第十二章 冬の京都、命の再会
十二月。
冬の京都は、空気までが凛としていた。
息を吐くたびに白い霞が広がり、
街全体がまるで静かな祈りの中に包まれているようだった。
鴨川沿いの道を歩くと、
足元の落ち葉が霜をかぶって光っている。
遠くで鳥の声。
そのすべてが、時間の流れをゆっくりと戻していくようだった。
——あの日、手紙を出してから三ヶ月。
神谷蓮からの返信を受け取ったのは、十一月の終わりだった。
> 『生まれてくるその子に伝えてください。
> あなたは愛から生まれた、と。
> もしよければ、冬の京都で会いましょう。』
その短い文面を何度も読み返した。
言葉は少なかった。
けれど、その一行一行に、彼の想いが確かに宿っていた。
そして今日——。
風の中に、冬の陽が淡く差し込んでいた。
私は、ゆっくりと川のほとりへ向かった。
白いマフラーの内側に、わずかに丸くなったお腹。
自分でも信じられないくらい穏やかな気持ちだった。
橋のたもとに、彼は立っていた。
黒のコートに手を入れ、
少しだけ肩をすくめる仕草。
息が白くほどけて、風に溶けていった。
「……お久しぶりです。」
「ほんとに、久しぶりですね。」
私たちは、少し離れた場所に立っていた。
お互いの間に流れる沈黙が、
決して気まずくはなかった。
蓮はゆっくりとポケットから小さな箱を取り出した。
淡い金色のリボンがかかった小箱。
「これを、渡したかったんです。」
箱を開けると、
そこには小さなペンダントが入っていた。
雫の形をした金のチャーム。
中央に埋め込まれた透明な石が、
冬の日差しを受けて優しく光った。
「これは、祈りの形です。
あなたが笑っていられるように。
この子が、無事に生まれるように。」
その声を聞いた瞬間、
堰を切ったように涙がこぼれた。
「どうして……こんなに優しいんですか。」
「あなたが、優しい人だからですよ。」
蓮はそっと私の手を取り、
お腹の前で両手を重ねた。
その掌の温度が、冬の風を忘れさせた。
「はじめまして。」
彼は小さく微笑んだ。
その言葉が、
胸の奥のどこか深いところに届いた。
初めて交わす“挨拶”が、
こんなに美しいものだとは思わなかった。
風が川面を撫で、
落ち葉がくるくると舞った。
遠くで子どもたちの笑い声。
どこまでも穏やかで、やさしい午後だった。
「ねえ、蓮さん。」
「はい。」
「この子が生まれたら、
一番最初にあなたに知らせます。」
「約束、ですね。」
「はい。」
ペンダントを手に持ち、
太陽にかざすと、光が石の中で虹のように揺れた。
その色が、まるで未来の色のように見えた。
「……ありがとう。」
「僕のほうこそ。」
帰り際、彼が小さく呟いた。
「あなたが生きていることが、
もうそれだけで、奇跡なんですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、
頬に新しい涙が流れた。
でも、今度の涙は悲しみではなく、
あたたかい希望の涙だった。
> ——冬の冷たい空の下で、
> 命は確かに息づいていた。
> そしてその命は、
> もう“ふたりのもの”ではなく、“世界のもの”になろうとしていた。




