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異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
26/65

25.ミツイ、取調べを希望する


 私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。


 閉所間際になって問い合わせに訪れた衛視団の団長さんが、熊のような巨漢の上に困り顔を載せている。似合わないとは思うが、困らせているのはこちらなので、もうしばらくお待ちいただくしかない。

手元の資料を繰りながら、私もまた少しばかり困惑した表情を浮かべているに違いない。


「ぴぃぴぃっ」


 足元でチョロチョロしている爬虫類。丸っこくコロコロしているため、遠目からは羽毛に包まれた丸い毛玉のように見えるだろう。だが、よくよく見れば鱗であり、触り心地はすべすべしているがやわらかくはない。

 カウンターの内側にいるので団長さんには見えないはずだが、おそらく声は届いている。邪魔だとか雰囲気を壊すだとか危険はないのかとか、いろいろ言いたいことがおありの方も多いようだが、概ね好評をいただいている新参者だ。団長さんご本人が連れてきたわけなので、こちらは諦めてもらうしかない。


「ありませんね……。他に該当者はいないようです」

「そうか……」


 がっかりを絵に描いたような顔をして、団長さんが肩を落とす。


「何をなさったのです、ミツイさんは?」

「何をってか……、さほどマズイことはやってねえはずだ。エル・バラン殿のところで働いていたろう?盗賊捕縛に一役買って、行方不明だった者を救い出したわけだからな。褒められこそすれ……」

「しかし、経歴に『盗賊』とあります。何か盗みでも?」

「そこのところがちと分からん。事情を聞いた時、盗品なんか持ってなかったしな。まあ、そこのピイピイ言ってるやつを保護したのだって、経緯を聞けば納得いく話なんだが……」

「それがどうしてまた、幼竜盗難の容疑者になったのでしょう。団長さんのおっしゃるとおり、ここ一ヶ月の間に経歴に『盗賊』のついた者を調べた結果、ミツイさんしか該当者がいなかったのは確かなのですが。実際にお会いする限り、盗難をするほど肝の据わった人物ではないようにお見受けしますが」

「いや、そこは盗みなんかするようなやつじゃねえ、とかも少しフォローっぽく」

「人柄を知るほどミツイさんと親しいわけではございませんので」

「相変わらずだなあ、エレオノーラ」

「お褒めに預かりまして光栄ですと申し上げた方がよろしいでしょうか」

「いや、やめてくれ。自信がなくなる」


 はあ、と小さく嘆息してから、団長さんは顔を上げた。


「仕方ねえな。もう一度改めてミツイに事情を確認してくるわ。なんかの誤解なんだろうがお貴族さんがピリピリしてっからなあ……」

「ピリピリですか。……いささか不穏な表現ですね。国境が騒がしいわけでもありませんでしたよね」

「んあー……」


 誤魔化すように視線を彷徨わせる団長さんを見て、私の中で少々好奇心がうずく。


「竜騎士の国からの難民対応に追われている、第二都市のご領主が、何かおっしゃいました?」

「げっ!?なんでそこまで分かるんだ!」

「団長さんが言葉を濁すようなお相手と言いますと限られます。騎士団の方々にも臆することの無い方ですから。

 第二都市のご領主は、公爵家の方。世継ぎの王子殿下とはそりが合わず、王子殿下が王位を継がれることに対しては反対しておられます。そのため、何かあるたびに首都にやってきて、トラブルを残していかれる……とは、まあ、市井の噂話程度のことですが」


 私が言うと、団長さんはポリポリと頭をかいた。


「もっと単純に申し上げますと、幼竜が行方不明になってお困りになる方というと、竜の里に一番近い第二都市の関係者でしょう、というだけです。どういった事情かは存じませんが、誘拐された幼竜を探していたのでしたら、早く犯人を捕まえたいあまり、手がかりならばどんな小さなものでも、と焦る気持ちも分からないではありません。まったく無関係と分かれば落ち着かれることでしょう」

「なるほどなぁ」


 団長さんは私の言葉に感心しつつ、ホッとした顔をした。

 どうやら私が述べた推測とは違う、別の理由があるようだが、そこまで追究しても仕方が無い。


「ミツイさんは、明日一杯でエル・バランさんの雇用期間が切れます。任意同行なさるのでしたらその後になさってください。エル・バランさんが雇用主である間は、調査権に制限を受けますから」

「了解だ。……にしても、面倒だよな。犯罪者かもしれないんだったら、雇用期間とか気にするの変じゃないか」

「雇用主が了承すれば、雇用期間中であろうとまったく問題ありませんよ。ですが、今回のようにご本人に非がない可能性が非常に高い場合、短期間の雇用主は契約期間が終えてからにして欲しいと要望されることが多いのです」

