52.ミツイ、落第生になる(その1)
長老の様子を伺いに来たミツイは、巨大な巣の中で丸くなる長老を見上げた。
痛みのためか、あまり深い眠りにはついていないとのことで、ヒナージュを仲介にするとすぐに逢えた。
エレオノーラたちは屋敷に残している。チビスケを預け、リールディエルに番をさせてあるから、滅多なことは起こるまい。持参したのは念のために持ってきた杖が一本である。
「なあ、長老さん。解決手段かどうかはわかんねえけど、魔物退治に協力してくれねえか」
「長老様。ミツイ殿は、この里に影響を与えるものは水の化身たる魔物ではないかと……」
『水とな』
「ああ、湖の水を、皆飲んでるだろ?あそこに、魔物が潜んでいるっぽいんだ。毎日相当量飲むせいで、少しずつ毒を盛られているような状態になってるんじゃねえかと思う。魔物を退治したからって、治るとは言えねえけど……。
悪化が止まれば、マシだろ?」
『……して、われらに何をしろと?』
「相手は水なんだ。だから、炎で蒸発させるか、凍らせて砕くのがいいと思うんだよな」
『竜の息を使えと言うことか。リールディエルでは足らぬのか』
「リールディエルでもいいけど、エレオノーラさんは竜の炎は範囲が広いから、特定のものだけ狙うには向かないんじゃねえかって言うんだよな。向こうは水だから、狙いが外れたらまた逃げられちまう。
リールディエルは、たぶん、火だろう?」
『氷の息を吐く竜の手が借りたいと?』
「ああ。逃げられないようにしたい」
ミツイの発言に、長老はわずかに目を伏せた。それから、わずかに瞳を開ける。あまりに小さな動きなので見過ごしそうだったが、竜の体が巨体なので、見落としたりはしなかった。
『無傷な存在で、氷の息を吐く竜はいない。傷を負い、今にも魔性に堕ちようとしている者は、無理をすれば悪化する。……それでもなおというのであれば、男、試験を受けろ』
「え?」
『竜の試験だ。卵を孵すことができる者ならば、竜の里はおまえに協力しよう』
「ま、待ってくれよ。えーと、それって竜騎士になる試験だろ?おれが言いたいのは……」
『受けるのか、否か』
「……どのくらい時間がかかるんだ?」
『試す者による。一番早くて数分、遅い者は数年かかった。なれぬ者は、十年経っても孵せない』
「……リトライできんの?」
『可能だ。諦めなければな』
「……なら、試してみるかなあ」
思い悩みながら呟いたミツイの声に、ヒナージュが不安そうな表情を浮かべた。
一度、立会いが出来なかったことを気にしている様子に、ますます逃げてはいけないという気持ちになってくる。
気になるのは、竜の卵を孵すことができたとしても、魔性に堕ちるのと引き換えかもしれない協力で、上手くいかなかったら、その竜はどうなるのかということだ。ミツイは迷った。
竜の卵がある場所へは、明るいうちにしか行けないというので、一度屋敷に戻ることになった。
長老の巣を出た、その時である。
びくん、とヒナージュの身体が揺れた。
『幼竜を、手放しましたね』
ヒナージュではない女の声だ。ぎくりとミツイの身が震えた。
確かにチビスケはエレオノーラのところに残してきた。リールディエルがいるからその方が安全だと思ったためだ。長老に面会するのはヒナージュとミツイだけということになっていた。
ヒナージュの様子を伺うと、うっすらと紫色の影が二重になっているのが見える。
意識はあるのかないのか、それを判断することはできなかった。
『魔竜なる器……はて、期待どおりになるかどうか』
がくんとヒナージュの身体が地面に崩れ落ちる。それを、慌てて抱え起こしながらミツイは奥歯を噛んだ。
「チビスケ!リールディエル!そっちになんか妙なの行ってないか!?」
