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レクタルヴ~風花の大地と少女~  作者: 創作サークル猫蜥蜴
第三章 ジノブット(執筆者:のぶこ)
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十八 光の庭へ

 扉を開くと、風がなだれこんできた。湿気のある故郷の風とはまるで違う、暑いのにからりとした風だった。

 思わず細めた目を開ければ、室内は薄暗かった。窓に切り取られた空が眩しすぎるからだろうか。混じりけのない澄んだ青色はいっそ凶暴なほどに陽射しが強い。薄雲ひとつ見当たらなかった。

 フージャはそう思ったが、窓辺にたった少女が振り返るのを見て思いをあらためた。

「あれえ、どうしたの?」

 小首を傾げると、白い髪がふんわりと揺れる。暗がりに徐々に慣れてきた目に、不思議そうに目を瞬かせるオルカが映り、フージャはかぶりを振った。

「用意、終わったのか」

「うん! ちょっと前に終わったのよー。ほらー」

 隣にきたフージャから少し離れたオルカは、くるりと回った。白い紗をかさねた衣装が風をはらんで、春の雲のようにふんわりと膨らんだ。柔らかい感触がするらしく、ひざ小僧にすそがあたるのを楽しんでいるオルカに、フージャはふうんと言った。

「よかったな。汚すなよ」

「わかったー! お姉さんにも言われたから気をつけるっ」

「そういやフィーリアさんは?」

 まわるのをやめて、オルカはことりと首を傾けた。

「なんかご用事があるんだって。お兄さんとお出かけしてるの」

 言われてまわりを見れば、クランフェールの姿も室内にはなかった。この部屋にはお付きの女の人もあまり寄りつかないから、広々とした空間がどこか物悲しく感じられた。

 けれど、オルカはそう気にならないようで、陽気にまた窓の外を見やっている。

 窓の外で、椰子の木々が濃い緑の葉をしなだれさせていた。その奥から、潮騒のような音が絶えず響いてきている。声がくずれて飲みこまれた歓声の波が、砂浜を洗うようにここまで届いてきているのだ。

 どんな言葉を言っているんだろうな、とフージャは思った。あの王様を非難しているんだろうか。それとも〈雪〉が消えたことをただ喜んでいるだけなんだろうか。一番ありえそうなのは、〈雨の御子〉への賛辞だろうと思った。

 ――魔石を受け取ったあと、〈雪〉はまるで夢まぼろしのように消えた。

 〈雨〉に溶かされたときとは違う。自ら形をくずし、そのまますうと空気にとけていくように姿を消したのだ。

 だが、すぐには喜べなかった。王は〈雪〉が消えてもなお、オルカを殺そうとし、刃をおさめなかったからだ。

『王――これだけのことがあったのがなぜか、あなたはわかっておられる。なのに、まだそんなことをされるのですか!?』

 フージャの非難を王はあざ笑った。

『生かしておけば国は荒らされる。国から出せば、〈雨〉が奪われる。どちらにしろ、この国に待つのは最悪の事態だ。それとも何か。そいつの影響がどこにもでない場所でもあると?』

『それは――』

 フージャが答える前に、その後ろにいたオルカが弾けるように声をあげた。

『ある!』

 王が片眉を跳ね上げた。驚いて振り返ったフージャの顔を見ずに、オルカは緊張した顔で王を睨みつけている。

『ずっと元のお家では何にもなかったもん! だ、だから、オルカが』

 ごくりと、つばを飲みこむ音が聞こえた。

『オルカがお家に――〈角の地〉に帰れば、何も問題ないもん!』

 王はしばらく吟味するように沈黙した。つっと、フージャを見る。

『確かか』

 フージャはゆっくりとうなずいた。

 元々、フージャたちはオルカを〈角の地〉へ返す算段を立てていた。魔石の使用はまだ実験の段階だ。どうも成功はしたようだが、確実に彼女の〈冬〉がなくなったとは限らない。そうなれば、〈雪〉の発生も、〈雨〉の偏りもなくならず、三国に火種はばらまかれたままだ。