「……まあ、わかんなくもないけどな」


 街の治安維持を担当する立場としては納得しかねるものがあるのだろう。団長さんはそう言って、苦笑いする。




 それにしても、奇妙なことだ。

 団長さんが出て行った後の職業紹介所。閉所時間になったので扉を閉めた後、私は取り出したミツイの職歴カードをじっくりと見返した。


 女盗賊捕縛に関して、ミツイが協力したらしいというのは聞いている。そのために、エル・バランさんはわざわざ王城勤務の仕事を探しに来たのだから、期待通りの成果を上げてくれたのだろう。喜ばしいことだ。

 だが、一連の捕り物を果たしたにしても、ミツイの経験値の上がりは著しい。この上がり方は、まるで魔物退治を行った日雇い戦士のようだった。日雇い戦士は、魔物を倒さない限りあまり経験を積むことができないが、魔物を倒した経験が反映されるらしい。


「エレオノーラ、まだいたのか」


 職業紹介所の上司、マクスウェルさんから声がかかった。閉所時間を過ぎても残っていることなどあまりないからだろう。上司の顔を少しばかり崩して、見知った顔で尋ねてくる。


「気になることでも?」

「大したことではありません。……第二都市のご領主が、何かおっしゃっているのでしょうか」

「首都に、という話か?」

「いえ。他も含めて」


 マクスウェルさんは、少しばかり迷った顔をした。


「第二都市の、カルシュエル公爵家の子息が首都に向かっているらしい。表向きは石化の被害を受けた令嬢の引き受けということだ。第二都市で療養させると」

「別におかしなことではありませんね」

「子息自らというところが不審ではあるがな。子息と令嬢はあまり仲が良くないと聞いているし……、おそらく、今度の円形劇場での催し物を見物するためだろうと推測されているがな」

「……それはまた」


 呆れ声になったのが伝わってしまったらしい。マクスウェルさんは肩をすくめた。


「そういえば、第二都市と言えば最近妙な噂があったな。お抱え召喚師が一人、病死したらしい」

「え?」

「その代わりを募集中らしいぞ。第二都市では我こそはという召喚師が自分の腕前を披露するため、なかなか物騒な物を召喚したりしているとかで、念のため首都に影響が出ないかどうか警戒はしているが」

「召喚師ですか」


 先日、エル・バランさんと話したことを思い出して、私は少しだけ声が沈む。


「エル・バランさんには、その件、お話になりました?」

「いや。あの人は治安や政治には興味がないだろう?関係あるのか?」

「魔法に関することでしたら、的確なアドバイスをいただける可能性もあります。よろしければ私の方からご連絡しておきましょうか」

「それは助かるが……、なあ、エレオノーラ」

「はい。なんでしょう」

「職業紹介所としては、そうやって仕事熱心でいてくれるのは助かるんだが。この仕事はあくまで……」

「マクスウェルさん」


 何かを言いかけたマクスウェルさんの言葉を止めて、私はにこりと微笑みかける。


「私は職業紹介所の職員、エレオノーラです。ご存知かと思いますが、それ以上の何者でもありません」

「う。いや、しかしだな……」

「そうでない場合、マクスウェルさんのお言葉は、大変気安く、ともすれば不敬と断じられても反論できないものであるということ、お忘れなく」


 私の言葉に、マクスウェルさんは諦めたようにうつむいた。




  □ ■ □




 ミツイの雇用期間が終わった後、エル・バランさんが職業紹介所へ訪れた。

 渡りに船とでも言えば良いのか、召喚師の話題を聞いた直後だったので、雑談のために声をかける。

 少し時間をもらえないかと申し出た私へ、エル・バランさんは快諾した。




「第二都市の、召喚師か」

「はい。ジャイアント・ラットの召喚と、何か関係があるでしょうか」

「わからん。これが首都で行われたというなら、可能性は高くなるが。第二都市の領主に自分を売り込むのに、首都で実験する者はいないだろうし」

「練習だった、ということはないでしょうか」

「可能性は否定できない。だが、練習でジャイアント・ラットを召喚するような腕の悪い召喚師が、カルシュエル公の目に留まるとも思えないが……」

「それでも、仮に面接をしているのであれば相手の素性を調べるなどはしているはず。逆に腕の悪い召喚師と制限をかければ、第二都市のご領主も簡単に相手の素性を明かしてくれるかもしれません」

