表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微笑み。  作者: TYPE/MAN
8/23

8 籠の中の鳥

長きに渡る更新延滞、誠に申し訳ありませんでした。

本日より活動再開します。皆様、よろしくお願いします。


 真二は自分の部屋に置かれた内線電話を憂鬱な気持ちで眺めていた。窓から見える日は高く、いつもなら昼食の時間で大慌てのはずなのに・・・・。

 真二は自室で一人、内線電話をじっと見つめていた。

「いくら吉田さんの頼みでもなぁ・・・・」

 憂鬱な原因、それは時をさかのぼること今日の朝の出来事であった。


 真二はいつもと同じ時間に綾乃の部屋に朝食を持って行っていた。まさに真二にとって至福の時間、恋する女性に会えるのだから真二は舞う羽のごとく軽快な足取りで歩いていった。

「お嬢様、今しばらくお待ちを・・・・。俺が、俺が今おいしい朝食を持って行きますのでぇ」

 弾みだす気持ちを抑えながらも真二は綾乃の部屋へとたどり着き、扉を軽く二回ノックした。しかし、いつになっても綾乃の声は聞こえてこなかった。普段なら「どなたですか?」「どうぞ」などといった返事がすぐに返ってくるというのに。

 真二は不思議に思いながらもう一度ノックしてみる。だが、やはり返事は返ってこなかった。

「どうしたんだろう?」

 真二はゆっくりと扉を開けた。

「失礼します、岡本です。お嬢様どうかなさいましたか?」

 部屋に入った真二は驚きで言葉が続かなかった。そこに居るはずの、そこに居なければいけない綾乃の姿がどこにもなかったからである。

「た、大変だ!!」

 次の瞬間、真二は朝食をトレーごと地面に落として部屋を飛び出したのであった。


 朝の出来事を思い出し、真二は綾乃が今この屋敷に戻ってきていることを幸運だったと思い返していた。盲目の少女が杖も持たずに歩いて帰ってくるなど不可能に近い。真二が考えるように、綾乃が屋敷に戻ってきたのは本当に運が良かった。


 プルルル・・・・プルルル・・・・。


 そこへ見つめていた内線電話が鳴り出し、真二は急いで受話器を上げた。

「もしもし」

「私よ、真二君。今部屋には誰もいない?」

 受話器から小さく密やかな芳江の声が聞こえてくる。

「はい。誰もいません。俺の部屋に人が来ることなんか滅多に無いですから」

「わかったわ。実はね、お嬢様のことなんだけど、あれっきり元気がないのよ」

「それは、そうでしょうね」

 そう答える真二の声も芳江同様、トーンの落ちた暗い声になっていた。

「私、やっぱり心配だわ。真二君お嬢様の様子見てきてくれない?」

「ええ!?なんで俺なんですか?吉田さんが自分で行けばいいじゃないですか」

「それが私いろいろ忙しくて・・・・。真二君は食事の準備から外しておいたから、時間あるでしょ?」

 芳江が初めからこうするつもりで自分を昼食準備のメンバーから外したのだと知り、真二は呆れながらもその願いを承諾したのであった。



「部屋からはもう出さない・・・・・かぁ・・・・・」

 綾乃は自室のベットに腰を下ろし、そう呟いた。

 朝の『秘密の外出』から帰って来れたことは綾乃自身本当に奇跡だと思っていた。頼りの杖をどこかに落としまった綾乃は壁伝いで歩いていた所、運良く警官が通りがかり親切にも綾乃を屋敷まで手を引いて案内してくれたのであった。もし、あの場に警官が通りかかってくれなかったら、どんなに時間を費やしてもこの屋敷に辿り着くことは出来なかったであろう。しかし、そんな奇跡の生還をした後、綾乃は宗雄から悪夢のような宣告されたのであった。


