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確かに痛みはあった。脳を揺さぶられるような痛みだったが、耐えられない程ではなかった。
シンドとディドリーはそろってモニターを見つめ、難しい顔をする。横目でそれを見ながら、エリオットはこれから何と言われるのかを予想した。
異端者?異常者?二人の顔から察するに、どっちにしろ禄な事は言われないだろう。
そしてエリオットは機械に揺さぶられながら、どうしてこんなことになってしまったのか考える。
あの水晶は何故あんなふうに割れてしまったのか。そもそも、僕は何故こんな検査を受けているのか。確かフォーダットはディドリーに会うくらいにしか言っていなかったはずなのに。
最近、物事が全て自分の手の届かない頭上で回ってしまっているような気がする。それに振り回されているだけのような・・・。
しばらくして、機械がピーっと警戒音のような音をたてた。
「終わったわ」
「エリオット…お前はその…」
ディドリーが口ごもる。
なんだというんだ。死刑宣告なら早くしてくれ。
「何かの間違いよ。フォーダットさんに確認とってくるわ」
シンドは吐き捨てるように言って出て行った。
エリオットは取り敢えず全身のクリップを外し、椅子の背に預けていた上体を起こしてディドリーの言葉を待つ。お互いの視線はぶつかるも重い沈黙が消え去らない。エリオットの腕時計がカチカチと鳴る。針の音がもう何十回と鳴ったあと、とうとうエリオットは耐えきれなくなって口火を切った。
「おい、ディドリー」
「あ、ああ」
また少しの沈黙。
「ディドリー!!」
ディドリーの煮え切らない態度に苛々する。なにがそんなにも問題だと言うんだ。
ディドリーは意を決したようで、強く頷いた。
「今の検査、シンドはいつも適正検査っていうけど、はっきり言ってそんな優しいもんじゃねぇ。能力があるかないか審査だ」
能力。そんなもの。鼻で笑おうとしたがディドリーの顔を見て出来なかった。人の能力なんてものをこんな形ばかり大仰な機械に計られてたまるものか。だけどディドリーは本気らしかった。常にちゃらんぽらんなディドリーでもそんなふざけた所で妄言を吐く程じゃない。
「なんの、能力だと?」
エリオットは嘲るように言ったつもりが、ディドリーには通用しなかった。
ディドリーは一瞬驚いたような顔をして此方を見て、直ぐに苦笑した。
「そっか。知らねえよな。『然術』て、俺らは呼んでる」
『然術』。聞き覚えはない。ただ心あたりはあった。首領が見せるといった『手の内』だ。きっとそれだろう。
「それはどういったものだ」
「そうだなー…簡単に言えばシクターなしでシクターと同じ力が使える能力ってやつだ。人によって能力の大きさに大小あるから、シクターなしじゃ使えない人もいるし、逆に自力の方が質の高い力出る人もいる。俺はからっきし無能なんだけどな」
ディドリーは何でもないことのようにカラカラと笑った。
エリオットは同じように笑う気にはなれなかった。
ありえない。そもそもシクターというもの自体が自然の摂理を無理やりに捻じ曲げるような性質を持っている。無から有を生み出す魔法の宝石なのだ。それを人間が同じことをするというのはそれ即ち人間が人間でなくなるのと等しいと言っているようなものだ。
僕はそんな化け物になった覚えはないし、なりたいとも…。
其処まで考えて、エリオットはフォーダットの強さの秘密に思い至った。
そう考えればおかしくは無い。あの化け物がその能力とやらを保持していて、それを使いこなしているとしたら。
そんなありえない能力を本当にモノにしているのだとしたら、あの化け物みたいな闘いっぷりにも説明がつく。
ありえないとありえないが重なって、一つありえないが減るか。
馬鹿らしいが、きっとそういう種だろう。
「で、それが僕はどうだって?」
ディドリーは直ぐに笑みを引っ込めた。
「俺がそこらのバカだったら喜んでやれるのになぁ。ほら、俺様天才だから」
そうのたまってディドリーは苦笑した。
「エリオット、お前、能力が高すぎる。本来人間では保有できない程の『然術』適合者の素質をもってる」