声が聞こえるかどうかは分からなかったが、高らかに叫んだ後、ミツイはヒナージュを背負った。意識のない女は背負うのに向かなかったが、ここで姫抱きができるほど腕力に自信がなかったので仕方がない。置いていってもよければそうするが、この山岳地帯は夜中にとことんまで冷える。
「足手まといをわざわざ作るために声をかけたのか、あの女!」
紫色の人影。おそらく竜の里を罠にかけているのはあの声の持ち主だ。
流暢な声で喋る方ではなく、単語しか使わない者の方の声だった。単語以外もいろいろ喋るじゃねえかと思いつつ、とにかくミツイは急いで屋敷へととって返した。
竜族の声は帰ってこなかった。
□ ■ □
屋敷の周りには、紫色のオーラをまとった竜が数匹舞い降りていた。
交戦状態に入っているようには見えないが、リールディエルが警戒して首をもたげているのが見える。
早めに行動したつもりだったが、遅すぎたということだろうか。
向こうの狙いがわからないのは今にはじまったことではないのだが、紫色のオーラの竜たちは、戻って来たミツイのほうへと一斉に視線を向けた。
紫色のオーラが濃くなった。屋敷を包み込んでいるのが分かる。
狙いが分からずにいたミツイは、エレオノーラの腕の中でチビスケがもがいているのに気づいてハッとした。
周囲からまとわりつく紫色のオーラに反応しているのだろうか。幼竜は竜石にはならないと聞いたが、魔物化しないという情報は、実はない。
「ああ、ちょっと、そろそろ下ろすぞ、ヒナージュ!」
背からよいしょと王女を下ろしたミツイは、チビスケの元へと駆け寄ろうとして、寸前で止めた。
地面に置いたはずのヒナージュから、ゆらゆらと紫色のオーラが立ち上り、立ち上がったヒナージュが背中側からミツイにしなだれかかったのだ。
細い指先がミツイの首に回された。何かをねだるようなしぐさにミツイは慌てた。
最初はミツイの首を絞めようとしているのかと思ったのだ。だが、そうではない。ミツイの首を強引に振り向かせ、その秀麗な顔立ちが間近に迫る。ミツイは焦った。ヒナージュの唇はまっすぐにミツイの口元に迫ってくる。
うっすらと空いた唇から、淡く紫色のオーラが漏れる。思わず雰囲気に流されかけたミツイは、吐息が紫の女って嫌だ、と我に返った。
「ちょ、ちょっと待て!待て!ストップ!」
さすがに女の細腕だった。ミツイの全力に振りほどきには抗しがたかったようで、ヒナージュはどさりと再び地面に落ちた。思わず守った自分の唇に、自意識過剰だったかと思ったのだが、それにしては紫色のオーラが不穏であった。
両手で杖を持って身を守りつつ、ミツイは言い訳のように自分に言い聞かせる。
「え、ええと。うん、今のはガードして正解だよな?ヒナージュ正気じゃなさそうだし。ちょっと惜しいことしたような気もするけど、そもそも、あれだ。今のって」
紫色のオーラの口移し。つまり、自分の身体をのっとろうとしたのではないだろうか。
「げげげげっっ……」
「ミツイさん、どうして王女を連れてきたんです!」
「放っておくわけにはいかねえじゃんかよ!夜、寒ぃし!」
ミツイはチビスケの元へ駆け寄る足を止めた。今のヒナージュを放って走っても、何もできそうにない。
ぴぃぴぃとチビスケが声を上げ、ミツイを呼んでいる気がする。
焦るミツイは、再び地面に倒れたヒナージュを見下ろした。気を失っている彼女の唇から、紫色のオーラが漏れているのが目に見える。ヒナージュの意識はないように見えた。
「……い、いや、そっか。……思いついたけど、これって」
思いついてしまった方法に、ミツイは一瞬悩んだ。
ヒナージュの横に膝をついて屈みこむと、ヒナージュの頭を持ち上げるようにして手を回す。
もう一度キスの真似をしたら、つられて出てくるんじゃないかと思ったのだ。思ったのだが、膝をついたところでミツイは硬直した。
