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微笑み。  作者: TYPE/MAN
12/23

12 追跡者たち


 どうしてこんなことになってしまったのか・・・・。

 岡本真二は呆然とその場に立ち尽くしていた。

 綾乃が居なくなってから、真二は毎日綾乃の部屋に来てはこうして立ち尽くしていた。

 綾乃が何者かに誘拐された。真二はこの事実を知ったのは次の日の朝だった。

 調理室で何者かに(本人は金子だと知らない)気絶させられ、着ていたタキシードを奪い取られ裸のまま朝までその場に倒れていたのだった。

 目を覚ました後、真二は自分がやってしまったことに後悔した。

 目隠しをされ体を縛られて拳銃を突きつけられたあの時、自分が恐怖のあまり口にしてしまった言葉を・・・・。

 こうなってしまったのは自分のせいじゃないか・・・・。

 真二は綾乃の部屋から出て、一人廊下を歩き出した。

 その途中で、

「岡本君!」

 と、呼び止める声が飛んできた。

「吉田さん。どうかしたんですか?」振り返りながら真二はそう言った。

「何のんきなこと言ってるの!旦那様に呼び出されたんでしょ?」

「ええ、元はといえば俺がお嬢様の部屋を犯人に言っちゃったのが原因ですから・・・呼び出しくらって当然ですよ」

 真二はそう言って苦笑いを浮かべた。

「なに言ってるの、そんなの仕方ないじゃないか!拳銃向けられて反抗する人なんているわけないんだからさ!」

「吉田さん・・・」

 真二は芳江の言葉に下を向いた。

 確かにそうかもしれない。でも・・・・。

「でも・・・好きな女の子の場所言うような奴、最低ですよ」

「岡本君、あんた・・・・」

 そう言って真二は芳江と別れて歩き出した。

 廊下を進み、屋敷の当主である春日崎宗雄の部屋の前で足を止める。

 クビになったってかまうもんか!

 真二は扉をノックしようとした、その時だった。

「岡本君待って!」

 廊下で別れたはずの芳江が走りながら再び大声で呼び止めてきた。

「吉田さん、いったいどうしたんですか?」

「私も一緒に行くのよ」

 さすがに真二もこの言葉には驚いた。

「そんな・・・吉田さんは何も悪くないじゃないですか」

「部下の失敗に上司の責任問題は付き物なの。さぁ入るわよ!」

 真二が返事をする前に、芳江は自分で重たい両開き扉をノックしたのだった。



「いったいあの野郎は何してやがるんだ!」

 その怒りの大声にそこに居た数人の部下たちは震え上がった。

「あ、虎の兄貴・・・」

「なんだ」

 部下の一人がおそるおそる近づいて言う。

「その、根塚が出て行ってからまだ五分しか経ってませんぜ・・・」

 その言葉に虎二は自分の腕時計に目を落とす。確かに針は五分しか動いていない。

「いいか・・・俺が遅いって言ったら遅いんだよ!」

 そう叫ぶと部下は深く頭を下げて部屋から出て行った。

「くそが・・・写真を現像するのにいったい何分かかってるんだ」

 虎二がイラついているのは根塚が帰ってこないからではない。自分が探している村上殺しの張本人を写した写真が来ないからなのである。

「そんなに怒ってたら早死にするわよ」

 ソファの隣で座ってくつろいでいる虎二の女が言った。

「お前は黙ってろ」

「あらあら、私にまで八つ当たりしないでよね」

 そう言って立ち上がると部屋の奥へといってしまった。

「はっ、女のお前にはわからないだろうな」

「わかりたくないはそんなの。それとね・・・」

「なんだ?」

「お店で写真を現像するなら一時間くらいかかるのよ。知らなかったでしょ」

 そっけない態度でそう言うと、女は部屋の扉を開けて、

「ちょっと出かけてくるわ」

 と言って、その場を後にし、外へと出て行ったのだった。

「全く、これだから女ってのは・・・・」

 もう一度、時計に目を向ける。まだ十分も経過していない。

 虎二は興奮と焦り、そして復讐心が先立ってじっとしていられなかった。根塚の撮った写真にあの村上を殺した人物、復習の標的の顔が写っている。そう考えただけで手が震えるほどの感情の高ぶりを感じずにはいられなかった。

