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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
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5.ミツイ、迷子になる

幕間回ですよ


 職業紹介所を出たミツイは、まっすぐエル・バランの屋敷を目指した。紹介所の地図は持ち帰り不可とのことだったので、頭で覚えるに留めたが、王城のすぐ脇であったこともあり、王城を目指せばすぐに着くはずだというのが目論見だった。王城は見失うような大きさではなかったし、自分が王城に近づいている自覚はあったから、大丈夫だと思っていたのだ。だが、王城は見失わなくても、道は簡単に見失った。小道は行き止まりが多くて大回りするハメになったのである。数度に渡って回り道をした結果、いつの間にか現在地点の把握ができなくなった。


 そろそろ夕刻になるらしく、ミツイは内心で冷や汗をかいた。エルデンシオ王国の首都は、大部分が石造りだ。窓ガラスが使われているところも少なく、街中はうず高い石壁の通路が多い。そのため、日がかげった後の路地の暗さは尋常ではなかった。大通り以外は外灯がないので、暗くなるととことん暗い。加えて、通路に特徴が少ないため、すぐに道に迷う。


 自分は方向音痴だったろうかと自問したミツイは、自答して結論づける。方向は見失っていないので違うだろう。だが道が分からなくなったのは確かで、迷子にはなってしまったようだ。誰かに道を聞いて、王城を目指すのがいいだろう。


 視界の端を白いものが動いた。とっさに視線を向けたミツイは、それが小さな獣であることに気づいて肩を落とした。


 ぴょん。ぴょんぴょん。


 毛玉だと思ったら、ウサギである。白い小さなウサギは、ゴムマリ程度の大きさで、ミツイが両手で抱え込めそうだ。

 ウサギはミツイには見向きもせず、そのまま道の先へと跳ねていく。

 ミツイはウサギを見送った。道を聞こうと思うのに、ウサギでは役に立たない。


「誰もいねえし」


 いざ、誰かに道を聞こうと見回したが、今度は誰も通りがかる者がいない。

 高い壁の続く脇道である。どこかの路地に入り込んでしまったのかもしれない。道幅は1メートルちょっと、側溝があり、左右の壁は3メートルはあるだろうか。ところどころに扉があり、高さ2メートルほどの位置に窓もある。だが人気がないこと限りなく、どうやらどの家も不在であるらしい。


「なんでだ。……まだ昼間だから?か?」


 住人は皆、仕事に行っているのだろう。すると、これはアパートみたいなものだろうか。数時間すれば住人が帰ってくるかもしれない。何軒かの入り口についたドアベルを鳴らしてみたのだが反応がなく、仕方なくミツイは道なりに歩いていた。

 せめて大通りに出れば、誰かしら歩いているはずだ。頼りない根拠を元に進んでいくと行き止まりであった。


 小道の終点は5メートル四方程度のスペースだった。中央に像が置かれていて、それを取り囲むように石の柵がある。水でもあれば噴水のようにも見えるつくりだが、見たところ枯れており、像も石の柵も半壊しているとなれば、かつてはどうあれ今は使われていないもののようだ。

 ぐるっと見回したが人気はなく、やはり住民の気配もない。引き返そうと思ったミツイの視界に、人影が映った。


「……う?」


 先ほどまで人気を感じなかったのに、空気を動かしているのは人間であるらしい。よくよく見れば、目深にフードをかぶり、長いローブを身に着けた怪しい人物である。

 君子危うきに近寄らず。そんな言葉が脳裏をよぎり、ミツイは本能の警鐘に従って逃げようと考えた。


 だが、ローブの人物が明かりを灯し、周囲を見回すのを見て考えを改める。

 暗闇に対抗する手段を持っている人間らしい。なんとか友好的に事を進め、この行き止まり感を打開したい。


 ローブの人物が持っていたのはランプだった。大きさは30センチほどのもので、持ち手があり、マグカップのような形をしている。マグカップであれば水を溜める場所に炎が点っているのが見える。半透明のガラスを使っているらしく、中の炎が透けて見えるが、そうでなければランプの用途を果たさないだろう。その場合はカバー無しで使うのかもしれない。


(そういや、魔道具が使えない連中は、ランタンを使うって言ってたっけ?)