女の子にキスなんてしたことがない。それも、こんな人前で、別に好きなわけでもない相手、いや、可愛いので嫌いじゃあないのだが、そもそも好きな子相手だったらできるというものでもない。それに、本命が別にいる女の子が寝てるところに唇近づけるとか、おれ、殴られても当然じゃねえ?というか、そもそも、だ。
「で、出来るかああああああああ!!!!!」
挫折した。無理だった。真似だろうがなんだろうが、そんなの恥ずかしすぎる。
もちろん、本当にはやらない。そんなことはできない。だが、そういう問題ではなかった。
「ダメだ、没だ。他の手段!」
ヒナージュの頭を手放して、ミツイは身悶えた。頭を抱えた。もうダメだ、直視できない。平謝りしたい。
「ううう、おれ、変態。連想が貧弱。ヒナージュ、ごめん。正気じゃない女の子の寝込み襲うとか、おれ、死んだ方がいいかもしれん」
「ミツイさん、そのようなことを悩んでいる場合ではありません」
「ミツイ、上を!」
エレオノーラとチェリオの声がして、ミツイは空を見上げた。紫色のオーラをまとった竜が二匹、いつのまにかミツイのそばへと移動している。
その口がかぱっと空いたのを見て、ミツイは慌てた。
膝をついたままでは対処できない炎の塊が二匹から放たれる。到着までわずか数秒と思われるそれに、ミツイはただ目を見開いた。
「……っぶねええな!」
とっさに、杖を投げたのは失敗だった。空中でくるくる回った杖にぶつかり、炎の核が弾け飛ぶ。杖は一瞬で炭化した。
着弾地点がズレただけだったが、ミツイがヒナージュを抱えて横っ飛びに移動するくらいの時間は稼げた。
ゴロゴロと地面を転がったミツイは、その勢いで立ち上がったが、竜が顔の向きを変えたのを見て、大急ぎでその場から逃げ出した。これ以上ヒナージュを抱えていてはもろともになる。そう考えるほどの時間もなかった。
「ヤバイ。手ぶらだぞ、おれ」
竜の気を惹くことはできたが、対抗手段はなくなった。
竜の二匹は空を飛んでいるわけではなかった。地面に巨体の足をつけて、長い首をこちらに向けてきているだけだ。
じりじりと熱気が立ち込める。地面を焼いた炎は、すぐには鎮火しなかった。倒れたヒナージュのすぐそばで、燃え上がる炎から飛ぶ火の粉が散る。幸いにして周囲への延焼が少ないようだ。その場でじりじりと燃えるだけで、広がる様子はない。
「……ヒナージュ王女は王族としての責任を知っておりますので、男性に唇を許すくらいは問題ありません。ただ、王族に無体をしいたということで国際問題になるかもしれませんが……、誠に申し訳ありませんが、その場合、ロイネヴォルク王国との戦になりかねませんので、エルデンシオ王国としては無関係を貫かせていただきます」
「冷静に言ってんじゃねえよ、状況見てくれよ!あと、せめてフォロープリーズ!」
「しかし、今の行動はあまり褒められたものではありませんので……」
「分かってるよ!反省してる!もっとマシな方法考える!」
竜の二匹は、お互いの位置が邪魔になっているようだった。炎を吐くタイミングをはかっているようだが、そんなことは気にしていられないとばかりにミツイは竜たちから距離をとろうとした。
結論として、互いの手柄を譲る気はなかったようで、二匹はほぼ同時に火を吐いた。
「うおおおおおおおおおお」
あちこちに飛び火した炎のために、周囲はすっかり明るくなっている。蛍光灯のような明かりではなく、炎によるものなので、影も濃くなっていて見通しは良くない。
倒れたヒナージュが動き出そうとしているのが見えて、ミツイは隠れた木の影から出ようか悩み、同時に炎が飛んできたのでその場から離れる。二匹によって一斉に炎を放たれると、人間一人が隠れられる太い幹が、焦げた電信柱のようなものに成り果てるのだ。おそろしい。
