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異世界リクルーター  作者: 味敦
序章
1/65

プロローグ

 じりりりりりりりりりりりりりりりりりり


 けたたましく鳴り響く音に跳ね起き、おれは青ざめた。

 手元の携帯電話を確認し、まさかの時間に首を振る。

 いやいや、きっと気のせいだ、見間違いに違いない。

 一縷の望みをかけてもう一度見返し、駄目だ、見間違いどころかさらに1分過ぎてしまった。

 どうしよう、どうする、何か思いつけ、おれ!

 必死に自分に言い聞かせても駄目だ、駄目に決まってる。何しろ毎日のことなのだ。

 とにかく着替え、とパジャマ代わりに着ていたスウェットを脱ぎ捨て、白いシャツに袖を通す。学校指定の制服はこういう時には便利だ。何も考えずに済むから。制服のズボンを履きながら上着を目で探すが、駄目だ、見つからないので今日は無しで行こう。

 携帯電話を引っつかみ、デスクの上に置きっぱなしの財布を尻ポケットに突っ込み、薄っぺらい学生カバンを手にして部屋を飛び出す。


「ちょっと、アキラ!いつまで寝てんの!」


 母親の罵声が聞こえた気がするが、気のせい気のせい、というか気にしてられない。


「起きてるよ!」


 つい3分前までは確かに寝ていたので、反論はそのくらいにして階段を駆け下りる。

 途中で一段踏み外して腰を打ったが、よろよろと立ち上がるおれにはもはや母親の言葉など届かない。


 最後に会話をしたのがこんなんで、おれの人生ってどうなんだろう、と後悔するのはずっと先のことだ。




 おれの家は学校まで徒歩20分の位置にある。

 早起きが苦手なおれが、近いという一点のみで選んだ学校であるからして、近くないと困る。

誤算だったのは自転車通学の禁止だった。自転車をかっ飛ばせば5分で着くんじゃないかと目論んでいたおれの狙いは、「自転車置き場の数が限られているため、一定距離以上の遠距離から通学している生徒に限る」という校則によって打ち砕かれた。なんてこった。


 昨年4月に入学してから1年と1ヶ月、おれの遅刻記録は不定期更新中だ。寝坊記録の方は随時更新中なのだが、なんとか遅刻にならずに済む日があるのは、ひとえに横を歩くこの女のせいである。


「あー。また寝坊したの?頭、ヒッドイことになってるよ?」


 くすくすと楽しそうな笑みが降ってきて、おれは顔をしかめた。

 何しろ起きて3分で飛び出してきたのだ、顔も洗っておらず、髪も梳いてない。寝癖がついてグチャグチャなのは今さらだ。はじめからそうだと開き直っているので、洗顔セットと歯ブラシを学校に常備してるくらいなのだ。

 この女、四之宮シノミヤ智里チサトはおれの家から5分くらいのところに住んでいて、どうした具合か小、中、高と同じ進路を進んでいる。


「うるせえ。今はモヒカンがトレンドなんだよ。ベッカムをリスペクトしてんだよ、文句あるか!」

「古っ……」

「いいだろ、べつに!昨日はサッカー中継についつい夢中になってだなあ」

「だいたい、ベッカムが人気あったのは、彼がイケメンだからであって、ソフトモヒカンだからじゃないよ?

 理由までは言及しないけど、三井ミツイくんには似合わないと思うけどなあ」

「くそう。遠まわしにイケメンじゃねえ、って言ってるだろ、おまえ」

「あははは、ゴメン、ゴメン」


 軽い謝罪が返ってくるが、別に悪いとは思っていない。まあ、おれとしても自分がイケメンだとは思っていないので、よしとするが。男が傷つかないと思ったら大間違いなんだからな?コノヤロウ。


 おれと一緒になるということは四之宮も遅刻ギリギリのはずなのだが、こちらは要領よくぎりぎりセーフ、というギリギリ違いだ。誤解しないでもらいたいが、別にいつも一緒に通っているわけではないので、念のため。


