12.ミツイ、掃除夫になる(その2)
王城の宝物庫は、王族の助けがなければ扉が開かない作りになっているらしい。
宝物庫を狙うイレーヌは、そのための手段として王族に近づこうとするはずだ、というのがエル・バランの見解であった。
「おれの仕事だけ負担が大きいと思うんだよ」
「清掃と見張りだ、危険はないだろう」
「武器一つないんだぜ!?『解呪』の魔法文字は感謝してるけどさ、それだって守り袋の中だから、安全だと思えなきゃ取り出せないし!」
「別にそれは強要していないが……」
「外に出してたら掃除できねえじゃん!後、失くしたら嫌だ」
エル・バランの助手として城入りを果たしたミツイは、エル・バランの部屋の続き部屋を与えられた。この部屋は来客用に用意されているもので、別にエル・バラン専用のものではないらしい。
イレーヌを警戒するため、エル・バランが提案したことは、宝物庫へ続く廊下の掃除であった。廊下の掃除担当となれば、ごく自然にこの場にいることが可能であり、常にイレーヌを警戒できるというわけだ。宮廷魔術師であるエル・バランは、城にいるといろいろと仕事を回されるらしく、実質見張りはミツイ一人で行っている。
夜中はもともと常駐の見張りがいるから、ということで、ミツイの担当はそれ以外の時間だ。城に上がって3日こうして部屋に戻ってくるたびにエル・バランへ不満をぶつけているわけだ。
「魔法まで使うようなねーちゃん相手に、おれ一人っていうのがおかしい!」
「それについての説明は行っただろう。イレーヌには魔法以外の攻撃手段はない。『解呪』ができれば無力化できるし、なによりも『解呪』が効けば宝剣の力は失われ、宝物庫を狙う理由もなくなる」
「おれ一人じゃ取り逃がすじゃねえか!せめても一人くらい戦える助っ人はいねえのかよ!」
「いない」
端的に答えられて、ミツイはそれ以上の反論に詰まった。
「魔法文字を所持している以上、並みの騎士では足手まといだ。加えて、宝物庫前という立地から、不適当な者を置くわけにはいかない。廊下外については定期的に巡回が回ることになっているしな、何かあったら声を上げれば彼らが突入してくる」
「ぐぬぬぬぬ」
「期待している」
「うぐっ……」
穏やかに言われ、ミツイは悶えた。反則だ。なんでこの人美女なんだ。胸は貧どころか無、というか、やっぱり男なんじゃねえかと疑っているのだが!
そういえばキャシーも衣装のせいでサイズがよく分からないが、見かけが中学生だからその程度だろう。ケイトはクラシックメイド服なので、ミツイの妄想的メイドとは外れるが可愛い外見なのでよしだ。職業紹介所のエレオノーラは、スタイルも顔もピカ一なのだが、いかんせん隙がなくうっかり胸元見たあかつきには軽蔑のブリザードが吹き荒れそう、という理由であまりマジマジ見ることができない。
脱線しかけた頭を振って、ミツイはぼやいた。
「あーもう、分かったよ。やりますよ、やりゃいいんだろ……」
敗北を感じながらミツイはため息をついた。元々仮眠をとりにきただけだ。真夜中の見張りに加わるべく部屋の入り口へと向き直ったところで、エル・バランが口を開いた。
「昼間の件で、王子殿下がぜひ話したいことがある、とのことでな」
「……へ?」
「イレーヌとどこで遭遇したのか事情を尋ねたところ、助けてくれたおまえになら話してもいい、と仰せでな。……すでにいらしている」
「はあああああ!?」
やあ、とばかりに片手を挙げてにこやかに微笑む美少年が姿を見せたのはその直後だった。現れたのはよりにもよって、ミツイが部屋として与えられていた続き部屋の中からだ。ミツイがエル・バランに抗議している間、ずっと待機していたらしい。
