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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
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4.ミツイ、転職を希望する

 私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。


 開所直後、入り口から入ってきた少年の姿に、私はおや、と目を見開いた。

 衛視のカークスさんに連れられているのはミツイなる少年だ。数日前に衛視見習い職を紹介したばかりである。

 カークスさんは左腕に包帯を巻いていた。昨日衛視団では騒動があったらしいと聞くので、そのためだろうと思われたが、包帯より下の左腕が『無い』ことについてはさすがに驚いた。


「おはようございます、カークスさん。お怪我ですか?」

「ええ、そうなんですよ。見てのとおり、ドジを踏んだものです。エレオノーラさん、慰めてくださいませんか」

「頭を撫でて差し上げるくらいでしたら構いませんが、慰められますか、それで」

「気休めにはなりそうです。まぁ、それはさておきですね」


 カークスさんはミツイを前にずいと前に出して言った。押し出されたミツイは挙動不審ぎみにこちらを見てくる。期待と不安を隠せないような、そんな表情だ。


「彼に、他の職を紹介してもらいたいんです」

「衛視見習いには不足と?」

「衛視見習いとしては普通、若干適正不足程度なんですが、昨日事件に巻き込まれてしまいまして。逃亡中の魔法使いに石化魔法をかけられたにも関わらず、魔法が発現しなかったようなんです」

「……はぁ」

「本人は自覚なさそうですし、もしかしたら稀有なケースかもしれませんので調べてもらえたらとも思いましてね。それと、負傷者が多かったもので、新米をフォローする余裕が無くなってしまったんですよ」

「ああ、なるほど。ちなみにその魔法は、左腕に発現するものだったんですね?」

「ええ、そのようです。団長が当初風魔法で斬られたのも左でしたし……何か意味があるのかもしれませんね」


 それはミツイには残念なことになったな、と私は思った。衣食住の面倒を見てもらえ、見習いにも給金が出るようなサービスの良い仕事はそれほど多くない。後はパン屋や軽食屋などの飲食店の住み込みくらいだろうか。


「分かりました。ではミツイさん、こちらにどうぞ」


 私は彼をカウンターに座らせると、左手を出すよう声をかける。

 ミツイはカークスさんの表情を確認した後、おとなしく私の方へと左手を差し出した。見かけを裏切らない細い腕である。3日間衛視たちの中で鍛錬したくらいでは、肉体改造はできないらしい。


「これでいいのか?」

「ええ。では魔法の影響を調べますので、しばらく黙っていてください」

「わ、分かった。ちなみにこれで影響が出てるってなったら……、どうなるんだ?」

「遅効性の魔法の影響下にあることが分かれば、いつ発現するか分からず危険なので就職ができません」

「げっ……」

「黙っていてくださいね」


 ミツイの左手を、カウンター下から取り出した魔道具の上に置く。四角い箱の中央にくぼみがあり、腕を設置した後、同じ形をした箱でふたをする。魔法の影響が出ていれば、それを感知して箱が赤く点滅する仕組みになっている。これは本人の魔力で起動するものではないので、ミツイが魔法を使えなくても問題はない。

