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異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
32/65

31.ミツイ、剣闘士になる(その1)

 ヘルムントに連れ出されたミツイは、囚人から一転、客人へと変身した。とはいっても監禁から軟禁になったようなものである。手枷はそのままされているし、なけなしの荷物はみすぼらしい。囚人服は借り物だったので、元から持っていた服に着替えさせられたが、毎日洗濯されていた囚人服の方が清潔に思えるのはどうしたことだろう。

 牢屋から出される際は目隠しをさせられていたため、どこに連れて行かれたのかも分からない。だが、安ホテル並の独房と比較すると、今度の牢屋は豪華だった。


 ミツイに思いつくのは高級ホテルのスイートルームという言葉だ。まず、一部屋ではなかった。続き部屋になっていて、奥には着替え用の部屋が一室あり、ベッドルームとリビングルームも分かれている。内風呂はなかったが、トイレは水洗であり、やけに広い。床に使用されている石は大理石のような高価そうな石だ。カーペットはふわふわで、土足で歩き回るのが憚られたのだが、誰も靴を脱がないので、ミツイ一人脱ぐわけにはいかなかった。


「おれ、どうなるんだ……」


 豪華な部屋に案内されたがミツイの心は暗かった。がっくりと肩を落とすと、手元の鎖がジャランと鳴った。

 国賓自らの処刑ショー、などと言われて喜べるヤツがいたら友達にはなれない。


「い、いやいやいや!落ち込んでる場合か?なんとかここから逃げた方がよくないか?だいたいエレオノーラさんは何をしてんだよ!悠長に釈放手続きとかしてたせいで、無理やり連れて来られちゃったじゃないか!!」


 頭をぶんぶんと振りながら、ミツイは八つ当たりをしながら叫んだ。


「……あああああああ、くそう。いや、分かってんだ、分かるんだけどおおお」


 のたうちながらミツイは叫んだ。寝室の布団がふかふかで、このまま横になっていたい。

 出来れば靴を脱いで寛ぎたかったのだが、手枷のせいでかなり時間がかかるのだ。靴を脱いで寛いでしまったが最後、本格的に逃げ出せない。


「エルさんに魔法習っときゃよかった……!足速くなる魔法がありゃ、違ったんじゃねえか?ほら、ここドアを誰かが開けた瞬間に横を通り過ぎて逃げるわけだ。追いかけて来られようと、あの魔法が効いてりゃ逃げられる目はかなりデカイ。エルさんもこれを見越してあの魔法を教えてくれようとしたんじゃねえか?!」


 一息に叫んだ後、手元でジャラジャラと自己主張する手枷を見下ろす。


「……これ、ついてる間は無理か~……」


 確か、魔法を封じる効果がついているという話だったはずだ。

 構造としてはおそらく魔道具と同様で、使用者の魔力を少しだけ使って効果を示すものに違いない。


「……あれ?」


 ミツイはふと、あることに気づいて手枷を見下ろした。

 ミツイは魔道具を使えない。正確には使い方が分からないからであって、きちんと習えば使えるはずなのだが、結局魔法の使い方をよく習わぬうちにエル・バランの助手期間が終わってしまった。『スレイプニルの脚』という身体強化魔法の取得を辞退したため、代わりに何を教わろうかという問題が残されたのだが、それが解決する前にハボックによって捕らえられたのである。

結果として実行者はハボックだったが、ミツイはハボックを恨もうという気にはならなかった。衛視を体験していたためか、衛視職の人間が犯罪者に対して抱いている感情は、疑わしき者すべてを疑っているわけではない、ということだった。疑わしい者を放置することはできないが、相手を貶めたいわけではないのだ。それが分かっていたので、ミツイも事情を聞きたいというハボックの言葉に大人しく従った。連れて行かれたのが牢屋だったのが想定外だっただけだ。どこか警察署のような、カツ丼つきの場所だと思っていたのはミツイが甘かった。


「これ、今発動してないのか。実は」


 魔法を封じるという効果は、ミツイにとっては意味がない。手枷は手枷なので邪魔なのだが、鎖もジャラジャラしてうるさいのだが、さらには金属製なために冷たいのだが。そこまで考えてミツイは首をひねる。


「うん。何の慰めにもならねえ……」


 だが開き直ることはできそうだった。

 具体的にどうするわけでもないが、少なくても自分は無力化されておらず、相手はそれを知らないのだ。精神的になんらかの作用が働いたのか、ミツイは急に楽観的な気分になってきた。


 せっかくなので手枷ごと動かし、鎖を回す練習なぞはじめてみる。ひゅいんひゅいん!と耳障りな音を立てながら、鎖は一周すると手首に巻きついて止まった。仕方が無いので逆回転してみると、今度も同じだ。


