第十三章 静かな冬
冬の京都は、深く静かだった。
朝の光が淡く障子を照らし、
部屋の中に小さな白い息が浮かぶ。
カーテンを開けると、
外の空気が頬に触れる。
遠くの山は雪化粧をまとい、
空には透き通るような冷たい青が広がっていた。
——あの日から一か月。
あの再会を最後に、蓮とは連絡を取っていない。
約束した「知らせる時」が来るまで、
私は静かに日々を積み重ねていた。
身体は少しずつ変わっていく。
鏡に映る自分の姿を見て、
最初は不思議な違和感を覚えた。
けれど今は、それも自然に受け入れられるようになっていた。
お腹に手を当てる。
その中で感じる、かすかな温もり。
それは“私”ではなく、“私たち”の鼓動。
朝ごはんの匂い。
湯気の立つ味噌汁。
それだけで、生きていることが嬉しかった。
昼過ぎ、近くの神社まで散歩に出た。
木々の間を抜ける風が、鈴の音のように響く。
境内の砂利道を踏むたびに、
小さな音が冬の静けさに溶けていった。
絵馬掛けの前で足を止める。
願いごとを書くための木札を手に取り、
ゆっくりとペンを走らせた。
> 「この子が、笑顔で生まれてきますように」
> 「そして、世界を愛せる人になりますように」
文字がかすかに震えた。
けれど、筆跡のひとつひとつに“祈り”が宿っていた。
風が頬を撫でる。
どこからか、子どもの笑い声が聞こえた。
それは、春の前触れのように、やさしい響きだった。
家に帰ると、ポストに一通の封筒が届いていた。
差出人の名前を見て、思わず息を呑む。
——神谷蓮。
封を切くと、中から小さなカードが出てきた。
銀色のインクで書かれた、わずか数行の文字。
> 『この冬を、静かに越えてください。
> 焦らなくていい。
> 春が来たら、また川の音を聞きましょう。
> ——蓮』
指先で文字をなぞる。
その筆跡に、彼の声が重なって聞こえる気がした。
手紙を胸に当て、目を閉じる。
——あの人も、同じ空の下で生きている。
それだけで、心が温かくなった。
夜。
湯上がりの身体を毛布に包みながら、
私は日記帳を開いた。
> 『今日、雪が降りました。
> この子が生まれる頃には、きっと春です。
> 私の中にある命は、
> 愛された記憶と、赦された時間のかけら。
> そして、未来への約束です。』
ペン先が止まる。
窓の外では、雪が音もなく降り続いている。
白い世界が、静かにすべてを包み込んでいく。
「おやすみ。」
小さく囁き、お腹に手を当てる。
中から、かすかに応えるような鼓動が返ってきた。
> ——静かな冬の夜、
> 世界でいちばん小さな命の音が、
> 確かに、ここにあった。




