。

 この二人の笑い声は、絶対に魔力を秘めている。

 貧乏神の呪いだ。

 高志はがっくりと肩を落として、アスファルトの上に腰を下ろした。




表題となった貧乏神達です。

読んでくださったことに感謝です!

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