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微笑み。  作者: TYPE/MAN
21/23

21 闇を照らす

更新遅れてしまって申し訳ありません。物語も佳境となってきました。未熟かもしれませんが、楽しんで頂けたら光栄です。


 隠れ家を襲撃され気を失ってから数時間、目を覚ました綾乃は椅子に座らされていた。

いったいここはどこなのだろう・・・。

 不安と動揺で頭がいっぱいになりながらも、綾乃は盲目ゆえに鋭くなった感覚で辺りを探る。人の気配はないと判断しすると同時に、ここがあの隠れ家でもないと確信した。綾乃の両手足は拘束されていなかった。この場がどこなのか、手探りで歩きだそうと体に力を入れようとした・・・・その時だった。

「動くな」

突然綾乃の耳元から鼓膜へ、低音の声が飛び込んできた。不意を突かれた綾乃の体がビクつく。

「座ってろ。そうすれば何もしない」

それはやわらかい優しい口調だった。しかし、盲目の綾乃は敏感にこの声の本質を、優しい口調の裏にある黒き感情を感じ取っていた。その声が耳に届く度、体を強ばらせ逃げ出したい衝動に襲われた。

耳元から気配が消えると、綾乃は心底ほっとした。気が付けば手に汗をかいている。だが、ほっとしたのもつかの間、綾乃は短く悲鳴を上げて再び身を恐怖で凍らせた。

「なかなか美人じゃないか。あいつが惚れたってのもわかるな」

そう言いながら声の主は手で綾乃の頬を撫でる。その指先が唇に触れ鼻へと動き、最後にきつく綴じられた左目蓋で止まった。

「盲目か・・・」

指が離れると同時に相手の気配も消えた。

「あ、あなたは誰ですか?」

そこに相手がいるのかも判らないまま、綾乃は震える声で尋ねた。答えは意外にもすぐ返ってきた。

「そのうちわかる」

煙草の匂いが漂って消えた。その匂いに顔を伏せる綾乃。一瞬、脳裏に義父・宗雄の顔が浮かんだ。葉巻と連想したらしい。

「君も煙草の匂いが嫌いなのか?・・・あいつと同じだな」

「あいつ?」

「そう同じだ。君が変えてしまったあいつと」

答えながら声の主は、綾乃と向かい合う形で椅子に腰を下ろした。煙草の匂いが少し遠ざかる。

「全く、君のおかげでとんだ手間をかけてしまった。金子の報告によるとかなりの腑抜けになってしまったようだが、問題ない。あいつはすぐ元のあいつに戻る。俺がこの手で、必ず元に戻してやる・・・・」

綾乃は恐怖で目に涙を浮かべ、体は大きく震えた。その声には、今まであったうわべだけの優しさすら無くなっていた。一也の悲しい冷たさや、金子の持つ狂気とも違う。むき出しにされた殺意、綾乃はそれを感じ取り恐怖に震えてしまったのだ。

「・・・・震えてるな。俺が怖いか?」

「あ、あなたが・・・一也さんを・・・ね、狙ってたんですか?」

 恐怖に押し潰されそうになりながらも、綾乃は自分の中に残った勇気を振り絞ってそう言った。

「質問しているのは俺だ。答えろ」

 さらに殺意が増す。それだけで綾乃は息が出来なくなりそうだった。

「怖い、です・・・」

「あいつといる時もそうだったのか?」

「怖くなんて・・・・一也さんは怖くなんてありません」

 綾乃が答えるまで数秒の沈黙があった。しかし、その言葉は先ほどまでと違って力強く何かを決心したかのようにハッキリとした口調だった。それを聞いた声の主がため息をついて落胆の感情を表す。

「一也さんはそんな人じゃありません」

 凛とした声で綾乃は言った。

「嘘だ。本当は怖くて仕方ないはずだ」

「あなたと一也さんは違います!」

 綾乃の中で『殺されるかもしれない』という考えはどこかへいってしまった。今あるのは自分が一也に対しての強い想いだけだった。そして、その想いが貶された様な気がして、綾乃は心の底から怒りを感じていた。

「まぁいい。もうすぐわいかることだ。お前が正しいか、俺が正しいのか・・・。あいつが答えをここに持ってきてくれる」

「一也さんが、答えを?」

「そうだ。俺は自分が正しいほうに賭ける。あいつが本物の殺し屋だという方にな・・・」

 その声は再びあのうわべの優しさを取り戻していた。だが、相手に対して一度芽生えた綾乃の中に恐怖は小さくなるどころか、より一層大きくなっていた。綾乃はその恐怖の感情と戦いながら、叫んだ。心の中で何度も一也の名前を叫んで己を励ました。それだけが綾乃がその恐怖と戦うことの出来る唯一の方法だった・・・。