 〈角の地〉にいる間はずっと何事もなく〈雨〉は巡ってきていたことから、まずは戻ったほうがよいだろう、と結論がでた。そこでゆっくりと魔石の実験をし、〈冬〉の除去をしていけばいい。神がかりの代物だから、どれだけ上手くいくかは未知であったが、三国にいるよりはましなはずだった。

 だが、戻るということを、オルカ自らが言うとは思っていなかった。

 王はじっとフージャとオルカを見つめてきた。そうして、やおら舌打ちすると、静かに切っ先を地面におろした。

 しかし、独断でオルカが〈角の地〉に帰ることを決めるわけにはいかなかった。〈雪〉の暴走が大規模に起こったことからも、ことは既に三国すべてに関わりがある。いつ頃になるのか、どういう話として処理するのか。〈雪〉と関わりあると知れれば暴動になるから、慎重に進めねばならなかった。

 決めるためには、三国の元首による話し合いが必要だった。

 クランフェールは、必ず王に承認を得てくると請け負った。そのためにも、時間が欲しいと願い出た。王城に身分を偽り乗り込んだ上、死闘を演じた身にすれば虫のいい話であったが、オルカの事情を鑑みて他に術はないと王は判断したようだった。

 一通りの会議ののち、ラカンヌ仕込みの軍馬を貸し与えられ、〈雪〉の混乱さめやらぬ夜開け間際に騎士は旅立っていった。

 フージャもまた同時刻に都カルンを出立した。ラカンヌのひとりが操る馬に乗って港に出ると、なじみの船乗りを見つけてパラファトイへと帰った。クランフェールと同じよう、パラファトイの元首――父に渡りをつけるためだった。

 久方ぶりに踏みしめる古巣の土に感慨にふける間もなく、フージャは父への面会を願い出た。てっきり鉄拳のひとつやふたつは予期していたのだが、父は百年動かぬ岩のように集会所の長の席であぐらをかくばかりだった。よほど堪えた。そこにあるのは、どうにもならぬ失望だった。父の描いた像から外れて失った信頼は、いかな理由があったとしても安易に取り戻せるようなものではないと悟らされた。

 糸を限界まで引き絞ったかに思える緊張感のなか、それでもフージャは出奔後に起こった物事をすべて報告した。そうしてクランフェールの提案を告げ、同時にそれがもたらす利益、不利益をなるべく感情を排して述べた。父が情に厚いのは知っている。だがそれが公に関わればその影すら見えぬのも知っていた。

 統領は目を閉じてフージャの言葉を沈思した。その身のうちでどのような考えが行き来したかはわからない。フージャがわかったのは、たったふたつのことだけだ。ひとつは統領が会議への参加を承知したこと、もうひとつは、自分が失った信頼の欠片をようやくひとつ取り戻したことだった。

 統領より正式な使者の任を負ってジノブットに訪れれば、それから少し遅れ、クランフェールもまた故国より戻ってきた。行きは単騎だったが、五人の男たちを使節団として引き連れてきた。エルテノーデン王がこの会議にかける意気込みをかいま見る思いだった。

 その使節団の長はアルフレートという男だったが、話がまとまるまでの実質的な交渉役はクランフェールに一任されていたようだ。会議を持つにあたりジノブット王が突きつけてくる数多の条件から、譲れぬ線、あえて譲ってよい線を見極め、率直ながらも堂々とした口ぶりで少しでも自国に有利に働かせた。使者とは名ばかりに、叔父タナマンが譲れぬ線を巧みに防ぐのを後ろで見ているだけの自分と比べ、その姿はあまりにフージャの目に眩しく映った。一人前の仕事を持つようになって数年。だが、いまだに学ぶことは山ほどあるようだった。

 その会議では、大勢のラカンヌのなかにテオバルトとシハーブの姿も認められた。詳しく話す機会はなかったが、ひとまずはもとのラカンヌへと戻ったようだった。オルカの願いだという。彼女の機嫌を鑑み、仕方なく王が了承したのだとか。ただし、降格はされているそうだ。

