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微笑み。  作者: TYPE/MAN
9/23

9 再びの時

「なぁ、仕事終わったら飲みに行かないか?」

「私を誘ってるんですか?」

 タイト広告の営業部、向かい合ったデスクから顔を覗かして美加が聞き返した。

「君以外に誰がいるって言うんだい」

「あら、部長がいるじゃない。私はてっきりあの人にゴマすってるのかと思ちゃったわ」

 美加はいつもの調子で角にそう言った。言われた角もその冗談には苦笑いを浮かべて弁解するしかなかった。

「俺が部長を誘うわけないだろう。僕が一緒に飲みたいのは君なんだ」

「それもそうね。ちょっと待ってって、今予定見てみるから」

 美加はそう言ってケイタイを取り出して《スケジュール》の欄を開け、本日の予定をチェックし始めた。

「今のところ予定はないって感じかな・・・・・」

「じゃあ、誘っても問題ないのかな?」

角が微笑みながら確認する。

「そうですね。今日は特別に付き合ってあげますよ」

「はは。それじゃあ僕のいつも行ってる店でいいかな?」

「もちろん。おごってくれるならどこへでも行きますよ」

 美加はイタズラっぽく笑って答えた。

「そういえば、遠野君はどうしたんだい?」

 美加の隣り、一也の席が空いてることに気づいた角はそう言って美加に尋ねてみた。

「ああ、何でも体調が悪いとか言ってたんですよ。それで二・三日休みたいって」

「珍しいね、彼が休むなんて。体調管理とか凄くマメな感じなのになぁ」

「その割にはいつも気分悪そうに俯いてますけどね」

 笑いながら会話をしていると、部長の内山が角を呼びつけたので続きはお店でということになった。美加は心なしかつまらなそうな表情で角が内山の所に行くのを見つめていた。

 そこへ、美加のバックに入っているケイタイがブルブル震え始めた。

「電話だ。誰だろう?」

 美加は廊下に出ると通話ボタンを押して話し始めた。

「もしもし」

「俺だ」

「あら、珍しい。こんな時間に連絡くれるなんて」

「そんな時だってある。それで、悪いが今日は会えない」

「別にいいわよ。どうせ他の女でも捕まえて楽しんでるんでしょ?そうだろうと思って会社の人と飲んでくるから」

「怒るなよ。こっちは大事な仕事なんだ、この前言っただろう」

「冗談よ、わかってる。でも死んだらほかの男へ転がり込むってことは覚えておいてね」

「ああ、よく覚えとくよ」

 電話を切って美加が部署へ戻ると角が椅子に座っていた。どうやら内山から開放されたらしい。その証拠に手には帰り支度を済ませた鞄とコートが握られていた。

「さぁ行こうか」

「ええ、行きましょうか」

ケイタイを鞄に入れて美加は、角と共に早々と営業部を出て行った。

「デスクあのままでいいのかい?」

角が帰り支度を全くしなかった美加に尋ねた。

「明日は片付いてる隣の机を使うつもりだから」

 美加はいたずらっぽくそう答えたのであった。



 一方、美加にそんなことを言われているとは夢にも思ってない一也は、慎重に屋敷内を進んでいた。

 屋敷の中には庭内以上の監視カメラと使用人・ガードマンといった人間が多くいる。いかに一也が凄腕とはいえ、透明になる力でもない限り誰にも知られることなく綾乃を探して回ることなど不可能である。かといって、この邸内にいる人間を皆殺しにするわけにもいかない。

 こいつは面倒だな・・・・。

 一也はカメラがない部屋の中に入ろうと近くの扉を細く開けては、誰もいないことを確認して素早く中に入った。

部屋の中は明るく、きちんと整理されてた一室だった。一也は部屋の中を隈なく詮索した。テレビにベット、簡易キッチン。中を開けるとブラックで統一された使用人の仕事着がきっちりと納められているクローゼット。ここは使用人の控え室のようだ。