「……んー」


 ミツイは手首を振り下ろし、鎖が鳴った瞬間に上げた。ピシィ!と鞭が鳴るような音がした後、ジャランと鳴った。

 どうやらジャランという音は、鎖が互いにぶつかる音、さらには鎖が脱力している時に鳴る音だ、と飲み込めてきたミツイは、そのまましばらく手枷を軸に体を動かし続けた。




 豪華な牢屋には窓もついている。逃げ出し防止なのか、ガラスがはめ込まれているため、外に出ることはできないが、外を見ることは可能だ。この世界のガラスはミツイの知る物ほど透明度が高くない。少し濁った半透明なもので、厚みもかなりある。向こう側を透かして見ようとすると、輪郭が分からず色合いだけ伝わる、と言えばその精度のほどが分かるだろうか。向こう側の人間と意思疎通を図るには不足しているということだ。


 運動を始めてからしばらくして、ミツイの視界をチラチラと動くものがあった。いったん動きを緩めて見てみると、窓の外で誰かが鍛錬をしている様子のようだ。ミツイのいる部屋は二階以上に当たるらしく、中庭が見下ろすことができた。それは槍か棒を使う人間らしい。細長いものを両手で持ち、素振りをしているのが分かった。


(へるむんの護衛かな?)


 半透明ガラス越しであり、距離もあって細部までは分からない。だが、それは男のようだった。浅黒い肌をしている。詳しい技量の程は分からないが、動きはかなり速い。手枷運動に退屈をはじめていたミツイは、思い立って彼を仮想敵にしてみることにした。手枷で拘束を受けながら、槍(か棒)をかわす鍛錬だ。軽い気持ちではじめたものだったが、すぐに後悔するはめになった。


(無茶だ!なんだこりゃ!)


 リーチの差が大きすぎる。男が槍を振る間合いを避けようとすると、ひたすら防戦一方になる。むしろ逃げ惑って距離を稼ぐしかない。槍というものは突くこともでき、払うこともできる上、杖と違って刃がある。先端で突き刺されたら、杖なら気絶で済むところを死んでしまうのだ。手枷を盾代わりにしようとしても、ほんのわずかでも位置が間違っていればそのまま腹を貫かれるというのに正面に立つことなどできやしない。ミツイはすぐに逃げ惑いはじめた。槍の初撃をかわして、背後に回りこむのだ。向こうは反転しながら払ってくるので、これは上か下かを見極めて避けなくてはならない。完全に向こうが振り向いてしまったら終わりだ。やり直しだ。初撃の直後、向こうの背後を取り、槍の小回りが利かないくらい接近をして……。


 言い訳をするならば、ミツイは鍛錬をしていたのだ。仮想敵が槍持ちだったので、動きの範囲が大きくなっただけである。だがその行動は周囲からするとものすごくうるさかった。階下にはミツイが走り回り、ジャンプし、時には壁を蹴る音が轟いていた。

手枷運動をはじめてしばらくすると、扉の向こう側が騒がしくなった。

 バタバタと賑やかな足音を立て、やってきたのは武装した男たちであり、驚いて目を丸くしたミツイは、決死の覚悟を向けられて拍子抜けした。

周囲からは、どうやらミツイが暴れているように思えたらしい。抑えつけようとやってきた男たちは、大人しいミツイを見て戸惑った顔をする。

 男が二人と女が一人。女に見覚えがあったミツイは、首をひねってからヘルムントと一緒にやってきた女だと思い出した。


「えーと?別に逃げ出そうともしてねえから、戻っていいよ。ああ、でも、食事ってどうなんだ?知ってる?」


 ついでなので尋ねたミツイは、食事は後で運びこまれると聞いて安心してうなずいた。


「後、タライに水も頼んでおいてくれよ。おれ、魔法が使えないからさ」


 手枷を見せながらそう言って笑うと、女は警戒を強めるように目を細めた。




 夕食を終え、ミツイが布団で横になっていると、ヘルムントがやってきた。

 後ろには従者の女を連れている。最初に見た時は冷たい印象があった女だが、今はそうでもない。むしろ今にも飛び掛る寸前の毛を逆立てた猫のようだ。なぜそこまで警戒されるのか、ミツイには理解できなかった。


「お待たせしたね。キミの処遇についてだ」


 自分のことなので、ミツイは真剣にヘルムントを見返した。ヘルムントが懐から紙を取り出した時には、飛びずさって構えを取ろうかと思ったくらいである。

 ひらりとテーブルの上に広げられた紙には、文字と二人の男の似顔絵が描かれていたが、文字の読めないミツイはさほど興味を抱かずにヘルムントを見返したままだった。


 ヘルムントは、紙に興味を抱かなかったのが意外だったらしい。首をかしげる。


「リアクションが薄いね」

「おれ、読めないもん。なんて書いてあるんだよ?」

「読めない?」

「エルデンシオ語は読めないんだよ。だからって、あんたが代わりに読んでくれても、その内容を信用できるかっつーと、できないけど。弁護士呼んでくれよ、弁護士」

「教育がなっていないとは思っていたが、文字も読めないとは」


 呆れ、嘲るように見下され、カチンときたがミツイは言い返さなかった。この件については自分もあまり反論できない。


「これはキミの処刑通知書とでもいうところかね。三日後、首都の円形劇場で開催するショーの案内だよ。キミはこの紙に書かれている通り、民衆の前でショーを披露する。その場で民衆からキミの命を救うよう懇願があればともかく、そうでなければこのショーがキミのフィナーレということになる」

