【夏のホラー2026】肝試し【音】
──1998年7月。その日は突然やってきた。
「私、先輩と付き合ってるの。」
幼馴染みの麻依が部活の先輩と交際する事になったと俺に報告してきた。
「そ、そうなんだ…!よかったじゃねぇか!」
「うん。だから一緒に映画行けなくなっちゃった。ごめんね。」
俺の強がりなんて麻依には1ミリも伝わらない中で、その先輩が迎えに来ていた。
「おーい!早く行こうぜ!」
「うん。すぐ行く~!」
俺は麻依に手を振り返す事しかできなかった。
翌日。俺は一学期分の補習の為に学校へ来ていた。
「おい!麻依ちゃんに彼氏できたらしいぞ!?」
「あぁ…知ってる。昨日言われた。」
「なんだよ…俺はてっきりお前らが付き合ったと思ってたのに。」
「そんなマンガみたいな話がある訳無いだろ。」
噂好きの友人と云うのは厄介な存在で、普段は面白おかしく聞けたものが、半分当事者である今回は途端に不快な話へと変貌していた。
「ゴシップも大概にしておけよ。」
俺は隆治を軽くあしらって教室を出て購買部へ向かった。
蝉の声が日差しに乗って渡り廊下に突き刺さっているのを感じると、嫌でも夏と云う季節が嫌いになるし、世間は夏休みだと云うのに登校している自分の事も嫌いになる。
「…早く帰りたい。」
購買部には、もはや親の顔より見たと云っても過言じゃない惣菜パンと緑茶のペットボトルが冷やされていた。せめてもの情けか、オバチャンたちが食中毒にならないように対策してくれている事に感謝しつつコロッケパンと焼きそばパンとお茶を買って教室に戻った。
「またコロッケパン?ホント好きだね。」
「まぁ、好きではあるんだけどな…」
礼子とは定期テストで点数を争う内に自然と親しくなった。隆治の事をイケメンと称する辺り、美的センスがあるとは到底思えない女だ。
俺は憂鬱な気分でコロッケパンを頬張りつつ礼子の話を右から左へ受け流した。
「ちょっと!聞いてんの!?」
「いふぁふっふぇんやろ。」
食事中に話し掛ける方がどうかと思うが、俺の想いが伝わる事は無い。理不尽に殴られつつペットボトルのキャップを外すとコロコロと転がって床に落ちた。
一杯飲むつもりがいっぱい飲む羽目になったが、当の犯人である礼子はすでに隆治と楽しそうに話していた。
午後の補習も終わって帰る支度をしていると、トイレに行きたくなった。そりゃあ一気に飲めばそうなる。
相変わらず蝉の声がうるさい廊下。蜩が鳴き始めるにはちょっと早い時間帯だが、その声は夕陽を錯覚させてくれた。
蒸し暑いトイレは臭いも相まって最悪の場所だ。蝉よりも蝿の羽音がしそうな不快感の中で出すものを出すと、隆治の声がした。
「なんだ。ここに居たのか。」
「…便所くらいゆっくりさせてくれ。」
「今日の夜、みんなで肝試ししようってなったんだけど、お前来る?」
「…行く。」
「オッケー…じゃ後でメールするわ!」
「…俺の、メール対応、してない、ぞ。」
「そうだったな。じゃあ電話するわ。」
「…おぅ。」
隆治のせいでちょっと跳ねたから念入りに手を洗い、俺は帰路についた。
夜。
校舎前には数人の影があって、聞き覚えのある声がしていた。
「おぅ!来たか!」
「悪い、遅れた。」
「ミっちゃんも来たんだ…?」
隆治の奴、麻依も呼んだのか…
「私たち遊ぶのっていつぶり?」
「学校じゃしょっちゅう会ってるけど遊ぶのは久々か。ホントはもっと集まる予定だったんだけどなぁ~…」
