第86話 モブキャラ、聖水を作る
「定期的に俺のマッサージが受けられるぞ?」
「……お金は払います。ただし、やりすぎないこと」
どうやら気に入ってくれたようだ。
次回からは、もしまた粗相を起こしてもいいように風呂場でマッサージするべきか?
……あ、すげぇ睨まれた。
加減する方向でいきます。
「さてと、まずは現状の問題点を洗い出そうか」
風紀委員会への支援が決まったことで、俺は現状についてナターシアから話を聞くことにした。
「書類担当の責任者は? 流石に有耶無耶に作業してるってわけではないだろ?」
「……いません」
「「え?」」
「非常に非効率ですが、次々と降ってくる書類をひたすら処理している状況が、半年ほど続いています……」
その場にいた全員が言葉を失った。
「……想像以上ね」
「何故こうなってるんだ?」
あまりにも酷い。
効率主義を掲げる風紀委員長の下で、非効率な作業が常態化していたとは。
どうりでリーンを連れ戻そうと必死になるわけだ。
「我々もまとめようと改善はしてきました!! けど、基盤が整ったタイミングで何故か人が辞めるんです!!」
「貴方が圧力をかけるからでしょう?」
「それは……そうとも言いきれませんけど……」
苦虫を噛み潰したような顔でうつむくナターシア。
(効率主義なのに非効率な環境、か)
ざっと風紀委員会の中を見回す。
全員が死人のような顔をしていて、黙々と書類を処理している。
空気はよどみ、活気というものが一切感じられない。
キビキビ働いているというより、「動かなければならない」から動いているだけのようだった。
「おい誰だよ!! この書類まとめたヤツは!!」
「てめぇで頑張れやぁん!?」
「うさばらしじゃー!! ぶっとばせー!!」
些細なことで口論が起き、作業がまた止まる。
まさに悪循環だ。
「どうしたらいいんですかね……」
「わたくし達にお任せください、風紀委員長♪」
「レア・スカーレット……貴方は何を企んでいるのですか」
バランスを取るために表で動いていた連中の裏で、内部崩壊はすでに進行していた。
このままでは時間の問題だろう。
◇◇◇
「それで? 破教委員会はボランティアだけなのかしら?」
風紀委員会を支援する契約を進めていた時、レアに話しかけられる。
「それ以外が必要ってことか」
「当然ですわ。委員会とは組織。組織の目的は発展にありますから」
発展、ね。
この一ヶ月は地盤固めと《フィールド・ロワイヤル》の調整で手一杯だったが、ようやく落ち着いてきた。
そろそろ新しい事業でも始めるとするか。
「とりあえず聖教委員会にある物を調べてみたが……凄いなこれ」
木箱の中から、青い液体の入った小瓶を取り出す。
「最近見かけないと思っていたら、聖教委員会が独占していましたのね」
「MP回復ができる貴重なアイテムだからなぁ」
「MP?」
「……こっちの話だ」
正しくは魔力回復、だな。
聖水は魔力回復アイテムとしては最もオーソドックス。
副作用が多い他のアイテムと違い、効果がシンプルで安定している。
この世界では聖教委員会が販売を独占しているようだが……正直、ぼったくりだ。
値段と効果が全く釣り合っていない。
(これ、利用できないかな)
単に安く売るだけでは利益にならない。
生産量も限られているし、ならば質を高めて価値を上げる方向で進めたい。
「レッド?」
小瓶を眺めていた時、肩にレッドが飛び乗ってきて、ぴょんぴょん跳ねながら何かを訴えてきた。
「何かを伝えようとしてますわね?」
「……なるほど。それは面白い」
レッドの意志が伝わってくる。
その方法なら、聖水の質を安価に高められるかもしれない。
「とりあえず実験してみるか」
「実験?」
「まずは聖水にスライム液を……レッド、余りあるか?」
振り返ると、すでにスライム液がたっぷり入った桶が用意されていた。
流石レッド、準備が早い。
聖水を台無しにしないよう、慎重に少量だけスライム液を注いでいく。
「次に俺の魔力充填だ」
「聖水は繊細な精製作業で作られる代物ですわよ? 本当に上手くいくのかしら」
「やってみないとわかんないだろ」
聖水専門のアイテム職人が存在するほどの代物。
素人の俺に上手く作れる保証はない。
「あー、なるほどなるほど……」
両手から魔力が膨張しそうな感覚が伝わってくる。
少しでも許容量を超えると爆発しそうだ。
量を調整しつつ、慎重に魔力を流し込み続ける。
「「えっ」」
数分後――
突然、聖水が黄金に輝きだした。
「何よこれ」
「……まさか」
黄金の聖水。決して変な意味ではない。
確か原作アイテムにもあったはずだ。その効果は――
「魔力を全回復するやつだ」
「はい?」
使用者の魔力を完全に回復させる。
あまりにも強力すぎる効果のため、原作では入手手段が極めて限られていた。
メインストーリーの報酬で一個、サブイベントで一個、そしてランクバトル上位者の報酬……。
その名も――神聖水。
「売ったらマズいよな?」
「ゼクスの言う効果が本当ならね。……なんて物を作ってるのよ」
ペシッと頭を軽く小突かれる。
ちょっと性能のいい聖水を作ろうとしただけなのに。
どうやら、いろいろと噛み合いすぎたらしい。
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