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異世界リクルーター  作者: 味敦
第三章 ミツイ 異世界で性根を直される
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58.ミツイ、仲人になる


 ミツイが気づいたのは、戦場だった。

 正確には戦場跡、だ。辺り一面に壊れた武器が打ち捨てられ、馬や人間や、……魔物だと思われる化け物の死体が放置されている。血のにおいが風に混じり、ムッとむせ返るような腐臭がしていてひどく息苦しかった。

 死体の中にドラゴンのような姿があるのに気づいて、ミツイはどうしたらいいか分からなくなった。


「どこだ、ここ」

 

 自分は賢者によって『最初の地点』に飛ばされたはずだった。だが、こんな場所は見たことがない。

 事情を聞ける人間が欲しい。誰か、生きていて、それでいて魔物じゃない者はいないのか。


 周囲を見回したミツイは、自身に影がかかるのに気づいてハッとした。

 覚えのある影は、空を飛ぶ生き物だ。

 獅子の頭と前腕、雄山羊の胴、大蛇の尾を持った生き物。体長は5メートルはあるだろう。小麦色の毛をしているようだが、薄らぼんやりとした紫のオーラをまとっているせいで、生き物そのものが紫色に見えた。

 どうやらこちらを餌と認識したらしい。生き物はまっしぐらにこちらを見据えてくる。


「キマイラか!」


 ミツイは迷うことなく剣を引き抜き、片手に鞘、もう片方に剣を携えて構えた。紫色のオーラは、もう見間違うことなどない。

 以前対峙した時にはアルガートが一緒だった。彼にほとんどを任せて、ミツイは冷やかし役に過ぎなかった。だが、この場にアルガートはいない。どう考えたって現れない。

 生きるか死ぬかは、ミツイ自身の腕にかかっている。


「……ははっ、冗談キツイな。まったく!」


 自信がある。あの時とは違う。ミツイはそう自分に暗示をかけながらキマイラの動きを睨みつけた。

 こちらが殺気を発しているのが分かるのか、キマイラは距離をとりながら火を吐いてきた。

 

 グオオオオオオオオ……!!


 轟音と共に、炎の塊が吐き出された。炎は直径1メートルほどの球体をしていた。赤黒く燃え盛る塊がキマイラの口から放たれ、地面に触れるなり燃え上がり焦がす。

 それを、できる限り無駄のない範囲で、ミツイは避けた。

 飛びこむように逃げてはダメだ、体勢を整え直すことができなくなる。着地点から燃え上がる炎の距離を知っていれば、そのギリギリまで離れておけばいいのだ。一度戦ったからこそのメリットを、生かさない手はない。

 だが続けざまに炎を吐き出してくるキマイラはこちらに近づくつもりはないらしい。

 キマイラを視界から離さずに、ミツイは舌打ちした。


(くそ。この剣だと短すぎる。せめて、槍!槍はないか……!?)


 懐に飛び込むことはできるだろう。だが、一撃で首が落とせるほど、ミツイには腕力がない。テクニックもない。肉に剣先がめりこんでしまえば、手放さないわけにはいかなくなる。

 キマイラは5メートルもある獣だ。肉食獣の筋力は人間では及びもつかない。とんでもなくパワフルなのだ。

 うかつに懐に飛び込んで、格闘戦にでもなったら終わりである。今のミツイには、手枷がない。

  

 周囲へ目をやると、折れた槍はいくらでも転がっていた。多くはすでに刃こぼれして、殺傷能力は知れているが、それでも長い。


「……よし」

 

 ミツイは一つ決めると、一気に走り出した。両手に持った剣と鞘をその場に落とした。


 ガウガウガウッ!


 距離をとったミツイに気づき、キマイラは追いかけてきた。空を飛び、炎を吐きながらである。着地してくれればまだ対処のしようもあったが、空中から放たれる炎は避けるしかない。

 ミツイが避けた炎が大地を焦がし、戦場に転がっていた遺体を次々損壊していく。


(くっそー、仏さんから恨まれたらどうしよう。こういうのって、どうなってんだ?僧侶とかいて冥福を祈ったりするんじゃねえの!?ああ、もうっ!)