 都会に出てきた十八のとき、派手に喧嘩をしてボロボロになった虎二を助けたのが村上だった。大勢の敵に対して虎二は一人で挑んで行った。敵うはずのない相手に怯むことなく反撃してゆく虎二に村上が惚れ込んだのだった。それからというもの、虎二は村上の下で働き始めた。村上は虎二を息子のようにかわいがり、虎二もまた、村上を本当の親のように慕った。

 その村上が、ある日突然殺された。

 弟分の根塚からその事を伝えられた時、虎二の中の血液は沸騰したかのように怒りに震え、煮え繰りまわった。それは今この時であっても決して衰えることはなかった。

 必ず見つけ出して、俺の手で殺してやる。

 虎二は心の中でそう呟き、根塚の帰りを待った・・・・。


 それからキッチリ一時間後、根塚が息を切らせながら室内に転がり込んできた。部屋に入ると同時に足が縺れて転んでしまったので、文字通り『転がり込んできた』のである。

「ぐへぇ・・・」

 その場に蹲り根塚は痛みで顔をしかめた。

それを見ていた虎二は『鉄砲玉』かと勘違いして右手に拳銃を持っていた。

「このグズ野郎が、脅かしやがって!殺すぞ!」

「す、すいません!」

すぐさま土下座の姿勢になって根塚は頭を下げた。

「兄貴、拳銃なんて持って・・・・俺を殺す気ですか?」

「そうなりてぇなら今すぐぶっ放してやろうか?」

 その言葉を聞いて根塚は真っ青になる。

「写真は出来たのか?」

「え、あ、はい!そりゃあもうバッチリですよ」

 慌てて返事をする根塚。なにせ虎二の目が本当に殺気を帯びているのだ。

「これなんすけど・・・」

 そう言いながら焼きあがった写真を渡す根塚の表情は優れなかった。

 写真は全部で五枚。

 通り抜けるような順番で対象の人物が右から左へと枚数を重ねるごとに動いて写っていた。一枚目と五枚目にはほとんど姿が写っていなかった。

「どうっすかね?」

 根塚が不安そうな顔をしながら写真を見つめる虎二を覗き込む。

 その虎二が手に持っていた写真を机に投げ出して、

「まぁいいだろう。判別がつくのは二枚だけだな」

 と言ったので、根塚は心底安心した。

「この野郎が、村上さんを・・・・」

 虎二は煙草に火を点け、煙を吐き出しながら不気味な笑みを浮かべた。

「おい、やき回して組の奴らに配れ。見かけたらここに連絡させるよう伝えろ」

「はい!」

 虎二の命令を受けた根塚は写りの良かった二枚のうち一枚を持って退室しようとした。

「あら、そんなに急いで何処行くの?」

扉を開けた根塚は外出していた虎二の女とかち合ってしまった。

「あ!ちょっと急いでるもんでして・・・・」

「あ、そう。気をつけてね」

 そう言って女は根塚と入れ違う形で虎二の部屋に入ってきた。

「なんか忙しそうね」

「ああ、やっとわかったからな」

「犯人さんのこと?」

「そうだ。これを見てみな。俺はプロじゃないかと睨んでる」

「プロってことは・・・殺し屋さんってこと?」

 女は虎二の渡した写真を受け取りながらそう呟いた。

「そうなるな。見つけたら必ずぶっ殺してやる!」

 意気込む虎二、その傍らで女は写真をじっと見つめていた。

「どうした?」虎二が黙って写真を見つめている女に気が付いた。

「この人が殺し屋で・・・あの村上さんを殺した人?」

「そうだ」

 虎二は吸っていた煙草をガラスの灰皿でもみ消した。

「知ってる顔か?」

「まさか。こんなに怖い目つきした人、見たことないわ」

 女は笑みを浮かべながらソファに腰を下ろした。

「下の連中にはここに連絡してくるよう言ってある。今日は泊まっていくか?」

 女はその誘いに少し悩んでいるようだったが、

「やめとくわ。またすっぽかされたら困るもの」

 虎二の誘いを断り、手に持った写真へと視線を戻す。

『やっぱり地味なだけじゃなかったんだ・・・・遠野君』