 ミツイは首をかしげた。ローブの人物が持っているのはどちらだろう。

 エルデンシオ王国に来てから数日しか経っていないが、魔道具が複雑な構造をしていないことにミツイは気づいていた。火を熾す、水を流すなどの単純な作りでしかないのだ。火であればコンロ、水であれば蛇口みたいなものである。その後ろにガス栓だの、水道管などがないだけだ。

 たとえば明かりであれば光というものは存在しない。あくまで、火を熾してそれを明かりとして使う。火の大小を調整できるところが違いだろうか。一方ランタンというのは、アルコールランプのようなものであり、燃料を入れるところと、火をつけるところがある。火の大小は調整できず、着火も自由自在ではないが、構造は似ている。


 首をかしげながら様子を見ているミツイに気づいたのだろう、ローブの人物に動きがあった。

 ミツイの方へと明かりを灯しながら、声をかけるべきかどうか迷っているように見える。やや時間が経ったところで、係わり合いになるのは止めるという結論に達したらしい。声をかけず周囲を見回す方に戻った。


 そうなると、今度は選択を迫られるのはミツイの方だ。

 ミツイとしては暗闇の中で目を凝らす方法がないので、明かりの持ち主とは知り合いになっておきたい。だがローブ姿はどう見ても怪しすぎる。他の人物を探す方がいいかもしれない。


 ひょいん。


 白い毛玉が視界を横切った。


「あ!!」


 ローブの人物が声を上げ、慌ててミツイの方へ駆け寄ろうとする。白い毛玉が枯れ噴水の方へと跳ねると、今度はそちらに向きを変える。


 ぴょん。ぴょんぴょん。


 白い毛玉は、長い耳をひょこひょこさせて、後ろ足で跳ねる。行き止まりに来ていることに気づいているのかいないのか、ミツイとローブの人物からは距離をとったまま、かといって留まり続けるわけでもない。


「……手伝おうか?」


 ローブの人物はウサギの動きについて来れていない。また、片手が明かりでふさがっているのがいけない。手のひらサイズとはいっても、両手が使えずに捕まえるのは無理だろう。


 ローブの人物はしばらく迷い、それから諦めたようにうなずいた。

 ミツイは荷物を下ろすと、両手を空けた。今のミツイは日本から着ている白いシャツと黒いズボンである。衛視の制服を置いてきたので、他に着るものがないのだ。鍛錬中に借りていた運動服も餞別に分けてくれないかと願ってみたのだが、叶わなかった。ウサギの進行方向に回り込み、一気に近づいて両手を広げる。抑え込んでしまえば、動けまい。


「あ!!」


 ローブの人物が何かを言おうとした。

 ウサギに近接したミツイは、両手を広げたまま、背中にぞわりと這い上がるものを感じた。触れようとした指が毛先を捉える寸前に、ミツイは飛びのいた。目の前が急に暗くなり、ミツイはとっさに身を翻す。


 目の前でウサギが膨れ上がる。

 白い、小さなウサギはそこにはなかった。

 体長50センチほど、毛は黄色く、真っ黒な螺旋状の一本角が生えている。ウサギはアクセルを踏み込んだ自動車のように急発進すると、そのまま噴水跡に突撃した。


 ドガンッッ! ガラガラッッッ……


 もうもうと煙が舞い上がった。石造りの噴水は、粉々に砕け散った。舞い上がる埃の中、黄色く角の生えたウサギが、ミツイの方へと向き直る。獰猛な瞳は赤く光り、夕刻の暗がりの中、鋭さを増していく。


(やべえ)


 少なくてもそれは、ただのウサギではなかった。




  □ ■ □




「な、な、な、なんだ、こいつ!」

「アルミラージと言いまして。ウサギの魔獣です。肉食ですが、生まれた時から草のみで育てると、肉食獣特有の臭みがなくなります。幸い、共食いはしませんし、普段は擬態して白いウサギ姿です。エルデンシオ王国では家畜として牧場で飼われています」

「肉食のウサギって、なんじゃそりゃああああ?!」


 どこかで聞き覚えのある声で解説が入った。

 体勢を整えた黄色いウサギが、ミツイを狙って突撃をかける。必死に逃げる間も解説は続いた。


「一般的には、角ウサギと呼んでいます。見たまま、角の生えたウサギであることが根拠なんですが。なかなか獰猛な種類なため、牧場主でも殺すことができません。本来は肉食ですしね。そのため日雇い戦士などを雇って収獲します。刃物を使うと肉が不味くなりますので、打撃武器などを使うことが条件です。エルデンシオ王国の首都では、ライルさんという方が一番のベテランで『ウサギ叩きのライル』との異名を持っていますね」

