6
エリオットと団長を乗せた戦闘機は轟音を鳴らし、カルバリン島の端にある滑走路に着陸した。コンクリートに固められた滑走路は、もうずっと遣われていなかったのか、ほとんどが赤褐色の砂で覆われていた。その滑走路には、もう既に幾つか領が所有する戦闘機と見られる船が停めてあった。
エリオットは腰に提げた一振りの剣を握り締め、船を降りた。
目の前には若干斜めに傾きながらも聳え立つ、廃墟のような老朽した塔。
「団長、行きましょう」そう言うと、団長は頷いてエリオットの前に立った。
団長が勝手知ったように悠々と歩く後ろについて、エリオットは周りを見回し、万一のために地理を頭に叩き込んだ。
「無駄だ、副長。ここまできたら我々の力じゃもう後はどうにもならん。下手な知識を頭に入れるのは止めておけ」
そう言われ、エリオットは背筋を伸ばしまっすぐ前を見た。
しかし妙である。いくら団長でも警戒心がなさ過ぎる。
そう思って団長の顔を盗み見ると、その横顔はいつにも増して険しく眉間に皺を寄せていた。
団長の本気の印。
常に適当に、面倒は避けて歩き、手柄は巧く自分のものにする。団長はそういう体たらくな人だが、このエリオットが従うのには訳がある。
実力があるのだ。エリオットも只では手出しが出来ないほどの実力が。
史上最年少での副団長に就任したばかりとあって、エリオットにだってプライドがある。しかし、幾ら努力しようと、この人には適わない。それは剣の腕だろうが頭の回転だろうが同じことだ。
その団長の眉間に皺が寄った。
きっとこの無人島には何か歴史を塗り替えるような大事が待っている。その表情を見た途端そんな予感が脳裏をかすめた。
それと同時に肌は異様な湿気を感じた。初夏の日照りで暑く、風は湿り気を帯びてやや強く吹く。
塔を見上げると背景は一点の曇りもない蒼。
ところが頭を西に動かせば、あるのは灰色の毛糸の塊のような分厚い雨雲が構えていた。
風の向きは西から。
荒れる。
それでも団長がエリオットに背を向け進む限り、エリオットも立ち止まるわけにはいかない。
それは忠誠心からきたものではない、なにかだ。
そう心の中で実感して塔の真下に着いたのは、滑走路に降り立ってから15分程経ってからだった。
「ジェオラ。上に着いたら一切向こうの話に口を挟むな。彼が機嫌を損ねかねない」唐突に団長が言った。
団長に階級なしで呼ばれたのはエリオット自身が研究生だったとき以来だ。
そして何より、『彼』。
誰のことを言っているのか。
「彼、とは」エリオットが団長を見上げ、訊いた。
「そんなことは言っていない」返ってきたのは誤魔化すような言葉。
団長に『白刃の輪廻』の知り合いがいるなんて聞いた事もない。そんな話があるなら少なからず問題になっているはずだ。
団長はエリオットから隠すように顔を背けた。
エリオットが騎士団に来る前に何かあったのか。
『白刃の輪廻』は部下に調べさせたが、何も騎士団に繋がる情報は得られなかった。
となると彼自身に何かあるに違いない。
やはりここには何か大事が待っている。
それは確信に変わっていた。
それからエリオットたちは塔に纏わる蔓のような螺旋階段を上って大広間に着き。射るような視線に囲まれながら『白刃の輪廻』の者と思われる人に中へ連れていかれた。
下賎なギルドらしくほぼ顔を隠した男達に肩を乱暴に捕まれ、抵抗する暇もなく檻のような物に入れられる。
その手つき、完全に慣れていた。今までどれほど犯罪に手を染めてきたかを露見したようなものだ。
その檻の中にはまあまあ快適そうな椅子が2つ置いてあった。
団長は何も気にしていない様子でそれに座り、エリオットにもそうするよう促した。
エリオットはそれに従い、周りを見渡した。
見覚えのある要人達が、同じように檻に入れられている。
その様子は宛ら動物園か、見せ物小屋か。
そして、それは始まったのだ。