昼間とは服装が異なり、豪奢な装飾は控えめだが高価なものであることは一目で分かる。萌黄色の上着に金の刺繍がふんだんにほどこされており、身のこなしも優雅だった。背の高さはミツイに及ばないが、すらりとしたスタイルの良い美少年である。年齢はミツイよりも若干下であろうと思われた。
「暇なのか」
「そうでもないよ。僕はけっこう忙しい。盗賊にあやうく身柄を奪われそうになった矢先だしね、護衛なしじゃ城内を出歩くこともできない有様だよ。その上、命の恩人は平凡そうな男だし」
「そりゃ気の毒に……?」
「まったくだよ。エル・バランの助手って聞いたらどんな美少女かと思うじゃない。それが世継ぎの王子の命の恩人!燃えるよねー、身分違いの恋を楽しむには絶好のチャンスだったのにさ」
「……は?」
「先々代が後宮制度を廃止したせいで、僕は側室を迎えることもできないんだよ。王妃となるとさすがにそこいらの女の子ってわけにはいかないし。愛人として囲うには、子供が出来てもでしゃばらず、身分違いを理由に身を引くような奥ゆかしくてかつ一途な女の子が希望だし。てか、下手に美貌に生まれつくとプライド高いからさ、そんなのに手を出したら王妃にしろってことになるじゃない。さすがに僕も国を傾ける気はないから、能力ない娘を迎えるわけにはいかないのにさあ」
「待て待て待て待て、王子さん!ストップ、それ以上言うな!美少年が台無しだろ!」
「僕が美少年なのは母上が美人だからであって、僕の功績じゃないしね」
「うわあああああ、なんてがっかりなヤツなんだ……」
「僕もどうせなら、も少し気楽な貴族の家にこの顔でもって生まれたかったよ。さぞかし楽しい人生だったろうに」
はあ、とさも沈痛な面持ちでため息をつく王子に、ミツイは呆れ果てた。
「……こんなんが世継ぎなのか、この国は。大丈夫なのか」
「不満を抱えても実行に移すほど馬鹿じゃないから、大丈夫なんじゃないの」
「いや、おれはいろいろと心配だぞ」
「……そのくらいで」
静かな声でエル・バランが口を挟むと、王子は楽しそうに笑った。
「まあ、そろそろ本題に入ろう。君も知ってのとおり、僕は今日、盗賊によって石化の憂き目にあった」
「お、おう。ちっとも深刻そうに聞こえないけどな」
「いやいや、相当に大事だよ。何しろ僕は世継ぎの王子だ、それを石化……まあ、死んではいないにしろそれに準じる扱いだよね、生きているとは言えない状態なんだから」
「……だよな、うん。改めて聞くとヤバイよな、石化って」
「と、いうわけで。件の盗賊にはすでに死刑級の罰を与えることが可能だ。一応、建前としては背後関係を探るためにも生かして捕らえたいが、殺してしまっても問題はないってことだ」
「……あ、ああ……」
「けど、僕としてはぜひとも生かしておいて欲しいからさ。そのために君に情報提供しようと思う」
「生かしておきたい、って、その理由は?やっぱあれか?こう、むやみに死なせたくない、みたいな……」
「あの子、美少女だったよね」
「……」
「手配書の絵を見せてもらったよ。僕は顔を見てないのが残念なくらい美少女だ。ぜひ間近で見てみたい。屈辱に震える顔とかさ、させてみたいじゃない?」
ミツイはエル・バランを見やった。彼女は端正な顔立ちを歪めもせず、わずかに目をそらしている。
「生きて捕まる方が気の毒な気がしてきたのはおれの気のせいか?」
ずい、と身を乗り出して王子は笑う。