「ダサッ!カッコ悪ぃだろ、その二つ名は!中二色がぜんぜんしねえ!もっとマシな二つ名があるだろ!?」

「異名というのは、わりとそのままなことが多いですよ」

「せめてもう少し飾れよ!?」


 振り返った先で、ローブ姿の人物がランプを掲げている。

 目元を隠すフードのおかげで顔が分からないが、この声は間違いない。職業紹介所で会ったことのある人物だ。


「武器、武器……か」


 ちら、と荷物のあたりを見やってミツイは呟いた。餞別にもらった鍛錬用の杖があったはずだ。あれは打撃武器だし、長物なので都合がいいだろうと思ったのだ。だが夕闇の暗がりの中、ウサギの動きをかわして荷物を取りに行くのは難しそうだった。


「くそ。それなら……」


 覚えたばかりの衛視の技を思い返しながら、ミツイはアルミラージを見据えた。一匹なのが救いだ。ウサギだから一羽だろうか。単位は学校で習った気がするが、ウサギは引っ掛け問題だった覚えがある。




 片手を前に突き出して、ミツイは正面からアルミラージを見やる。

 もう片方の手でバランスを取りながら、膝を軽く曲げて体をほぐした。


 防御から攻撃に転じる際、一番悪いのは硬直することだ。いつでも動けるよう、軽く動きながらその瞬間を待つ。ミツイがもっと上級者であれば別の手段もあるだろうが、今のミツイにできるのは、動き出しを少しでも早くする努力だった。

 静から動の切り替えをいち早くできるようになれば、陸上のスタートダッシュや剣道の試合の役に立つかもしれない。だが、今のミツイにできることは、小さな動から大きな動へと切り替える程度である。


 一瞬だって目をそらしてはならなかった。


 アルミラージの擬態は、小さな姿から大きな姿へと転じるため、相手を驚かせる効果があるのだろう。大きさが変わることで間合いも変化し、狙われた相手が逃げられなくする効果もある。加えて捩れた一本の角は、突き刺したら簡単には抜けまい。抉るように致命傷を与え、一撃で殺す。そういった類だ。


 アルミラージの踏み込みを、ミツイは見た。

 先端の角は見ない。距離感が今ひとつつかめず、ギリギリで避けるなんて真似ができそうになかったからだ。


 飛び出してくる瞬間を狙い、ミツイは一歩踏み込んで身を横へそらした。

 アルミラージは突進はしない。後ろ足が長いウサギの構造上、できないのだろう。跳ねた突撃のため、どうしてもジャンプする形になる。


 アルミラージの進行方向を、革紐がふさいだ。


 ばちぃぃぃぃん!!!!


 引きつれるような音を立て、しなるように革紐が音を立てる。アルミラージの顔に打ち付けたそれを、ミツイはさらに手首をひねって繰り出した。


 びちぃぃぃぃぃん!!!


 今度はアルミラージの足に引っ掛けた。そのまま地面に打ち付ける。いち早く近づいたミツイは、胴体に蹴りを入れた。

 ガスン、といい音が響き、アルミラージはそのまま噴水に打ち付けられ、ピクピクする。




 ミツイは油断なくアルミラージを見つめながら、荷物の方へと移動する。

 地面に転がっている杖を手に取ると、それを両手で構えた。代わりについさっきまで手にしていた革紐を取り落とす。余計なものを持って杖を扱えるほど、ミツイは熟練者ではない。


「え……?」


 ローブの人物が戸惑ったような声を上げた。

 ミツイが落としたのは、ベルトである。男子の制服ならば、大部分腰にしている、あれだ。

 いち早く引き抜いたそれで、アルミラージを打ち据える鞭代わりに使ったのだ。


 杖を構えながらミツイは内心で舌打ちした。ベルトを引き抜いてしまったせいで、ズボンを押さえるものがない。速いところ勝負をかけないと、その、あまり人前で見せたくない姿になってしまう。


 ミツイの焦燥をよそに、噴水に激突したアルミラージが動きはじめた。

 楽観はしていなかったが、革紐を打ち付けられ、蹴りを入れられた程度ではアルミラージは気絶しない。自分で噴水に突撃するような生き物を、噴水に激突させたところで倒せない。