 近藤美加は声に出さず心の中で呟くと、殺し屋として写っている一也の顔を見つめていた・・・。




 ポケットに入れた携帯電話が震える。

 それを取り出して見てみる。発信者の名前を表示する画面には『非通知発信』の文字があった。

 無言で通話ボタンを押し、ケイタイを耳に寄せた。

『私だ』

 何度か聞いたことのある声。間違いない、やっぱりあいつだ。

『どうやら失敗したようだな』

 答えはノーだ。やれたけどやらなかっただけ。

『あいつはしばらく身を隠すだろう。まだやるか?』

 その答えはイエスだ。狙った獲物は逃さない。

『では、もう一度だけ依頼しよう。内容は同じだ』

 もちろん受ける。

『成功することを祈ってるよ・・・・』

 本当かねぇ?

 通話を終えて、金子は座っていた椅子から腰を上げた。

 都内のホテルの一室。屋敷での襲撃を終えた金子はここに身を潜めていた。

 金子がこの名も知らぬ男から依頼を受けたのは四日前のことだった。そう、屋敷に忍び込んだ当日である。


 四日前――その日、仕事を終えた金子は少しの暇を持て余していた。

 金子は暇が嫌いだった。

何もしないで時間が過ぎていくことが極端に嫌いなのである。先ほど終わらしてきた仕事の間も、金子は終わってしまうのが惜しいと思った。

 今回の仕事で依頼されたのは一人の男の暗殺。金子は依頼を受けてから実に半日も経たないうちに行動を起こし、見事標的の暗殺に成功した。

 しかし、第三者から見ればその光景は暗殺にはみえないであろう。

 密室になった部屋。視開を奪い拘束し、その身体にゆっくりじっくりと痛みを与えていく。男が言う、「助けてくれ」「お願いだ」「許してくれ」。その言葉すべてが滑稽で、金子はその様を見て快感に近いものを感じずにはいられなかった。

 それはすでに暗殺とは言えない。拷問そのものだっだ。

 そんな仕事内容にクレームを受けることもあった。だが、金子に言わせてみれば「殺したことには変わりない」のだと言って、問題にもしない。

 一息ついているとケイタイが鳴った。発信者は不明だった。

「もしもし?」

 通話ボタンを押すと、相手の声が聞こえてきた。低音の少しかすれた声、金子はそれが機械を通して変えた声色だとすぐに察した。

「あんた誰?」

『名前は教えられない』

「じゃあ、何で僕の番号知ってるの?」

『それは意味の無い質問だ。私は君に仕事の話を持ってきただけさ』

 金子は『仕事』と聞いただけで身体が熱くなった。

「殺し?」

『もちろん』

「うひゃは・・・お客さん、ツイてるよ。僕は今気分が良くてね・・・・。内容によっては割引サービスしてあげるよ」

 上唇を舐めながら、金子は上機嫌でそう言った。

『ほぉ、そいつは確かにツイてるな』

「だろぉ。誰を、いつ、やればいいんだい?」

『日時は今日、殺って欲しいの相手は―――』


 四日前の依頼だった。その時も、そして今回の電話でも依頼主の素性は不明のままだった。

 しかし、金子にとってはそんなこと、問題ではないのだ。

楽しい時間をもらえればそれでいい。

金子は今あった継続依頼を快く承諾し、ホテルの一室で上機嫌のまま眠りに付いた。自分の大好きな夢を見ながら・・・・。




 冷たい冬の風が吹きぬける街角、そこはクリスマスを二日後に控えていることもあってどこか心温まる不陰気であった。

 屋敷の自室で窓際に座って、芳江はテーブルに置かれたコーヒーのカップを口に運びながらそう思った。

 本来なら宗雄の会社のパーティの準備などで忙しいはずの屋敷は驚くほど静かだった。しかしそれは表面上のものであって、決して良いものではない。

 四日前の綾乃の誘拐事件によって屋敷内には警察が取り調べに来たり、警備強化のために新たなガードマンが何人も屋敷内に入ってきたり、他の使用人たちからは怖がってか休暇願いの声がいくつも出てきてスケジュールやその調整で一騒動あったり・・・・。