「ヤバイヤバイヤバイ、環境破壊が尋常じゃねえよ。あとで訴えられたらどうしよう。山火事って誰の責任なんだ」
「お答えしましょうか」
「今はやめてくれ!」
この期に及んで焦りの見えないエレオノーラの声に、ミツイは悲鳴を上げた。実際はそうでもないのだが、恐慌状態に陥りかけているミツイには、クールすぎて信じられなかった。
ヒナージュが這うように移動をはじめた。紫のオーラが引っ張るように口元から覗き見えている。
(そうか。炎のせいで熱いんだ。池に逃げ込む気だな)
ヒナージュの足を掴むようにしてミツイが立ちふさがると、ヒナージュの中に潜んだものは、作戦を変えた。
ヒナージュの中から抜け出し、地面へ潜ろうとしたのだ。木が生えるような場所ならば、当然土中の水分は豊富だ。地下水は一定の距離まで行けば池につながっているのだろう。
それを見たミツイは、とっさにヒナージュの背を踏みつけようとした。高く足を上げ、溜めに入ったミツイの行動にぎょっとしたらしい。紫色のオーラが地面に潜る。それを、ミツイは敢えて見逃した。
「よっしゃ!」
むしろ喜びの歓声を上げて、踏みつける寸前で足を止めた。杖の取り扱いは練習したが、蹴りはたいしたことがないので、寸止めできるかは微妙なところだったのだが、上手くいった。
「エレオノーラさん!チェリオさん!ヒナージュを確保してやってくれ!リールディエル、竜のヤツからなんとか三人を頼む!」
「え、あ、あれ。ミツイさん、私は?」
「シウルさんは男の子だろ!」
「差別ですよー!私は一般人なんですからね!」
それ以上の会話は切り上げて、ミツイはエレオノーラの足元で苦しんでいたチビスケを抱き上げて池へと駆けた。
チビスケが戦力外なのはミツイにはよく分かっていたが、ヒナージュを残す以上、置いておくのも嫌だった。
敵の目的がチビスケのようであることも気に入らない。魔竜といったが、それはなんだ。竜を魔物化しているのと同じことか?
「なんか、武器はねえか……!」
『ミツイ、アレ!」
ミツイに抱きかかえられたことで、チビスケの様子は落ち着いた。やはり紫のオーラの影響があったのだろうか。
チビスケが示したのは焼けた枝である。幹が炎に巻かれたことで、先端の枝が落ちた一部だ。ないよりはナシだろうと思ったミツイは、若干焦げたそれを拾い上げた。
「帰ったらなんか武器買おう。火で焼けないやつにしよう。フライパンみたいな、持ち手が熱くならないやつで!」
『ミツイ!前!』
「くそっ!」
チビスケは戦力にならないと先ほど言ったが訂正だ、とミツイは思った。考えてみれば最初に会った時から、危険感知能力は高かった。ミツイが油断している隙に危険を教えてくれたのはいつもチビスケだったのだ。
飛んできたのは水球だった。軽い玉だったのでなんなく打ち返せるかと思ったのだが、腕にチビスケを抱えているため、片手になったのがマズかった。当てることはできたがはね返すことができない。破裂する前にその場を離れ、ミツイは池を目指した。
どうやらすでに、紫色の魔物は池に到達してしまったようだ。近づいてくるミツイへ牽制の水球を放ってくるのが証拠である。だが、ヒナージュの身体から抜け出しているそれを殴りつける分には罪悪感は湧かない。
湖にいたのと、ヒナージュの中にいたのと、ミツイは少なくとも二体見ているのだが、両者の関係は不明だ。出来れば合体して一つになっていてくれた方が面倒がない。
問題は、殴りつけたところで、殴れるものだか、分からないということだ。
『なんや、ピンチみたいやな』
「!?キャシーか!」
虚空に向けて声を上げたミツイに、腕の中のチビスケがもぞもぞ動いた。手に抱えたので再び連絡がとれたのだろうか。水球が立て続けに飛んでくる状況は念話には向かず、ミツイはとりあえず木の影に隠れた。
