序 青い港の白
白い少女が居た。
北東より吹く風に白い髪を揺らして、海を眺めて立っていた。
雲は流され、空は青一色の快晴。空を映した海もまた青く、小さく角を立てるだけで極めて穏やかに繋がれた船の巨体を揺らしている。
それらを見つめて。
くっきりと切り抜いたように白い少女は立っていた。とても強烈な印象をもって佇んでいた。十に満たない年頃の、髪も、肌も白い異国の装いの少女だった。
フージャはぼんやりとそれを見つめてしまった。港も、全部数えれば十隻ある立派な船も、すべて見慣れたものであるはずなのに、初めて見るように新鮮で不思議なものに見えた。
フージャはまだ若くても船の長だったので、同じ年の少年たちより多くのことを知っている。自分たちのように髪が黒くない人も、獣の見目をした人も実際に見て知っていた。それでも、少女の小さな姿は生涯忘れ得ぬ、鮮烈なものとして彼の瞳に焼きついた。
帆が畳まれて綱が垂れる帆柱を眺めていた少女の金の瞳が、徐々に下がって、やがて気配に気づいてフージャを見た。どこか雲を思わせる柔らかな髪が揺れ、丸い瞳はぱちりと瞬きをする。フージャの背筋はぴんと伸びた。
「ねえ、ここ、どこ?」
小さな女の子らしい高い声が訊ねる。
訊ねた相手はフージャ以外にはありえなかった。今、港には海鳥や小さな蟹などを除けばそのような相手は居ないからだ。少女とフージャは、二人きりなのだ。
フージャは重要な船旅を一つ終えて戻ってきたところで、その一番最後の仕上げに、船に酒の一式を置きに来たのだった。共に航海に携わった海の霊たちの為のもので、船の長が、他の船員たちが家に戻った後に捧げるものと決まっていた。だから彼は、疲れた体を休める前にこうして出てきたのだ。
「……港。サクランカだよ。迷ったのか?」
フージャは自分の立場――この島国の統領の息子であること――と相手が子供であることを殊更に意識して、はっきりと応じて見せた。言いながら歩み寄り腰に片手を当て、どう見ても、同じ国の者ではない少女を見下ろす。
ぱちり。少女は迷ったにしては不安などの曇りが見えない目をまた瞬いて、船をちらと見て、フージャを見上げる。フージャはこの国では一般的な、黒髪青目に焼けた肌の少年であったが――彼女は、このような特徴を備えた人を間近で見るのは初めてだった。物珍しげにして、首を傾げる。
「さくらんか?」
「パラファトイの港だよ。まさかそれも分からないで此処に居るのか? 君、何処から来たんだ。……どうやって」
フージャは一時少女から目を離して船を見た。外から此処を訪れるなら、それ以外に手はない。他の陸は遠く離れていて、流れも込み入ったところがあって、とても泳ぎや小舟では渡ったりできないのだ。小さな子供では尚更、無理だろう。
「ええっと――」
少女は言い淀んだ。隠そうとしているのではなく、本当に困惑しているように見えた。色の薄い唇は、網で引き上げた魚のそれのように空気を食んでいる。
フージャも困って、持っていた酒を抱えなおした。
「名前は、言える?」