さぁて、これからどうしたものか・・・・・。

部屋の扉に鍵を掛け、いかにも高級そうな椅子に腰を下ろした一也は次の手を考え始めた。しばらく考えるとゆっくりと持っていた拳銃を抜いては安全装置を外したのであった。


深夜0時、二人のガードマンがいつも通りの定時巡回を開始した。

「今日も安全だな」

「ああ、全くだ。それよりこの寒さどうにかならないのかねぇ」

「同感だ」

 廊下を二人のガードマンが話をしながら歩いてゆく。

「しかしあれだな、この屋敷の警備といったら気楽でいいな」

「最新のセキリティシステムを持った屋敷だから。きっと俺たちがいなくても安全なんだろな」

「まぁ問題があるとしたら、俺たちのご主人様の娘への溺愛っぷりくらいなもんだ」

「はは、あれは異常なんだよ。部屋の前に二人もガードマン立たせるなんて、普通は考えないね」

 二人の声は足音と共に静かな屋敷内に消えていく。

「それじゃあ俺はこちらから・・・・」

「了解だ。俺はこっちから行くよ」

 そう言って二手に分かれて邸内の巡回を続行した。運命という物が存在するならば、二人の運命はここで分かれたのであろう。

「異常なぁし」

 一人になったガードマンは鼻歌混じりに各客室の扉を開けて回る。

「全く持って平和だねぇ・・・・」

「ああ、全くだ」

 ガードマンが声を上げるよりも早く、首筋に冷たく光るナイフが突きつけられた。そのナイフを握っているのは黒の仕事服に身を包み闇夜と同化した一也だった。

「ひぃっ」

短い悲鳴を上げると首筋から微かな血が流れ落ちる。

一也は客室で身を潜め、屋敷の中で活動する人間が最小限になる深夜まで待っていたのだ。暗い廊下をライト一本で巡回していたガードマンを見つけては、好都合だと言わんばかりに後ろから忍び寄ったのだ。

一也は恐怖で固まっているガードマンの耳に小さく囁いた。

「今から言う所に案内しろ」

「は、はい」

 ガードマンの喉元にナイフを突きつけたまま、一也はゆっくりと歩き出した。



ここはどこだ・・・・・。真っ暗だ、何も見えない・・・・・。


 意識を取り戻した真二は、目隠しをされた状態で、両足両手はしっかりと見えない何かで動けなくされているた。さらに真二を驚かしたのは自分がどうやら服を着ていない、裸だということだった。

 どうしてこのような状態になっているのかわからないまま、真二は体を無理やり動かそうとしたがその抵抗は全くの無駄に終わった。後頭部に激しい痛みが残っていることに気が付いたのはその後だった。そしてその痛みを思い出すと同時に、気を失う前の記憶が徐々に甦ってきた。

 確かキッチンで物音が聞こえて、突然誰かに殴られて・・・・・。

「おやおや、お目覚めかい」

 その突然耳に飛び込んできた声に真二は体をビクつかした。

「だ、誰だよ?」

「悪いけど、君の服は僕が借りてるよ。風邪引いても僕のこと恨まないでね。ひゃはは・・・・」

 真二はその楽しそうに喋る声が自分の聞いた声だとわかるのに、そう時間はかからなかった。

「何笑ってんだよ!お前こんなことして俺をどうするつもりなんだよ?」

 そう叫んだ次の瞬間、堅い物が真二の顔面を強く叩き付けた。

「君には聞きたいことがあるんだよ。叫んだり、逃げようとしたら殺してやるからな」

 真二は震えた。体全体が、心の奥底から震えた。視界と体の自由を奪われて、全く抵抗の出来ないこの状態で、真二は体の震えが止まらなかった。“死”と言う言葉が頭の中を埋め尽くした。恐怖という闇が心を掴んで離さなかった。何をされるかわからないという恐怖は真二を底なしの闇へと突き落とした。