 芳江はそれらの騒動ですっかり疲れてしまった。

 窓から見える景色を眺めながら、芳江は綾乃の顔を思い浮かべた。

 いつも俯きがちの顔、盲目の瞳を瞼で隠し優しく微笑むその表情・・・・。外を見つめる瞳が熱くなり涙が流れ出す。

 どうしてあの子がこんな目に・・・。

 涙は頬を伝い、顔を抑える手の間から流れ出し膝へと落ちていった。

 芳江が主人である宗雄に雇われてこの屋敷に来たのは十年前、使用人としてではなく『綾乃専属の世話係り』としてだった。

 当時十歳の盲目の少女を世話すること・・・・その仕事は苦難の連続だった。

 何をするにも芳江が手を引いて触れさせ、食事を口に運び、入浴のときは服を脱がせて身体を拭いた。

 そんな生活をし始めて三年経ったある日、少女にある変化が芽生え始めた。

 「全てのことを自分でやってみたい」

 少女のその言葉は芳江の心を強く動かした。

 まだ十三になったばかりの少女が杖と視覚以外の残された四感だけで生活してゆく。黙っていれば芳江のような世話係りが何でもやってくれる環境にいながら、少女はそう言ったのだった。

 食事を口に運んでもらうのではなく、誰かに手を引いて歩くのでもなく、誰かに服を着せてもらうのでもなく・・・・全て自分でやる。それはどんなことよりも大変で遠い道のりのように芳江は感じた。

少女はあきらめず、負けることなく努力を重ねた。

 置かれた食事をスプーンで口に運べるように、杖を持って一人で屋敷内を歩けるように、選んでもらった服を自分で着れるように・・・・。

生活するうえでの全てではないにしろ、少女は三年の歳月をかけ、多くのことを成し遂げた。

 そして芳江はいつからか少女を・・・綾乃を本当の自分の娘ように感じていた。

 もちろん芳江は結婚して亭主との間に子供もいる。しかし、十年という時間と綾乃の存在が芳江にそう感じさせていた。

 濡れた瞳で空を見つめながら、芳江は想った。

 神様、どうして彼女をこれほどまで苦しめるのですか・・・。彼女は悲しみました。努力しました。勇気を持って自分とも向き合いました。それなのに・・・・どうして・・・。

 電話が鳴った。

 赤くした目を擦りながら、芳江は室内にある内戦の受話器を持ち上げた。電話の相手は真二だった。

「もしもし、岡本です」

「なんだ岡本君か。もう準備は出来たの?」

 真二のちょっと低めの落ち着いた声を聞いて芳江は少し落ち着いた。

「はい。まぁ準備って言われても何を持っていけばわからないんで、とりあえず財布を持って私服に着替えました」

「わかったわ。それじゃあ十分後に玄関で」

 芳江はそう言って受話器を置いた。そしてすぐさま自分も私服に着替えて財布などをバックに入れると部屋を出て行った。

 芳江と真二。二人は自分たちで綾乃を探し出そうと考え、これから出発しようとしていたのだった。

 警察にも頼らず、自分たち二人の力で。

 この無謀とも思える行動のきっかけは宗雄の部屋に行ったときだった。


「失礼します」

 芳江はそう言って一礼しながら宗雄のいる部屋へと入っていった。その後ろを真二がつつく。

「どういうことかな?」

 革張りのいかにも高級そうな椅子に座りながら、不機嫌な声で宗雄が言った。

「私が呼んだのは岡本君だけのはずなんだがね。吉田さん、あなたがどうして一緒になってここへ来ている?」

「私の独断でここに参りました。上司としての責任もありますので」

 キッパリと強い口調で芳江が答えた。

「ふん。まぁいいだろう」

 宗雄の許しが出て二人は少し安心した。不機嫌な宗雄の機嫌をさらに悪くしなかっただけでも幸運だった。

「ありがとうございます」

「それでは、本題に入ろう。岡本君」

 ほっとしたのもつかの間、岡本の伸びた背筋に緊張が走った。

「警察から聞いたのだが、君が綾乃の部屋の場所を言ったそうだな」

「はい」

「自分が殺されると思ったからか?」

「・・・・はい」

 真二の答えに宗雄は深いため息をひとつ溢した。

「なんてことを・・・」

 頭を抱える宗雄に芳江が言う。

「お言葉ですが旦那様、彼は自分が殺されるかもしれない状況にいたんですよ。それを責めるのはあんまりでは――」

「そんなことは問題ではない」

「いいえ、彼もこの屋敷に勤める大切な使用人の一人です」

「いい加減にしろ。君たちみたいな使用人、綾乃の命に比べれば何の価値もない!」

 その言葉に芳江は言葉を無くした。

「いいか、君たち使用人がどうなろうと代わりはいくらでもいるんだ。しかし、綾乃は違う!綾乃は違うのだよ!

