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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
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3.ミツイ、衛視になる(その2)

 翌日も翌々日もミツイの鍛錬は続いた。

 魔道具は相変わらず使えず、水洗トイレについては諦めて、もっとも旧式の水洗じゃないタイプを使用している。調理も風呂炊きもできないので、もっぱら掃除と洗濯担当だ。洗濯板で布を洗うなんて日がくるとは思わなかった。

 鍛錬についてはちっとも慣れない。要領がつかめてくると違う鍛錬が追加になるので、頑張れば頑張るほど大変になっていくらしい。走るよりは杖振りの方が楽しいのだが、インドア派なミツイにとっては体育以上の運動な時点でついつい愚痴がこぼれる。


「あー、もう!カークスさん、休憩にしようよ、休憩!」

「それじゃあ私は休憩しましょう。キミは続けるように。大丈夫ですよ、若いから」

「根拠になってねえ!若くたって疲れるし、サボりたいんだよー!」

「基本的に同意するけど、世話係としては却下しますよ」


 昼時になってようやく休憩時間になった。体力を限界まで使っているので食欲が湧かないのだが、食べないと午後には死ぬのではないかと思う。

 せめて一口、と思いながらスプーンを置いたミツイは、苦い表情を浮かべて食堂に入ってくるカークスに目を留めた。カークスは自分の分の食事をテーブルに置くと、苦い表情のままミツイを見やる。


「急いで食べてください。午後の予定を変更することになりましたので」

「?何すんの?」


 鍛錬より楽なことであれば大歓迎だと思いながらミツイは尋ねた。


「外回りに出ます。午前の見回りメンバーに欠員が出ましたのでその穴埋めです。衛視の制服に着替えて、鍛錬用の杖を所持しておいてくださいね。それと、見回り中に何があっても、それは振らないように」

「え。じゃあ、なんで持ってくんだ?」

「念のためです」


 カークスの雰囲気に釣られて言葉少なになりながら昼食を終えた。現金なもので、鍛錬ではないと聞いたとたんに食欲が湧いてきた。

 食べ終えるとさっそく準備をはじめる。他の衛視たちは制服の上に皮鎧を着ているが、見習いのミツイには鎧がない。防具は個人の体格に合わせて調整をしなくてはならないそうで、突然やってきたミツイにちょうどよいサイズはなかったのだ。鎧に憧れる気持ちもあったのだが、衛視たちの着用しているものは毎日着ているせいでかなり臭く、また汚れたこげ茶色をしてるせいで見目もよくない。着てみたいと自分で申し出ることはせずに横目で見るだけにした。


 カークスに連れられて合流したのはハボックの組だった。二、三名で一組となり、街中を巡回するのが主な任務らしい。カークスとミツイとハボックで三人だ。


「団長さんじゃねえか」

「がははっ!さっそく機会が来るたあ、なかなかの運だな、ミツイ」


 豪快に笑って見せた後、ハボックは視線を鋭くした。


「見習いのおまえさんにも加わってもらった理由がある。最低限これだけは覚えておいてくれ」


 ハボックは、ミツイに数枚の紙を見せた。似顔絵のようで人の顔が描かれている。男も女もいたが、どれもこれも凶悪そうな表情が描かれている。


「これは?」

「犯罪者だ。巡回中にこれに似た顔を見たら、俺かカークスに声をかけろ」

「指名手配犯ってことか」


 ミツイが納得した様子だったので、ハボックは再び紙束をまとめると、詰め所の入り口に戻した。入り口には受付カウンターがあり、その裏手に紙は保管されていたらしい。


「うわ、ストップ。まだ覚えてねえよ!てか、持ってっちゃだめなのか、この絵?」

「複数枚用意するほどの余裕はありませんね。それに、捕まったら終わりなんだから、そのために金銭の使うのはもったいないでしょう」

「そういうもんかなぁ…。とりあえずもう一度見せてくれよ」


 改めて見てみる。

 一枚目はどうやら女性のようだった。似顔絵どおりならなかなかの美少女だ。表情が凶悪なのでときめきはしなかったが。髪の色は赤、瞳の色は不明とある。身長は160センチ前後で黒い服と黒い覆面を着用していたとある。容疑は火事場泥棒。気になったのは特記事項として『魔法を使用する』と書いてあることだった。