「……ショーって。おれ、芸人じゃねえんだけど。何をさせる気だよ?」

「ある意味では芸人だよ。キミは、剣闘士として戦うのさ」

「けん……とうし?中国に行く使節?」

「なんのことだね。剣闘士と言えば、剣を持って戦う様を見せる奴隷のことさ。まあ、この場合はキミも対戦相手も奴隷というわけではない。あくまで公開処刑だ」


 奴隷の方がマシだった、とミツイは思わず思い、ヘルムントを睨みつけた。


「おれ、剣は使えないんだけど。武器は剣だけなのか?」

「剣だけだね。魔法も禁止されているので、その手枷はつけたままということになる。まあ、罪人であることを演出する道具のようなものだと思ってもらえばいい。防具は無し。さすがに裸というわけにはいかないから衣装はこちらで用意するが、剣闘士ショーと言えば上半身は裸というのが定番でね、キミの貧相な体を見せるのもどうかと思ったが、そこは事例にあわせることになった」

「寒ぃだろ!?なんで上半身裸で剣振り回さなきゃならねえんだよ!?誰の趣味だよ!?」

「もちろん、私の趣味だよ」

「……男を裸にして戦う様子を見る趣味なのか。へるむん、ロリコンなだけじゃなくてホモなのか!うげえ、近寄んな」

「なにやら不快なことを言われたようだが、別に男の上半身を見て興奮する趣味はないよ。あくまで、剣闘ショーを見たいという、実に高尚な目論見さ。何しろ野蛮だというので何年も開催されていなかった催し物だ、劇場側も乗り気になってくれてね、前売りチケットの売り上げは好調だよ。VIP席には王女殿下もお呼びすることになっているが、さすがに来ないかな。こういった類はご婦人には刺激が強いからね」

「……ああ、そういうことか。どっちかっつーと、ボクシングの試合を見たいとか、そういう類なんだな?あー、焦った。マジで焦った。いや、ホント。いくらへるむんが美形でも、おれ、男は勘弁……」

「大変不快なことを言っているようだが、私はキミのような平凡な容姿の男を相手にする予定はないね」


 否定してくれて良かった、と半ば安心したミツイだが、よくよく考えて見ると容姿が良い男なら相手にするのか、という問題が残された。少しばかりヘルムントから距離をとることにして、ミツイは改めて紙を見やる。今、聞いた内容が真実であるならば、これはパンフレットということだ。格闘技の試合パンフレットを見たことのないミツイだが、『今夜、因縁に決着!』とか書いてある類なのだろう。どちらの似顔絵がミツイかは分からなかったが、とりあえず絵師には才能がないようだ。


「似てねー」

「キミの平凡な容姿をそのまま絵にしては客が来ないだろう。なかなかの力作だよ、これは。全部で10枚も描いてもらって劇場近辺に張り出ししている。キミの人生でこれほど注目されることがかつてあったかい?さて、キミはこのショーの場で、対戦相手である彼によって処刑される予定だ。臓腑を撒き散らしても血反吐を吐いても、遺体の処分はこちらに任せてくれたまえ」


 まったく安心できない言葉に、ミツイは唸った。


「処刑、されないって、選択肢は、ねえのかよ?たとえばおれが勝てば許してもらえるとかさあ……。だいたい、幼竜誘拐の罪でってことなんだろう?おれは犯人じゃねえぞ?別にいるんじゃねえのかよ。そっちを調査しなくていいのかよ」

「幼竜誘拐の罪を、かの国賓自ら処断したいというのだ。場を整えて差し上げるのは我が国なりの誠意だと思わないか」


 話にならない。

 ミツイは湧き上がる不信感をさらに強めながら、縋るような思いで言葉を紡いだ。


「……おれが勝ったら、どうなるんだ?」

「ありえないことを想定しても仕方あるまい?だが、そうだな。かの人物は国賓だ、それを負かしたとなれば、向こうの国から侮辱されたと抗議が来るかもしれないなあ。そうなっては、こちらの国としては騒動の種となった人物を処分することになるだろうから……やはり処刑かな」


 詰んだ。どうしようもない。


「……くそう」


 ミツイの残り寿命は三日と決まった。



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