「その調子じゃ、進路希望調査書のことなんか忘れてるでしょう」

「あー?あったっけ、そんなの?大学名でも書けって?」

「別に大学じゃなくてもいいだろうけどね。そういや三井くんって、将来の夢とかあるの?」

「あるぜー?小さいころには漫画家とか、医者とか、サッカー選手とか。ああ、魔王とか書いたこともあったな」

「……ぜんぜん本気度が足りないってことは伝わったけど」

「ちなみに漫画家は、絵が今ひとつ下手なんで諦めた。医者はなあ、人の命を預かるってちょっと勘弁してもらいたいよな、死んだらおれのせいってゾッとしねえし。サッカーは、ぶっちゃけ見るのは好きだけどやるのはなあ、そもそも運動部にも入らなかったわけだしな」

「え、じゃあ、あとは魔王?三井くんが王様の国って、住みたくないかも……」

「うるせえ。おれだって為政者の器じゃねえのは知ってるよ。ってか、そこだけ真面目にとるなよ!?」

「それに魔王じゃ、そのうち勇者に倒されちゃうんじゃないの?」

「だから分かりにくいツッコミすんなよ!?」


 おれの学校では、高校二年に上がったところで進路希望調査書なるものを書く。

 まあ、だいたいは大学名とかを書くことになってるんだが、なりたいものがはっきりしてるような人間は、職業名なんかを書いたりもするらしい。


「将来の夢、かあ……」


 改めて言葉にすると、なんだか気恥ずかしい。

 こう、甘酸っぱい響きというか、青臭い春の気配がするというか。


「四之宮はあるのかよ?」


 参考までに聞き返してみると、四之宮は思いのほか真面目な顔で考えこんだ。


「いちおうね、志望大学名は書いたけど」

「一応?」

「……正直なところ、なりたいものなんてハッキリしてないもの。大学に進んで、就職活動して……、そのころには、何かが見えてるといいなあ、みたいな、そんな漠然とした感じ。人のこと笑えないよねえ」

「……ふうん?」


 少なくても考えてみた、という時点で、おれより一歩先を行ってる気がする。


 進路希望調査書を書かせた先生には悪いけど、おれは毎日楽しく学生生活ができればそれでいいし、目の前の試験だの、目覚まし時計だのと戦うので精一杯なのだ。

 適当なレベルの大学に進んで、適当なレベルのサラリーマンになって、お嫁さんもらって子供作って。まあ、そんなところだろうか。その平凡な人生を、本当に望んでるかどうかについて詳しく考えたこともない。


「とりあえずサラリーマンて書いておくかなあ」

「昨今の不況の中、正社員として採用されるためには、志高く技術を身につけていないとそもそも採用もされないみたいよ」

「だから真面目にツッコむなよ!?」



 

 ぱしゃん、と水が跳ねた音がした。


「ん?」


 近道のために公園を抜けようとした時だ。

 昨日、雨なんか降ったかな、と足元を見下ろしたおれは、予想と反して水溜りがなかったことにわずかに違和感を覚えた。

 地面はただの土だ。公園だからして整地はされているし、石ころがゴロゴロしているわけでもない。

気のせいだったかと再び顔を上げたおれは、目の前の景色に目を見開く。


 黒い。


(やべえ、貧血か!?朝飯抜いたのが祟ってる!?)


 起き抜けに全力疾走なんかすると、たまにあるのだ。足元から血の気が失せて、一気に目の前が暗くなることが。

 こういう時は立っていると危険だ。しゃがんで、しばらく休めば元に戻る。


(つか、ダセェ。今どき貧血って、高校生にもなって、しかも男で!!うわあ、かっこ悪……)


「どうしたの?急がないと本当に遅刻……」


 四之宮の声が遠い。

 しゃがんだかどうか、自覚のないまま、おれの意識はフェードアウトしていく。


(あー、やべえ。つか、こんなことになるなら、家で寝てれば良かった……)


 間違いなく、遅刻だ。跳ね起きた意味も、急ぎ足で学校に向かった意味もなかった。

 何に対する後悔なのか、自分でも判然としないまま。


 おれは……




 それきり意識を失い、この世界から消えた。

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