「震えちゃって、怖いの?男のくせにかわいいねぇ」

 笑いを含みながら声の主が言った。真二には目隠しでその姿は全く見ることが出来ない。

「しかしさぁ、ここの屋敷ってマジで広いな。こう広くちゃ探し物も見つからないよぉ」

「さ、探し物?」

「そう、こっちがいくら待っても出てきやしねぇ。そこで君に聞きたいわけさ」

 そう言って声の主が真二の額に堅いものを押し付けた。真二はすぐにそれが何であるのかわかった。

「一度しか言わないぞ。よく考えて答えるんだ・・・・」

 額に拳銃押し付けられて冷静な考えなど出来るわけないだろ。

真二は心の中で相手に叫んでやった。声の主は苦難の気持ちで歪む真二の表情を楽しそうに見つめながら、質問を始めたのであった。



自分以外に誰もいない部屋で、綾乃は一人静かに泣いていた。

初めのうちは自分でも涙を流しているということに気が付かなかった。それほどまで意識を集中していということに綾乃自身が驚いてしまった。しかし、綾乃はその涙を抑えられなかった。綾乃の記憶にあるその声が心の中に響くたび、また一粒の涙が頬を伝って落ちてゆく。

 その声は余りにも哀しいものだったから、その哀しみが何よりも深いものだったから・・・・。

その声に綾乃は涙という想いでしか応えることが出来なかった。

 泣いている綾乃の耳に不意に何かの音が飛び込んできた。廊下へ通じる扉の向こう、そこから何かが倒れた様な音を綾乃は確かに聞き取った。人の声も聞こえた気がしたのだが、今その音や声は全く聞こえてこない。

「誰かいるのですか?」

 綾乃の問いにも返事がない。頬に残った涙を手で拭い、綾乃は手探りで扉へと歩き出した。

「・・・誰かいるのですか?」

もう一度、扉の向こうへと問いかける。その声に反応したのか、扉がゆっくりと開いた。その音を聴いた綾乃は「誰ですか?」と再度声に出して尋ねた。

 扉が開き、動かずに立っている綾乃には声を掛けずに後ろ手に扉を閉めて歩み寄る。彼女の立っている位置から三歩ほど離れたところで足を止めたのは、一也だった。

「あなたはだれですか?」

 綾乃は自分の前に黙って立っている気配に向かって言った。

「・・・・・・」

一也は答えず、黙ったままサイレンサーを取り付けた拳銃を取り出し綾乃へと標準を合わせる。綾乃も自分の前に立っている気配が動いたのを感じ取った。

「これで終わりだ」

「あなたは、あの時の・・・・・!」

 その声を聞いて、綾乃は瞬時に目の前の気配が誰なのか気が付いた。

「目が見えないのによく判るな」

「声を覚えていましたから」

 綾乃は自分の声が震えているのを自身の耳で確かに聞き取った。

「私を、どうなさる気ですか?」

「言ったはずだ、終わりだと」

 一也の指が引き金にかかり少しずつ力を込めていく。

 これで問題はなくなる。引き金を引いてこの拳銃から放たれる一発の弾丸が、この盲目の女の頭を貫くと同時に、女の命という炎が消えると同時に俺を知るものはいなくなる。正体がバレる心配もなくる。この喉の奥に引っかかった魚の骨のような違和感とも、これで本当にお別れだ。

一也の拳銃はピッタリと綾乃の頭に標準を合わせて動かなかった。

「あなたの・・・・」

 突然口を開き喋り始めた綾乃に、一也は一瞬ビクついてしまった。

「あなたの声は本当に哀しい声なんですね」

「・・・・またそれか」

「その声を聞けば、なんとなく判ります。あなたは、痛みを知っている人です。そして、あなた自身がどんな痛みを経験したのか、私にはわかりません。しかし、あなたはその痛みを他人に与えています。それはとてもつらいことなのでしょう。私はその痛みをあなたが一人で抱えているのがわかるから・・・・・。あなたの心が泣いている、私はそれがとても辛いんです」

 綾乃はそう言って顔を俯かした。その目にはうっすらと涙を浮かべている。

「それは、俺に対しての同情か?」

「・・・・・そうかもしれません」

「そんなものは必要ない。お前はここで死ぬんだからな」

 そう言って一也は引き金にかかった指に力を込めた・・・。




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