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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
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23.ミツイ、飛脚になる(その5)


 ミツイは馬車の残骸を目指して走っていた。

 道沿いに進めば迷わないはずなのに、いつまで経ってもミーナに追いつかないのが気に障る。

 傭兵たちと合流するために2時間待ってからにしようかとも思ったが、止めることにした。

 ミーナが村を飛び出したのがいつ頃なのか分からなかったからだ。


(おれが昨日村に着いたのは深夜だ。傭兵たちと合流したから、連中の足に合わせて歩いてたせいだけど、けっこう時間はかかった。夕方から深夜まで歩き通しだったし)


 ミーナは賢いらしいが、道に迷ったということはありえるだろうか?

 世の中には何度も通った場所にだって辿り着かない、方向音痴なる特質を持った者もいるのだ。方向・方角に関する感覚が劣っているということだ。人間は主観において相対的に周囲の場を把握する。周囲にあるランドマーク(特定の建物など)を頼りに、地図上の地理との相関性を見出すのである。今現在で言えば、村や斜面の土砂崩れなどが該当するだろう。一本道の上だからして、まず迷うことはないだろう……ふつうなら。


 方向音痴の人間は、周囲をあまり見ていない。自分が頼りにするべき建物などをきちんと把握しておらず、そのため同じ場所を歩いていても、同じであるという確証がないのだ。さらに厄介なことに、方向音痴の人間は、間違った手がかりを確信してしまうということがある。自分が頼りにするべき建物を誤認するのである。赤い建物であった、以前見たものとまったく同じであり、この建物のところで右に曲がれば辿り着ける。などと確信している時は危ない。その赤い建物が、別物であるというのに、なぜか彼(彼女)は同一のものであるという確信をしてしまっている。なまじっか、確信してしまったために、自身を疑うということもしない。結果、迷うわけだが、「おかしいなあ」と思っても、遡れるのは赤い建物までだ。なぜならこの建物は手がかりとして正しいのだから、自分はその後に間違ったはずなのだ。結論として彼(彼女)が正しいルートに合流するには困難が伴う。ぜひとも迷ったかも、とお伺いの際は携帯電話で連絡をとるか、ナビゲーションシステムを導入していただきたい。


「まあ、ミーナにはそんなことないだろうと思うことにしよう」


 ミツイは色々と疲れながら、そう呟いた。ミツイ自身は方向音痴とは無縁だが、かといって方向感覚がいいわけでもない。世の中には方向音痴とは真逆に、自分がどの方角を向いているのか常に把握できる人間もいる。正直、渡り鳥並みの感覚だと思ってしまう。これはこれで、野生の本能が強いということになるのだろうか。


「ん……?」


 おかしい。とミツイは思った。

 ミーナの足取りにまったく掠ることがないまま、土砂崩れの場所までやってきてしまったのだ。

 馬車の残骸の場所は、ここから少しだけ離れているので、一度戻らないといけない。


「……い、いや。違うよな?変だよな?」


 馬車の残骸の場所は、土砂崩れの場所よりも村寄りだったはずだ。

 なのに、なぜ、土砂崩れと遭遇してしまったのだろうか。

 もしかして自分は方向音痴だったろうか。しかし、道なりに来たわけで、それには違いがない。


 足元を見て轍の跡を確認してからもう一度呟く。


「うん、おかし……、は?」


 ももももももももももっっっっ……


 勢いよく土が盛り上がっていくのが、分かった。


 血の気が引く。ミツイは全速力でその場を離れた。数分間分の距離を稼ぐと、息を潜めて注目する。

 土を盛り上げていった何かは、途中で気を変えたらしい。

 ミツイの予想には反して、巨大な生き物が顔を出すことはなく、何かはそのまま地中深く戻っていった。

 盛り上がっていた土が、やや落ち着きを取り戻し、後にはほどよく耕された跡が残る。


 ジリジリと周囲を見回しながら、ミツイは後退した。

 目の前に見える光景を改めて見てみると、気づかなかった自分に戦慄を覚える。


 土砂崩れで見た光景が、広がっているのだ。

 踏み均されていない道はデコボコしており、耕されたように空気を含んでいる。轍でできた道はもう 判別がつかないようになっていたが、遠くに斜面が見えるので山が崩されたわけではないようだ。

 巨大なトラクターが広い農地を開拓しようとしていると見えなくもない。だがここはアメリカや北海道の開拓地ではないわけで、このような光景が必要かどうかは判断に迷うところだった。


(これ、ヤバくねえか?てっきり土砂崩れの下だけだと思ったのに、なんか行動半径広がってるっつーか……)


 傭兵の一人がサンド・ウォームと呼んでいたが、それが確かとして生息地はどの範囲なのだろう。山の下と草原の下とで違いがあろうと思っていたが、すでにその垣根は取り払われているような気がする。


(馬車の残骸んとこ……まだ残って……いや、無理じゃねえか?)


 そもそもあれは、土砂崩れの場所に近かった。

 仮に馬車の残骸が残ってたとしても、サンド・ウォームがウロウロしている場所に、ミーナが一人無事とは思いづらい。ゴブリンが飲み込まれる様子を思い出したミツイは、ぶんぶんと首を振って、改めて周囲を見やる。


 今のところは異常がない。土が盛り上がる気配がないうちに、少しでも離れるに限る……、そう思った矢先だ。


(うそだろぉ!?)