 杖を構え、突撃に備えたミツイはぎょっとした。

 アルミラージは攻撃をしてきたミツイではなく、明かりを掲げたまま様子を見ていたローブの人物へと目線を向けたのだ。

 蹴りを入れた後、アルミラージの視界から外れたのがまずかった。


 後ろ足が跳ねるのを見てミツイは慌てる。駆け寄りながら杖を振り回すが、一瞬遅く、間に合わなかった。


「避けろっっ!!」


 杖は空を切った。

 ブオンと空振る音が響き、アルミラージの突撃がローブの人物を襲う。


 ローブの人物は慌てて下がろうとしたが、それが突撃に対してどう効果があるというのだろう。

 だが動きは無駄ではなかったらしい。アルミラージの目標は明かりだった。

 後ろに下がったことでわずかに目標がずれ、アルミラージはそのまま明かりに突撃した。

 衝撃に吹き飛ばされて、ローブの人物が腰を打った。地面に転がり落ちるのと、明かりがガシャンと壊れるのは、ほぼ同時だったろうか。


 ミツイは空振った杖をそのまま引き、思い切り突いた。地面に着地したアルミラージの後頭部へ目掛けてゴスンと命中する。さらに連続して数度打ち据えると、渾身の力を振り絞って振り落とした。滅多打ちである。


 アルミラージが動かなくなると、ようやくミツイはホッとした。

 冷静になると完全な動物虐待だったのだが、是非については後々考えよう。


 地面に転がったローブの人物は、肩を打ったのか、倒れたままだ。近寄ったミツイは手を貸そうとして、硬直した。




  □ ■ □



 ふにょん、とやわらかい感触がした。


 壊れた明かりから燃え上がった火が辺りを照らしている。石造りの上であり、周囲に燃えるものがないから、いずれは鎮火するだろう。ジリジリと石を焼いている火は、ミツイの目には暗すぎた。


 アルミラージの角が掠ったのだろう、ローブの胸元の合わせが裂けている。見たところ出血している風ではないが、何しろうす暗いので詳細はよく分からない。目をそらそうとする頬は、どこか赤らんで見える。目深にかぶったフードの下で羞恥に染まっている様子は、見ているこちらが気恥ずかしくなってくる。


 ローブの人物は目深にフードをかぶっていたし、ローブの色は黒だった。腕を掴んで起き上がらせようとしたのであって、決して、それ以上の下心があったわけではないと言い訳したい。腕と間違えて掴んだものは、やけに弾力があった。

 ついでに言うと、少しばかり大きすぎるのではないだろうか。手のひらに余るなんて、そんなバカな。


「あ。あー……その。悪ぃ……」


 どうしよう。ミツイの頭の中に走り巡ったのはそれだけだ。


「……不慮の、事故でしょう。故意だとは思っておりませんので、不問にいたしますが。その」


 ふにょふにょんとやわらかい感触がする。

 言い訳をするなら、少しばかり、調子に乗って指先が動いた。


「いつまで触って、おられるのでしょうか……っ?」


 感情を殺した低い声が怖い。ミツイは慌てて手を離して数歩身を下げると、目をそらした。


「それ以上調子に乗る前に、今のご自分の姿を省みられた方がよろしいかと思います。前後数分に渡って、何があったのかを客観的に吹聴した場合、一方的に悪評をかぶるのはどなたか自覚しておいでですか」

「うぐっ……」


 はだけた布地をかき寄せながら、ローブの人物は淡々と告げた。


 ミツイは慌ててベルトを取りに行った。耳まで赤くなっている自覚がある。

 前後数分に渡って不問にしてもらえるのであれば、カチャカチャとベルトを直している自分の姿も見ないでおいてほしい。

 ついでに、どうせ教えてくれるなら、もう少し後々のフォローまで考えた技を教えてほしかった、とカークスに逆恨みすることにした。武器を持っていない時の護身術の一つとして、男なら誰でもしているベルトを使った技を教えられたのだ。役に立ったのは間違いないが、これは一度きりの使い捨ての技だということも理解した。

 衛視の制服にベルトがついているのはファッションではなく実は武器なのである。




 後々になってミツイは、この時周囲が暗かったのを、心から無念に思った。

 だが不問にしてもらったのに忘れる努力を怠ったのは失敗であった。紹介所の制服姿の上から感触を思い出してしまい、一人で赤面して恥をかくハメになったのだ。




  □ ■ □



 気絶したアルミラージは元の白いウサギ姿に戻った。それを小さなずた袋に入れると、ローブの人物は改めて顔を見せる。

 そこにいたのはやはり、職業紹介所のエレオノーラである。

 声から推測はついていたが、紹介所の外で会うことがあるとは思っていなかっただけに、ミツイは驚いた。


「悪ぃな、ランタン壊しちまって」

「構いません。必要経費として計上しておきますし。無事に角ウサギを捕獲できましたので」

「というか、なんでこのウサギ、ここに?それに職業紹介所じゃ、職員が捕獲まですんの?」

「いいえ。確かに捕獲が依頼になっていたことは確かなのですが。これはただのアフターサービスです。角ウサギ狩り依頼にご紹介した方が、ミスをして街中に逃がしてしまったとかで。怪我人が出る前に捕獲しないといけなかったのです。私が見つけたのはたまたまです」

