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God Games†  作者: R1C2
1章 幼き剣士
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 エリオットの怪我が治癒するまでにはそう時間がかからなかった。やはりここの設備もよく、シクターを使っているのだろう。特殊な機械を傷口に当てられると、すぐに何もなかったかのように傷口は塞がった。全身の痛みはそう簡単には引かなかったが、看護士にはもう遅いから一晩寝て、朝になったら退院していいと言われた。

 エリオットはその指示に従い、ふわふわの毛布に潜り込んで顔を埋めた。


 らしくない、らしくない。

 ほぼ初対面の相手に声を荒げるなんて。自分らしくない。そんな幼稚なことをするつもりなんてなかった。このギルドに引き入れたのは向こうだ。僕のことを調べていることなんて当然だ。予測していた。

 奴はどこまで知っているのだろう。どこまで知って、僕をこのギルドに引き入れたのだろう。少なくとも、僕がジェオラ家当主の養子ということは知られているだろう。


 エリオットの母親はジェオラ家の長女であったがどこの馬の骨とも分からない男と駆け落ちし、その当人、エリオットの父親はエリオットが生まれるとともに蒸発。母はシングルマザーとしてひっそりと生活していたが、エリオットが3歳の頃に心臓病で亡くなった。後にエリオットはジェオラ家の養子となったが、家族に歓迎されるはずもなく、忌み者として、情夫の子として蔑まれて生きてきた。

ジェオラ家の後ろ暗い部分はよく知っていた。金と権力に物を言わせて何をしてきたか良く知っている。

 自分の腹の黒いところを棚に上げ、こちらを白い目で見るその視線に、嫌悪しか沸かなかった。


 貴族なんて嫌いだ。しかし皮肉なことに自分も貴族なわけで。そして庶民からの貴族差別の対象でもある。

自分の生を呪うようなことはしない。しかし、貴族ではなく、一個人としての自分を確立するためだけに努力してきたのに、才能、の一言で片付けられるのは余りに度し難い。


騎士団に入って、少しは現状は軽くなると思った。実力主義の世界。実力だけが物を言う世界。だが、貴族という称号は何時まででも付きまとった。

まだ、僕だけの力じゃない。まだ貴族の力がある。副団長に任命された時、どれだけの人間が陰口を叩いたかを知っている。どれだけの人間が賄賂の存在を信じたかを知っている。


法で縛られないギルド。ここでは貴族の力は関係ないと思った。だから首領の賭けに頷いた。

だけどフォーダット。お前も努力より元から持ち合わせたものしか見ないんだな。


胃の奥に鉛の塊が落ちたような感覚があった。どうしようもない失望感に襲われた。

はあ、と小さく溜息を漏らすと潜り込んだ布団が少し湿って不快だった。




朝になり、もうほとんど身体の痛みも無くなって退院の許可が出た。

本来ならこの『白刃の輪廻』の一員になったのだからフォーダットの指示に従わなければならないのだろうが、昨日の今日で素直に従う気にはなれなかった。

ディドリーとは話がしたいが、その前に気分転換がてら親方さんに挨拶に行くことにした。


右も左も分からない施設内を人伝に歩き回って、やっと親方さんの工房に辿り着いた。

施設の外れにあるその工房内は所狭しとシクターやその部品、又工具などが乱雑に置いてある。


「エリオットか」

「お久しぶりです。ティンバーさん」

ごちゃごちゃとした工房は場所が変わっても相変わらずだ。そしてぶっきらぼうで愛想の無いその声も。仕事から目を離さず、中々視線を合わせないところも。


「僕をここに呼んだのはフォーダットとあなただと聞きました」

「当然だ」

「どういうことでしょう」

「腐った場所にお前をおいておけん」

「腐った、というのは騎士団のことですか」


親方さんからの返事はない。無言の肯定ということだろう。


「ここは腐ってないんですか」


親方さんは一瞬ニヤリと笑い、口を噤んだ。

そうだろう。腐ってない組織なんて存在しない。

そりゃ、騎士団だって。貴族のいいなりになって戦争していた張本人なわけだ。きっと癒着くらいはあっただろう。


そう考えて、ああと納得した。


僕はやはり騎士団を辞めたかったのだ。

貴族から逃げるように独り立ちしたのにその先が貴族のいいなりで、自分の反抗的な何かが納得するはずがない。


このギルドに惹かれたのもそこか。

貴族と縁を切る。国を気にせず活動する。僕が求めていたものだ。


「騎士団はだめだ」

親方さんはぼそりと呟いた。


何も言わなかった。返答を必要としている風ではなかったから。


「ここはいい。自由だ」


乾いた沈黙が降りた。

しかし、その沈黙が心地良い。長年知っている間柄だからこその沈黙だ。


「昔、よく工房に遊びに行きましたね」

「全くだ、悪ガキめ。ディドリーと一緒に悪さしおって」


親方さんはさも面白そうにクツクツと笑う。

懐かしいが、本人が目の前にいると妙に照れくさい。


「あまり言わないでください。昔のことでしょう」

「ああ、あの悪ガキがよくもこんなにでかくなったもんだ。いや、身長は変わらんか?」

「ティンバーさん、それは流石に怒りますよ?」


全く、気にしていることを。エリオットは年の割りに小柄な方だ。これから伸びる見込みも、正直あまりない。


「ディドリーも精神は半人前だが、よく大きくなった。もう工房でコロコロしてたお前らじゃないってこったな」

「そうですね」


幼い頃はよくジェオラの屋敷を抜け出して工房に入り浸っていた。たった一人の友人であるディドリーに会いに、そして親方さんに会いに。

感傷的になるのは好きではない。でも、最近はあまりに早く環境が変わりすぎてついつい感傷的になる。


「うまくやれよ、エリオット」


はっとして伏せていた眼を上げると、真正面から目が合った。真剣な顔を向けてくる親方さんに、胸の奥から何かがこみ上げてきた。


「はい」


目線を合わせたまま力強く頷くと、親方さんは満足したように頷き返し、また仕事に意識を返した。


やっぱり、良い。心が落ち着く相手がいるというのは。

いままで、僕は焦り過ぎていたのかもしれない。早く自立しなくてはいけないという思いが強すぎて、それだけに囚われて焦っていたのだ。

親方さんはいつも楽しそうに仕事をする。自分の好きなことを仕事にしているからこそ、自分の好きなように気ままに生きて、そして自由を求めている。


僕も、親方さんのように生きたい。

自由に、自分の思うまま…。


そのためには、やはり精神的に強くならなくては。


エリオットは敬意を込めてまた親方に礼をし、工房を後にした。


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