第87話 モブキャラ、依存させる
「えぇー……できちゃった」
予想外の代物。
まさか神聖水ができあがるとは思わなかった。
貴重すぎて売れないじゃん。というか、あっても扱いに困る。
どう使うべきか……
「あと、何本作れる?」
「んー? 繊細な魔力操作が必要だから……五本くらいかなぁ」
「ふーん……」
何を企んでいる?
レアが興味を持つのは、何かしら計画に活かせそうだと考えている時だ。
“絶対に成り上がってやる”という野心が、彼女に新しいアイデアを引き起こしているのだろう。
「これを風紀委員長に飲ませてみない?」
「神聖水を? まるで栄養ドリンクみたいに……」
軽々しく使うなんて、と思っていた矢先に、レアの思惑に気づいた。
「依存、か」
「えぇ。甘い世界から突き落とされた時、人間は真の絶望を思い知りますわ」
相変わらずエグいことを考える。
神聖水の効果を体験させ、俺たちから逃げられなくする算段か。
「慣れたらもう少し量産できそうだけどな」
「売るには性能が良すぎますわねぇ……もう少し、効果を抑えめにしてほしいのだけど」
「だったら魔力充填だけで調合を……」
試しに聖水をつまんで魔力を注ぎ込むと――
「……赤色?」
「紅の聖水。神聖水よりは劣るとはいえ、とんでもない物ばかり作って」
「一応、市場にも流通してるからマシだろ?」
「流通といっても、富裕層向けですわよ……」
赤く輝く聖水。
紅の聖水は、使用者の魔力を半分ほど回復させる効果がある。
原作だとクリア後に購入可能なアイテムだったが、この世界ではかなり貴重らしい。
「でも、通常の聖水を含めて三種類できたぞ。これなら販売ルートで差別化できるんじゃないか?」
「……確かに富裕層向けと一般向けで分けられますわね。神聖水は論外ですけど」
「神聖水は交渉材料に使おう。宝みたいなもんだろ?」
「そうするしかなさそうね……サーシャといい、貴方たちは取り扱いに困るものばかり作って……」
次元を超えているサーシャに比べたら、俺の精製なんて常識的だと思うけどな。
貴重とはいえ、全部原作に登場するアイテムだし。
「ゼクス、集めてきた」
「お、サンキュー」
リーンが戻ってきた。
彼女には破教委員会内で風紀委員会の助っ人を募集してもらっていたが、報酬を設定したことで思いのほか食いつきが良かったらしい。
「それ、神聖水? 久しぶりに見た」
「見たことあるの?」
「王城の宝物庫にしまわれてた。さすがに盗みはしなかったけど」
「何故、宝物庫にいたのかは追及しないでおきましょう……」
おそらく仕事の依頼で忍び込んだのだろう。
不法侵入を趣味にしているメディとは気が合うかもしれない。
◇◇◇
「失礼します……」
「お、珍しいな」
それから二週間後。
執務室で書類の最終チェックを進めていた俺のもとに、困惑した様子のナターシアが現れた。
「いつものか? 五分ほど待ってくれ」
「い、急がなくていいです……なんなら私も手伝いましょうか?」
「客に手伝わせるわけにはいかねぇな。ゆっくりしててくれ」
最近、彼女は時々こうして顔を出してくれる。
仕事が落ち着いたのもあるが、何より俺のマッサージの虜になったらしい。
……もちろん、もうお漏らしはしない。
それを指摘すると本気で怒るけど。
「これで終わり。待たせたな」
「ぜ、全然大丈夫です……」
身体を小刻みに揺らし、チラチラとこちらを伺うナターシア。
マッサージを受けるために、わざわざ破教委員会まで来る――その事実が彼女には恥ずかしいらしい。
「お姫様、こちらへ。うつ伏せになってください」
「何ですかそれ……そこまで夢見る乙女じゃありませんよ」
口は反抗的だが、頬がわずかに緩んだのを俺は見逃さなかった。
ソファにうつ伏せになったナターシアの上にまたがり、両肩に手を置いて魔力と共に力を込める。
「お゛お゛っ……いいですね……」
「その声、どうにかならんのか?」
「何度も言いますが、喘いでるわけではありません。いやらしい妄想をするゼクス・バーザムが悪いんです」
これを聞いてやらしくないと思う人間が何人いるのか。
聞いていて楽しいから、このまま続けよう。
「最近はどうだ?」
「……すごく楽になりました。今までの非効率な環境が嘘みたいに変わりました」
「ナターシアも素直になったよなぁ」
「べ、別に素直になったわけでは……!」
リーンを中心とした助っ人部隊は本当に優秀だった。
無駄を減らし、事務作業の統括リーダーを設け、風紀委員長の負担を徹底的に軽くする。
初めは反発も多かった改革だが、いざ蓋を開けてみると風紀委員からも好評の声が上がった。
もっとも「あの風紀委員会と破教委員会が手を組んだ!?」と学園中で噂になるのは、予想外だったが。
「私の力でここまで変えられなかったんですかね……振り返っても意味がわかりません」
「煮詰まってる時は迷走しがちだ。気にすんな」
ナターシアも最近は笑顔を見せるようになり、人当たりも柔らかくなった。
仕事漬けの日々から少しだけ解放され、余裕が生まれた証拠だ。
「さてと……」
「ん?」
この様子なら、俺たちの計画を進めてもいいだろう。
「そろそろ、応援の人数を減らしてもいいかなーって考えてるんだが」
「えぇっ!?」
ガバッと起き上がるナターシア。
「待ってくださいよぉ!! まだまだ仕事は残ってるのにぃ!!」
子供みたいに泣きじゃくる姿。
いつもの冷静さが嘘のようだった。
これがナターシアの本性なのか……意外だ。
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m(_ _)m




