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レクタルヴ~風花の大地と少女~  作者: 創作サークル猫蜥蜴
第一章 パラファトイ(執筆者:しずる)
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九(続)

 敵うわけがない。

 と、戦場に居合わせた誰もが思った。それはエルテノーデンが先の戦いで、海戦の強者であったパラファトイに対して抱いた思いよりももっと単純なものだった。

 まるで理解できない出来事に対する恐怖。それが敵の仕業であるとの、危機感。

 吹き飛ばされて沈んだ二隻――ペダンドアとメネラーケンバルの船員の救助もままならぬままに道を開けた者たちはその出来事についてをまとまらない言葉で口走っていたが、皆、やはり宙に火が点き、急に燃え上がったと言う。ただの火矢などではありえなかった。まだ船三つ以上ゆうに離れていて、風は彼らの背から吹いていたのだ。火矢が届くはずもない。届いたとして、あれほどのものを生み出すわけがない。

 体勢を立て直して再び進撃しようなどとは、誰も考えなかった。彼らが以前軽くあしらった北の国は得体のしれないものを得て脅威の敵へと変貌していたのだ。

 港でも船を吹き飛ばした炎は見えていた。集った全ての人々が愕然として、冷たい汗で額を濡らした。ジヒタムとベサテルズでさえも言葉を失い立ち尽くすしかなかった。逃げてきた船乗りたちを詰る声など、あるはずもない。

 やがて、港は緑色の軍服で埋め尽くされた。パラファトイの民衆は誰も抗わず、魔物の群でも見るような目で彼を眺めていた。

「パラファトイ統領! 我々が何を探しに来たかは分かっているだろう。娘を大人しく引き渡せ。我らに、〈雨〉を返すのだ」

 先頭に出てきたのは、蜥蜴の頭を持つ大男だった。居並ぶ二人の統領に抜き払った軍刀の切っ先を向けて言う。

 ジヒタムの眉が寄り、ベサテルズの口が引き結ばれる。二人の手は得物として用意された銛を掴んだまま、硬い握りこぶしとなった。しかし、振るわれることはない。彼らの視界には敵と共に、怯んだ顔つきの男たちがいた。そして誰もに家族が居ることを、彼らはよく知っていたのだ。

 娘、とエルテノーデンの者は言った。手に入れるべき〈雨〉がどんな姿でパラファトイに身を置いているのか、彼らは知っている。もしかすればパラファトイの者よりもよく知っているのかも知れないとの思考が、ジヒタムとベサテルズの頭に掠めた。

「……そうすれば、この清い土が焦げ付くこともあるまい」

 蜥蜴頭の横で人間の男が言葉を足す。それがきっかけだった。ジヒタムは歯を食いしばりながら踵を返し、敵へと背を向ける。葛藤が揺らぐ青い目は、林に守られる神殿を見ていた。

 重い足で歩みだした二人の後を、エルテノーデンの軍人たちが追う。パラファトイの人々はそれを見るしかなかった。


 遠くに見ていた海の惨状、近づいてくる物音に震える自分を叱咤し、エファヴィは祭壇の傍らで小さな体を抱きしめていた。気丈に、という統領の娘としての心がけよりも、妹のような無垢な少女を安心させてやりたかった。

 壁に描かれた角の主の御姿絵に身を寄せ、目を閉じる。耳元で打つ早鐘の心音に、オルカの心臓も早まっていた。

「父さん、何を――」

 外から聞こえたフージャの声に、二人は揃って顔を上げる。しかし扉を破る勢いで開いたのは、彼ではない。

 新緑色の、見慣れぬ異国の服。エファヴィの顔がざっと青ざめた。

 無遠慮に踏み込む軍靴。揺れる剣。冷めた固い顔の男たち。神殿の敷物を汚し、巫女たちを押しのけて彼らは進む。

「そのような……此処を何処だと思っているのです……!」

「角の主様の御前でと、言いたいのか。これが? 妙な絵だ――」

 角を持った鯨の壁画を見て笑った軍人たちは、すぐに小さな体を抱える一人の巫女を見つけた。袖で掻き抱くようにした頭。腕を引けば、白い髪が見える。

「やめて!」

 エファヴィの抵抗むなしく、オルカは男たちの強い腕に奪われる。顔も体も強張らせた娘の姿に、軍人たちは一時、歓喜と畏敬の表情を浮かべた。

「〈雨の御子〉様。貴女にこの地は相応しくありません。我々と共に来ていただきます」

 乱暴に引っ立てるような動きではない。一人が跪いて言うと、震える巫女たちの前では多くの軍人たちが膝を折り頭を垂れた。異様な光景だった。軍人は貝細工をつけた小さな手を取り、神殿の扉へ――祖国エルテノーデンへと歩み始める。

「オルカ!」

 怯え、俯き従っていたオルカの顔が跳ね上がる。声は長く共にいた兄役のもの。しかし振り向くことは許されなかった。彼女の周囲は緑色の軍服が隙間なく覆ってしまった。

 連れられるオルカを追おうとしたフージャの体は、エルテノーデン軍ではなくパラファトイの仲間たち、父の手によって押さえつけられた。もがく彼の頬をジヒタムの手が張る。

「国のすべてがかかっているのだぞ、堪えろ!」

「それはっ……あいつに全部押し付けるってことじゃないんですか! オルカは俺の客――家族なのに!」

「そうだ!」

 自分たちの国の為に少女を売るのか、との言葉はジヒタムの怒号で勢いを失った。

「私はオルカで国を守ったのだ!」

 それが統領の決断なのだ。

 父の苦悶の表情に、フージャの体から力が抜ける。踏ん張るほどの力が入らなくなり、膝がかくんと折れて地面にへたり込んだ。

 宣言通り、それ以上は何の破壊行為を行うこともなく、エルテノーデンの靴音は遠ざかっていった。あっという間の出来事だった。

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