22.ミツイ、飛脚になる(その4)
傭兵二人組と遭遇したミツイは、やっとのことで村に着いた。
真夜中であるため、村長との対面は後回しということにする。さすがにミツイも、深夜に見知らぬ他人の家に来訪するような真似は非常識だと思うし、何より村に着いたとたん、安心して眠気が襲ってきたのだ。
傭兵たちは合計で七名いるらしい。元から知り合いなわけではなく、個別に首都で仕事を請け、村に滞在しているとのことだ。
ニーグ村は首都から徒歩4日という近さであり、首都に向かう旅人や行商人などがよく滞在する。だが時折魔物が出るということで、常駐の傭兵を雇っているとのことだった。
宿に泊まり、翌朝意気揚々と村長宅を訪ねたミツイは、『エル・バランから』と言って手紙を差し出した。
村長は50代くらいの男性で、白髪が混じる壮年といった雰囲気だ。村長宅には30代くらいの女性がいて、奥さんなのか娘さんなのか判断はつきづらい。とりあえず年頃の娘さんはいないのだな、とミツイは理解した。
手紙の内容をチェックした村長が難しい表情になる。
「時に、ミツイさんはこの後ご用事は?」
「特にないんで、首都に戻るよ。エルさんにかけてもらった魔法の効果が続くのは今日までなんで、今日中に戻らないと厄介だし」
「……は?今日中に、首都ですか?」
「そうそう」
うなずいて見せると、村長は困惑した表情を浮かべたが、「まあ、しかし、エル・バラン殿の使いの方ですし」と無理やり納得した顔になった。
「分かりました。では、しばしお待ちください。エル・バラン殿からお求めの品をお渡ししますので」
「え?」
「手紙に書いてあるのですよ。使いの方に渡して欲しいと……、ああ、いや、まあ、お時間は取らせません」
村長がそう言って渡してきたのは、小さな袋である。草の匂いがするところを見ると、植物が入っているのだろう。そう結論づけたミツイは、形状を考慮して背負い袋に入れることにした。
「……外に出しておいた方がいいかと思いますが」
「は?」
「ああ、いえ。余計なお世話かもしれませんね」
苦笑いする村長の反応に首をかしげた後、ミツイは村長宅を後にした。
村の食堂で食事を摂ってからにしよう。
そう思い、食堂を訪れたミツイは、扉を開けるなり騒然とした様子に驚いた。
顔見知りになった傭兵たちが、ザワザワと落ち着かない様子で立ち上がっているところだった。
食堂の中央に人だかりがあり、村人風の人々が集まっているのが分かる。人だかりの中央には焦燥した様子の男がいた。かなりくたびれた旅装束であり、怪我もしているようだ。治療済みなのか腕や顔に包帯を巻いているのが痛々しい。状況が分からず、ミツイは人だかりの一人に声をかける。
「どうしたんだよ?あのおじさん?」
「あン?いやねえ、あの男は村の出身でね、行商してるんだが……娘がさ、朝から姿が見えないらしいんだわ」
「え?」
「そうそう。何でも村に戻る途中で馬車が横転して、娘とはぐれたんだそうなんだよ。怪我が酷かったもんで、先に村に着いて傭兵たちに探しに行ってもらってたんだ。無事に見つかって良かった良かったーって言ってたところにねえ……」
「今朝になったら、またいなくなっちまってたのさ」
「……それ、娘さん、なんて名前だ?」
「ミーナちゃんって名前さ。まだ小さいが、賢い子なんだよ。早くに母親を亡くしたが、父親を手伝う孝行者でねえ……、って、なんだい妙な顔して?」
話を聞いていたミツイは、盛大に嫌な顔をした。
「くそう。……寝覚め悪ぃことになったら、どうしてくれんだよ」
なにしろミツイは、ゴブリン遭遇地点からミーナを一人で歩かせたのだ。
傭兵に合流できたのか、ミーナ本人は無事だったようだが、その後無事を確認しに顔を見せるような真似はしていない。正直なところ、自分と別行動になった時点で襲われでもしたら儚くなっていた可能性は高いわけで、若干の罪悪感くらいはある。
「なあ。……ミーナ探しに行くのか?」
食堂を出ようとする傭兵(茶髪)に声をかけ、ミツイは歯切れ悪く言った。
「当然だろ。オレたちはこの村に雇われてるんだし……それに、小さい子供の足だからな、今ならまだ見つかる可能性は高いからな」
「おまえは確か……ゴブリンと遭遇したと言っていた少年だな?」
傭兵(青髪)が確認してくる。ミツイはうなずいた。
「おれも探しに行かせてくれ。別に戦うわけじゃなし、人手は多い方がいいだろ?」
「構わんが、足を引っ張るなよ」
「心配しなくても危なそうなら逃げるよ。ミーナが無事なら、それでいいんだ」
「……知り合いなのか?」
「ちらっとだけな。で、なんか手がかりとかあるのか?」
「ない」
「そっちこそ、ミーナちゃんと知り合いなら、何か知らないか?賢いったって子供なんだよ。増して親に迷惑かけるような真似をする子じゃなかったらしいんだけど」
「いや……」
「そっか。じゃあ、手分けということで。オレたちは2時間探したら一度戻ることにしてるんだ。良かったらあんたも、そうしてくれないか?同じ場所を何度も探すのは効率悪いだろう」
「了解」
傭兵たちと別れ、ミツイは改めて考えることにした。
ミーナが突然いなくなった理由は不明だが、村の中にいたのに誘拐されたということはないだろう。傭兵以外は村の人ばかりなのだし、不審人物の噂は特に聞かなかった。父親にも黙っていなくなったというならば、ミーナは自発的に村を出たことになる。早く村に帰りたいから、と村を目指していた以上、父親と再会してからなんらかの問題が生じたということにはならないか?
「なあ、ミーナのお父さん、聞きたいことがあるんだけどさ」
人だかりの中央で、焦燥した様子を見せる行商人へと声をかけた。周りの村人たちがぎょっとする中、ミツイはいつもの調子で言葉を続ける。
「ミーナって、ゴブリンに狙われるようなもの、何か持ってたってことあるか?食糧とか……あとは、なんだ?」
ミーナの父親は、いぶかしげな顔を上げた。そのまま黙ったまま首を横に振る。
「水筒ならいつも持ってるが、そんなものに魔物が釣られるとは……。金目のものなんて、あれの母親の形見くらいだ。それだって別に高価なものじゃない」
「形見?」
「ああ。村娘のしてたものだし、大した価値はないが、髪飾りだ。ミーナにはまだ大きいから、いつか……」
行商人の言葉に、ミツイはガツンと頭を殴られた気になった。
「ちくしょう。目的地が分かったじゃねえか」
脳裏によぎったのは女性用の髪飾りだった。使いづらそうな櫛、とミツイが結論づけたそれは、懐に入っている。どんなに探したところでミーナに見つけられるわけがないのだ。そして、それが見つかるまでミーナは戻って来ないのだろう。途中で諦めて帰ってくる娘であれば、夜中にひっそりと村を抜け出し、親が心配する時間まで戻らないなんてことはないはずだ。