三年生になって麻依と俺たちは別のクラスになった。そのせいで俺は告白するタイミングを失い、どこぞの先輩に麻依を取られてしまった。
「それで、肝試しってどうすんだよ?」
「今日の補習の時、俺は教室に"あるもの"を置いてきた。今回はそれを取りに行く!」
「いいね。面白そう!」
「私こういうの久しぶりかも。」
「流石に三年じゃ勉強勉強だしな。」
「あたしたちの場合、補習だけどね。」
どうせ隆治の事だから大したものじゃ無いのは明白で、昼間の段階から仕込んでたのかよ!とか、麻依を呼ぶとか当て付けか何かかよ!とか、みんなって言うからてっきり一緒に補習したメンバーの事だと思ったのに!とか、俺は隆治との付き合い方を考え直そうと思った反面…それとは別に、学校に忍び込むと云うシチュエーションにはワクワクしていた。
フェンスを超えて非常口に近付く。
「守衛の見廻りには気を付けろよ?」
「わかってる。」
「あのさぁ…」
「ん?なんだよ?」
「普通に校門から入ろうよ。」
「…お前は風情と云うものがわかっていない。」
「…そうだぞ。」
礼子と麻依は普通に裏門から入っていた。
「そもそも守衛なんて居ないじゃん…」
「だよね。」
「だからさぁ…!」
隆治が予め開けていたのか、普段開いてないはずの非常口はギィィと云う音と共に開け放たれた。
「これじゃ非常口の意味ねぇな。」
「なんで?」
「その内開かなくなるだろ?」
「あー…確かに。」
普段から歩いてるはずの廊下が夜の静けさと懐中電灯の頼りなさで違って見える。
「てか肝試しなら二手に分かれたりしない?」
「確かに。」
「じゃあそうするか。」
さも当然かのように、俺と麻依、隆治と礼子のチームに分かれた。
「俺たちは西側から三階に行く。C組の教室で合流な!」
隆治と礼子は俺たちが反論する前に階段を上っていった。
「あいつら…近いルート選びやがった。」
「ねぇミっちゃん、途中でA組寄っていい?」
「いいけど…忘れ物?」
「参考書置きっぱだったなーと思って。」
「そりゃあ大事だな。」
「ありがと。」
非常口から廊下を進んで東側の階段を上ると、ひんやりとした空気が首筋を撫でる。さっきまで煩かった礼子が場を和ませていた事に気付かされた。
「なんか…肝試しっぽくなってきたな。」
「そうだね…」
「昔はよく行ったよな。遊園地のとか。」
「行った行った…なんか懐かしい。」
気付いたら麻依は俺の袖を握ってる。
「ビビってんの?」
「…うん。来なきゃよかったかも。」
「お前も忘れ物あるんだろ?」
「そうだけど、参考書は買えばいいし…」
「金持ちは言う事が違うねぇ…」
「もぉ!ウチ言う程お金持ちじゃないもん…!」
「はいはい…」
親が医者でそれは無理がある。
「ここ二階だよ?」
「あぁ…もう一個上か。」
階段から廊下を覗いた後、俺たちは更に上を目指した。夜の学校はジィジィ鳴く虫の声と俺たちの上履きの音しか聴こえない。
「ここの階段、部活の時にトレーニングで上り下りするんだけど…」
「ん?」
「OBの人が部活見てくれる時があってさ…」
「あぁ…」
「先輩とはそれで仲良くなったんだよね。」
「…そっか。」
「凄く気さくで、優しくて…」
「……」
普段から使ってる階段の筈なのに、凄く長く感じた。麻依の話は途中から聞くのを止めた。
A組の教室は東側の階段のすぐ隣にあって、舞はロッカーから参考書を一冊取り出していた。
「それ?」
「うん。これで勉強できる。」
「医者の家系ってのも大変だな?」
「親は関係無いよ。私がなりたいの。」
「…頑張れよ?」
「ありがと。」
