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「参集頂き感謝しよう」
そう言ったのは騎士団に届いた脅迫メッセージと同じ、あの『白刃の輪廻』の文字が浮かぶスクリーンだった。
無表情な機械音。背筋が寒くなる低い声が流れた。
埃っぽく、薄暗い室内に集められた要人達は皆、不機嫌な顔のままそのスクリーンを見つめた。
「しかしまだ、到着していない輩がいるようだ」
怒っているのかさえ、機械音では判断できない。
卑劣な。
「15分の遅刻。良い度胸をしているではないか」メッセージの時と同じ、笑い声が微かに聞こえる。
そういえば言っていた。『15分遅れたごとにペナルティー』だと。
何が始まるのか。
遅れたのはローン・グレイ側の教会の司祭だ。騎士団に何かあることは恐らくないはずだ。
するとスクリーンの文字は消え、映像に切り替わった。見慣れない風景。コンクリートで作られた殺風景。
どこかの基地だろうか。
画面の端には海が見えた。
「ラクワール火薬庫…!!!」
部屋のどこからか声が上がった。
聞いたことがある。確か、西側の軍事的中心とも言える火薬庫だったか。
そこが今、何らかの標的となっていることは明らかだった。
「何をするつもりだ!!」
今度こそ声を上げた人物を捕らえた。
ローン・グレイ軍大総統だ。
頭の固い、『切って捨てろ』が口癖の典型的な軍人。エリオットのもっとも嫌うタイプの人間だ。
その彼に、スクリーンからの応答はない。
代わりに答えたのは、強烈な爆音だった。スクリーン越しなのに思わず身構える。
灰色で何の面白味もない火薬庫が、一瞬にして紅蓮の炎に包まれた。
馬鹿な。
ここまで大掛かりにする必要がどこにある。
こんなことで、どれほどの犠牲を…!!
スクリーンはその爆発だけを映すとまたあの無機質な文字に変わった。
「約束は、守るのが大人のすることだろう…?時間も守れない餓鬼は、一度痛い目を見せなきゃならん」
その言葉が、要人達の口から栓を抜いた。
今まで、なにも言わなかった彼らが一斉に騒ぎ立てる。
「何が民のためだ!!」
「戦争嫌いがよく言ったものだな!!」
「お前達がしたことのほうが、戦争よりよっぽど不道徳だろうが!!」
こうなればもう、身分も何もなく。
確かに『白刃の輪廻』がしたことは決して道徳的ではないが、それを今この場で騒ぎ立てたころで何の解決にもならない。
完全に動物小屋だな。
檻を揺らす彼らを見て、エリオットは密かに侮蔑をこめた笑みを浮かべた。
「馬鹿馬鹿しい」
団長がそう言ったのも、恐らく幻聴ではないだろう。
「黙り給え」
一頻り騒ぎ立てられた後、また機械音が言った。
それだけで、要人達は主人に叱られた犬のように耳を垂れて静かになる。
これはもう一種の技術かもしれないな、とエリオットは妙に冷めた頭で考えた。
「我々が爆破したのは火薬庫のみ。被害者など出してはいない」
「ありえん!!」また大総統だ。「その火薬庫は、何百という人々が働いている。我々ローン・グレイに気付かれず、そんな大移動が成し得る訳がない!」
「ありえんと思うなら思っていろ。我々は無駄な犠牲は出さん。諸君と同じ物差しで我々を測るな」
間髪入れず『声』は無表情に言い返す。
その物言いに元々スリムとは言えない体が真っ赤になってプックリと膨れ上がった。また何か言い返そうと大総統は口を開きかけたが、スクリーンの脇にいた覆面の男達が彼に銃を向けた。
「随分と無駄話が過ぎてしまったようだ。我は話を遮られるのが嫌いでね」
また、不気味な笑い声が挟まる。
「さあ、本題に入ろう」
すると、正義のヒーローの登場とでも言うように、閉め切ったドアが勢いよく開かれた。
「火薬庫に何をした…!!!」
ラクワール領主であろう、ジャラジャラと下品に宝石をぶら下げたその人は、後ろに恰幅の良い大男を従えてどこにとも言わず叫んだ。
「その話はもう終わった。座り給え」
いくら機械音とはいえ、流石に苛立ちを帯び始めた。
それでもなお口を挟もうとするその人は、エリオット達がされたように無理矢理檻に押し込められ、銃を向けられた。
「これで、全員そろった。今度こそ始めよう」
「諸君に送ったメッセージでも言ったように、我々の目的は『終戦』最低でも『休戦』だ。意味のない戦争はもうやめにしようではないか。『終戦』を望まぬ民は探さないとそうそういない。何故なら、貴様らは目先のことばかりで民の意見等聞きもしないからだ。反論なら聞いてやる。何かあるか」
途端、今まで散々言いたい放題だった彼らが静かになった。
「ないようだ。諸君は分かっていたのではないのかね?本当は戦争など無意味だと。提携を結んだほうがより一層の発展に繋がるのではないか、と。つまらぬ矜持はもう捨てろ。民の上に立つならば、それに相応する動きを見せろ。強さとは、敵を倒し、伸し上がることではない。敵も何も受け入れて、手を取り合う勇気だ」
綺麗事を。そうどこかで呟くのを聞いた。
綺麗事。綺麗と思っているならば、それが理想なのだろうが。
確かに、無理が多い。こうして国王や、エリオット達軍人を監禁とも取れる状態にしておくことで、完全にテロリスト集団と見なされるだろう。そして何より、この頭の固く、プライドだけが高い連中がそうややすと言い分を飲むとは思えない。
だが、ここまでした集団のことだ。まだ何か切り札があるはず。
エリオットは一人好奇心で状況を窺っていた。
また、クククッと背後で笑う声がする。
それは、エリオットの期待に応える事を示しているようだった。