 会場を出る間際に、一瞬テオバルトと目が合った。警護の請け負ってるため、自由にならないようだが、その目は穏やかだった。――シハーブに背中を叩かれるまでは。

 滞りなく会議は進行した。

 そうして、ようやく結実した成果のひとつが、この歓声だ。これはオルカを送り出す祭典のものなのだ。

 ジノブットを手始めとして、これからエルテノーデンへ、そうしてパラファトイへと行く。そうして船に乗って〈角の地〉へと帰るのだ。

 だが、これが果たしてオルカにとって本当にいいことなのだろうか。

 たしかに三国の問題はすべておさまる。しかし、オルカの気持ちはどうなのだろう。まわりの感情だけで、オルカは二国を渡り歩いた。また同じように、まわりの事情でオルカを追いやったのではないか。

 国も、〈雨〉も、〈雪〉も関係なく、聞きたかった。本当にこれでよかったのか、と。

 まろい光のあたる頬に柔らかい笑みがただよっている。そこに噓偽りがないのか、短い時間の間でオルカの思いの居所がわからなくなっていた。

「オルカねえ」

 突然オルカが口を開いて、フージャは物思いから覚めた。こちらを見ないまま、歌うような口ぶりで独り言のように呟く。

「オルカ、全然わかっていなかった。自分のこととか、国のこととか、他の人がどうやって生活してるのか、全然知らなかったの。すごーくすごーく世界がね、ちっちゃかったの」

「……うん」

「でもね、お家を出てね、ちょっとだけわかったの。ほんとにね、ちょっとだと思う。でも、すごくすごく楽しかったの。こうやってずっとパラファトイのおうちにいれたらいいけど、でも今のままじゃだめだって、オルカ、ジノブットに来てわかったの」

 ぎゅっとオルカは手すりを握った。

「だから、一度戻るのよ」

 彼女がこの結論に達するまでに、どれだけ考えたんだろう、と思った。明るくて、無邪気だった彼女が、こう自分で納得できるまでにどれだけの夜が必要だったんだろう。海べりでフージャのあとをついて回る子犬はもうどこにもいなかった。一年の月日はお互いの上に積もっている。

 あたらしい輪郭をした少女が、ふとフージャを見た。真剣な面持ちだ。

「あのね、あのね、フージャ? オルカが、オルカがね、ちゃんとお石に助けてもらって〈雪〉が大丈夫になったら、そうしたら、また」

 オルカはそこまで言って、言葉が迷子になったように途方に暮れた顔をした。

 新しい煌びやかな衣装のなかで、手首にかかった装飾品だけがひどく素朴だ。フージャの目には見慣れたものだった。パラファトイの女なら誰でも持っている貝殻の装飾品。戦の起こる数日前に姉がそれを手に神殿へ赴いたのを知っていた。

「いいよ」

 声は自然と出ていた。オルカが弾かれたように顔をあげる。

「姉さんもすごいオルカのこと、待ってるし。母さんもベサルバトもすごい寂しがってた。父さんも何も言わないけど、きっと待ってる。だから、帰ってこいよ」

 ここまで言ったあとで、理由を他人任せにすることが少し卑怯に思えて、あわてて自分の名もつけ加える。

 オルカは少し黙って、それからゆっくりとうなずいた。何度も何度もうなずいて、紅潮した顔に笑みがほころぶ。

「うん、うん、絶対絶対ね! フージャ、絶対ね!」

 窓枠に手をついたままぴょんぴょんと跳ねる姿を見て、フージャは思わず笑ってしまった。

「おい、そろそろ時間だぞ」

 声とともにクランフェールが顔をのぞかせた。その後ろにフィーリアも見える。ふたりは暗い室内から見ると、ひどく光あふれる回廊に立っているように見えた。

 フージャとオルカはふと顔を見合わせて、一度笑った。

 そうして光のほうへ走りだした。

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