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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
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8.ミツイ、魔法使いになる(その3)


 再びエル・バランに向き合ったのはそれから1時間後だった。

 魔力は食事で補うとのことで、大量の魔力を使ったらしいエル・バランは、ミツイが引くほどの勢いで食事を摂った。屋敷には食料がまったく貯蔵されていないため、外食だが、行きつけらしい店の個室に座った後、メニューを端から端まで全部、と注文するのを見てミツイは盛大にどん引いた。

 見ているだけで気分が悪くなる勢いで食べる。味わっている様子はまったくない。とにかく何かを腹に詰め込もうとしているのがありありと分かるのだ。ちなみにキャシーは留守番である。この様子を見たくなかったんだろうかとミツイは考えた。

 食事を終えたエル・バランが満足げに息を吐いた。食後の茶をいかにも優雅に楽しみながら、ミツイへと向き直る。


「で、相談があると言ったな」

「あ、ああ……。いいのか、もう?」

「満腹とは言わんが、ひとまずはこれでいい。ああ、店主、保存の利くものを一週間分、いつも通り屋敷に届けておいてくれ。夜食に食う」

「へい、毎度」

「まだ食べるのか……」

「食わねば生きてゆけまい」

「いや、まあ、そう……、かな。そうだな、もうそれでいいや」


 気を取り直してミツイも茶を飲んだ。出来る限りシリアスな空気を出そうとして、真顔で切り出す。


「驚くと思うんだけど。おれ、この世界じゃないところから来たんだ」

「ほう」


 たいして驚きもしないでエル・バランは目を瞬いた。


「で、帰り方が分からないんだけど、エルさん知らないか」


 しばし、沈黙が落ちる。期待した目を向けるミツイに、エル・バランは呆れた声で沈黙をやぶった。


「話はそれで終わりなのか?」

「え、そうだけど」

「もう少し具体的な内容でないと相談に乗りようがない。この世界ではないといっても、どういう世界だ?」

「えーっと、ここみたいなファンタジーじゃない世界だよ。剣や魔法じゃなくて、科学が発達した世界だ。地球っていう星で、おれが住んでたのは日本って国で」

「逆に聞くが、その説明でおまえはどんな世界か理解できるのか」


 できない。ファンタジーでなく剣と魔法の世界ではない、とだけで世界をすべて理解できたらおかしい。


「どうやって来たのかくらい説明がないとな……、つまり、ミツイは魔獣のような存在ということか。誰かに召喚でもされたのか」

「どうやって来たのかも、分かんないんだ。ハッと気づいたら、草原にいて。狼みたいなのに追いかけられて逃げたんだよ。とにかく人のいるところに行かなくちゃ、ってことで逃げ込んだのがこの街で。ハボックさんに世話してもらって衛視見習いになったんだけど。それがクビになって今度はエルさんとこに来ることになったんだ」

「ふむ。どのくらい前だ」

「まだ2週間経ってない」

「最近だな。自分が前に登城した時点では、それを想起させるようなことはなかった。この1ヶ月以内に何か動きでもあったか……」

「信じてくれるのか?!」


 頭から否定されることも考えていたので、ミツイにとっては逆に信じがたい。目を輝かせるミツイに、エル・バランは胡乱げな視線を返した。


「相談したいと切り出した言葉を頭から否定してどうする。信じるかどうかは別の問題だ」

「うわぁっ……、すげえ、エルさんいい人!イケメンは死ねばいいなんて一瞬でも思ってマジごめん!」

「謝っているつもりか、その物言いは」


 エル・バランはミツイに対して呆れた口調を続けた。


「まあ、いい。聞く限り、何者かによる召喚に巻きこまれたんだろう」

「よくあることなのか?」

「頻繁ではないが……、召喚師という職種があってな。連中が何かの召喚を試みたが失敗した、という事例がありえそうだ。気づいたのは草原と言ったな?誰かに会わなかったか?」

「えーっと……」


 記憶を探りながらミツイは答える。


「狼に、誰か命令してた人がいたな。顔は見たかどうかも覚えてない。狼に追われてたんで余裕なかった。逃げて、ハボックさんに会って、その後は街に入ったけど」

「その前は?」

「前って?」

「草原でハッと気づいた、その前だ」

「……?いや、学校に向かう途中だったんだ。特に何も……」

「何もなくて寝るのか、おまえは」

「……」

「忘れているだけで、何かがあったのだろう。『がっこう』とやらに行く途中から、草原で目覚めるまでの間に」

「何かって……なに?なんか、ヤバイのかな、これ」

「不明だ。ひとまず、その間のことを思い出さない限り、どうしようもない。原因も分からなければ戻る先も分からないだろう。召喚した者が特定できればいいが」

「特定って、どうやれば?エルさんできる?」

「できない」

「そう言わずに!もう一声!」

「魔力の残滓でもあればキャサリアテルマが追えるかもしれんが、それもない。魔法の影響下にあるようには見えないからな」


 魔法の影響下という言葉に聞き覚えがあったか、ミツイはどこで聞いたのか思い出せなかった。


「ミツイ、おまえの特異な点は、まったく魔力を感じないことにある。記憶ごと忘却の魔法で封じられている可能性がある。それを解呪しなければ記憶を復元できないが、自分の魔力では不可能だ」