 走りながらミツイは、目についた槍を次々引き抜いていった。あるいは地面に転がっていたもの、あるいは馬などに突き刺さったもので折れた短槍だったが、何かを深々と貫いているものは手にするのが困難だったので止めておいた。

 両手に合計4本の槍を手にしたところで、キマイラを振り仰ぐ。

 足元に落ちている剣と鞘とを視界に入れて、同じ場所に戻ってきたことを確認してから。


「さあ、来い!」


 キマイラが声に応えるかのように口を開く。その口めがけて、槍を投げた。


 炎の核が槍を燃やしつくし、最初に投げた槍はキマイラまで届かなかった。だが途中で核を破裂させたことでキマイラにも衝撃が返る。目の前で爆発が起きたようなものだ。バチッと火花が散ったように、キマイラは体勢を崩した。


「下りてきやがれ!」

 

 キマイラは空中で体勢を整えたが、次の炎を吐き出す前に、ミツイはさらに槍を投げた。折れた槍でなければ、重くて投擲などできなかっただろう。

 同じように口を狙ったが、今度は顔に当たった。分厚い皮膚に阻まれて、突き刺さりはしなかったが、どうやら目元に食らったことでキマイラは機嫌を損ねたらしい。

 表情が変わった。炎ではなく食らいつくそうと考えたようだ。地面に下りてくる気配を感じて、ミツイはさらに槍を構えた。


「っ!」


 地面に降り立った一瞬で、キマイラはミツイに食らいついた。構えていた槍がなければ肩口を食いちぎられていただろう。

 ミツイは衝撃に顔を歪めながら、最後に残った槍をキマイラの顔面に叩きつけた。


 ゴロゴロと転がり、ミツイは血を吐いた。どうやら肩口だけでなく、余計なところまで傷が及んだのかもしれない。

 失血のために目の前が黒くなっていくのを感じて、ミツイは焦った。


(ま、まずいだろ、このタイミングはぁあっ!)


 足元に転がる剣と鞘とを拾い上げる。目論見は失敗だった。計算どおりでいけば、槍を投げ終えたところで、ぎりぎりまで近づいてきたキマイラの首をはねるか、あるいは口の中に剣を突き刺してやるつもりだった。

 だが、防御のための鞘を前に出すのがやっとである。グラグラとする視界に、足元がすくんでくる。


「く、くそおおおおおお!!!」


 一か八か、せめて一太刀、と剣先を向けた先で、キマイラが崩れ落ちた。




「……は?」


 崩れ落ちた(・・・・・)のである。

 紫色のオーラがハラハラと辺りに散り、キマイラの肉体がグズグズと溶け出していく。地面に落ちるグロテスクな塊に、ミツイは顔が引きつった。


「な、何があったんだよ!?」


 戦って倒したわけではない。最後の一太刀は当てることもできなかった。 


「大丈夫か、きみ」


 答えは、またもや頭上から振ってきた。

 いや、どうやら地面に転んでいたのは自分の方で、頭上というほど高い位置ではなかった。

 逆光を背にして声をかけてきた男は、赤い髪をしていた。馬にまたがっているせいだろう、顔がとんでもなく上の方にあるのでよく分からない。


「い、今のはなんだ!?」


 悲鳴を上げてから、ミツイは一つ咳払いをした。

 これは、アレだ、助けられたのだ。それも、相手は年上に間違いなかった。


「い、いや、その。助かりました。ありがとうございます……。でも今のはいったいなんです?」


 慣れない丁寧語で尋ねたミツイに、馬の背にまたがっていた男がわずかに苦笑いをする。

 赤い髪をした男は、すたっと地面に降り立つと、馬をなだめた後にミツイへと手を伸ばしてきた。起きるのに手を貸してくれるという意味だろう。

 紳士な態度は、どこか柔和な雰囲気を漂わせ、戦場が似合わなかった。

 おとなしく手を借りて立ち上がり、ミツイは再度礼を言った。


「『浄化』だ。魔物化した生き物を、魔物部分とそれ以外とに分離させられる魔法だよ。

 ……魔物化から助けられるわけではないけどね」


 苦笑いのまま男は言った。

 穏やかな微笑みをする男である。年齢は20歳前後くらいだろうとミツイは思った。褐色の肌をしているから、ロイネヴォルクの人間かもしれない。加えて、ミツイの脳裏には驚きが走った。

 

(こ、こいつ、……イケメンだ!すっげえ、イケメンだ!)