「これ、魔法使いなのか?」

「そうらしいです。団長の左腕を見たでしょう、包帯の下に鋭利な切り口がありました。風魔法の使い手のようですね。魔法の風を刃のようにして繰り出してくる可能性があります」

「風魔法……。どうやって避ければいいんだ?目に見えるのかな」

「見えません。危険な相手ですから遭遇しても戦おうなんて考えないように」

「足手まとい扱いが切ねえよ……」


 だが実際、目に見えないものを避けるなどという芸当はミツイにはできない。おとなしく隠れていることにしようと心に決めた。


「行くぞ」


 ハボックが声をかける。ミツイは両手で杖を握りしめると大人二人の後について歩き出した。




 慎重に周囲を見回しながら歩いていたミツイは、1時間もするとダレてきた。緊張が長続きしないタイプなのだ。

 ハボックとカークスも、出発前あれほどシリアスに指名手配犯の話をしていたというのに、街中に出てくるなり雰囲気がフランクになった。巡回途中ですれ違う人々に気さくに声をかけ、時には雑談をし、にこやかにすれ違う。いきなりの実戦かと気合を入れた自分がバカみたいだ、とミツイの気が抜けるのも無理はなかろう。


「あら、衛視さん。巡回なの?ごくろうさま」

「こんにちは、八百屋のおかみさん。毎度お馴染みの衛視団です。何かお困りごとでもありましたらお声がけくださいね」

「あらあら、そうねぇ。困ってることって言ったら旦那の稼ぎが悪いことくらいかしら。もう少し店を開けてたらいいのに、孫が産まれたとたん、営業時間の延長は止めだ、なんて言って。まったく甲斐性なしのくせに」

「そんなこと言って、顔が困ってませんよ。もう少し大きくなったらお孫さんの方が構わせてくれなくなるんですから、今のうちに甘えさせてあげてくださいよ」

「まぁ、ふふふ。でも運がいいこともあったのよ、早仕舞いしてたせいで先日の火事に遭わなかったの」


「ほー、そっちがお孫さんかい」

「そうなんだよ、いやぁいいもんだぜ、孫ってのは。子供と違って甘やかしてもいいしなあ!」

「がははっ、やに下がってるぜ、おやっさん!

「団長さんだって孫ができたら一緒だぜ。早いとこ嫁さんもらったらどうなんだ」

「まあまあ、その話題は勘弁してくれや。それよか最近火事が多いからな、火の元は注意してくれ」

「本当にな、物騒でやんなるぜ。火事場泥棒はまだ捕まってないって聞いたが、ありゃ本当なのかい?衛視さんよ」

「一部逃亡犯がいる。さすがにこの頻度で事件を起こすのは考えづれえがな」

「ひいぃ、おっかねえ。早いとこ捕まえてくれよー?」

「ああ、勿論だ」


 ハボックとカークスでは役割分担があるようで、カークスは女性にばかり声をかける。若い娘さんに限るというものではないらしい。男女差別するという本人の談はこんなところにも現れるのだろうか。後ろをついていくミツイは、会話に参加せずに愛想笑いを浮かべるのみだ。


「こっちのお兄ちゃんは新入りなのかい?見ない顔だねぇ」


 話を振られ、ミツイはぎくりと身を強張らせた。ハボックとカークスに助けを求めるように視線を向けるが、フォローしてくれる気はないらしい。仕方なしにそっけなく「よろしくお願いします」とだけ答え、会釈して巡回は続く。初対面の人と朗らかに友好を育めるほどの社交能力がミツイにはない。


「衛視をするなら街の人には積極的に話しかけた方がいいですよ」


 カークスが言う。


「騎士などとは違って、街の衛視というものは街の住民たちと協力して犯罪に向かうものなんです。日ごろから話しかけやすい対象と思ってもらえれば、いざという時に気軽に頼りにしてもらえますしね」

「なるほど……」

「後、お土産をもらったりもします」

「おまえさんはそっちが目的だろうが」


 感心しかけたところ、果物の入った袋を手に自慢げに言われて、ミツイはがっくりと肩を落とした。




 見回りをはじめて2時間。繁華街に差し掛かったところで、それは起きた。


 カークスが片手に持った袋はすでに空に近かった。色や形からすると桃に似た果物のようだ。年頃の娘さんに逢うたび、挨拶代わりに分けていたので、三人の口には一つも入らなかった。見たところ甘そうだったので、おすそ分けを期待していたミツイはがっかりした。

