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微笑み。  作者: TYPE/MAN
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7 問題ない問題

 暗い部屋。暗く、重たい空気が充満する部屋、外の世界とは隔離された特別な空間。

一也は哲と会うべく、裏通りから入ることが出来るこの部屋で一人、椅子に座ってじっと待っていた。この場に座っていることに一也は苛立っていた。なぜなら、ここに来るのは“仕事を請けるときと仕事が終わった時だけ”一也はそう決めていた。しかし、今ここにいる理由は全くの別物なのだ。仕事で問題が生じたからここにいるのだ。一也はその事が酷く気に入らなかったのであった。

 不機嫌な気持ちを抱えたまま一也が待っていると、向かいにある入り口の鉄扉の鍵が解かれて外から哲が手に大きな鞄を持って入ってきた。

「待たせたな。お前が頼んだ代物を持ってくるのに手間取ってたら遅くなっちまった」

 哲はそう言って、持ってきた鞄を部屋に一つだけある机に置いた。

「開けてみな」

 哲に言われて、一也は無言でその大きな鞄を開けた。中にはバラバラに分解されケース収まった銃の部品が入っていた。一也がその部品を手馴れた手つきで組み立てていく、すると見事に黒く光り輝く二丁の拳銃が完成した。

「俺が持ってる中でも最高の銃だ。着弾速度と命中精度は共に一級品だし、発砲時のブレも最小限、サイレンサー(消音機)・レーザースコープも着装可能、次弾装填速度も申し分ない。お前の言った通り、これ以上の銃を俺は持ってない」

「ああ。こいつは確かに一級品の代物だ」

 一也はその二丁の拳銃を一通り見終わると再び分解してケースに収め始めた。

「・・・・しかし、お前がこんな注文をするとは思わなかったな」

 哲は一也の向かいに座って言った。

「心配なのかい?」

「心配?俺がお前を?何言ってるんだ、そんなことあるわけないだろう。お前は今やこの世界で一番の殺し屋だ。何を心配することがあるっていうんだ?」

「一番か・・・・。その一番の殺し屋も昔はミスばかりだったぜ」

 哲の言葉に苦笑しながら一也は言った。

「ああ、昔はな。だが今は違う」

「どうだかね」

「おい、どうしたっていうんだ?標的は仕留めてお前は見事に仕事をこなしたんだ。それとも何か問題でも起きたのか」

 一也の頭にその問題の女が浮かび上がってきた。そう、盲目の女の顔が。

「・・・・・仕事中、一人の女にバレた」

 一也は表情を変えず、哲と視線を合わさぬままそう言った。

「それだけか?」

「ああ。それだけだ」

「“それだけ”?それなら問題ないじゃないか。今からでもいい、俺の渡した最高の銃でその女を殺してくればいい。なにか問題が生まれたのなら、その問題を消し去ってしまえば問題じゃなくなる。そうじゃないのか?」

 驚きの表情で哲は、そっぽを向いている一也に言った。

「全くだ。その通りだよ。哲さん」

「判ってるじゃないか。いったいどうしちまったんだ?俺がガキだった頃のお前に教えてやったのはそんなことか?違うだろ。お前は完璧なんだ。失敗なんてしないし、そんな心配も不要だ」