「ここに条例制定のための議定書がある。諸君らはそれに調印すれば良い。簡単だろう?」
それだけか。もう終わりか。
しかし、背後の忍び笑いは止まらない。
「ここで今すぐ、調印してくれると言う、心ある方はいらっしゃるか。さあ、どうか」
やはり、要人達は、団長も含め黙ったままだった。
「そうか、残念だ。やはり諸君はただのお飾りだったようだ。では、これでどうだ」
スクリーンがそう言うと、部屋のいたるところで眼をかっ開いてエリオット達を見張っていた覆面たちが、膨大な量の書類を束ねたものを檻の中に投げ入れた。
エリオット達の檻では、団長がそれを受け取って一頻りそれをめくったあと、エリオットにもそれを見せた。
それには、紙一面に書かれた人の名前。達筆なものから、まだ覚えたてじゃないかと思える子どもの字まで。
「このリシェールの住民達の署名だ」スクリーンの声はそこでエリオットたちの反応を見るように間を空けた。
「今現在、此処に諸君が集まっていることは全住民に知れ渡っている。つまり、だ。我々はほぼ全土の民を味方につけている。もっと言うと、諸君が我々に逆らうと言うことは、民を敵に回すと言うことだ」
これを聞いて、エリオットは溢れそうになる笑みを抑えなければならなかった。
ここに集まった馬鹿共が、これにどう返すかが見物だ。
尤も、ここまでやられてしまってはもう詰みは近いだろうが。
「はっきり言おうか。これを見て調印しなかったら諸君は屑だ。我々は制裁の対象とみなす。我々民は、諸君の駒ではない。自由に生きることを保障されるべき生き物だ。そして、諸君は我々民のためだけに国を動かさなければならない。当たり前のことのはずだ。そうだろうが?」
巧いな。中々説得力がある。火薬庫の爆発も良い演出だ。
民を抑えられ、こうも実力を見せられれば従わないわけにはいかなくなる。それに、この『白刃の輪廻』の言うように戦争の終焉が見出せなくなってきたのも事実なのだ。
「さて、その中にはMagunaHarks社社長や各シクター製作会社社長の署名もある。それがそういうことを意味するか、分かるであろう?リシェール国の経済全域を敵に回すということだ。諸君らは、我々民の武力と経済力に対抗することが出来るつもりだろうか」
MagunaHarksとシクターと来たか。これはもう抵抗のしようがないな。リシェールの2大勢力を掲げられてしまっては。
「そろそろ、お開きだな」団長がエリオットに耳打ちした。
「ええ。『白刃の輪廻』の勝利ですね」
そう返せば、団長もエリオットに肯き返した。
それからの要人達の様子は掌を返すようだった。
次々に『白刃の輪廻』の差し出す書類にサインをしていき、戦争は終結に導かれていった。
なんとも呆気無い。
50年にも渡る大戦争が一介のギルドによってこうも簡単に終結するとは。それも、たった数時間の会議によって、だ。つまりはこの戦争は兵力、国力、財力ともに無駄遣いし、何より無駄に国民の血を流した何の実りの無い争いに終わったということだ。
エリオットは他人事のようにその様子を眺めていた。
「ご協力感謝しよう、諸君。理解のある方々が集まってくれて実に良かった。では、今日の会議のことをくれぐれもお忘れなきよう。我々は、常に諸君を見ているぞ――――――」
スクリーンはバチっと音を立てると、前触れもなく消えた。
「皆様、本日は誠に有り難うございました。どうぞ、お気をつけてお帰りくださいませ」
今まで一度も話さなかった覆面の男が深々とお辞儀をして、それを合図に周りの男達が順にエリオット達の檻の鍵を開けた。
要人達はそれぞれ、付き添いに支えられながらぞろぞろと帰っていく。
多種多様の表情をスクリーンに向けながら。
エリオットも部屋を出ようとするが、檻は出たものの、檻の前で団長がスクリーンを睨んだまま頑として動かない。
団長は要人達が全員出るのを待っているようだった。
それを見たエリオットもその団長に従って傍らに立ち、動かなかった。
「フレーメル騎士団様?」覆面の男が訝しげに団長に話しかけた。
団長はそれを無視し、全員が部屋から出たことを確認して部屋の中心に立った。そして無表情に何も映し出されていないスクリーンを見上げる。
「フォーダット=ジェクシアは何処だ」
団長の声からは何の表情も見えなかったが、その声はやけにきっぱりとスクリーンへ向かった。
エリオットからすれば聞いたことのない名前に、覆面の男達からは動揺の色が醸し出される。
その様子から、ここにいる自分以外の人間がその名前を知っていて、且つそれが重要人物だということをエリオットが想像するのには造作もなかった。
「彼を何故知っている。その存在は我々のもつ情報の中でもトップクラスの機密事項の筈だ」真っ黒のスクリーンは何も映さないまま応えた。
それも機械音ではなく、地声で。
「聞いたのは私だ」
「・・・彼は此処には来ない。この程度のことで彼を動員させなければならないほど我々だって落ちぶれてはいない」
団長はそれを聞いて一層鋭くスクリーンを睨み付けた。
「君達は本当に『白刃の輪廻』か。彼が、部下に仕事を任せきりにするとは思えない」
「彼の名前を出して我々を愚弄する気か!我々は彼に信用されているのだ!!」
信用。なぜか団長にとってその言葉は禁句らしい。
殺意とも取れる表情でスクリーンを睨み、剣を今にも抜こうかと右手が彷徨っている。
「あいつに…信用?貴様らが?笑わせるな・・・。副長。行くぞ。時間の無駄だった」
そう言って身を翻した団長の横顔は、どこか哀愁が漂っている気がしてならなかった。