 ミツイは何が起こるのかとドキドキした様子で箱と私の顔を交互に見る。


 しばらく待ったが反応は無し。私は小さく息を吐いてから、ミツイとカークスさんへと告げた。


「反応がありませんね。少なくても、今現在、ミツイさんに魔法がかかっているということはないようです」


 少なからず緊張していたのか、ミツイがホッとした表情になる。


「遅効性で発現待ち、ということもないと?」

「ええ、その心配はないでしょう。良かったですね、ミツイさん。遅効性で発現すると、因果関係が証明できないので労災が適用されない可能性が高いので損ですよ」

「あ、それはいいこと聞きました。私のこれ、労災下りるんですね?」

「犯人逮捕の途中のトラブルであれば大丈夫です。勤務中にサボタージュしている際のトラブルの場合は適用外ですけど」


 ミツイは顔を引きつらせながら私とカークスさんの会話を聞く。魔道具から解放された自分の腕を、確かめるように何度もさすった。


「しっかし、理由はなんなんですかね。魔法耐性が強いとかですか?」

「私は魔法使いではありませんので、推測を述べるのは控えさせていただきます。労災の申請をなさるのであれば長椅子にお戻りください。順番に処理させていただきますので」


 あっさりと答えた後、改めてミツイを見る。


「それでは改めて仕事を紹介させていただきましょう」




  □ ■ □




 さて、先日は省略したが、この国の職業紹介所には特徴がある。

 一度でも紹介所を利用した人間には、個別の職歴カードというものが存在するのだ。

 これは自身の職歴をポイント化しているもので、その人間がどのような仕事を経験してきたかを記載するものだ。短期間でも密度の濃い経験をした者はその分ポイントが多くなる。経験が一定以上になればレベルが上がり、高レベルの人間の方が基本給が高くなるようになっている。


 ここで注意していただきたいのは、このレベルは本人のレベルであり、職業レベルではないところだ。

 長年衛視を務めたA氏・10レベルと、数日前に転職して衛視になったB氏・10レベルとでは、衛視としてのキャリアは当然A氏の方が長いし、上手くこなせるだろう。だが、給金への参考値という意味では同レベルなのである。

 職業衛視で、10レベルの人間だという点で等しいのだ。これを不公平だと考える向きもあるだろう、だが、このレベル制度は王国全体として優秀な人材を発掘するための試みとして行われたものなので、文句を言っても仕方ない。

 また、実際にA氏とB氏に確認すれば、衛視としての給金はA氏の方が良い。この参考値が意味を持つのは、B氏と、B氏と同じ日に衛視として働き出した就職素人のM氏を比較した場合、B氏の方が給金が高くなっている、という点だ。


 カードの導入には当初トラブルもあったらしい。無能な世襲貴族などが、低レベルだと収入が少なくなることに対して不満を持ち、大反対をしたのである。が、有能な人物の方が給金が高いのは当然だろう、悔しければレベルを上げろ、と切り捨てられたと聞く。


 長々と説明したが、ここでミツイの職業カードを参考にしたい。

 彼のカードには「ミツイ・アキラ 16歳 レベル1 経験値:40/100 職業:衛視(見習い)」と書かれている。たった3日間の職業経験のわりに経験値40というのはけっこうな数値である。犯罪者に魔法をかけられたという経験辺りが加算されている理由だろう。

 それを考慮して彼に次なる就職先を紹介するわけだが……。


「ミツイさんのご希望は、魔法使いのままでよろしいのでしょうか?」


 改めて尋ねると、ミツイは大いなる不安と少しの期待を込めた目をした。


「希望は、そのままで。正直言うと、知らないうちに石化魔法かけられてたって聞いてビビッてるんで……少し怖ぇんだけど。魔法ってやっぱり憧れだしなぁ。そういや、この国って竜とかもいるの?」

「……竜ですか」


 私の声が沈んだ理由をどう誤解したのか、ミツイは慌てて両手を振った。


「あ、ゴメン、いなかった?今のなしで!」

「いえ、いることにはいますが、話の脈絡がなかったので戸惑いまして。魔法と何の関係が?」

「単にファンタジーの定番ってだけで、深い意味はないんだけど……」


 また『ふぁんたじー』である。何が言いたいのだ、この少年は。


「……竜でしたら、この国にも竜騎士が何名かおりますよ。ただ、竜騎士になるには竜を授けてもらう必要がありますので、竜の里と呼ばれる山に行く必要があります」

「竜騎士!?すげえ、そんなのもいるの?」

「おりますよ。人気職ですが、実際になれる人は少ないですね。この国だと少数ですが、竜の里の近くには軍が竜騎士で構成されている国がございますので、そちらではわりとポピュラーです」

