エピローグ 風の中の三人
これは、あの物語から七年後の春。
語り手は、かつてお腹の中にいた命――陽翔です。
幼い視点から見た“優しい世界”と、
紗季と蓮の穏やかな再会が、
柔らかな風のように描きました。
春の京都は、風がやわらかかった。
桜が川の上で踊るみたいに揺れて、
ぼくは手のひらで花びらを受けとめた。
ママが笑った。
「たくさん取れたね」
「うん、ぜんぶ春の匂いがする」
ぼくは、ママの手をぎゅっと握った。
その手は、いつもあたたかい。
冬の日でも、風が冷たくても、
ママの手を握っていると、
心の中に“おひさま”ができるんだ。
川のほとりのベンチに、ひとりの男の人がいた。
黒いコート。
でも、怖くはなかった。
その人は、ゆっくりと笑った。
ママの目も、少しだけ潤んでいた。
「陽翔、あの人が——蓮さん。」
「れんさん?」
「うん、ママのお友だち。
とても大事な人なの。」
ぼくは手を離して、ゆっくり近づいた。
蓮さんはしゃがんで、目線を合わせてくれた。
「こんにちは、陽翔くん。」
「こんにちは。」
ぼくがそう言うと、蓮さんはやさしく笑った。
その笑い方が、ママと少し似ていた。
「桜がきれいだね。」
「うん。ぼく、春がいちばんすき。
だって、風がうたってるみたいだから。」
「いい言葉だ。」
蓮さんはポケットから、小さな封筒を取り出した。
中には、白い石のついたブレスレット。
「これはね、守ってくれる石だよ。」
「まもってくれる?」
「そう。嘘のないものを大事にしている人の、味方なんだ。」
ぼくはブレスレットをつけてもらって、
手をひらひらさせて笑った。
ママは少し離れたところで、
風の中に立っていた。
桜の花びらが髪に舞い、
目を細めて二人を見ていた。
「ママ!」
ぼくは駆け寄って、その手を引いた。
「ねえ、いっしょに写真撮ろう!」
蓮さんが頷いて、
カメラのシャッター音が響いた。
> カシャ。
春の光の中で、三人の影が並んだ。
風が吹き、花びらが一斉に舞った。
その瞬間、
ぼくはよくわからないけど、
“とても大切な約束”をした気がした。
——また、春に会おう。
——嘘のないまま、生きていこう。
夕暮れ。
川の水面が黄金色に光っている。
ママと蓮さんが並んで歩いているのを、
ぼくは少し後ろから追いかけた。
風が頬を撫でる。
桜がまた、空へ舞い上がっていく。
> 世界はきっと、
> ほんとうのことだけでできてはいない。
> でも、“ほんとうを選べる”人がいる。
> それが、ぼくのママと、れんさん。
ぼくは手を広げて、空を見上げた。
桜が、まるで空からの手紙みたいに降ってきた。
ママが振り返って言った。
「陽翔、春の風、気持ちいいね。」
「うん。ママ、風が笑ってるよ。」
ママが笑った。
蓮さんも、笑った。
ぼくも、笑った。
> 風の中の三人。
> そこには、もう何の嘘もなかった。
>
> ただ、春の光と、
> 永遠に続く命の音だけがあった。