能力が高い。人間では有り得ない程。聞く限りでは良さそうなものだが、その言葉に嫌でもフォーダットの言葉が浮んだ。
―――貴方には才能があるんです。それこそ各世界勢力が揃って喉から手を出すほど…
そう言われるのは嫌だった。そしてそれが事実ならばなおさらだ。
その時自分がとってしまった態度を思い出すとバツが悪くなってくる。
あの男、どうしても苦手だ。
「俺の研究って言ったらシクターだろ?あんまり剣とか興味なかったんだけどさぁ…人間がシクターと同じことを出来るってんで調べたんだよ。確かに『然術』はすげぇよ。革新的な能力だ。だけど、そのぶん身体的な影響もかなりある。お前のその適合力で術を使ったら、お前、きっと身を破滅させる」
思いがけず予感が的中。まさかの死刑宣告。
だけど。
「その能力を使わなければいいんだろう?」
そう難しいことじゃないはずだ。今までそんなものを使ってはこなかった。それでも充分に戦えていたし、なんら不便はない。もし、それではこのギルドでやっていけないというのならばまた鍛錬し直すまでだろう。
「簡単に言ってくれんなぁ…。適合者ってのは超貴重だ。フォーダットさんがほっとく筈がねぇ。あの人のこった、何か考えがあるんだろ。多分、お前、荊の道を選んだぜ」
ディドリーは何時もの悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「どういう意味だ」
エリオットの問いに、ディドリーは一層笑みを深くするばかりだった。
「フォーダットの考えそうなことに、お前、何か心当たりでもあるのか?」
「いや、そうじゃねえよ。だけどさ、あの人も相当な『適合者』なんだぜ?」
「それは…、そうだろうな」
「ん?ああ、お前、闘ったんだっけか。いいよなぁ…」
ディドリーは両手をパンと叩いて自分も近くの椅子に座った。
これは…話が長くなる予感だ。
ディドリーが両手を叩く癖は興奮している時によくする動作だ。
「すっごかっただろう?いやぁ、何食ったらあんな人が出来あがんのかねぇ。お前が割ったあの水晶な、能力を察知して色が変わる特殊な水晶なんだけどさ。あれって無駄に頑丈で、ちょっとやそっとじゃどうにもなんねえの。あれに影響を与えることが出来んのは能力オンリーで、割る、なんつったら相当な能力が必要なわけよ。お前はまあ、その相当な『適合者』なわけなんだけど…いや、それはどうでもよくってな?フォーダットさんはなんと!!その水晶を近づくだけで割っちまうすげえ『適合者』なんだよ。だから、水晶が安置されてるこの部屋は、フォーダットさんがこのギルド内で唯一入室を禁止されている区画でな?いや、つってもあの人は自分で能力の大小をコントロール出来るっていう半端無い使い手だから、入ってきても支障は無いんだけどさ!!お前も闘ったなら分かると思うけど、あの人の凄いところは絶対に手の内を見せないところでな?それで」
「分かった!!フォーダットが凄いのは分かったから」
こいつ、こんなに熱くなれる奴だったか。いや、シクターに対する熱意は常に感じていたが。
遮られたディドリーは少し不機嫌そうに口を尖らせる。
「んだよ、俺様の話が聞けねぇってのか?」
「お前の話より、フォーダット自慢の話がうんざりなだけだ。ここに来てからというもの、もう耳がたこになりそうなくらい聞いてるんだ。いい加減にしてくれ」
「なに、俺以外からもきいてんの?」
エリオットは食堂でカイユラやその取り巻きから聞いた話を話した。
「ああ、あんときね。あれは、ちょっと不可解なんだよな…」
ディドリーは眉間に皺を寄せて首をかしげる。
「フォーダットさんの能力は確かにすげーけど…能力を使ったら近くにある水晶がなんらかの反応を起こすはずだ。それが、あん時俺、ここにいたけどなんもなってねぇんだよな。おっかしいなー」
エリオットにとって、あんまり聞きたくない情報だった。フォーダットに関してこれ以上理解できないことを増やしたくない。
一ギルド員と創始者がそうしょっちゅう顔をつき合わせることも無いだろうが、あまり得体の知れない人間の下で働くというのは気味が悪い。
ディドリーやこのギルドの構成員達はちっともそういうことを考えないのだろうか。
それで無くともあの男、なにかありそうだというのに…