「あの盗賊はね、本当は妹を狙ったんだよ。魔法文字の紙は妹の部屋に置かれていて、それを見つけた妹が、僕のところに持ってきた。侍女には読めないのを知られたくなかったんだろう、『なんて読むの?』と聞いてきた。答えようとして僕は石化したわけだ。さっき確認してきたところ、僕の石化は瞬時ってわけじゃなかったらしく、『メドューサの瞳、だね。……いいか、この紙は僕が預かる。すぐにエル・バランを呼んでくるんだ。それと、この件については他の者には言っちゃいけない』と、僕は言った、と妹は言ってた。石化中だってのに、冷静な判断に自分で感心するけど、肝心の僕はそのあたりの記憶がない。全身石化のせいで忘れたのか、あるいは術に嵌ってからの記憶は残らないものなのか、よく分からないが……」
「メドューサのひとみ?」
「石化魔法の正式名称だ。魔法はそれぞれ根源となる魔獣の名がついている……が、魔法についての講義はまた後ほどにしよう。時間がない」
「あー、うん。わかった。それじゃあ、結局、王子さんも妹姫さんも、イレーヌの顔も見てないのか」
「……王女殿下が自分を呼びにいらした後は、王子が行方不明ですでに騒ぎになっていて、その場に魔法文字の紙はなかった。王子が術に落ちた直後にイレーヌが潜入、王子を連れ去ったんだろう」
「でも、それじゃあイレーヌは近くに潜んでたってことにならないか?妹姫さん狙ってたんだったら、そっちにいたはずのに」
「王女殿下が自分を呼びに向かってから往復までにどのくらい時間があったのかは分からないが……」
「そういや、王子さんの部屋には誰もいなかったのか?目撃者になりそうなヤツ」
「いないね」
王子は首を振った。
「妹が内緒話をしに来た、という状況なら、僕も気を使って侍従を下がらせるくらいはする。あの時は、妹が一人侍女を連れていて、妹に頼まれて僕は侍従を下がらせ……、た?」
「その侍女は?!」
「どうだったかな……、その場にいたかもしれない。エル・バラン、あなたを呼びにきた妹は侍女を連れていたか?」
「いいや、お一人だった。だからこそ、急ぎなのだろうと思い、すぐに駆けつけたわけだ」
「ならば、あの侍女はイレーヌを見ていてもおかしくはない……そういや、見慣れない顔をした侍女だったな」
「王女殿下に事情をお聞きしたほうが早いか」
立ち上がりかけたエル・バランへ、ミツイは首をかしげた。
「むしろその侍女が怪しいんじゃないか?」
王子とエル・バランの視線を受けて、ミツイは居心地悪い思いで肩をすくめた。王子が不満そうに答えるのへ、ミツイは答える。
「城の侍女は、しかるべき身分のある者ばかりだ。世継ぎの王子や王女に害を及ぼすような者はいない」
「いや、だからさ。偽者の侍女ってことは、ないのか?イレーヌが変装してたとか。本物の侍女さんなら、怪しくないかもしれないけど、たくさんいる侍女を全員知ってるわけじゃないだろ?」
「……」
「あー、いや、勘違いだったら悪いんだけどさ。妹姫さんの部屋にもともと仕込んであったなら、世話係の侍女とかが気づいてもおかしくなかったろ?けど、侍女さん本人が、こっそり妹姫さんに『あれ、こんなお手紙が』って見せたんだったら、確実に狙い通りになるじゃねえか。まあ、妹姫さんには読めなかったみたいだけど……」
「そんな都合のいい……。妹だって知らない顔が近づいてきたら不審がる」
「いや。宝剣の魔力が発現していれば可能だろう」
「なん……?あの宝剣は、ただの護り刀だってあなたが言ったんだろう?」
「左様。だが、使い方によってはあり得るのだ」
不満を浮かべた王子へ、エル・バランは淡々と答えた。
「あの宝剣は、持ち主の身を護る、という力を持っている。他者を傷つけるのには向かない品であるため、危険は少ないと申し上げたが、身を護るには精神的なものも含まれる。他者からの不審、疑惑、嫌悪といったもの……そういった害になるものを遠ざける力があるのだ。害意を持たなければ傷つける可能性は低くなるからな」