 一也の背後、マシンガンの標準をピタリと合わせて構える金子は至福のときを迎えたかのごとく、その口元にニンマリ笑みを浮かべていた。その感情にウソはどこにもない。心からの喜びの感情だった。


 殺し屋の世界。その深く狭い世界の中で、金子は常に批判の声を浴びていた。

『残酷すぎる』『仕事以上の殺しを平気でやる』『精神異常者に殺しの仕事は出来ない』。金子は常にその様な評価を受けてきた。

 金子はその都度思った。

『僕は仕事をちゃんとやっている。標的を殺し損ねたことなんて今まで一度だってない。残酷すぎる?殺すことには変わりないじゃないか。殺しの世界にいながらよくもそんな言葉が言えるね。

もし僕を精神異常者だと罵るんだったら、殺し屋は全員精神異常者だ。人を殺してる時点で僕たちはイカれてるってことさ。僕はそれに正直なだけ。それだけさ』

 だから金子は殺し屋仲間だろうと平気で殺す。常に自分のルールに従っているから。例えそれが殺し屋世界の美学とルールに反していようと、全く関係のないことなのだ。

 そんな金子が一也の評判を耳にしたとき、心の底から殺したいと思ったのだった。

『葬儀屋の仕事は完璧だ』『あいつこそ正真正銘プロの殺し屋だ』『腕は一流、仕事も一流。あいつに依頼すれば間違いない』

 耳にする噂全てが自分に対しての嫌味に聞こえた。金子は自分の全てを遠野一也という人間に否定されたように思えて仕方なかった。

 殺してやる。

金子は毎日考えた。遠野一也を殺すイメージを何度も思い描いた。ナイフでズタズタにした。椅子に縛りつけ全ての爪を引き剥がした。薬品付けにして人間として再起不能にした。原型がわからなくなるほどまで顔面を殴り続けた・・・・。しかしそれは所詮イメージ、金子の黒い欲望を満たしてくれることは一度もなかった。そんな折、今回の仕事がやってきた。

金子は喜びでおかしくなりそうだった。この世で一番殺したかった男。その男を殺してくれと依頼されたのだ。


そして今、金子の欲望と共にその依頼は完了されようとしていた。

『この引き金さえ引けば終わる。空腹にも似たこの欲望が、葬儀屋を殺して満たされる!』

 引き金に掛かる指に力を入れようとした、その時だった。

 今まで走っていた一也がピタリと止まり、銃を握った右腕をあさっての方向に伸ばしたのた。

 どういうことだ?

金子は困惑して力の入った指を緩めた。暗視スコープを通して一也の表情を伺ってみる。そこに映った一也は口元に小さな笑みを浮かべていた。金子の中で怒りの感情が一気に吹き上がった。

「なにを狙ってやがる!」

 叫んだ。感情のままに、金子はその場から一也に向かって声を荒げた。

『見ればわかるだろ?』

 そう言いたげな笑みを浮かべた表情のまま一也は金子のいる方向にその顔を向けた。

「はっ!今のあんたになにが出来るって――」

 一也の向けた銃口の先、金子はそれを見て言葉を失った。一瞬の沈黙。時間にして一秒もない空白の時間。間髪入れず銃声が鳴り響いた。そして次の瞬間、鼓膜を破らんほどの爆発音と衝撃、そして光が金子を襲った。

 やられた!

 金子の思考はすぐ自分の失敗に気が付いた。暗視スコープは本来、暗闇の中を明るく見る道具である。つまり強い光の中を見てしまうと逆に何も見えなくなってしまう。それどころかレンズに光が焼きつき使い物にならなくなってしまうのだ。

 金子は頭から暗視スコープを投げ捨て銃を構ようとした。が、一也の拳が金子のあごを渾身の力で殴りつけた。顎に鋭い痛みが走るとそのあまりの激痛に膝を突いた。反撃とばかりに膝立ちのままマシンガンを構える金子。しかしそれも遅かった。金子が引き金を引くよりも早く、一也が金子の両腕を撃ち抜いた。