 驚くほど美男子だった。


「こんな戦場にいる雰囲気でもないが……、傭兵か?」

「いや、おれも、なんでここにいるのかさっぱりで。たぶん、転移魔法が失敗したんじゃないかと思うんですが。ここって、どこです?」

「ロイネヴォルクだ」

 

 思ったとおりの返答だった。ドラゴンの遺体や褐色の肌を見た時から、そうではないかと思ったのである。


「エルデンシオ王国に向かうには、どうしたら?」


 ミツイの質問に、男はわずかに目を丸くして、それから、納得がいったような顔をした。


「迷子か。……エルデンシオ王国に向かうのであれば、ここは逆方向だ。私は一度戻るから、良ければ途中まで案内しようか?」

「たすかります!」


 深々とミツイは頭を下げた。


「私は、ハイネスと言う。ロイネヴォルクの騎士だ」

「ミツイです。さっきはどうもありがとうございました。あやうく死ぬとこでした」

「謙遜することはない。遠目に見させてもらっていたが、身のこなしが素晴らしかった。王子のことを思い出すくらいだ」

「王子?」

「ああ。……いや、エルデンシオ王国の人なら知っているかな?アルガート王子といって、我が国が誇る竜騎士だよ」


 ミツイは目を丸くした。


「いや、あいつには勝てねえだろ」


 思わず小声で本音が漏れた。

 そもそも、自分は負ける寸前だった。アルガートならば、キマイラに敗北したりはしないだろう。


「ハイネスさんは、どうしてここに?」


 尋ねてから、ミツイはハタと動きを止めた。赤毛の騎士、ロイネヴォルクのハイネス。……どこかで聞いたような名前だ。


「私は、生き残りがいないかどうかを確認していた。戦場跡で動けなくなっている者がいれば、それを連れ帰ることができれば戦力になるからな……」


 湿り気のある声に、成果はなかったのだろうとミツイは思った。

 なんと言葉をかければいいのか分からず、黙りこんでしまったミツイに、ハイネスが微笑んだ。


「そんな顔をしなくていい。魔王に狙われた国として、滅んでいないだけマシな方だ。王子も姫も存命でおられる以上、いつかロイネヴォルクは立て直せる」

「え」

「意外そうだな?エルデンシオ王国では、もう滅びたとされているのかな」

「い、いや、そういうわけじゃ」

「国としての力はもうない。それは、認めざるを得ないな。国王の安否を確認することさえ、今はできない」

「えっ……」

「アルガート王子にも不自由をかけさせてしまった。民のためとはいえ、あの方の気質からすれば戦場で散る方がよほどいいだろうに。どうしておいでだろうか……」

「……」


 ガリガリとミツイは頭をかいた。


「あー、もう、だめだ。おれ、黙ってらんねえ。敬語とか無理だよ。頑張るけどさ、要時間、だよ」


 突然口調を変えたミツイに、ハイネスがわずかに驚きを表にした。

 

「アルガートは元気にやってるよ。こないだもさ、剣闘ショーなんてのに出て、キマイラ相手に大暴れしたぜ?けど、やっぱり、国のことは気になるみたいだった。本当は戦場に行きたいけど、行くとかえって国民が狙われるから、大人しくしてるんだって言ってたよ」

「……王子と、面識が?」

「ああ。剣闘ショーで戦った相手、おれだもん」

「え!?」

「最後に一緒にキマイラと戦ったんだよ。まあ、おれは足でまといだったけどな。アルガートが推薦してくれたんで、竜の里にも行ったけど、竜騎士にはなれなかった」


 ミツイの言葉に、ハイネスは何度か瞬きをした後、少しだけ気遣うようにして尋ねた。


「竜の里に行ったのであれば、……姫と会っただろう。王への連絡が途絶えて以来、安否が気遣われているのだが、何か知らないか?」

「姫って、ヒナージュのことだよな?」

「……」


 ハイネスは一瞬、苦虫を噛んだ顔をした。


「違ったか?」

「……い、いや、違わないが……」

「ヒナージュは元気にやってるよ。ちょっと事情があって連絡できずにいたけど、たぶんそのうち……」


 ぴくん、と再度ハイネスの身が震えた。表情はあくまで穏やかなままだが、静かな雰囲気に違うものが混じるのが分かる。

 なるほど、ミツイには状況が分かった。


「赤毛の騎士さんが、高貴な誰か知らない女の人に恋をしてるらしいと知って、落ち込んでた」

「……え?」


 ハイネスは目を丸くした。


「なあ、ハイネス、あんただよな?最後に竜騎士試験を受けに来た赤毛の騎士。竜騎士試験に受からなかったからって、国に戻った男。竜騎士になれたら惚れた相手に告白ができるって嬉しそうだったって」