「竜騎士の国ってことか……。おれ、どうせならそっちで目を覚ましたかったな……」


 失礼極まりないぼやきを漏らすミツイ。この国の人間が聞いたら気分を悪くするとは考えないのだろうか。

 ちなみにその竜騎士の国は、数年前から竜たちが原因不明の病にかかり、国軍が機能しなくなったところに魔物の襲来を受けて滅亡の危機にある。国民は我先にと逃げ出して、難民がこの国にも多く入り込んでいるという現状だ。


「あまりオススメはできませんが……。いずれにせよ、現在募集がかかっておりませんので、すぐに竜騎士になるというのは不可能です。竜騎士を目指すのであれば、まずは戦士や騎士といった職種で剣技を磨き、募集がかかるのを待つか、竜の里に向かい、竜と知り合った後に国へ自分を売り込むか、といった流れですね。そちらの方が良いですか?」

「……いや、魔法使いの方がいいな。竜には憧れるけど竜に乗って空中戦とか無理くさいしさ」

「そうですか」


 会話を切り上げ、募集中の要項に目を通していく。

 ミツイの希望する『魔法使い』というのは、実のところ職種だが職業ではない。魔法を使うから魔法使いなのであり、その内実は多種多様だ。そういった意味では、『魔法使い』の募集は山ほどある。だが、その大半はすでに魔法を使える人間を募集しているもので、即戦力ではない人材を育てる余裕のある場合はほとんどない。


「ところでお尋ねしますが、先日石化魔法をかけられた、とおっしゃっていましたよね。どのような状況だったのでしょう?」

「へ?」


 突然切り出した質問に、ミツイは目をぱちくりさせた。


「どんな、って……、犯人の女の子が、突然ジャンプしたんだ。屋根の上で紙を取り出してさ。それを見せてにやっと笑った後に、そのまま逃げた」

「それが魔法だったんですね?」

「団長はそう言ってたけど」

「どんな紙でした?」

「変な絵が描いてある紙だった……と思う。一瞬だったし、あまり覚えてないなあ」

「なるほど、ではこの仕事が向いているように思われます」

「は?」


 私は一枚の紙を取り出して、ミツイに見せる。

 長々と募集要項が書かれた紙の中央に、奇妙な文字が描かれている紙だ。

 ミツイは唖然としたまま紙を見返し、じろじろと見つめてくるが、合点のいかない顔をしている。


「この、って言われても、おれ読めないんだけど……」

「ええ、ですから適任です。この文字、読めないのでしょう?」


 ミツイは首をかしげた。


 ミツイに見せたのは、ある職業募集に対する諸条件が書かれたものである。文字が読めないと宣言していたミツイには意味が分からないのだろうが、この用紙には魔法文字が組み込まれている。よほど魔法耐性が強くなければ、意味を理解した瞬間に魔法にかかるようになっているのだ。魔法文字は文字自体に魔力が込められているため、一度転写されると誰にでも使える。取り扱いには十分注意しなければならないし、悪用すれば即監獄行きだ。


「こちらの仕事は、さる宮廷魔術師の方が助手を募集しているものなのですが。いささか条件が厳しかったため、1ヶ月も成り手が見つからなくてこちらも困っていたのです。ミツイさんのように条件ぴったりの方がいらしてくださって助かりました」

「そうなのか……、どんな条件なんだ?」

「この国の文字がまったく読めない方であること、です」

「……」

「助手になった方には報酬として初級の魔法を教えるとありますので、ミツイさんの希望に適うかと思われます。この街に単語一つも読めない方はまずおりませんので……」

「文字が読めないのがセールスポイントとか、やだなぁ……」


 ミツイはがっくりと肩を落とした。


「拘束期間は1ヶ月ほど。雇い主のお気に召せばそのまま期間延長もありとの条件です。住み込みですので住むところの保障はされていますが、他の諸条件につきましては応相談となります」

「ちなみにその雇い主ってどんな人なんだ?」

「王国の宮廷魔術師の方です。エル・バランさんと言いまして、宮廷魔術師に就任されたのは10年ほど前、人付き合いがお好きではないため、1ヶ月に一度程度登城される他は、滅多に人前にいらっしゃることはありません。性格は、少々気難しい方です」

