13
頭がクラクラする。
ふわふわの感触が体を包む中でエリオットはぼんやりと目をさました。
「目が覚めましたか」
そう丁寧な口調で声を掛けてきたのはやはりフォーダットだった。顔を少し横にずらし、声の方を向くとその穏やかな笑みが目に入った。
医務室だろうか。白に統一された内装にベッドが幾つか並んでいる。そう考えてから自分が気を失っていたことに思い至った。疑問は留めなく湧いてくる。主についさっきの闘いについて。
比喩でなく、本当に人間離れした人は初めて見た。副団長である自分でさえ、何が起こったのか半分も理解できないなんて。
「何をした」
つい、エリオットは主語もない、端的な口調になってしまった。
「全身傷だらけでしたので、少し治癒力を促進させてもらいました」
その不躾な問いに、フォーダットはにこやかに的外れな解答を返した。
「そうじゃない。あの時、ノーモーションでの攻撃があった。あんなの、有り得ない」
「ふふっ私、えげつない戦い方するでしょう」
自分で言うか、それを。
「まだ、教えません。貴方が同じ事が出来る位の実力をつけるまでは」
「そうか」
仕組みはとてつもなく気になるが、確かにあんな芸当が今の自分に出来るとは思えない。
「ですがまあ、これで貴方はこの『白刃の輪廻』のものです。これから宜しくお願いしますね」
フォーダットは切れ長の目をすっと細めて笑った。
そんなに心底嬉しそうな顔をされるとあまり邪険にもできなくて反応に困る。
「この先、貴方は私のものですね」
エリオットが戸惑っていると、このフォーダットという男は艶然と笑んで恐ろしいことを言う。
「…は?」
思わず口の端から情けない声が漏れた。
「実は『白刃の輪廻』の創始者は私なのです。これは個人的な所有物でして」
一つ、謎が解けた。
あの慕われ方、あの周囲の尊敬の眼差し。その環境自体をこのフォーダットが作り上げたの言うのだったら納得がいく。
しかし、このギルドには別に首領がいる。
エリオットは首をかしげたが直ぐに答えを導き出した。
ああ、首領は雇われ店長みたいなもので、このフォーダットがオーナーというやつか。この歳でか。
フォーダットは年齢不詳な所はあるが、少なくともそう歳ではないだろう。エリオットとも10違うかどうか。
つまり、こいつが裏でこのギルドを操っているわけだな。
柄にも無く笑いが込み上げてきて表情筋がひくつくのが自分でも分かる。
しかしそれにフォーダットは気付かなかったようだ。
「従って、貴方も私の物です」
エリオットの思考を無視して少々横暴な理論をにこやか且つ当然のように言う。
いやいや、おかしいだろう。確かに僕は賭けに負けたし、契約もこれで成立、となるのは分かるがフォーダットの所有物と言うのは違うだろう。
「貴方が欲しかった。ずっと、ね」
そうやって首を傾げて笑うその姿は子どもが玩具を欲しがる姿にも似ているが、それよりも比べ物にならない妖艶さが漂ってきて眼が放せなかった。
「これ以上は傷に触りますから、私は失礼しますね」
腰を浮かしかけたフォーダットの裾を反射的にはっしと掴む。
「ちょっと待て、まだ聞きだいことがある。最後の僕の技、何故避けられた。相手の動きを手に取るように読めるのか」
矢継ぎ早にそう言ってエリオットは身体を起こそうとするがフォーダットにやんわりと戻されて布団の上からポンポンとあやすように撫でられる。
子ども扱いをされているようで癪に障るが、大人しくそれに従った。
「貴方は…剣の虫というか…少しは剣のことを忘れる時間を持ったほうがいいと思いますよ」
少し困ったように眉根を寄せるフォーダットは何故だか少し幼く見えた。
「疑問をなるべくそのままにしておきたくない性分なんだ」
フォーダットは呆れた表情を見せながらも疑問に答えてくれた。
「…手に取るようにではないですが、分かりますよ。シクター見れば」
「シクター?どういうことだ」
「貴方のシクターは水属性と地属性ですよね」
「分かるのか」
フォーダットはええ、となんでもなさ気に頷いた。
「シクターの属性によって周りの装飾や文様、シクターを埋め込む媒体の材質が変わってきますので。2つの属性を1つの剣に収めるというのは中々使い手の実力が試されると聞きましたが」
