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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
17/65

16.ミツイ、盗賊になる(その3)

 ヂヂヂヂッッッ…………


 額に手を当て、座り込んでいるミツイの姿が見える。慌てて何事か声をかける四之宮の姿が見える。自分の姿を上空から見下ろすなんて経験は早々できない。四之宮のつむじが見えるのが面白かった。

 吐き気でもしているのか、ミツイは血の気の失せた顔色で、焦点の合わない目でどこかを見ていた。


 ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッッッ…………


 男の声が響いた。何を言っているのかは分からない。金色に輝く魔方陣の中央で、男は狂ったように笑い、そして泣いていた。壊れたような泣き笑いをしながら、崩れ落ちたように陣の中央に臥した。


 ヂヂヂヂッッッ……


 巨大な空間に椅子が一つあり、女が座っている。銀色に輝く椅子も、表情のない顔も、微動だにしない髪の毛も、まるで石膏像のように見えた。動かないはずの女の目がぎょろりと動く。


 ヂヂヂッッ……


 視られた・・・・




 真っ白い空間に、ミツイはいた。だだっ広い空間の中央に自分がおり、それ以外のものは何もない。


 ミツイの目には、空間にいる自分が視えていた。


 血の気の失せた白い肌と、腹に空いた抉れた穴。目を見開き、どこを見ているのか分からない瞳。ポカンと空いた口が間抜けで、ミツイは少しがっかりした。

 心配していたが血だらけだったりはしない。臭いを感じないため、人形みたいだと思う。

 胸元に引きちぎれた紙が散っている。『解呪』の魔法文字を仕込んでおいたのだが、発動しなかったのだろう。わざわざ守り袋をフェイクにしたのも、無意味だった。


(これって、臨死体験かな。案外綺麗じゃねえか。もっと血みどろで死んだのかと思ったのに)


 作戦が成功しなかったことは分かった。イレーヌは彼が思うよりも危険な女であったようだ。

 この期に及んで、現実感を覚えていない自分に違和感を感じる。

 この世界に来てから、何度か危険を感じたはずなのに、どうして自分はこうも身の危険を実感できないのだろう。どこかでゲームか小説、アニメを見ているような気になっていて、自分は神にでも守られているつもりだろうか。


 ……死ぬのに。死んだらそれで終わりなのに。


 恐怖に足元がすくんで、噛みつかれる瞬間でさえ目を閉じて、身を強張らせて。

 大人しく殺されてやるのだろうか。自分を殺して、それに対して後悔もしてくれないような相手のために。一度しかない人生を、ありがたがることもない相手のために。生きて、やりたいことが思いつかないからと、だからといって殺されてやるほど、自分はおめでたい人間だったのだろうか。惚れてもいない女のために、自分の名前を知りもしない相手のために。


 なんだこれは。無性に腹が立つ。


 意味がないからといって死ぬべきなのか?意味があろうとなかろうと、生きていたいと思うのは間違いか?他人を虐げてでも、利用してでも、罪悪感に苛まれてでも、世界中の誰に愛されていなかったとしても、自分のことを大事だと思ってはいけないのか。自分だけは自分が大好きであっても、いいじゃないか!!


 ミツイは空間にいる自分を中心に魔方陣が広がっていることが気になった。

 イレーヌが敷いた魔方陣だ。いつのまにかその中央まで戻ってきていたのだろう。


『言うとくけどなあ、これは別にミツイを助けようと思てるんとちゃうで?』


 キャシーの声が聞こえる。姿はどこにも見えなかったが。


『こいつは、陣の上におった生き物から、魔力を吸い取る魔方陣や。人間は誰しも魔力を持っとるけどな、後天的に増やすことはでけん。イレーヌは、だから、他のモンから魔力を盗って自分に加算しよて思とたんや』


(うん、それで?)ミツイはどこかにいるキャシーへ尋ねる。


『このまんまやと、ミツイは死ぬ。が……、イレーヌよりも陣のそばにおるからな、それを、ちょいと横盗りすることなら、できる』


(うん、つまり?)


『みなまで言わせんな!まあ、なんちゅうかな、ウチの残り半分を、吸わせてやってもいいっちゅうことや』


(けど、それって、キャシーが危なくないのか?)


