第84話 モブキャラ、接待する
「私に風紀委員会をやめろと? ふざけたことを言わないでください」
「悪い提案じゃないぜ? 風紀委員長を辞めれば仕事も減るし、悩み事も減る。いいことづくしだ」
「一番大事な地位がなくなってしまうじゃないですか」
こいつは何を言っているんだ、と首を左右に振りながら、ナターシアは再び書類作業に戻った。
「私には、私を必要としてくれる人がいます。そして風紀委員長という地位は、王族にとって重要なんですよ?」
「王族?」
「そういえば……マノミー家は王族と深く関わる公爵家でしたわね」
原作ではただの公爵家だったのに……立場まで変わっているのか。
日に日に原作キャラの性格や境遇の変化が大きくなっている気がする。
「王族に気に入られてるんだろ? これ以上何を求めるんだ?」
「単に王族というだけでも派閥は複数存在しますわ。政治的な駆け引きにおいて、味方は多い方がいいのよ」
将来を見据えた行動というわけか。
王族から特に気に入られた存在になる――それがナターシアを風紀委員長という立場に縛りつけている。
「後はメンツの問題だよ。アタシのところなんか、お姉様がやらかしたせいで大変なんだから」
アリーシャは大変そうだな。
いまだ実家に閉じこもって、表には出てこないらしい。
「馬鹿みたいな妄言はやめてください。それに、私の言うことに従った方が絶対に効率的です」
「そりゃ効率的だよな。風紀委員会にとっての邪魔者が減るんだから」
俺たちみたいに自由に暴れ回る組織なんか、特に気に食わないだろう。
悩みは少ない方が生きやすいからな。
「ねぇゼクス……今まで以上に暴れてみません? 風紀委員会の仕事が増えますわよ」
「レア・スカーレット!! 今のは宣戦布告と見なします!!」
「気に食わない相手を苦しめるのは当然でしょう? ここは毎日がサバイバルなのよ?」
ふふっと、悪そうな笑みを浮かべるレア。
風紀委員長を蹴落としたくて仕方ないらしい。
「逆に聞くが……風紀委員会はどんな組織を求めてるんだ?」
「もちろん、我々のコマとして操りやすい組織ですよ」
「うわっ……言い切るんだなぁ」
「今ではゼクスに操られてる。ぷくく」
「ここを抜けて楽しそうですね……リーン」
リーンも言うようになったな。
古巣に対して、ずいぶん辛辣だ。
相変わらずナターシアは鋭い目つきで睨んでくる。
張り詰めた空気を軽くするように、俺はパチンと指を鳴らした。
「メディ、風紀委員長様にお茶を」
「へ? ここにメイドは――」
「はーい!! かしこまりました!!」
「……妙な気配があると思ったら」
隠密魔法を解いて現れたのは、うちの専属メイド。
慣れた手つきで紅茶とお茶菓子まで用意する。
「紅茶なんていりません。それに、作業の効率が悪く――」
「どうぞー♪ ストローで飲みながら仕事もできますよー」
「ストロー? この細長いものですか?」
ティーカップに突き刺さったストローを不思議そうに見つめ、
メディに言われるまま紅茶をすすっていく。
「……確かに便利ですね」
「ご主人様の発想をサーシャ様が形にしました!!」
「ダーリンには驚かされてばかりだよ♡ 大好き♡」
「驚かされたのはこっちの方なんだがなぁ」
プラスチックのようなものをダンジョン素材で再現した上に、形まで丁寧に整えられている。
サーシャに作れないものは、もうないんじゃないか?
さて、本題に戻るとしよう。
「うちで負担しようか? 風紀委員の仕事を」
「は? 何様のつもりですか?」
俺の提案に、ナターシアは露骨に嫌そうな顔をした。
「これだけ書類の山に囲まれて大変そうだと思ってな。効率的で真面目な風紀委員長様を助けたいんだ」
「覇教委員会が風紀委員会を助ける? 聖教委員会でもそんなことを言う人はいませんでした」
「あれ? おかしいな……俺たちを利用したいって言ってたのに……」
「っ……!!」
自らの矛盾に気づき、ナターシアは表情を歪める。
「何も悪い提案じゃない。俺たちからすれば、都合のいい存在だと証明するチャンスだからな」
疲れて判断が鈍っている。
しかも、風紀委員会には多数の問題がある。
少しつつくだけで、ボロなんかいくらでも出てきそうだ。
「……検討します」
「ありがとう」
だから――その穴を利用しようと考えた。
ナターシアには、その意図がまだわからないようだ。
「面白いことを考えましたわね」
「あぁ、これで風紀委員会が依存してくれれば……」
最初のうちはたっぷり仕事を任せてもらおう。
けれど、時間が経つにつれて人も時間も減らしていけば……くくく、相当面白いことになる。
「ゼクスの大胆かつエグい作戦は好きですわよ」
「俺も大好きだ、レア」
「そういうつもりで言ったわけでは……もぅ」
頬にそっと手を触れると、レアは目線を逸らしたまま顔を赤く染めた。
「さてさて、疲れた風紀委員長にマッサージでもしようか」
「ちょ、何勝手に触って……」
まずは気に入ってもらうための第一段階。
俺は立ち上がると、ナターシアの背後に回り、両肩を優しく掴む。
「あれをやるのね」
「接待として最高のサービスだろ?」
魔力充填を利用したマッサージ。
湿布のように疲労した部分へ直接刺激を伝えるこのマッサージは、
仕事終わりのメディから「極楽です〜」と絶賛されたほど――
「お゛お゛お゛お゛お゛っ♡」
「「「「えっ」」」」
……とてもマッサージで出してはいけない声。
あまりにも下品でいやらしいその声に、部屋の時間が一瞬止まった。
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