「“必要なのは殺しのスキルと冷静さ。不要なものは成功への焦りと失敗への恐怖”・・・・だろ?」

「そうだ、その通りだ。何も考えるな。これがお前の仕事なんだよ」

「ああ、それもわかってる」

 一也はそう言って、哲の部屋から出て行った。哲はそんな一也を静かにただ見送るだけであった。


 自宅に戻ると叔父の良助が食事を心待ちにしており、一也は急いで台所に向かった。

「今日も残業で遅くなったのか?」

 良助が言った。

「うん。いろいろと忙しくてね。今進んでるプロジェクトが大変なんだよ」

「なぁにが『ぷろじぇくと』だ。こっちは腹が減って適わんよ」

 そう言って嘆く良助を見て一也は苦笑いして誤魔化した。

「テレビでも見て待っとるよ。今日の食事はなんじゃ?」

「じいちゃんの好きなお米だよ。おかずは魚」

「そいつはええな。・・・・ほぉ、《ヤクザ組員四名、路上で銃殺》か。物騒な世の中になっちまったなぁ。お前も気ぃつけろよ」

 テレビのニュース番組を見て良助がそう言った。一也はその言葉に無言で答え、机の上に出来上がった食事を並べ始めた。


 食事も済ませ、一也は洗い物も早々に自室へと戻った。

 ニュースを見る限る落ち度はない。一也は今回の仕事を思い返していた。あの場所に山波組の生き残りはいなかった。それは当然の結果で計画の一部だ。しかし、正体が知れたかもしれない人間は一般人なのだ。盲目者とはいえ警官に尋問されれば喋ってしまう可能性もだろう。

『問題があるのならば、その問題を消せばいい』

 一也の頭の中に哲の言葉が甦る。

「わかってるさ。そんなこと・・・・」

 一也は部屋の電気を消して椅子に座り、そのままゆくりと瞼を閉じた。眠れない夜を見ない為に・・・・・・。


 朝を迎え、一也はいつもどおりの時間に家を出た。いつもと同じ地味なスーツに使い古した鞄、寝不足のはずなのにはっきりと開いている瞼、いつもと同じだ。しかし、頭だけがいつもと違ってやたら重いのを感じていた。正確には思考が止まっているといったほうがいいかもしれない。特別なことではない。超人的な肉体を持った人間でも多少のことですぐ病んでしまうのを一也はよく理解している。

 一也はケイタイから会社に連絡を入れた。

「はい。こちらタイト広告営業部でございます」

 受話器から聴こえてきたのは近藤美加の声だった。営業用の声なのか、いつもの弾むような声ではなく静かな声に変っている。

「遠野です、おはようございます」

「あら、遠野君?会社に電話かけてくるなんてどうかしたの」

 電話の相手が一也だとわかると、美加はもとの弾む声へと戻って喋り始めた。

「申し訳ないのですがちょっと体調が悪くて、二・三日欠勤ということでお願いしてもいいですか?」

 一也は出来るだけ病気っぽい声でそう言った。

「そうなんだぁ。わかったわ、部長にはうまく言っとくね」

 美加は楽しそうにそう言って電話を切ったのであった。一瞬、部長の内山にどんないいわけも言っているのかと考えたが、あの近藤美加がまともな理由を言ったのか逆に心配になってしまった。

「とにかく、これで集中は出来る」

 一也にとっては殺しが本職、タイト広告の仕事はカモフラージュに過ぎない。本職に問題が出た時はこうして休むことにしているのだ。一也は地味なスーツにコートを羽織り歩き出した。日差しは弱く、風邪は強かった。世間はもうすぐクリスマス、明るい不陰気の人たちとは正反対の重たい思考を抱えたまま一也は一人歩き進んでいった・・・・。



「本当にここであってるんだろうな?」

「はい。何度も言いましたが、自分はここで奴を見たんすよ。間違いありません」

 虎二と根塚の二人が見つめる先、そこは根塚が綾乃の杖を拾った場所だった。その道を車の中から見つめる虎二の目は真剣そのものであった。

 事務所から車で移動している途中、根塚は虎二に自分の身に起こった出来事を事細かに説明した。本来、記憶力のない根塚だが死ぬほどの体験だったので頭からそう簡単には離れなかったようだった。虎二も初めは半信半疑だったものの、次第に真剣に聞き始め最後には根塚を信用したのであった。そして張り込むこと三日、この日も二人は刑事顔負けの張り込みを続けていたのだ。

「お前の話が本当なら、その『黒男』はプロだ」

「プロって、殺し屋ってことですか?」

 虎二の言葉に根塚は驚きの表情で聞き返した。

「そう考えて間違いない。『鉄砲玉』ってのは目的の人物を真っ先に殺すもんだ。大勢で襲ったのならともかく、一人で来たんなら尚更だ。でもなぁ、お前の話を聞く限り、そいつは村上さんを殺す前に周りの連中を殺してる。その時点で鉄砲玉の線は消えだ。そして、村上さんの護衛がお前以外殺されたことも、奴が自身の単独行動であることを隠すためだろうよ。まさか一人でハジキを持った人間四人殺せるなんて、普通なら考えもしないからな」

