12月15日 人を楽しませたい
いや、忙しい忙しい、で申し訳ないが、今週末、実は本業の方でイベントがあるんだ。
俺がいわゆる〝お祭り〟をプロデュースして、参加者に楽しんでもらえることを期待するイベント。毎年恒例で、単発の仕事の中では一番忙しい。
でもこれも、ある意味で創作……それもとりわけ物語の作成に近いものなのだ。
どのようなライブイベントにするかのコンセプトを考えて、どこで盛り上げて、どう人を楽しませるか。これを念頭に入れてタイムテーブルを作成していく。
出演者、観客……のいるイベントなんだけど、彼らがそれぞれに楽しくなければならない。イベントが間延びして飽きるようなリズムではいけない。しかし、必要な要素は必ず盛り込まなければならない。
……物語を考えていく上で念頭に入れていることと同じことを考慮して、イベントの成功を目指す。
で、主催者側もチームならいいんだけど、全然俺一人だ。(大笑)
当日手伝ってくれるスタッフはいても、イベントをコーディネートするのはすべて俺。
すると、司会(俺)がどうイベントを進めるかとかの台本作りも、プログラムを記載してある冊子作りも、イベントを盛り上げるための音楽編集とかも、ポスターのデザインも、会場設営の指揮も、用具、景品などの準備や手配・運搬も、撮影の指揮とか後日それらの編集も、すべて俺がやることになる。
手配や運搬はともかく、つまりイベントを一つ仕上げるというのは、創作技術の粋を集めたものになるわけだ。
創作活動だから楽しいかと言われれば、別に大変でしかないのだけど、たぶん、創作活動が嫌いな人間ではこういうイベントってできないんだろうなとは思う。俺は創作が好きだったおかげで人を楽しませたいということを目的としたイベントを開くことができる。ありがたい。
ただ、金儲けがヘタクソすぎて、イベントやるたびに赤字だ。いとわろす(大笑)。
それでも、その時間が楽しいといいなと思う。
出演者が、観客が、100%楽しんでくれてるかは分からない。この辺、〝知り合いに小説作品の評価を聞く〟のと同じで、顔なじみの人間から面と向かって『ツマランかった』という言葉は聞けない。だから本当のところはどうかは分からないんだけど、自分の一生懸命を尽くして、ちょっとでも「楽しかったな。また来たいな」って思ってもらえることが、たとえ赤字でも俺はうれしい。
小説作品にも、そんな想いがある。
俺はただ、人を楽しませたいのだ。いつも言うように、俺自身には物欲も食欲もあまりない。趣味もない。行きたい海外とかも別にない。
自分自身があまりに楽しむきっかけなんかないもんだから、俺は人が楽しんでるのが好きだ。それが、俺プロデュースによるものなら最高だ。
ずっとそう思ってる。
だから、名作を描きたい。
俺という人間の名を歴史に残したいんじゃない。これもいつも言うんだけど、どんなに有名になっても、本名も顔も知られない人間でいたい。
ただ、矢久勝基の描いた作品で、社会現象が起きるくらい皆が楽しんでくれるなら、これほどうれしいことはない。
かっこつけてる? いやいや、本当に本心だよ。
有名になって別でメディアミックスとかされることになったりしたら、原作者として超損しそうな未来しか見えないんだが、とにかく俺は本当にそういう人間なのだ。
まぁ、『ならなんで小説作品で収益を得ようとするんだ』って堂々巡りなんだけどな。この理由はいつだかに話した通りだ。