「どうしてだ?あ、ほら、屋敷の増幅とかってやつは?」

「なぜ、あれが必要だったと思う。よく誤解されるが、自分は宮廷魔術師であって、大魔導士ではないんだ」

「どう違うんだよ?エルさんはすごい魔術師なんだろう?」

「すごい、は、強力だというのと同意ではないだろう」


 ハアと、エル・バランは息を吐いた。


「誤解しているようだからもう一言付け加えよう。自分の名前、『エル・バラン』というのは本名ではない。『エルデンシオ王国に帰属するバラン』ということだ。一般的な人間は、名と姓を続けて名乗るが、その類には合致しない。この名前が与えられている間、自分はエルデンシオ王国の不利益になるような行動ができない。そういう契約だからだ」

「えっと、つまり……?」

「ミツイの召喚がエルデンシオ王国に有益になる場合、それを妨げることは自分にはできないし、忘却の魔法がその人物によってかけられていた場合、それを破ることはできなくなる。試みは出来ても必ず失敗するんだ」

「……え、ええと……。だから、エルさんは、おれを元の世界に戻すことはできない?」

「聞いていなかったのか。……いや、まあいい。なんとでも呼べ」


 ふぅむ、と息を吐いてから、エル・バランは言った。


「自分が直接解呪を試みても成功はしないだろうが、助手に有効な魔法を伝授することならできる」

「おれが、自分で魔法を使って、なんとかするならアリなのか?」

「そうだ。エル・バランであるのは自分であって、その助手ではないからな」

「それなら!」

「先ほど言ったのは一つの仮説だ。おまえがこの世界にやってきた理由は別のものかもしれない。だが、いずれの理由だったとしても忘れているものを思い出すことが第一歩だろう。この国で生きていくのであれ、元の世界に戻るのであれ、な」

「そっかあ……。なら、エルさん、改めておれを助手として使ってくれよ!それで魔法も教えてくれ!おれ、魔法使いにはなってみたかったんだよなー。ここで覚えた魔法って元の世界に戻ってからも使えっかな?」


 すっかり問題が解決した気分になって、ミツイは軽く言った。

 相談事は終了と見たエル・バランはゆっくりと茶を飲み直した。冷めているが1週間ぶりの食事と茶である。体に染み渡るようだ、と思いながらふと口を開いた。


「先ほどの件だが、もう一つ方法がある。おまえが召喚されたにせよ、別の理由にせよ、すべてを解決する上位の存在になれば、それが可能だ」

「上位って?」

「そうだ。職歴カードを持っているだろう?一定以上の経験を積み、転職を重ねた者だけがなれる存在」

「そりゃ、一体?」


 相槌を打つようにミツイは聞いた。ちらりとミツイを見やりながらエル・バランは笑みを浮かべた。悪戯をするように楽しげな視線は、もともとの美貌と相まってどきりとするほどの色気がある。


「勇者だ」




  □ ■ □




 楽しげに発せられた言葉に、ミツイはしばらくきょとんとしていた。


「勇者って……あれか?王様とかに、魔王を退治しろって命令されたりする?」

「どこの国の王に、勇者に命令する権利があるというのだ」

「え。ないの?」

「勇者というものは、賢者と並んで上位の存在なのだ、一国の国王ごときに命令を受けるほど弱い立場ではない。逆に言えば、勇者であれば国や組織には縛られない」

「……そーゆーもん?」

「そうだ。『エル・バラン』の名がエルデンシオ王国に帰属するように、勇者は神に帰属するからな。神の命令であれば従わざるを得ないだろうが」

「ほー……」


 気のない相槌を打ちながら、ミツイは茶をお代わりした。食費については個人払いだった気がするが、今日のエル・バランの食べ方であればミツイが茶代を上乗せしたところで気づくまい。メニュー表の端から端までなんて頼み方する人間は、グルメ番組の出演でもすればいいのだ。このイケメン顔で出演したら、女性ファンが確実につく。