『気にしとる場合か?まあ、そこんとこは心配せんでもええ。魔力を盗ったところで、生き物は死なん。石化してる連中についても、これ以上盗れんちゅうとこまでで止まるやろ』


 ……ああ、そうか。それならきっと、おれの狙いが一つ叶う。


『そうや。目にもの見せてやりい』


 キャシーの言葉に、ミツイは笑った。

 目の前に視えるミツイの顔に、くっきりとした笑みが浮かんでいるのが視えた。




  □ ■ □




 イレーヌの目の前で、それは起きた。

 ミツイの体が光を帯びる。魔方陣の輝きが収縮し、白い光が集まっていく。


「なに、が起きた?」


 イレーヌの竜巻はミツイの体を抉ったはずだった。体を粉みじんにし、跡形もなくなるはずだ。

 イレーヌは人体に向けてこの術を使ったのははじめてだったが、これまでに竜巻を放った場合、建物ごと粉みじんになるのが通例だったのだ。規模が大きすぎて自分を巻き込む可能性があるため、脱出経路も用意しないままこれほど至近距離で使ったのははじめてだったが。


 信じられない光景だった。


 魔方陣の上には数多くの石像が並んでおり、その中央で男は倒れていた。白い光が男を包むにつれて、魔方陣の上の石像が色を取り戻していく。息を吹き返した者たちはバタバタと床へ倒れたが、すでに石化している様子は残っていない。

 その上、イレーヌに魔力の大半を奪われたはずのキャサリアテルマに異常が起きていた。白い光を放ちながら、コケティッシュな衣装を身に着けた美少女の輪郭が消えていく。代わりに膨れ上がるのは、巨大な獣の姿だ。


 黒い獣だった。

 体長何メートルになるのだろう。狭い隠し部屋の中からはみだす勢いでそれは膨らんでいき、天井を崩し、壁を破壊していく。壊そうとしているのではない、大きさに耐え切れなかった建物が、ただ壊れただけだ。

 イレーヌもまた、その場に佇むことができなくなった。巨大化していく黒い獣が、イレーヌの鼻先で輪郭を広げていく。大きな瞳は1メートル以上、口元は5メートルはあろうか。獄炎が宿る口内はイレーヌを飲み込むほど大きく、びっしりと生えた牙は一本が2メートルはあるだろう。イレーヌなど一口で飲み込まれてしまうだろう。噂に聞いたことのある火山の火口に、そのまま飲み込まれるような、底なしの溶岩の中に落ち込んでいくような。


「あ、あああああああああああああああああ……」


 風よ、とイレーヌは魔法を使おうとした。


 緑色の光を身に帯びて、とにかくこの場から離れようとする。身が軽くなる魔法をかけて、最大出力で逃げ出し、空を飛び、この場から離れなくてはいけない。エルデンシオ王国に未練などない、街など放ってこの場から逃げるのだ。風を纏って全力で行けば、馬よりも速く駆けることができる。


 だが、できなかった。


 魔法を使おうとしたイレーヌは、脳天を鈍器で打たれて崩れ落ちた。

 黒い獣に目を奪われていたイレーヌは、後ろから近づいた気配に気づかなかったのだ。

 そうっと息を殺し、思いきり振りかぶったミツイの杖を避けることはできなかったのである。

 ガツン、と実に良い音がした。


「なんだ、呆気ねえの」


 死んだとすら思った戦いは、たった一撃で終わった。




  □ ■ □




 イレーヌを捕縛したミツイは、改めて目の前の光景を見やった。

 イレーヌが敷いた魔方陣の上には、十数人の人間が倒れている。石化が解けたということだが、あちこちに火傷の痕があることを考えると、どうやら彼らは火事の犠牲者であるらしかった。そもそもイレーヌは火事場泥棒だったのだ、だとすると火事自体もこの人員を確保するために行われた犯罪だったのだろう。

 魔方陣の光はすでに失われていた。天井から落下した瓦礫のために、陣が損傷を受けたためだろう。


「かなり時間かかったけど……これで、ハボックさんたちの仕事も一個解決なのかな」

「誰や、ハボックて?」

「衛視団の、団長さんだよ。おれが最初にお世話になった人……なんだけど。困ったな。この人たち連れていこうにも、衛視団に連絡とらないといけないだろうし」

「エル・バランに伝えて、任せてしまえばええやん」

「うん、まあ、そうか。……じゃあ、それはいいとしてさ。キャシー」

「なんや」


 マジマジとキャシーを見やり、ミツイは感心した声を出した。


 そこにいたのは体長2メートルほどの黒い獣だ。形状は犬に似ている。毛は長く、犬種としてはシベリアンハスキーに似ている気がする。つい先ほど、この十倍ほどの大きさまで膨れ上がったように見えたのは、ただの錯覚だったのか。判然とせずにミツイは首をかしげたが、崩れて空が見えている天井が、決して錯覚ではなかったと語っていた。