『急に連絡とれんようになったから、エル・バランが心配しとった』
「あれ、キャシーは心配してくれねえの?」
『ウチの心配は高うつくで?』
「じゃあいいや。金がないから払えねえよ」
『甲斐性ナシやなー。
質問の件やけどな。竜石になった竜を治す方法は、竜の治癒力に任せるほかない。人間に憑く魔物は、外に追い出して倒すしかできん。紫の珠っちゅーのは、そもそもなんや?だ、そうや』
「あ、ええと。魔物って紫色だろ?そいつを追いかけてる時に見たんだ。やけに綺麗な……」
『なるほどなあ。それならな、ミツイ。エル・バランには内緒やて約束できるんやったら、ええ方法があるのを教えたる。今のミツイにしかでけん、とっておきや』
「なに?」
『魔獣の子ってのはなあ。体内に浄化機能がついとるんや』
「……なに?」
『なあ、竜の子?おまえ、ミツイのために命張ってやる気、あるか』
『……ウン!』
どういう意味だ、とミツイは問い返そうとしたが、その時間は得られなかった。
隠れていた木が重い方の玉によってなぎ倒されたからだ。ミツイが来て以来、いったい何本の木が犠牲になったのか数えるのも嫌なくらいである。
(そういや、幼竜って、竜石にはならないって言ってた。魔物化もしないのか?浄化って、そういうことなのか?)
体内の浄化機能。それは、つまり、紫色の珠を『食う』ということだ。
『ミツイ!』
チビスケが急かすように声を上げるのが聞こえたが、ミツイはなかなか池に近づくことができなかった。
飛んでくる水球を避けるのと打ち返すのに忙しく、足が進まなかった。
「キャ、キャシー!もう少し教えてくれ!チビスケにそんなことして、もし身体のっとられたら……!
それに、エル・バランに言っちゃダメってことは、ヤバイんじゃないのか、それって!?」
叫んだ声は届かなかったらしい。返事がないまま、目の前に飛んできた水球を打ち返した枝が折れた。武器として精製していないものでは、寿命が短いのも無理はなかった。
もう、武器がない。あとは地面を転がる石を拾い上げるか、一か八かで徒手空拳を試みるかだ。
『ミツイ!ガンバルよ!』
ぴぃぴぃと鳴くだけの幼い竜が、腕の中で騒ぐ。
それを、ミツイは奥歯を噛んでからぐしゃぐしゃと撫でた。
(ちくしょう。強くなりてえなあ)
エルデンシオ王国にやってきてから、ミツイははじめて痛烈にそう思った。
(行き当たりばったりじゃなく、魔法がカッコいいからとかじゃなく、とにかくできる仕事でもなくて。
ちゃんと、『こうなりたい』って目的据えて、きっちりできるように)
だが、思いつくのは少々遅かった。
せめて竜の里を出る前にそう思っていたら、もっと違ったのに。
「……行くぞ、チビスケ。おまえが魔性に堕ちることがあったら、絶対治してやるからな」
『ウン!』
「おまえ、泳げるか?」
『泳ゲナイよ!』
「了解した」
ほかに方法がない。竜の卵を孵してからなんて悠長なことを言っていたら、再びヒナージュの身に巣くいにくるかもしれない。
池にたどり着いたミツイが見たものは、ゆらりと池の中央に浮かび上がる紫色の人影と、その足元からぽこぽこと浮かび上がっていく水球だった。
「いいか、チビスケ。おれが上がってくるまで、池に近づくなよ。
……潜って。紫の珠をとったら、池の外まで投げる。あとは、任せた」
パン、と握りしめた拳を、もう片方の手に打ち付けて、ミツイは人影を睨んだ。
すう、はあ、と深呼吸をすると、ミツイは走りこんで、その勢いで池の中へと飛び込んだ。
途中でいくつか水球にぶつかったが、勢いを殺しきることはなかった。
「なにしろ水の球だ!水中じゃ、他と同化して使えねえだろ!」
自分勝手な決めつけをしながら、水球はもはや見ないことにしたのである。