 ああ、私の大切な綾乃が誰ともわからぬ奴に誘拐され、今何をされているかもわからない・・・・それだけで不愉快だ!貴様が、貴様が綾乃の部屋を教えたりしなければこんなことにはならなかったんだ!」

 目の前の机にこぶしを叩きつける。泣き叫びながら怒る宗雄の姿、それは威厳ある屋敷の当主ではなく、義理の娘を異常なまでに溺愛する一人の男の姿だった。

 芳江たちは愕然と黙ってその場に立ち尽くした。宗雄の言葉にではない、宗雄の豹変した姿にただ驚いていたのだ。

「君たちに言いたいことはそれだけだ。岡本真二君は今日までで解雇だ。明日には出て行ってもらう」

「待ってください!」

突然で横暴な命令に芳江が声をあげる。しかし宗雄は、

「黙れ。君も辞めたいのかね?」

 と、冷淡な口調で言い放った。

 芳江はその言葉に口を閉じ、身体を震わせながら耐えることしかできなかった。

「岡本君」

 芳江は隣で黙ったまま何も言わない真二に目を向けた。驚いたことに、そこにいたのは何かを決心したようなふっ切れた表情をした真二が立っていた。

「旦那様・・・・」

 真二が言う。

「お嬢様は自分が見つけ出します!」

 真二の突然の言葉に、芳江はもちろん宗雄も驚きの表情で目を丸くした。

「な、なに言ってるの?」

 芳江が言った。

「吉田さん、俺は真剣ですよ。俺は一人でお嬢様を見つけ出します」

 真直ぐで迷いの無い、そんな瞳を芳江に向けながら真二は言った。

「君は自分の言っていることがわかっているのか?」

 声を震わせながら宗雄は続けた。

「君みたいな使用人が一人動いたところで、綾乃が見つかるはずがないだろ!」

「やってみなければわかりません」

「無理だ、無理に決まってる!」

 吐き捨てるように宗雄が言い放つ。

真二はそんな宗雄に、

「無謀だということはわかってます。でも、椅子に座って動かないあんたよりずっとマシだ!」

 と言い捨てて、部屋から出て行った。

 真二は激怒していた。

 綾乃が誘拐されて哀しいのはわかる。しかし、宗雄はなりふり構わず動くのではなく、椅子に座って使用人に責任の追及をする。そんな行動しかしなかった。実の父親ではないにしろ、綾乃を愛しているのであれば行動に出るはずなのに・・・・。俺が、俺が見つけ出してやる。

「岡本君!」

 気合を入れていたその後ろから、芳江が大急ぎで駆けてくる。

「吉田さん」

「あなた本気なの?お嬢様を探しに行くだなんて・・・」

「もちろん本気ですよ。止めないでくださいね」

「誰が止めるもんですか」

「へ?」

「私も行くに決まってるじゃない!」

 その答えに真二は目をパチクリさせたのだった。



 こうして、芳江と真二の二人だけの捜索隊が結成された。

 今にして思えば、屋敷内で綾乃を心から大切に思っている人間はこの二人だけなのかもしれない。芳江は真二のいる玄関へと向かう途中そう思った。

 玄関では準備を終えた真二が靴をはいて待っていた。

「吉田さん、外寒いんですからもっと厚着したらどうですか?」

 心配そうに真二が言った。

「このぐらいでいいのよ。まだまだ私だって若いんだからね」

「はぁ・・・」

「ほら、行くわよ」

「あ、はい」

 扉を開けると、外の冷たい風が吹き付けてきて身が縮まる。

「まずはどこから行くんだい?」

「そうですねぇ・・・駅の周りから探しましょうか」

 二人は寒空の下、しっかりとした足取りで歩き出した。




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