「なるほど。だが、どう切り出す?カルシュエル公とは、私はほとんど面識がない。誰ぞ仲介が……」

「ぴぃ」


 言いかけながら、エル・バランさんは目線を落とした。

 ぴぃぴぃ鳴く、丸っこい爬虫類にようやく気づいたらしい。二階の応接間に入って以来、ずっと私の足元をチョロチョロしている生き物だ。一階にいてもカウンター内の私の足元をチョロチョロしているので同じことだが。


「……よく懐いているようだが、それは?」

「先日ミツイさんが石化から救出した幼竜です。衛視団で一時的に保護していたそうですが、たまたま私に懐くというので、落ち着き先が定まるまではこのように」

「……街中で危険ではないのか」

「幼竜なので、まだ火を吐くこともできません。牙は太いですが、今のところ間食する様子もないので、きちんと食事を与えていれば周囲に危害を及ぼすこともないようです。私が、街中を歩き回るのであればなんらかの処置が必要でしょうが、当面その予定もありません」

「なるほど、珍しい光景だな」


 謎が解けたからか、エル・バランさんはそれ以上幼竜について言及するのを避けた。


 私としては、首都での幼竜の扱いについて、エル・バランさんなりの見解が出てくるかという思いがあったので、肩透かしを食らった気持ちがないわけでもなかった。

もっとも、エル・バランさんが言っても詮無いことではある。第二都市から引き渡しの要望があり、かつ第二都市から誘拐された幼竜だとはっきりすれば返却することになるだろうし、それがなければ首都の竜騎士候補生たちの格好のパートナー候補になるのである。竜である以上扱いは限られる。間違っても愛玩動物として扱われることはない。丸っこくて可愛いので残念だが。


「カルシュエル公爵子息が、近く首都にいらっしゃるとか。エル・バランさんがお申し出になれば、面会も叶うのではないでしょうか?」

「子息?公には子供がいたのか」


 エル・バランさんの反応に、私は「ここまで政治に興味がなかったか」と呆れた。


 エルデンシオ王国では、近年側室制度が廃止された。正室一人である場合、世継ぎに困ることがままあり、昔は側室の存在が容認されていたのである。容認されなくなった背景には、歴代の王に女狂いの者があり、国庫が空になりかねなかった時期があったことなどが上げられるが、一番大きいのは「世継ぎが実子である必要はない」との世論の影響であろう。

国王とは国家の代表であり、優秀でなければ意味がない。現在の国王には王子が一人きりで、一応は彼が世継ぎとなっているが、素行が悪ければ廃太子されて別の者が立つことになるだろう。その筆頭候補が、カルシュエル公爵家である。


「カルシュエル公爵家には、公爵子息がお二人、令嬢がお一人おられますよ」


 ただ、カルシュエル公爵自身が後を継ぐことはないと思われる。公には愛人がおり、それを世の風潮が良しとしていないからだ。可能性があるとすれば二人の子息のうち、いずれか。


「ぴぃぴぃ」


 小さな声で鳴きながら、幼竜が足元にすり寄ってくる。ひょいと両手で抱き上げてみると、腕の中が気に入ったのか、胸元に身を寄せて安心したように寝入り始める。寝ている間は鳴かないらしい……代わりに「ひよひよ」と鼻息のような音が聞こえた。竜というより大きな小鳥のようだ。

思わず微笑んでしまい、私は自分の表情が固まっていたことに気づいた。なるほど、政治の話などニコニコしながら話すようなことでもない。


「公爵子息への面会の件は、検討してみることにしよう」


 エル・バランさんはそう言うと、幼竜の寝顔が気になるのか、ちらちらと視線を向けてきた。


「抱いてみます?」


 尋ねたが、ゆるく首を振って断られる。幼竜を抱っこしたいというわけではなかったようだ。


「竜も広い意味では魔獣の一種だ。自分が触りでもして、契約に齟齬が生じることがあっては困る」

「竜も魔獣ですか」

「魔獣という区分は、おそらく人間が作ったものだ。召還して契約を結ぶことのできる存在を総称している。故に、人間やエルフは含まれない。喚び出すという過程を踏まずに契約することは困難だから、野生の竜と契約を結べる者はそうはいまい」


 エル・バランさんの解説は端的で分かりづらかったのだが、詳しく聞きたいとは思わなかったのでよしとした。


「そういえば前から聞いてみたかったのだが」

「なんでしょうか?」

「エレオノーラ殿は、なぜいつも幻影の魔法を身に纏っているのだ」


 エル・バランさんの切り出しに、私は目を丸くした。




  □ ■ □


ミツイ・アキラ 16歳

レベル3

経験値:25/100(総経験値:225)

職業:飛脚→?

職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き


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