「え。じゃあ、誰か他の人の仕事だった?」

「まあ、そうですね。大丈夫ですよ、ミツイさんにペナルティがかかることはありません。仕事を請けていた方には、事情を話した上で、半額をお渡しする形になるかと思います」

「ペナルティ……が、ある場合も、あるんだ?」

「もちろん。他の方のお仕事を勝手に横取りしたら、問題になりますよ。ただ、ご当人の仕事振りがあまりに酷く、異議申し立てがあった等、正当な理由があれば別ですけどね」

「仕事せずに済んだ、ラッキー、とかはねえの?」

「仕事をしなければ給金を受け取れません。ミツイさんなら喜びますか?正当な手段で得た仕事を、横からやってきた誰かが親切顔してさらっていき、さらには仕事をしたのは自分だから報酬を寄越せ、と言われるわけです。誰しも仕事をして給金を得て仕事をしているのに、その給金を得る機会を奪われるわけですよ」

「……う、うーん」

「実際に、この角ウサギ捕獲を引き受けた方は、こちらが勝手に捕獲したことによって半金しか受け取れません。そのお金をアテにしていたとすればどうでしょう?仮に借金などしていて返済期限が迫っており、返せるアテのある仕事がこれしかなかったとしたら。半金のみであることによって返却に間に合わず、一家路頭に迷うことだってあるかもしれませんね」

「…………」

「一度や二度ならば、良いかもしれません。けれど、積み重なると働くという正常な心までも奪われてしまいます。人間、何もせずにお金が使えるならば、それに甘んじてしまいますし。けれど、正当な報酬であると胸を張って受け取るのと違い、何もせずにもらっているお金は実態がありません。使うことに頓着せず、それがどういった価値のあるものであるかを忘れた人間は、社会のクズです。残念ながら世の中には生まれが良いことを本人の才覚であるように誤解し、労働の対価という大原則を忘れた者が……。

 ……失礼。言い過ぎましたね。忘れてください」


 こほん、と小さく咳払いをして、エレオノーラは言葉を止めた。

 淡々と仕事をしているように見える彼女にも、くすぶるものがあるらしいと知り、意外な心持ちがする。


「あ、そうだ。エレオノーラさん、実はお願いがあんだけど」

「なんでしょう」

「……エルさんの家ってどのへん?」


 ミツイの問いかけに、返答はしばらく間があった。


「もしかして、ずっと迷ってたんですか?」




 是とも非とも返せなかったミツイへ、エレオノーラは頭痛を抑えるようなしぐさをした。頭が痛い、ということだろう。実際に痛いかどうかはともかく。


「……そうですね。協力していただいたお礼に、ご案内することはやぶさかではありませんが」

「が?」

「もう夕刻だと分かっておられます?今からエル・バランさんのお屋敷に行くのは、いささか常識知らずです。というか、ただの迷惑です。住み込みの契約になっているとは言え、スタートは明日からですし、そうと分かっていてご案内するわけには参りません」

「それもそうか」

「ですので……、信頼における宿の紹介と、今夜の宿代、それとエル・バランさんの屋敷の場所。アルミラージ捕獲のお礼として、以上の条件でいかがでしょうか」

「マジ、助かる!あ、その宿食事はついてる?もう腹ペコなんだけどさあ。そういや、エレオノーラさんは実家住まい?それとも一人暮らし?一緒に食べない?なんつって」

「食事は別料金ですね。……そこまではフォローしませんので、ご自分でどうぞ。ミツイさん、カークスさんの悪影響を受けるのはほどほどになさらないと信用が落ちますよ」

「ごめんなさい」


 冷たい目でにらまれた。


「それに、出来ましたら早く帰りたいので……」


 微妙に目をそらしながらぽつりと呟く声を聞いて、ミツイは今更ながらに先ほどあったことを思い出した。

 アルミラージの角で服が裂けたのだ、ローブだからまったく分からないとはいえ、このまま帰すというのは問題がある気がしてきた。家まで送った方がいいんじゃないかと考えたミツイが口を開くより先に、エレオノーラが淡々と告げる。


「角ウサギが気絶から覚めたら危ないですから」


 確かにそうだった。







「……殿方の手が触れたのなんてはじめてなんですよ。代金をいただきたいくらいです」


 ぼそりと呟かれた言葉はミツイの耳には届かなかった。




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル1

経験値:45/100

職業:なし

職歴:衛視

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