「……そのせいで、妹は相手を不審に思わなかった?」
「あくまで可能性だが。魔法具である以上、力が発現していても外からそうとは分からない。王女殿下が気づかなかったとしても殿下の落ち度とは言い切れない」
「?魔法具?魔道具とは違うのか?」
「説明は後回しだ、ミツイ」
エル・バランは一言でミツイを黙らせると続けた。
「イレーヌが盗賊をする上で、あの宝剣の力は大変頼もしいものだろう。調子に乗ってさらに宝珠を狙っている今のうちに捕らえる必要がある。あの品は元来、短剣が二本と対の宝珠が一つというアイテムだ。宝物庫にある対の宝珠は、宝剣に力を与えている魔獣本体が封じられている。持ち主を護る、というその力、魔獣ごとイレーヌに奪われれば、エルデンシオ王国の国力程度ではイレーヌを捕まえることはできなくなるだろう」
「……」
神妙な顔をする王子と、困惑するミツイ。
「幸いなのは、あの宝剣は欠損部位のある品だったということだ。故に力は万全ではあるまい。まあ、修復のため自分が預かっていたという事情があるのだが」
「……もう一本は、姉上がお持ちのはず。そちらにイレーヌが向かうという可能性は?」
「ある。だが、それこそ持ち主を護るという力が発現していれば、イレーヌからも護るだろう」
「了解した。……探させよう。妹が連れていた侍女の顔に覚えのある者がいるかどうか、それと……もしその仮定がありえるとしたら、本物の侍女がなんらかの形で妹のそばを離れるようにされていたはずだ」
唸るような声を漏らしながら、王子はミツイへ向けて言う。
「頭が弱いのかと思ったけど、さすがにエル・バランの助手だね。少しは頭が回るんだ」
「褒めてねえだろ、それ!?」
「いやいや、褒めてるよ。絶賛だ」
優雅に一礼し、王子は部屋を出て行った。硬質な表情を浮かべているとさすがに美少年である、絵になる。
「じゃあ、おれも見張りに戻るかなあ。くそう。この世界に来てから、一度も惰眠の幸せを味わってねえよ」
今度こそ部屋を出ようとしたミツイへ、エル・バランが口を開いた。
「端的に、魔法具について説明しておく。魔道具が毎回魔力をこめて動かす道具であり、一般大衆でも使用できるよう調整されているのに対して、魔法具は常時その魔力を発現するように作られたアイテムだ。使用者が魔法を使えなくても効果を示す一方、形状に損傷を与えるだけで、その魔力は発現しなくなる。『解呪』を与えることで、完全に無力化できるはずだ」
「けど、イレーヌって石化魔法と風魔法も使うよな?」
「石化魔法については、おまえが読めない限りは無効だろう?」
「えー、でも、おれ、さっき、王子さんが言ってた言葉、覚えちゃったんだけど……」
「……ならば『解呪』の紙を己に触れさせれば、発現しきる前なら間に合うはずだ」
小さく眉根を潜める顔を見やり、エル・バランが自分を連れてきた理由が分かった気がした。
「なあ、エルさん。メドューサの瞳っつったよな?それがあの魔法の名前なのか?」
「そうだ」
「メドューサって、蛇頭の化け物のことだろ?こっちの世界でもそうなのか?」
「大筋間違っていない……が、ミツイの世界にもいるのか?魔獣が?」
「いや、いないよ。ただの伝説だし」
メドューサといったら、ギリシャ神話に出てくる化け物である。詳細は忘れたが髪の毛が蛇で出来ており、顔を見たものを石化する力を持っている。別に神話に詳しいわけではないミツイがこの化け物を知っているのは、ひとえにゲームなどに出てくることがあるからだ。
「……けど、そっか」
見たものを石化させる魔法『メドューサの瞳』。それが石化魔法の正体ならば、対抗する手段はあるかもしれないとミツイは室内を見回した。