 根塚は虎二のその見事な推理に驚き、声が出なかった。

「そして、女だ。お前が言うには帰り際に女を連れて行ったんだよな?もしその女が奴の仲間だったら、きっとその杖を取りに来るはずだ」

 虎二が根塚の顔を見て言った。

「じゃあ、ここで見張ってればいいわけですね?」

「そういうことだ。しかし、プロの殺し屋がお前に気づかなかったのは奇跡だな。普通に考えたら絶対死んでるぜ、お前」

 根塚は虎二の言葉にビクついたが、引きつった笑いで誤魔化した。

「でも・・・・俺、未だにあの村上さんが殺されたなんて実感湧かないですよ」

「それは俺も同じだ」

 虎二はそう言って顔を歪めた。

「とにかく、その殺し屋見つけ出してこの手でぶっ殺してやる!」

 熱のこもった虎二の言葉を聞いて、根塚にある考えが浮かび上がった。

「兄貴、今兄貴は『村上さんがプロの殺し屋に殺された』って言いましたよね?それじゃあ、誰かが村上さんを殺してくれと頼んだんですかね?」

 根塚のその考えに虎二はしばらく無言であったが、「当然その問題もある。だが、それも奴をとっ捕まえれば全てわかる。そしてお前は奴を見てるんだ。これで奴がここに来ればこっちのもんだ」と言ったのであった。

「うまくいきますかね?」

「いかなかったらお前を殺してやるよ」

 根塚は虎二の目を見て本気だと悟ると、目を見開いて外を見張り始めたのであった。


 車内で見張ること数時間、日はすっかり傾き夕暮れへと姿を変えていた。根塚は隣でシートを倒し眠っている虎二に怯えながらも見張りを続けていた。夕方ということもあり、外では買い物袋を手に持った主婦が多く見られたりする。

 根塚自身も疲れているのか、重たくなった瞼をこすりながら見張っている。しかし、一向に目的の『黒い男』は現れなかった。

「そう簡単に出てきてくれたら苦労しねぇって・・・・」

 そう呟きながらも根塚は心の別のところで「出てきてくれ!」と強く願っていた。それというのも、黒の男が発見できない場合せっかく助かった命を虎二によって失ってしまうのだ。根塚は自分がやはり運のない人間だと思えて仕方なかった。

 コン、コン、コン。

 その時であった。車の窓を外から叩く音が根塚の耳に飛び込んできた。

「いったい誰だよ?」そう思いながらも相手を確認するためパワーウィンドを下げた。外には立っていたのはごく普通のサラリーマン風の男が一人、おどけた表情でそこにいた。

「あの・・す、すいません」

「何だよあんた?俺になんか用かよ?」

 根塚はそのサラリーマンの風の男を睨みつけ言った。

「その、道を教えてほしいのですが・・・・私、ここの道知らなくて・・・・」

 根塚はその男のゆっくりとしておどおどした喋り方に、多少の苛つきを覚えながらも尋ねてきた道を教えて追っ払った。

「ったく。道知らねぇんだったら地図くらい持って歩けよ」

「どうした?」

 隣から不意に虎二の声が聞こえて、根塚は再びビクついた。

「あ、兄貴。起きたんですか?」

「見りゃわかるだろ。それよりどうかしたのか?今ブツクサ言ってたみてぇだが・・・・」

「はい。リーマンが来まして、道わからないから教えてくれって言ってきたんですよ。でも、そんなことに構ってられませんからね、すぐに追っ払ってやりました」

 虎二の顔に緊張の色が走った。

「どうしたんですか?」

 根塚が尋ねるも答えは返ってこなかった。そして次の瞬間、虎二は突然車から飛び出し表へ出た。それを見ていた根塚も慌てて外に出る。

「兄貴!いったいどうしたっていうんですか?」

「・・・・くそったれが!」

 虎二が大声で言い放ち、その声は夕暮れの冷たい風と共に消えていった。



 一也は建物の陰から二人の男をしっかりと見つめ観察していた。

「怪しいと思ってつついてみたが、あいつら山口組か・・・・・」

 根塚に道を尋ねたサラリーマンは変装した一也だったのである。もしやと思いながらも、一也はすぐさま気持ちを切り換え目的の場所へと歩き始めた。例え山波組から追っ手が来ようと今の一也には関係ないことだった。