 その最後の一つを取り出しながら、カークスは歌うような物言いで声をかける。


「もし、そこのお嬢さん。毎度お馴染みの衛視団です。

 良かったら果物でも召し上がりませんか。なぁに、もらい物なので気になさらずに。ただ一つだけ、嬉しそうに笑ってもらえれば私は満足なんですよ。ついでに何かお困りごとはありますか?」


 繁華街を早足で歩いていた少女は、立ち止まってカークスを見上げる。

 なかなかの美少女だ。身長は160センチくらいだろうか、カークスを振り返る表情には不審そうな色が乗っている。銀糸の縁取りがされた黒いジャケットにズボン。赤毛のショートヘアが活動的な印象を与える。

 あれ、この子どこかで見たような気がする、とミツイは口の中で呟いた。


 不審そうだが拒絶する風でもない少女の反応に気を良くしたのか、カークスは笑みを浮かべながら少女にさらに近づいた。その様子をどう捉えたのか、少女がわずかに口を開いた。


「お願いがある。聞いてくれる?」

「もちろ……」

「近づくな、カークス!」


 叫んだハボックが右手で剣を抜いた。ぎょっとするミツイの横をすり抜け、踏み込みながら横に薙ぐ。

 硬い声音にミツイの脳裏に何かがよぎった。


「手配書の、美少女!」


 思わず叫んだミツイの声に赤毛の少女が跳び上がる。

 地面を蹴った赤毛の少女は、バックステップしながら右手を差し出し、何かを投げる仕草をした。

 ポウ、と少女の全身が緑色の光を帯びている。何かの見間違えかとミツイは目を見張った。


 キィン! ギィィン!!!


 ハボックが剣を振るい、飛んできた何かを弾いた。その服が切り裂かれて鮮血がほとばしる。

 火花が散ったので弾いたのだろうと思ったが、ズタズタになった服からは避けられてないのが分かる。

 ハボックの左腕はほとんど動いていない。右手一本で振り回す剣は、どこかぎこちない。

 少女はほとんど体重を感じさせない動きで切っ先を避ける。ミツイの目にも少女に当てるのは困難だと分かった。

 例えるなら、桜の花びらだ。ひらりひらりと舞い落ちるそれを、剣で切るのは難しい。速いわけではないのにハボックの攻撃が当たらない。


「くっ、くくく。まだ諦めないの」

「ハッ、そっちこそっ、とっくに街から逃げたかと思ったぜ!この街にいる限り、好き勝手にはさせねえっ!」

「次は全身を裂く」


 少女はにんまりと笑い、視線をふっと横に動かした。

 視線を向けられたカークスとミツイが硬直する。


「ちぃ!カークス、ミツイを下げて援護しろ!」


 集中が散ったのがまずかった。少女の右手が大きく振られると、ハボックの全身から血が噴出す。そのまま後方へ倒れこんだ。ずしゃっ、と地面が埃を立てる。


「がはっ……」


 硬直からいち早く我に返ったカークスが、ミツイを庇うように身構えた。ミツイはまだ動けない。


「三人は面倒。まだ、この街を離れるつもりはない」


 少女はそう言うなり地面を蹴り、ジャンプすると手近な店のひさしの上に身を預けた。

 懐から一枚の紙を取り出す。ミツイたちに見せ付けるようにそれを示しながら、にんまりと笑みを浮かべる。

 カークスの剣は空を切った。少女の動きが速すぎて、残像すら斬れないありさまだった。


 ミツイの目には白い紙に見えた。中央に絵みたいなものが描かれている。何の絵だか分からないので、図案か特殊な意味のある記号だろうか。

 紙を見た瞬間、カークスの身が強張る。


「くっくくく。見たね?もう遅いよ!」


 少女は意地の悪い笑みを浮かべ、そのまま身を翻して屋根伝いに移動していく。尋常でない身の軽さだ。


「ま、待て!逃げるな!」


 自分が叫んだのが悪いと理解したミツイは、手に持っていた杖でなんとか少女を止められないかと振り回してみたが、すでに建物の上へと移動していた少女に2メートル足らずの杖が届くわけがなかった。