 その第一声は綾乃にとって痛恨の台詞であった。

「お前はもう部屋からは出さん!」

 机から身を乗り出す勢いで宗雄は言い放った。

「そんな・・・・・お義父様それはあんまりです!」

 綾乃は宗雄の言った『外出禁止宣告』に反抗の意を伝えた。

「何を言っている、約束を破ったのはお前自身だ!それがわかったいて言っているのか?」

「はい。確かに勝手な行動を取ったことは反省しています・・・・。ですが、外出を禁止するのはあんまりです!」

「知らせを聞いた私がどんなにお前を心配しことか・・・・・」

「そのことも十分わかっています。でも、それでも私は外に出たかったんです!」

「いい加減にしろ!!」

 宗雄の大声が部屋に響き渡った。

「お前は自分の立場がわかっていない!お前は盲目なんだ、目が見えないんだぞ。他の人間とは違うんだ、お前は劣っているんだよ!」

「―――― ! 」

「目が見えないお前がどんなに頑張ろうとそれは変らん。何のために案内を付けろと言っている。ハンデを持ったお前には保護が必要だからだ!」

 宗雄の言葉に綾乃は言葉を失い、ただ立っていることしか出来なかった。

「わかったら部屋でじっとしていろ。これ以上心配をかけるな。いいな?」

「はい・・・・」

 綾乃は小さく頷いた。

「わかればいい。部屋に戻ってなさい」

 そう言って宗雄は綾乃に微笑えんだ。

「はい・・・・」

 綾乃は宗雄の部屋を出て行った。その足取りは重く、引きずるようにして歩いていった。


 こうして綾乃は再び“籠の中”へと戻った。四方の壁に囲まれた一人の檻。窓の外からは見ることの出来ない景色が覗いているだけの闇の世界。望む世界を見ることも、感じることも出来なくなった綾乃は、羽を捥がれた鳥のようだった。

 しばらくするとその『籠』の扉をノックする音が綾乃の耳に届いた。

「・・・・どなたですか?」

そのままの体勢で綾乃は扉の向こうへと返事をした。

「岡本です。お嬢様にお食事をお持ちしました」

「岡本さん?どうぞ入ってください」

 そう言うと、綾乃は真二が扉を開けて入ってくるのがわかった。

「失礼します。お食事はいつもの場所に置いておきましたので・・・・」

「ありがとうございます」

 真二は食事を机の上に置き、その場から座っている綾乃をじっと見つめた。宗雄と綾乃の会話を聞いていない真二でも大体の内容は察していた。これからは外出など出来ずに再びこの部屋での生活を余儀なくされたのであろう。真二はそう考えて、さらに同情の念を膨らますと共に宗雄への怒りの念も燃え上がった。

「どうしたんですか?」

 真二がずっと動かないことに気づいた綾乃がそう尋ねた。

「お嬢様、元気を出してください。またすぐに外に出掛けられるようになしますよ」

 一介の使用人である自分が、こんなことを言うのはでしゃばっている様に真二は思ったが、綾乃の落ち込んだ表情を見ていると黙っていられなかった。

 真二のその言葉を聞いた綾乃は微笑みながら、「ありがとうございます・・・・」と返事を返したのであった。

 ああ、お嬢様・・・・。それはあなたの本当の気持ちですか?なぜ我慢をするのですか?俺なんかの力ではどうにもならないからですか?

 真二は満足できなかった。綾乃が本心からそうは思ってないのがわかるから、無理をしているのがわかるから、本当は外に出たいと叫びたいのがわかるから。

「お義父様に『外に出さない』と言われました。でも、私が大人しくしていれば、またすぐ外にいけると思いますから」

「お嬢様・・・・・」

「食事運んでくださってありがとうございます。今は、一人で居たいんです、ごめんなさい」

「はい・・・。失礼しました」

 真二はそう言って退室した。

 励ますことなど出来ない・・・・。自分にはその資格がない。彼女を外に出すことも、彼女の目になってあげることも、彼女の手を引くことも・・・・・。

 真二は自分が無力に感じて仕方なかった。

 真二が退室し、一人になった綾乃は再び自分の思考へと閉じこもった。どうして自分は外に出れないのか、盲目だから保護されているのは何故か。綾乃の頭に苦の感情が渦巻いてゆく。

「いや・・・・。ずっとこのままなんて、私・・・・外に出たい。自由になりたい。この『籠』から逃げ出して、自由な外の世界へ飛び出したい・・・・」

 綾乃はこのまま一生外に出れないのかと考えてしまうと、怖くて震えが止まらなかった。そんな考えから逃げ出すかのように、綾乃は別のことを必死で考え始めた。

「そういえば・・・・・あの人、あの人はいったい誰なのかしら?」

 頭の中に浮かんできたのは肩に残る僅かな手の感触と聞きなれぬ声だった。その思いは徐々に綾乃の思考を埋め尽くしていった。

「あの人の声、哀しい声だった・・・・・」

 日が傾き、冬の夜が寒さを増していった。部屋の空気が冷たくなるのを感じながら、綾乃は一人、終わりのない思考を広げていった。

『あの人は何者なのかしら?』

 綾乃は一人、ベットの端に座ったままその疑問と向き合った。

 あの人は誰なのか。あの人はどうして私を殺すと言ったのか。あの人はなんであんなに悲しそうだったのか・・・・・。綾乃は次々と浮かんでくる疑問に、やがて頭の中はいっぱいになっていった。