「な、なにを突然?」

「いやあ、おれさ。この世界に来てから、こういうコイバナをからかう機会って全然なかったんだよ。皆、精神年齢高すぎっつーか、まあ、魔物なんか出るような世界なんだから当然だよな。けどさあ」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、ミツイは言った。


「知り合いが幸せになれる手伝いをしたいって、シーノの気持ちが、ちっとばかり、わかるわ」


 照れを表に出しつつ、ミツイは笑った。


「ロイネヴォルクじゃ、虹色真珠を持って求婚したら、相手の親は反対できないんだろ?」

「エルデンシオ王国の人間だろう?よく知っているな、そんな古い話を。虹色真珠なんて、王宮でもまず見られない、実物も怪しまれている品だぞ?」

「うん、まあ、知り合いに聞いてさ。で、だ」

 

 ごそごそとズボンのポケットから取り出した、虹色真珠。養殖ものだとシーノは言ったが、あの空間がどういった場所なのか、ミツイにはいまだによく分からない。その空間の中で養殖されたものが、実際には本物とどのくらい違うのかも不明だ。


「これ、知り合いがくれたんだけど。あんたにやるよ」

「虹色真珠!?本物か、それは……」

「養殖だっていうから、本物とは違うかもしれねえけど。けど、確かにあるんだって証明にはなるだろ。

 ハイネスさんが本物を探しに行くか、これで妥協できるのかは知らないけどさ。なんつーか、この真珠は、おれよりか、確実に幸せになりそうなやつに、持っててほしいなって思って」

「……おかしな男だな、きみは」


 ハイネスは口元に笑みを浮かべ、それから首を振った。


「気持ちは受け取ろう。

 ……それと、姫を呼び捨てするのは止めてくれ。国王や王子ならばともかく。正直なところ私はけっこう妬く方でね、彼女を、恋人でもない男が呼び捨てるのを、黙ってみているほど穏やかじゃないんだよ」


 あ、こいつ、けっこう心配なかった。ミツイが考えたのはそんな言葉だ。どうやらお節介を焼かなくても恋人が作れる男のようである。ミツイとは男の格が違う。

 しかもイケメン。相手は姫君。……ミツイは少々むなしくなった。

 先ほどまでは騎士の顔をしていたが、バレていると気づいてどうやら開き直ったらしい。


「肝に銘じとく」

「その真珠は、きみが持っていた方がいい」

「え?」

「きみは今、言っただろう。『知り合いがくれた』と。その知り合いは、きみが、いつか幸せになるためにその真珠を渡したに違いない。それを私に渡してはいけない。きみが、いつか求婚したくなった時か……、あるいは金に困って換金する時のためにとっておいた方がいい」


 ハイネスに言われ、ミツイは改めて虹色真珠を見下ろした。

 違うのだ。ハイネスが言うような、贈り物として託されたのとは異なる。これは、たまたま日に透かしてみるということをしていたから持っていただけで、シーノがミツイにくれたのとは違う。

 だとすれば他人に譲るのも間違いか?……否。誰かの幸福のためにシーノは働いていたのだから、そのためであれば彼女が怒ったりはしないだろうと、ミツイは思った。


「……そっか」


 思ったよりも、これは重い宝物になりそうだ。そう思いながら、ミツイは再び虹色真珠をポケットに入れこんだ。


「長居してしまったな。一度基地に戻るから、きみも来るといい。そこから、エルデンシオまでの道順を教えよう」

「たすかります」

「馬には乗れるか?二人乗りの方が早い」

「……えーと、乗れないです」

「仕方ない。それなら、後ろから私にしがみついていてくれ」


 ミツイは馬に乗せられ、ハイネスの腰にしがみつく姿勢になった。

 正直に言って、まったく格好がつかない。だが、一人で馬に乗れない以上、これ以外の方法がなかった。

 この荒れた戦場跡を歩いていこうとすれば時間の無駄になるのだろうから。


(剣と魔法。強い武器。あと、馬だ!馬に乗れるようになっておかねえとカッコ悪すぎる!竜には乗れなくても馬は!)