三年になってから麻依と自分の住む世界が違うんだと痛感する事が増えた。麻依が士族のご令嬢なら俺は街の商家に奉公する田舎の三男坊って感じだ。
教室を出ると麻依は違和感を口にした。
「ねぇ、変じゃない?」
「何が?」
「ここ三階だよね?なんで礼子たちの声聞こえないの?」
「なんで、って…流石の礼子もビビって黙ってんじゃねぇの?」
「だとしても上履きの音とか…何かしら聴こえてきてもよくない?」
…確かに、校舎は異様な静けさに包まれていて、さっきまで聴こえてた筈の虫の声も遠く感じる。シーンとした空気が耳鳴りのように伝わってくる。
「あいつら…まさか俺らを脅かそうとしてんじゃ……」
「…そ、そうなの?」
「可能性あるだろ?分かれたのも礼子の提案だし。」
「そっか…!礼子と隆治くんがグルって事…!」
「そうそう。だから注意して行こうぜ?」
「そうだね…!」
廊下を進んでB組の前に来ると、遠くに小さな明かりが見えた。
「礼子たちかな…?」
麻依は俺の袖を掴んだまま囁いてくる。
「…かもな。てか違ったらヤバいだろ。」
明かりの正体は消火栓のランプだった。
廊下を戻ってC組の教室に入ると、そこには誰も居なかった。
「あいつらマジでどこ行ったんだ…?」
隆治の机を探索する。ぐちゃぐちゃになったプリントが何枚も入ってて、椅子や床に落ちた。
「ハァ……マジか。」
「隆治くん、相変わらずだらしないね。」
「そう簡単に性格って変わらんでしょ。」
「そだね。」
俺たちはプリントの皺を伸ばしながら隆治たちが来るのを待ったが、姿どころか声すら聴こえて来なかった。
「西側行ってみる?」
「だったら逆に俺らが脅かすのはアリかもな。」
「いいね…!そうしよ。」
俺たちは教室を出て西側の階段へ向かった。
相変わらず虫の声ひとつしない廊下を歩いて、階段を下りていく。
もう7月も終わると云うのにひんやりとしていて不気味で、麻依は俺の腕にしがみついていた。
「あんまくっつくなよ…」
「だってぇ…」
「…仕方ねぇな。」
階段を下っていくも、誰とも会わずに一階に着いてしまった。
「あれ?もう一階?」
俺は非常口から校庭へ出ると隆治たちが駆け寄ってきた。
「おいミツ!どこ行ってたんだよ!」
「は?お前らこそどこ行ってたんだよ?」
「何言ってんだ?そろそろ肝試しやるぞ?」
「…え?」
「ミツくん…?」
「なんだよ?」
「それ、何…?」
「え?」
俺の手には麻依が持っていた筈の参考書が握られていた。礼子が懐中電灯でそれを照らす。
「なんだよ…これ……」
それは真っ赤な参考書で、俺の手も真っ赤に塗られていた。
piii.....!!
携帯電話の着信音。俺は電話に出る。
「満男?麻依ちゃんが…麻依ちゃんが……!」
──続いてのニュースです。八王子市で起きた女子高生刺殺事件の犯人として、警察は交際相手だった19歳の少年を逮捕し……
1998年と云えば、ジャパンホラーの金字塔「リング/らせん」が公開された年になります。
あの頃のホラーは本当に怖かった印象があります。
昨今では呪いのビデオは再生する機器が貴重になり、またテレビ離れの影響もあって貞子はスマホから出てきたりしてますね。他の怪異と戦ったり、始球式やったり、美少女化したり…もはやギャグですが、それだけ愛されてきた作品と云う事なんだと私は思います。
まぁ…今回は"音"なんで、"見たら死ぬ"呪いのビデオなんてものは使えません。そもそもパクりですしね。
…登場人物の名前はリスペクトです。




