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矢久勝基、日記  作者: 矢久 勝基


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12月22日 ご縁

 約十年前、娘は生死の淵を歩いていた。母体の腹を切りたい医者側と、切られたくない俺たち夫婦側でのせめぎ合いで、その日は、とても、とても長い一日だった。

 最終的に、医者が嘘までついてこの件は解決したが、俺のこの書き方の通り、疑念と不信は今でもくすぶっているし、俺は翌日の明け方5時半に執刀医の面会を受けた時に、礼は言えなかった。

 実際どうだったんだろう。あの日の夜、俺が俺を通したら、今日、お友達を招いてケラケラ笑っている娘に逢うことはできなかっただろうか。


 しかしおかげで、娘は五体満足で何の持病もなく、すくすく育った。

 三歳までほとんどしゃべれなかったし、幼稚園でもみんなと同じことが全然できなかったし、小学校に上がってもランドセルの方が大きいんじゃないかってくらい小さかったけど、そんな赤ん坊が今日も元気に笑って泣いて、一生懸命生きている。

 あの日、正直なことを言えば、俺はどちらかといえば母体を守ろうとした。巡り逢ったことのない娘よりも、嫁が大切だった。だけど、今では、娘に逢えて本当に良かったなと思うし、かけがえのない存在だ。


 そんな娘が小学校を卒業する頃までには、俺は文章で結果を出したいと思っていた。娘だってどんどん金のかかる年頃になってくるし、いつまでもいつまでもうだつの上がらないまま、趣味の範囲で文章に甘えている場合ではない。

 そう、思いながら、そろそろその時が来る。俺の情けなさは、あの頃と全く変わってない。こんなダメ人間は家庭など持つべきではないと、帳簿を見て打ちひしがれる夜は数知れない。


 本当は、俺が夢などを目指す賞味期限はとっくに過ぎている。

 じゃあ諦めたら……俺という人間になにが残るだろう。人によっては選択肢にも上がらないような徒労の道を歩きながら、俺は幾度となくたたずんで、足を震わせながら出口の見えないトンネルに挑んでいる。

 そのことを嫁は何も言わない。この嫁でなければ、とっくに夢なんか蹴散らされていたはずだ。


 俺は、物事はすべて運とご縁だと思っている。

 今日はご縁の話をするけど、ご縁というのは自分の意思に関係なく、その事柄に携わるために必要な運命の糸だと思っている。

 〝ご縁〟があるものに関しては、どんなに関わりたいと思わなくても関わってしまう。逆にそれがないと(なくなると)、どんなに関わりたいと思っても、関わることができなくなってしまうものだ。


 何度も言うように俺には本業がある。学生時代に、まぁ開業したものが今も続いているのだが、俺はその立場上、この事業が続けられる状態にはない。詳細言わないとそれがなぜかは分からないかもしれないが、要するに医者の世界で言うブラックジャックみたいな存在なのだ。

 にもかかわらず、俺は医者(比喩)を続けることができている。もちろん続けようという意志があるからと言われればそこまでだが、いくらブラックジャックでも執刀する相手がいなくなったら医者は続けられないのだから、〝続けられている状態である〟ということは、意志とはまた別の意味を持っているものだ。

 その事業の中で、俺は逆に、ご縁の切れた人たちを数多見てきた。その人たちはどんなにウチに関わりたいと思っても、関わることはできなかった。


 それが、ご縁なのだ。

 俺にはそのご縁がまだその事業にあるから、続いている。目に見えない運命の糸が、俺にまだ『その世界にいなさい』とささやいているんだ。

 そしてもし、そういうご縁を文章に照らし合わせるなら……まだ、その世界とのご縁は切れてない気はする。

 だって……俺にはまだ無限の発想がある。まだまだ全然描き足りない。今日だってずっとずっと描いているじゃないか……。

 これを実際ご縁が続いているものだというかは分からない。俺のこのご縁は、娘たち、嫁に、幸福をもたらすものなのか、それとも……。

 ……それもわからない。

 が、しかし、とりあえず、まだご縁の続いている娘たちや嫁たちのためにも、幸福であることを祈るしかない。

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