 ハイネスにしがみつきながら、ミツイが考えたのはそんな決意だった。


「……そういやさあ、王女と連絡がつかなくなって、心配じゃねえの?見に行ったりとか」

「国が滅びそうな時に、それを見捨てて駆けつけるような男を、彼女は誉に思ってはくれないだろう。私自身、そのような男は願い下げだ。竜の里は、ロイネヴォルク王国よりも安全な場所だ。だからこそ、国王も強硬に連絡をとろうとはしなかった」

「……そか」


 実際は、竜の里は滅亡の危機にあった。それを、ロイネヴォルクの者は知らないのだ。アルガート王子よりもさらに、連絡が遅れている。想像以上に孤立しているのではないだろうか。それを、放ってエルデンシオ王国に戻っていいのか?賢者のところを離れる際には、今のミツイが一人でロイネヴォルクに向かっても役に立てないと思った。だが、すでにここはロイネヴォルクなのだ。何かできることがあるかもしれない。


「助けられた礼じゃねえけど。なんか、おれにできることないか?」

「どういう意味だ?」

「キマイラを一人で倒すほどには力量はねえよ。けど、小さいやつ相手と戦うことはできるし、人手はあった方がよくないか?」

「きみはエルデンシオ王国の人間なんだろう?」

「……一応」

「気持ちは嬉しいが、ならばきみを必要としている場所に行った方がいい。どうしてもというなら、アルガート王子への伝言を頼みたい。こちらの状況を、おそらく気にしているだろうと思うから」

「……分かった」


 役に立ちたい時に役に立てない。もどかしさを覚えてミツイは唇を噛んだ。

 その時だった。


 びりびりと肌を焼きつくような痛みが襲う。

 違和感に気づいて顔を上げ、周囲を見やろうとしたミツイは声を上げた。


「ハイネス、下だ!避けろ!」

「!」


 警告は間に合わなかった。


 ももももももももももっっっっ……


 勢いよく土が盛り上がっていくのが、分かった。

 素晴らしい勢いで飛び出してきたそれは、ハイネスとミツイの乗っていた馬を飲みこみ、また土中へと戻っていこうとする。放り出されたハイネスとミツイが武器を構える。ハイネスの武器は槍、ミツイの武器は両手に持った鞘と剣だ。


「サンド・ウォーム!?」


 しかも、紫色のオーラをまとっている。

 ミツイは顔が引きつるのを感じた。サンド・ウォームはただでさえも手におえない生き物だ、それが魔物化している。


「雑草袋は……、ないっ!さすがにあれだけ時間が経つと枯れてゴミになってるしっ……」


 エル・バランから受け取った袋自体は持っているが、そこに残っている香りはごくわずかだ。

 ゴロゴロと地面を転がりながら、ミツイは青ざめた。サンド・ウォーム相手に、この武器では非力もいいところだった。

 ハイネスもまた、青ざめている。


「ミツイ、森に駆けるぞ!」


 片手に槍を携えたまま、ハイネスはミツイに声をかけて走り出した。

 森、と言われて周囲を見やったミツイは、頼りない細い林があるのを見て不安になった。


 あれか、あれでサンド・ウォームを拒めるのか?


「サンド・ウォームは木の根がある場所には入ってこない。あそこならば安全だ!」

 

 ハイネスの叫びに、ミツイは覚悟を決めて駆けることにした。




「サンド・ウォームには、さっきの魔法は効かねえの?『浄化』ってやつ」

「効く。だが……、あれは、ある程度集中が必要になる。ロイネヴォルクの人間は、魔法が得手ではないからな、効率が悪い使い方しかできない」

「そっか……」

「エルデンシオ王国では、日常生活に魔道具を使えるほど一般的だそうだな?王子が感銘を受けたらしく報告してきたことがあった」

「ハイネスは、アルガートとは仲がいいんだな?」

「幼馴染だからな」

「で、その妹に惚れちゃったわけか」

「……何がいいたい」

「うんにゃ」


 へらっとした笑みを浮かべた後、ミツイは表情を引き締めた。剣を抜き、片手に鞘、もう片方に剣を握りしめる。


「時間稼ぎはおれがするよ。あいつ、ぶっ倒してもらっていいか」

「危険だぞ?」

「承知。……てかさ。これはおれの我が侭なんだけど。おれ、ここんとこずっと、『誰も守れてない』んだ」

「……?」

「ハイネスを利用するようで悪いけど。エルデンシオ王国に戻る前に実感が欲しいんだ。おれにも何かできるっていう、自信みたいなやつが」


 すう、はあ、と深呼吸をしてから、ミツイはサンド・ウォームを睨んだ。


「あんたを助けるのは、ヒナージュ王女を護るのと同義だろ。守らせてくれよ、おれに」

 



  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル???(エラー表示)

経験値:???/???(総経験値:???)

職業:なし

職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士、魔獣使い、竜騎士(暫定)、探偵、珠拾い



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