 否、案外ダメかもしれない、とミツイは思い直した。グルメ番組というのは、美味しそうに食べることが重要である。視聴者が思わず今夜の献立を変えてしまったり、休日に行くレストランの名前を決めてしまったり、そういった行動をそそのかすことが重要なのであり、顔だけでは目的を達成できない。見ていて胸焼けするような食べ方では向いていない。料理人がイケメンなら良いだろうが、エル・バランは料理は壊滅的にダメなタイプに違いなかった。

 余談だが、エルデンシオ王国の茶は、ほうじ茶に似ている。一種の野草を火で焙り、それを湯に浸すことで茶にしている。いわゆる茶の木というものは存在せず、ハーブティの類ならばある。茶の味に興味の薄いミツイが、このあたりについて詳しくなるにはまだ少し時間が必要だった。


 脱線した。話を戻そう、とミツイはエル・バランを見やった。


「じゃあ、神様が魔王を倒せっつったなら、やらないといけないんだな。勇者も」

「そうなるだろう。職種的な説明であれば、紹介所で聞いた方が詳しいだろうがな」

「エレオノーラさん的勇者論?」


 エレオノーラの名前を出したとたん、エル・バランは顔をしかめた。ほんの些細な違いだが、食事で満足げだった様子が一転する。寒々とした空気が発せられ、ミツイは思わず身を引いたが、エル・バランは抑えた声で続けただけだった。


「……ふむ。そうだな、エレオノーラ殿であれば、比較的私見を交えず教えてくれるだろう」

「けっこう私見混じりな気がするけど。……あれ」


 ふと、ミツイはエル・バランへ疑問を向けた。確かエレオノーラは、自分がエル・バランの屋敷へ案内すると心象が悪くなるようなことを言っていたはずだ。それなりに脅されたのでどんな付き合いの悪い人間だろうと思っていたのである。実際のエル・バランは、多少癖は強いがそこまででもなかった。しかし、名前が出たとたん機嫌が悪くなるということは、それなりの根拠があったのだろう。


「エレオノーラさんとエルさんって、仲悪いのか?」

「個人的な付き合いはないな」


 ますます分からない。ミツイが首をかしげるのを、エル・バランは短くまとめた。


「職業紹介所内で会う分には、むしろ仲がいい方だろう」


 紹介所で会う以外のどこで会うというのだろう。

 エル・バランがそれ以上話したがらなかったので、ミツイはそれ以上話題を続けるのを止めた。


「なあ、エルさん。魔法使ってみてくんない?てか、おれに教えてよ」

「先ほど見ただろう」

「いや、石化魔法だとか、それを解くだとかってのもすげえんだけど、も少し分かりやすいヤツ。火とか水とか」

「こういう意味か」


 エル・バランは細い指先をミツイの前に突き出すと、何やら口の中で唱えた。

 ポウ、とエル・バランの全身が赤く光る。光が指先に集まり、それは炎になった。

 蝋燭の火くらいの小さな火だが、発火物のないはずの指先に、小さく点る。


 だが、ミツイが『見た』と認識するよりも早く、それは消えた。


「え。ちょっ……、待っ……早すぎ!もっかい!」

「断る。従来、魔法というものは街中で気安く使うものではないのだ。皆が皆、そのように使っていては規律も何もないだろう。火の魔法などは可燃物のそばで使うと火事になるからな」

「気軽に使えねえの?」

「魔道具のように、限られた用途に調整されているのであれば問題ない。調整ができない者は使うなということだ。魔法はそれを求められる職場や、鍛錬場以外での使用をすると、衛視に捕まる理由となる。魔法とは一種の暴力だ、それを闇雲に振りかざす者はただの犯罪者だということは、理解できるか?」

「…………」

「理由も無く剣を振り回すような輩は遠巻きにされる。知性のない者として侮蔑の対象となり、獣と同等の扱いを受ける。魔法とて同じことだ。ミツイ、おまえは幼少期の魔法教育を受けていないらしいからな、その辺りをきちんと教育するまでは、魔法の習得は叶わないと思った方がいい」

「…………」

「理不尽だと思うか?」

「……いや」


 ミツイは首を振った。

 それは例えば自動車の運転免許証のようなものだ。自動車を運転することは、免許がなくたってできる。アクセルを踏み込めば自動車は動くのだ。ではなぜ、免許が必要なのかと言えば。生身の人間では敵わないパワーを持ったものを、動かすには相応の意識が必要なのである。自動車の運転免許証は、「人を殺さないための」証なのだ。


「おまえが信用に足ると思えば、それに相応のものを教えてやろう」


 とりあえず今はそれでいいや。ミツイは思った。


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