 完全に姿が見えなくなったところで、カークスの呆然とした声が響く。


「そんな、バカなことが……」


 狼狽する声に不安になって、ミツイはハボックとカークスの様子を伺った。頭を打ったハボックが血だらけで身を起こしているところだ。青ざめてカークスの左腕を見つめている。ミツイの目にはカークスの腕が灰色になっているように見えた。


「腕が、石に……」


 ドゴン、と地面に石が当たる音がした。カークスの足元に一抱えほどの灰色の塊が落下する。

 それは、精巧な作りの人の腕に見えた。




  □ ■ □




 衛視団の詰め所は混乱の中にあった。

 外回りに出た衛視が、指名手配犯に遭遇、捕らえるどころか逆に石化魔法の餌食になったのだ。その上同じ場所にいた団長は全身をなます切りにされている。


 幸い被害を受けたのは左腕一本だったため、回復の可能性は残されている。

 まず、石化した部位を治癒し、次いで腕を縫合、復元する必要があった。神官による上位の回復魔法を使えばどちらも可能だが、莫大な治療費と時間がかかり、当面は職場復帰が難しい。完全に治るには半年はかかる。それまで左腕は使えないだろう。


「すいません!おれが、声を上げたから……」


 青ざめ頭を下げるミツイに対して、ハボックもカークスも責めの言葉は一切なかった。


「どうせ斬りかかろうとしていることに気づかれていた。同じことだ、気にすんな」

「それに、命があるだけラッキーというものですよ。風魔法だけでなく、あのような魔法まで使うとは」


 首を振りながらカークスが言う。

 全身を包帯で巻かれ、寝所で寝たきりになったハボックは自身の左腕をさすりながら呻いた。


「しっかし、笑いごとじゃねえな。俺は運良く見なかったが、女が見せた紙に石化魔法がかけられてたに違えねえ。見た者を石化する……そんなもんがあるのかはわからねえが……ともかく命があってよかった」

「ちなみにこれ、労災下りますかね、休職中の給金ってどうなります?」

「おまえはこの状況でそれか、カークス。エレオノーラにでも聞いてみろ、俺は詳しくない」

「エレオノーラさんに会いに行く口実ができたのは嬉しいですけど、右腕だけでできる仕事の紹介されるだけなんじゃないでしょうか」

「良かったじゃねえか、彼女のノルマの足しになって」


 カークスはこの状況でも軽い。それを、なんとも言えない気持ちでミツイは見やった。

 しかし、とあごをさすりながらハボックがミツイを見た。


「おまえもその紙を見たんだろう?よく無事だったな」

「えっ」

「見たところ石化している様子もない。魔法文字は遅効性で発現する可能性もあるから安心はできないが、魔法に対する耐性があるのかもしれん」


 感心したようすでハボックが続ける。褒められたのかと浮き足立つミツイに、カークスが不思議そうに首をかしげた。


「魔道具が使えないことも考えると、魔法自体に適正がないのかもしれませんね。一度調べてもらった方がいいかもしれません」

「え?」

「そうだな。件の犯人のせいで、俺もおまえをフォローしてやれん。ミツイ、おまえ他の仕事を紹介してもらえ」

「え?え?……おれ、クビッ?!」

「まあ、悪い言い方すりゃそうだな。仕事振りが悪かったからってわけじゃねえから心配すんな」

「仕事振りもなにも、まだ何もしてませんしねぇ。あ、衛視の制服は、置いてってくださいよ、あれは備品なので。鍛錬用の杖は、餞別に差し上げましょう」

「カークス、労災について聞くついでにエレオノーラのところにこいつを連れていけ。事情を話して、こいつの魔法適正についても調べてもらえるところで働けるよう、頼んでやってくれ」

「了解です。いいですねぇ、転職か」

「いたのは3日足らずだが、まぁ人柄についてはだいたい分かっただろうしな」


 ミツイは3日目にして衛視見習いをクビになった。

 3日分の給金は支払われたが、渡された金額が多いのか少ないのか、エルデンシオ王国の物価を分かっていないミツイには分からなかった。




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル1

経験値:40/100

職業:衛視(見習い)



2/14 誤字修正

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