 金子は片膝を着き両腕が力なく下げたまま、一也を見上げていた。その様は壊れた人形のようにも見える。一也はそんな金子を見下すように目の前に立っていた。

「・・・まさかあんな、手を、使ってくる、とはね」

 金子は一也を見上げながら、息も絶え絶えにそう言った。

 一也の撃ったものそれはドラム缶だった。中には一也が隠れ家のストーブの為にと満タンの石油が入っていた。暗視スコープの構造を知っていた一也は暗闇の中、かすかに見えたそれを見つけると、銃弾で爆発させることを思いついた。炎が出れば裸眼の一也も金子をその視界に捉えることが出来る。だが、その光を金子に見せなければ隙は生まれない。そこで一也は金子を挑発したのである。作戦は見事に成功し、形勢は一気に逆転した。

「お前の負けだ」

 一也が言う。その目には殺意の光が、爆発したドラム缶の炎に照らし出されているようだった。金子はその言葉に体をビクつかした。

「怖いねぇ」

 金子の口元が歪む。一也はその顔を蹴り上げた。金子の体が宙に浮き仰向けになって倒れた。

 一歩一歩ゆっくりと、一也は動かぬ金子に近づいた行った。

「俺は、その顔が嫌いなんだよ」

 金子の顔の横まで歩を進めると立ち止まり、一也は手に持った銃の狙いを額へと定めた。金子は笑っていた。唇は裂け血を流し顔全体が埃などで汚れていた。それでもあの笑みが顔に張り付いていた。怯えた様子など微塵も感じられなかった。

「ふざけやがって・・・・」

 一也は金子の顔を思いっきり踏みつけた。しかし、金子の表情は変わらない。

「うひゃひゃ・・・・やれよ」

 歪んだ口元から出る言葉。金子は一也の顔すら見ていなかった。

「言われなくても殺してやる」

 そう言って一也は引き金にかかった指にゆっくりと力を込めていく。しかし、一也はそうすることに躊躇していた。

 これでいいのだろうか。俺は何か大切なことを忘れているのではないだろうか・・・。

金子の死を目前にして一也の中で何かが葛藤していた。『殺せ』という自分と、それを必死で止めようとしている自分。

一也の肩が小刻みに揺れ始めた。息も荒くなる全身が痙攣でも起こしたかのようだった。

「俺は・・・・」

 葛藤する二つの思考。その一つが一也の中で音を立てて消えて温かく輝いた。

「俺は、お前を殺さない」

銃の引き金から指を離し、銃口の先を金子の額から引き剥がした。そんな一也の行動に、金子の顔から今まで崩れることのなかった笑みが消えた。

「殺せよ・・・僕を殺しに来たんだろ!さっさと殺せよ!」

「違う。俺はお前を殺しに来たわけじゃない。俺は、女を助けに来たんだ」

 二つの意思の葛藤。一也の選んだのは答えはそうだった。いや、初めから選んでいたのかもしれない。それを知りながら一也は無視し続けていた。もう一人の自分の言葉を信じて、それが自分の答えなのだと偽って・・・。

 一也は銃を納めた。そして金子の胸座を掴んで引き起こした。

「女は、綾乃はどこにいる」

 一也の問いに金子は何も言わなかった。その顔にあの笑みはどこにもなく、只抜け殻になってしまったように呆然とした表情が残っているだけだった。一也はその顔を思いっ切り殴りつけて、「どこにいるんだ!」と問いただした。

「T湾の・・・4番倉庫・・・・」

 小さく口を動かして金子は答えた。今尚、放心状態は続いたままだった。その言葉を聞いた一也は金子を投げ捨てるとすぐさま駆け出した。

 辺りを照らしていた炎が徐々に薄れ、再び暗闇の世界へと戻ろうとする中、金子はその場から動かずうわ言の様にいつまでも独り言を呟き続けていた。

 廃ビルから飛び出した一也は金子が言ったT湾を目指し走った。隠れ家のある廃ビルから目的地まで距離にするとかなりのものになる。しかし、一也は走った。走って走って、走り続けた。

 止まることが出来なかった。その足を止めてしまったら、もう二度と動くことだ出来なくなってしまう。一也はそう思うと止まることが怖くて仕方なかった。

『本当は気づいてるんだろう?』

金子の言葉が脳裏に甦る。そう、一也は気が付いていた。いや、可能性の一つとして考えていたのかもしれない。しかし、それは一也が『彼』に対して裏切りの行為だと思って思考の闇に押し込めていたのかもしれない。その想いは今も変わらない。本人の口から真実を聞くまでその考えを確信へと変えることはなく、一也は走り続けた・・・。




次回更新は3日です。

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