18 下準備
夜も深まり、家々の明かりも消え始めた頃、虎二は美加と共に未だ車の後部座席に座ったまま動いていなかった。ただ「時」が来るのをじっと待っていた。
「兄貴、まだ動かないんですか?」
未だ動こうとしない虎二に根塚が聞いてきた。
「まだだ。俺が言うまで勝手なことするんじゃねぞ」
その虎二の一言に根塚は頷き、再び外の暗闇に身を隠した。
「ねぇ、もしかして約束守ってるの?」
隣に座っている美加が虎二の顔を覗き込み言う。虎二はそっけなく「そうだ」と言って答えた。
「珍しいね。あなたが正直に従うなんてさ、私はてっきり聞きたいこと聞いたら勝手に動くかと思った」
つまらなそうな口調で美加は言った。
それを聞き流すかのように虎二はじっとしていた。何事もなかったかのように。だが、虎二とて何もしないでいるわけではなかった。
時刻は午後十一時になろうとしていた。男から連絡があったのが十時前、この一時間ほどで虎二は組の人間を五十人以上呼び寄せた。もちろん全員に銃を持たせている。しかし、相手がプロの殺し屋とわかっている以上、ただ突っ込むだけのヤクザ戦法では簡単に返り討ちに合ってしまうだろう事を虎二は十分に理解していた。
負ける気はない。しかし相手が相手、気合だけの下っ端ヤクザに銃を持たしたところで結果は見えている。
動かない理由、それは下準備のための時間。
虎二は呼び寄せた組の人間を三つのグループに分けた。遠野宅の「正面」と「裏手」。そして虎二の「側近」である。
正面には多くの人員を目の付く場所に待機さした。要するに囮だ。突撃の際もこのグループから派手に突撃させる予定だ。
裏手にはその逆、見つからないよう身を隠させ正面のグループと時間差攻撃を仕掛けさせる。そして側近、これは虎二の警護となっていた。
全て配置は完了した。あとは男からの連絡を待つだけだった。
虎二はじっと待った。体の中で疼く気持ちを抑えながら・・・・。
「まいったぁ・・・」
ため息と同時に呟き漏れる言葉、根塚は憂鬱な気分を引きずり歩いていた。
根塚が虎二から命令されたのは「裏手」のグループだった。小道に入り、遠野宅の裏手には十人以上の仲間が待っていた。
仲間の数人が根塚に気づき、手を振って迎える。大声を上げるわけにはいかないのだ。
「なんだって?」
仲間の一人が歩み寄った根塚に小声で尋ねる。
「まだ動くな・・・だってよ」
「マジかよ。こっちはいつでも行けるってのによ」
根塚は血の気の多い仲間に言われて、虎二のもとへ確認しに行っていたのだ。
「お前さ、そんなにドンパチやりたいのかよ?」
やる気十分の仲間に根塚が聞く。
「あったりめぇだろうが、出世するチャンスなんだぞ」
「死ぬかもしねぇのに?」
「今更ビビッたって仕方ねぇだろ。俺たちみたいなのはこうでもしねぇと上にいけねぇからな」
血気盛んな仲間の言葉。その言葉は間違えではない。自分たちのようなはみ出し物はこんなやり方じゃなければ偉くはなれないこと、根塚もそんなこと十分承知だった。だが、根塚は知っているのだ。
村上の殺されたときの光景が脳内でフラッシュバックして、根塚は体は震え始めた。それが警告信号であることに根塚はすぐに気が付いた。
『無理だ』
心の中でそう言って、黒い影が自分に銃弾を浴びせる光景を根塚は想像してしまった。
隣に座る虎二。
緊張してるのかな?それとも仇が取れて嬉しいのかな?
その表情を見て美加はそんなことを考えていた。そして、あの男からの連絡を楽しみにしていた。
映画でしか見たことのないような光景がもう少しで目にできるのだと、美加の心は好奇心でいっぱいになっていた。
殺し屋とヤクザ集団の死闘。そんな壮絶な光景を想像しただけで心臓が高鳴り興奮する自分がいることに、美加は思わず声を上げて笑いたくなった。
異常なのかな、私って?
そう考えたことは過去にも何度かあった。しかし、その考えが出てくるたびに美加は心底思うの『これが自分なんだ』と。
ふと、自分はどちらの応援をすべきなのかと考える。
彼氏の虎二率いるヤクザ軍。
会社の同僚で殺し屋の一也。
『・・・・』
答えはすぐに出た。勝ったほうを応援すればいいのだと・・・・。
午然零時半、日付が変わっても虎二のケイタイは未だ鳴らないまま静寂状態であった。その状態にさすがの虎二の我慢も限界に達しようとしていた。疼く気持ちを抑えられなくなってきていた。
「まだか・・・・」
思わず苛立ちが言葉となって口から漏れる。
準備は整っていた。いつでも突撃できる状態なのだ。虎二の気持ちも、集まった組の人間もそれは同じだった。
しかし、ケイタイは鳴らない。
苛立つ虎二のもとに再び根塚がやってきた。
「兄貴、その・・まだ、ですか?」
「・・・・」
「あの・・・兄貴?」
「黙って配置についてろ!」
怒鳴り散らす虎二。根塚は一礼しては一目散に走り戻っていった。
「もうやっちゃえば?」
隣に座る美加も退屈してしまったのか、つまらなそうに言う。
「今考えてる、お前も黙ってろ!」
美加にも怒鳴り散らす虎二、限界だった。
ピッピッピッピッ・・・・!
ケイタイの着信を告げる電子音、虎二はすぐさま通話ボタンを押し込んだ。
「遅いんだよ!」
間髪入れず怒鳴った虎二。しかし、ケイタイから聴こえてきたのは男の声ではなかった。
「え、その・・・すいません!」
その声に呆けた虎二は耳からケイタイを離し、画面を見て通話相手を確認する。相手は正面で待機させている組員からだった。
虎二は組の下っ端からの連絡だったことに腹が立ちつつ、用件を確認する。
「なんだ?」
「あ、あのですね、今まで二回の部屋の明かりが付いていたんですが・・・消えちまって、代わりに玄関の明かりが・・・」
組員の言葉に虎二は眉を顰めた。
俺たちのことに気が付いて外に逃げる気なのか。やるなら今がチャンスでは・・・。だが奴からの連絡はまだだ・・・。
そんな考えが脳裏をかすめた。しかし、虎二はもう止まることが出来なくなっていた。
「突撃しろ」
虎二は開戦の言葉を告げたのだった。
次回更新は26日です。