「犬だったのか……」

「犬やないて言うたやろ!魔獣相手になんちゅー言い草や!」

「魔獣?」

「魔法使いが契約する生き物や。まあ、ウチみたいに強力なんはそうはおらんけどな。魔獣と契約せんと、魔法使いは魔法を使えるようにはならん」


 ツン、と鼻先を上げて自慢そうに言う。姿は犬にしか見えないのに、出てくる言葉はキャシーの声と変わらない。


「犬なのに、どうやって喋ってんだ?声帯とか」

「犬やないて言うたやろがああああ!しまいにゃ食うで!?この姿なら火ぃ吐いて消し炭にできるんやからな!」

「おお、怖ぇえ」


 わざとらしくビビって見せると、キャシーは満足したように鼻を鳴らした。


「まあ、ええわ。魔方陣に盗られたせいで、エル・バランとの契約に使てた魔力がなくなったやさかい、この姿に戻ったんや。魔法使うのにいちいちお伺いたてんのはメンドイしなあ」

「?魔方陣に……。あ、じゃあ」

「せやな。石化してた連中についても、石化の魔力が全部吸われてもうたっちゅーことや」

「そうかそうか」


 理屈はよく分からないが、後でエル・バランに聞けばいい。そう思いながらミツイは改めて倒れた人の方を見やり……その中で、もぞもぞ動いている気配に気づいた。


「?」


 不思議に思い、近づいていく。するとそれは一抱えほどもある生き物だった。顔は爬虫類に似ている。丸っこい体をしているせいで、ミツイの知るどんな生き物にも似ていなかったが、鱗に覆われているため、犬や猫といった哺乳類には見えない。


「そういや、石化してたの人間だけじゃなかった気がする……、こいつも捕まってたのか」


 変な生き物だ、とミツイは思い、腕に抱えてみた。見かけよりも軽いらしく、ひょいと持ち上げることができた。せいぜい2キロくらいだろう。大きめのペットボトルよりも軽い。


「爬虫類だよなあ……、トカゲか?んー……?皮膜の、羽?」

「何をしとんのや」


 呆れたキャシーの声に気づいて、ミツイは改めて生き物を抱え直した。瓦礫の下敷きになったために、いろいろなものが積み重なっており、手に握っていた杖以外、荷物がどこにいったのかも不明だ。

空が見えるところを見ると、そうとう派手に壊れたらしい。よく瓦礫の下敷きにならなかったな、と安心していたところ、影が差した。


 人だ。下水道から続く部屋であったことからも、ミツイは自分がいたのが地下だろうと考えていた。それが、急に天井が落ちた……つまり、地上からすれば突然穴が空いたのだ。不審に思った者が様子を見に来たのに間違いない。

 ミツイは手を振り、「おーい」と声をかけた。

 エル・バランに連絡がとれればよし、無理でも衛視団のハボックに連絡がつけば……そう思ったのだが。


「うわぁあああああああ!!!!!」


 穴を見下ろした人間が、悲鳴を上げて逃げ出すのを見て、首をかしげる。

 ふと横を見れば、2メートルの自称魔獣が我が物顔で佇んでいる。

 もしかしたらこれは、いろいろと誤解されるのではないか。


 まずいかな、と冷や汗が流れるのを感じながら、ミツイは待った。石化から開放された人間を抱えて、落盤したばかりの穴の底にいるのだ、逃げようにも逃げられない。それよりはやってきた人間に事情を話し、保護を求める方が賢明のはずだ。




「なんで、こんな事態になってるのかは、後で聞こう」


 姿を見せた衛視団の団長、ハボックは、ミツイの顔を見て不思議そうに首をかしげた。凶悪な魔物がいると通報があり、駆けつけてみれば知り合いの姿があった。ほんの数週間前、3日だけ衛視だった男が、ハボックに向けてぶんぶんと両手を振り、無害をアピールしている。横にいるのは確かに凶暴そうな魔獣であったが、ミツイが懸命に手を振るのを面白げに見やり、大人しくくつろいでいるのでただの大きな犬にしか見えない。


「なんで上がって来ねえんだ?」


 もちろん、出来ないからだった。




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル2

経験値:85/100(総経験値:185)

職業:盗賊

職歴:衛視、魔法使い、掃除夫


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