随分と博識だ。シクターの製造法から原料まで、情報はほとんどが謎に包まれている。たった一つからとてつもない量のエネルギーを捻出できるシクターは、悪用されないためにも情報は開示していない。そういった情報は全てリシェール国王のお墨付きのある製造会社が鍵をかけている。そしてその中でもシクター製造業におけるトップのシェアを占めている『ダキンエルタ』という会社は、移動船製造の市場を独占している『MagunaHawks Company』と並んで、リシェールの内政に口を出せるほどの勢力を持っている。つまり、シクターの情報をムリに暴こうとする行為は、国の機密情報を暴こうとするに等しいのだ。
そんな中技術者でもないのに、見ただけでシクターの属性を見分けるとは、改めて『白刃の輪廻』の異様さを感じさせる。
「ああ。だが使いこなせればメリットの方が大きい」
「でしょうね。ですが、最後の電流…態と2つのシクターを反発させましたね。危険ですよ、貴方にとっても、シクターにとっても。」
…驚いた。初見で見破れる人がいるなんて。
少し興奮している自分がいた。凄い。分かってくれる人がいる。シクターを使った技術が型通りなものだけじゃなく様々な活用や可能性があることを分かってくれる。
電気系のシクターを使っていないのに電気ショックを与える技は完全に自己流。いや、リーと二人で奥の手として考えた技だ。
僕は兎も角、ちゃんと使いこなせないリーにとっては完全に自殺行為だった。それなのに、あの時・・・。
「分かってる。あんなことはよっぽどのことが無い限りしない。それより、お前がなんで受け流せたかの方が不思議だ」
「ふふふ。年の功ですよ」
…それも言う気はない、ということか。
今後の参考にと食いつくように聞いたのだが少し気持ちが萎んだ。
「ふん。つまりお前は規格外ということだな」
「それは…中々肯定しかねますが」
フォーダットは心から心外、という表情を表した。
「僕とて軍の人間。一通りその筋の世界は見てきたつもりでいたが……世界は広いな」
「何を年寄りのように。言っておきますけど。貴方が望めば私を超えることなんて造作もない筈ですよ」
フォーダットは当たり前のように淡々と言った。
聞き捨てならない。自分を卑下する気はないが…。フォーダットは余りにも次元が違う。不可能に近い。
「何を根拠に言ってるんだ。僕は化け物になる気は無いんだが」
「…それは私が化け物だと揶揄しているように聞こえたのですが」
フォーダットの笑みが少しだけ引き攣った。
「因みに、根拠ならありますよ。先ほども言いましたが、私はずっと貴方をうちに欲しかった。今までずっと騎士団団長の手篭めでしたからね。苦労しました」
「手篭めって…僕は自分の意思で騎士団に入ったんだぞ」
もう7年も前のことだ。騎士団の門を叩いたその瞬間のことは今でもよく覚えている。
「身の置き場の無いときに、偶然を装って手を伸ばされたのではありませんか?」
身体の芯に冷水をかけられたように一気に自分の体温が下がるのを感じた。
違う。
確かに、僕に身の置き場なんてものはなかった。それでも、人に僕の存在を認めさせるためだけに必死で剣に、勉学に勤しんできた。
違う。認められたんだ。僕の努力が。
「若干十歳の貴族の子を、何もなくて軍がスカウトすると思いますか?」
「違う。自分で…」
自分で。
そうだ。自分の意思だった。その筈だ。その―――――ハズ
「よりにもよって確かに騎士団と貴族は関係も深いですし、貴族出身の騎士も少なくはありませんが。スカウトとなると話は別でしょうからねぇ」
「止めてくれ」
「貴方には才能があるんです。それこそ各世界勢力が揃って喉から手を出すほど…」
「止めてくれ!!」
シン…と凍りついた空気が痛々しい。
フォーダットからは何の感情も読み取れなかった。
そんな風に、僕を挑発してどうする。僕に、才能なんてない。才能じゃない。実力だ。
「やはり身体に障りそうなので失礼します。看護士に退院を許可されましたら、研究室に行って下さいね。ディドリーが待っています」
フォーダットは今度こそ腰を上げた。
「それから、貴方はもう私のものなんですから無茶はしないように」
いいですね、と低い声で釘を刺したフォーダットは音も無く病室を去って行った。