 盛り上がった土の一箇所に、転がった人影が見えた。

 半ば土に埋もれているが、幸いそれは人影に見えた。記憶にあるものと色は違うが、小さな女の子が着るのに向いていると思われる丈夫そうな布地のエプロンドレスだ。


 右見て、左見て、もう一度右。信号無視は即死の素だ。地面に異常がないのを確認してから、ミツイは人影に近づいた。


 目を閉じてぐったりしているように見えるが、土で汚れているだけで命は無事のようだ。

 陰惨な様子は少しもなかった。手足が欠損していたりもしない……仮に、していたら、抱き上げることができたかどうか、我ながらミツイは自信がない。


 見覚えのある籠を抱きしめるようにして横になっている女の子を、ミツイは思い切って抱き上げた。


(くそう。人生初のお姫様だっこだっつーのに、子供だし!)


 意識のない人間を持ち上げるのに背負うことは困難だ。誰かが背に載せてくれれば可能かもしれないが、ミツイにはできなかった。それと比較すれば体を半ば抱え込むお姫様だっこの方が、よほど安定していて持ちやすい。

 なるほど、この抱き方にはきちんと理由があったらしい。単に乙女のロマンとやらではないのだ。


(う、うおう。けっこう腰痛ぇぞ、これ)


 小さく見えても赤ん坊というわけではない。ずっしりと腕と腰に響いた。


(とにかく走……れ、な……?)


 とにかくこの場を離れて村に戻ろう。そう思ったのに足が動かなかった。


(もしかして、重量オーバー!?)


 人を抱えて走るのは初挑戦だ。出来るだろうと思い込んで深く考えなかったが、歩くのにも苦労するものを、走るというのは無謀だった。ズシンズシンと一歩ずつ進むと、踏み込みが強くなっている足が、ずぶりと地面に沈む感触があった。

 泥に足を取られるほどではないが、踏み込みが強すぎて歩けない。サンド・ウォームに耕された土地は、今のミツイがダッシュするのには向いていないらしい。


(い、いかん。とにかくここを離れなきゃ)


 最悪、もう一度ミーナを下ろして……と考えたミツイの目の前で、それは動き出した。


 ももももっっっっ……


(見てない!見てない!見てない!おれは知らない!!)


 滝汗を流しながらミツイは必死に逃げようとした。

 ズシンズシンと土に踏み込む足を進め、無理やり土を蹴り上げて走る。スピードは微々たるものだったが、ミツイの心情としては必死である。


「お、お兄ちゃん、これっ!」


 ふいに手の中で何かがもぞもぞ動いた。持ちにくい、邪魔だ動くなと叱りつける前に、腕の中の女の子は目的のものを取り出したらしい。籠の中から出してきた雑草のようなものを足元に落とす。


 もももっっ…………


 盛り上がりかけた土が静まっていくのを見て、ミツイは唖然とした。


「あの虫は、この草の匂い苦手だから。だから……その。……お、下ろして、お兄ちゃん」


 わずかに恥ずかしそうに頬を染めた女の子を見て、ミツイは呆れる。


「子供が何照れてんだ」


 憮然としたミーナが暴れたので、ミツイは危うく取り落とすところだった。




「……で、だ。この草があったからミーナはここまで来たんだな?」

「うん……」

「けど、もう一束もない、と」

「うん」

「……どうするかな」


 怪我はないというミーナを一旦立たせ、ミツイを事情を確認した。

 夜のうちに村を抜けたミーナは、やはり馬車の残骸を目指していたらしい。

 サンド・ウォームは村では有名な魔物であるらしく、特定の雑草の匂いを嫌うため、それを持っていれば恐れることはないらしい。


「ゴブリンには効かないのか?」

「ごぶりんは、虫じゃないもん」


 なるほど、と小さく呟いた後、ミツイは懐から櫛に似た髪飾りを取り出した。

 ミーナの目の前に見せると、表情があからさまに変わる。目を見開き、慌てて手を差し伸べてくるのに対して、ミツイはゆらゆらと揺らして見せた。


「これ、探しに来たんだろう」

「なんでそれ、お兄ちゃんがもってるの!?」

「馬車の残骸んとこで、拾った」

「かえして。お母さんのなの!」

「別に盗りゃしねえよ」


 元々、ミーナの知り合いのものだろうと思って拾った落し物だ。くしゃくしゃの髪に挿しいれてみようかと考え、あまりに気障すぎる、と寸前で止めた。


「失くさないように持っとけ」


 真剣にうなずくのを見て、「よし」と小さく笑う。


「じゃあ、しっかり捕まってろよぉ?んで、舌噛むかもしれねえから、喋るな」


 お姫様だっこに対して抗議があったので、今度は背負うことにした。本人の意識があるのであれば、こちらの方が体勢が楽だし、走りやすい。しがみつくのは本人に任せ、こちらは前方にだけ気をつければいいのだ。ミツイ本人の背負い袋をミーナに背負わせ、そのままミーナを背負った。


 目を凝らす。土が盛り上がろうとする隙が、逆にチャンスだ。

 完全に姿を見せる前に飛び退いてしまえば、どうやらサンド・ウォームは一旦引き上げるらしいから。

 対抗手段がない以上、ミツイにできるのは走るだけである。



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