 一つの疑問からもう一つの疑問が生まれ、三つ、四つと増えていく。視覚以外で感じたものを整理して考える。しかし、綾乃にはその疑問全てが雲を掴むように遠く、実体のないものばかりだった。

 結局、綾乃が確信を持てることといったら自身の耳で聞いた『声』しかないということ。長時間費やしてわかったことはそれだけだった・・・・。

 声、それは哀しい声だった。子供が泣きじゃくるかのような声、それでいて静かに声を押し殺し泣く大人の泣き声、いくつもの哀しみが重なり合い波紋のように広がっていく声、綾乃はそう感じていた。

 綾乃は盲目になってから数え切れないほどの声に耳を傾け、それと同時に『聞く』ということに意識を集中して生活してきた。それが視覚で他人を確認することの出来ない綾乃の精一杯の努力であった。それゆえ綾乃は聴覚に対しては多少の自信があった。その耳が捉えた声、その声だけが綾乃とあの人を結びつける細い糸なのだ。

 そして綾乃は何度もその声を想い出し、思考の中で繰り返し聞き続けた。

 何度も、何度も、何度も・・・・。

 綾乃はその声を心の中に響かし、感じ取ろうと必死だった。

 何度も、何度も、何度も・・・・。

 綾乃はふと我に帰った。気が付くと、その頬に盲目の瞳から涙が流れ落ちていた・・・・。



「真二君、お嬢様の様子どうだったかしら?」

「そっとしておいた方がいいと思います・・・・。お嬢様、かなり落ち込んでると思いますよ」

 ここは調理室。芳江は夕食の準備を一通り終えた後、綾乃の様子を見に行ってもらった真二を呼び出してここでその内容を話してもらっているのだった。

「やっぱり、旦那様に言われたことが相当ショックなんでしょうね・・・。ああ、私はなんてバカだったんだろう。もしあの時止めていればこんなことにはならなかったのに・・・・・」

芳江は今にも沈みそうな声で言った。

「吉田さん」

 真二はうつむく芳江に声を掛ける。

「そんなことないですよ。お嬢様の為にやったことなんですから、吉田さんはちっとも悪くありませんよ」

「でも、この事がきっかけでもしお嬢様が一生外に出れなくなったら・・・・・」

真二は芳江が両手で顔を隠しながら泣いているのを見ていた。芳江はこの屋敷の使用人として誰よりも長く勤めている。そして、芳江は綾乃のことも同じだけ支えてきたということも、もちろん真二もそのことは承知していた。その芳江が綾乃のことで涙を流している。真二は宗雄に対しての怒りはさらに燃え上がった。

「俺、旦那様に抗議してきます」

 真二ははっきりとした声でそう言った。そう発言した。

「そ、そんなことしちゃダメよ!」

「こんなこと許されて言い分けないじゃないですか!」

「真二君だって知ってるでしょ。あの人が使用人ぐらいやめさせることに何の躊躇もしないことを、それにそんなことしてみなさい、きっとお嬢様だって心配するはずよ」

「吉田さん・・・・・」

「この事は後で考えましょ。さぁ仕事、仕事」

 そう言って真二を急かせる芳江は普段の表情に戻っていた。真二も芳江の言ったことも考えて、「わかりました」と言ってまだ残っていた夕食の後片付けをすることにした。

「キッチンのほうは自分がやりますから。吉田さんは部屋に戻って休んでてください」

「そんなこと言ってサボるつもりでしょ」

「そんなことしませんって!」

「はいはい。じゃあキッチンのほうは任したわよ」

 キッチンに行ってみると真二が思ったとおりまだ片付いてない食器やら料理器具やらが残っていた。

 数十分後、真二は芳江の言いつけ(?)を守ってか、サボることなく片づけを進めていた。

「ふぅ・・・・。だいぶ片付いたな、これなら誰も文句言わないだろう」

 腰に付けたエプロンを取ってキッチンの明かりを消してその場を後にしようとした、その時であった。

「うん?なんだろう今の音・・・」

 明かりを消したキッチンには誰もいないはず・・・。真二はそう思って自分の耳に届いた音を間違いと決め付けた。しかし、真二も好奇心というもの多少なりとも持っている。キッチンの明かりを再び点けて室内に入っていった。

「おーい、誰かいるのか?」

 声をかけてみるが返事は無し。

「やっぱりただの聴き間違いかな」

 真二はそう呟いて出口へと歩き出した。

 

 ゴト・・・・・。

 

「やっぱり―― !? 」

 物音に振り返った真二の視界は一瞬で黒く塗りつぶされ、やがて意識も失った。薄れゆく意識の中、真二の耳は微かながらも誰かの笑い声を捕らえていた・・・。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