 しばらく歩き一也が辿り着いた場所、そこは大きな屋敷の前だった。一也は辺りを少し見回した。目の前の鉄製の門がどっしりと腰を据えているその横には《春日崎》と彫られた石造りの表札が目についた。

一也は事前に情報収集を行い、盲目の女の名前と住所を掴んでいたのだ。住所と名前が一致したのを確認すると、一也は門が見渡せる場所まで下がり再び建物の陰へと身を隠し、屋敷の人間が出てくるのをじっと待つことにしたのだった。

夕暮れから夜へ、街灯が暗い道を照らし凍てついた北風が吹き付ける。冬の寒空の下、一也は街灯の光も届かぬ小路から監視を続けて二時間が経とうとしていた。しかし、屋敷の大きな扉は開くことはなく、時間だけが過ぎていった。

「この時間じゃ買い物にも行かないか・・・・・」

 そう呟き、ゆっくりと時が流れてゆくなか、一也は春日崎綾乃のことを考えていた。何故あの時俺はあの女を殺せなかったのか。女だから躊躇したのか、それとも盲目だと聞かされ同情したのか。

 一也はそう考えて否定した。そうじゃないはずだと・・・・。事実、今まで女・子供を殺すのに躊躇したことなど一切なかった。ましてや、殺すのであれば目が見えないほうが好都合といってもおかしくなかった。だが、一也は殺せなかった。殺さなかった。女の頭に銃を突き付けておきながら、引き金を引くことが出来なかった。

 一也は思った。浮かび上がってくる疑問の全てに同じ答えで返事をするも、その答ええを自分自身で否定する。疑問は膨らみ、やがてそれは一也に不愉快な感情を抱かせていた。

『俺はあの女を恐れているのか?今までどんな奴も殺してきたのに・・・・。春日崎綾乃だけ殺せないなどありえない!』

 夜の暗闇の中、一也はかき乱れていく心の中でそう叫んだのであった・・・・。

 心とは裏腹に一也は闇の中から姿を現し、身を潜めていた場所から歩き出した。春日崎の屋敷の門が開くのを待っていたのだが、いつまで待っても開かぬ扉に自ら動き出した。ゆっくりと屋敷の外周を一周した後、一也は適当な場所から高い柵に手をかけ、庭内に中に忍び込んだ。広大な庭を音もなく進んでいき、目標の屋敷へと近づいていった。

 情報を手に入れたとはいえ、庭内・屋敷内部の情報は持ってない。一也は慎重に行動しながらも人目につかなそうな入り口を探して回った。庭内には数ヶ所の監視カメラが静かに作動している。しかしそこはプロ、一也は監視カメラの存在をいち早く察知しては死角となるルートを見つけては問題なく進んでいった。

 このように一也が慎重に進んでいくと、正門のちょうど裏側で古びた裏口を見つけたのであった。その裏口は長年使われていないのか、一也がノブを回すと気味の悪い音を立てながら開いた。その意外なほど大きく鳴り響いた音に一瞬汗をかくも、一也は内部の人間には気づかれずに入ることに成功した。と、思われたその瞬間、一也は外からの視線を瞬時に感とり振り返った。

 ガードマンか?それともさっきの二人組みか?

 そう思い無言のまま辺りを見回すも、人影どころか気配すら感じられなかった。しかし、一也はそこに何かがいるのだと感じて裏口の前でじっと身構えたまま不動の姿勢を保っていた。この体勢ならば拳銃を抜くのも一瞬である。何分間そうしていただろう。誰かがいると分かっているのだが、どこにいるかが判らない。一也は多少の違和感を感じながらも、裏口のから屋敷の中へと入っていったのだった。

 


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