「エルさんか」

「エル・バランさんです。ニックネームはつけないことをオススメします。年齢は34歳、独身」

「10年前ってことは、20代で宮廷魔術師?ってすげえんじゃねえの?」

「すごいですよ。10代前半のころに、すでに天才魔術師として名を馳せておられましたので、王国から是非にと求められて宮廷魔術師になられたのです」


 宮廷魔術師エル・バランと言えば、首都に住んでいて知らぬ者はいない、とまで言われた人物である。人柄を現すエピソードとしては、その昔若き天才と持てはやされたころに言い寄る異性がたくさんいたが、好みのタイプを聞かれて『口を利かない者』と答えたために、誰も言い寄れなくなったという話がある。付き合いにくそうな人物であることは間違いない。


「いかがします?」

「えーっと。働く場所はどこなんだ?そのエルさんの家?おれ、まだこの街の地理がぜんぜん分かんねえんだけど」

「地図はお読めになれるのでしたっけ?」

「もちろ……、あ、いや、たぶん」


 ミツイは少し弱気に答えた。

 私は行政区を示す地図を広げると、ミツイに見せる。一般的に出回っている地図とは異なり、かなり詳細に記されているものだ。縮図にもかなり信用がおける。このような詳細な地図があるのは、この職業紹介所の信用度の高さと、必要性を示している。どこの誰が人材募集を行っているかを把握するのに便利なのだ。


「……読めねえ」


 ミツイは絶望的な顔をした。


「文字ばっかし!なんだこの地図!いや、通りの形とかはかろうじて分かるんだけど……、通りの名前が分かんねえって、こんな読みづらいのか!」

「特徴的なものといえば、中央にあります王城が。それを囲むようにいくつも大きな建物もありますし。ちなみに今いる職業紹介所はここらへん。こちらの円形の印は劇場です」

「円形劇場か……、東京ドームみたいなもんかな?」

「『とうきょうどおむ』?どうでしょうね、似ていると思われるのであればそうかもしれません。円形の建物なんて場所を有効活用できていないとは思いますけど、建築家が無駄に凝った建物ですね」

「そんなことはない!オシャレなだけで十分有効だ。後々地図を読む人間にも親切!」


 ミツイは拳を握りながら力説した後、「で、そのエルさん家は?」と本題に戻った。


「こちらです。王城のすぐ脇ですね。探してうろうろしていると、王城警備をしている騎士に不審者として捕まる可能性がありますのでご注意を」

「あんま不安なこと言うな?!てか、前の時みたいに案内してくれたらいいのに」

「あれは初回限定のアフターサービスです。……それにエル・バランさん相手ですと、私が案内すると心象が悪くなる可能性がありますよ」

「え、なんで?」

「私が男性に見えますか?」


 この助手募集に対する人材に苦慮していた理由のひとつがこれだ。先方からの条件は『文字が読めない人間』とだけなのだが、注釈として『姦しい女は却下』と書いてあるのだ。程度の差はあれ、女性はその多くがお喋り好きなので、女性を紹介するのは荷が重かったのだ。紹介所はあくまで紹介をするだけなので、後は本人の力量次第なのだが、あまりに検討違いの人材を送り込んでは信用が下がる。


「文字が読めない男性、種族人間。まるでミツイさんのためにあるような仕事ですよ」


 結局ミツイはこの仕事を請けることにした。

特別待遇の良い仕事ではないが、職種としては『魔法使い』の募集であり、現役の宮廷魔術師から教えを受けることのできるチャンスは滅多にない。

 衛視見習いと異なり、衣食の保障はない分、給金も良い。助手として何をするのか書かれていないのがミツイの不安を誘ったようだが、魔法を使ってみたいという誘惑に勝てなかったらしい。

 彼が立派な『魔法使い』になることを祈っておこう。その前に、エル・バランとの付き合いに音を上げて、数日も経たずにまた紹介所を訪れるのではないかという気もするが。




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル1

経験値:42/100

職業:なし

職歴:衛視(見習い)

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